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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


棺桶運び

------<オープニング>--------------------------------------

 女が持って来たのは、錠の掛かった小さな箱だった。
 直方体の角を削ぎ落とした形のそれには、蓋になる部分に細かい彫刻が施されており、それでいて長い年月を経て来た風格のようなものを携えている。縁に薄い金箔を貼ってあることからも、なかなか骨董的価値の高そうな品だった。
 その箱を手に、女は消え入りそうな声で言った。
「この箱を開けて欲しいんです」
「開けて欲しいって……鍵はどうしたんだい」
 蓮がそう尋ねると、女は弱々しく首を振った。一瞬盗品か、という考えが蓮の頭を過ぎったが、これ程の品なら盗まれれば警察が動くだろうし、近頃そういう話は耳にしていない。
 それに例え盗品だったとしても、この店に置けというわけでもなかったので、蓮は女の話を聞いてやることにした。
「実はこの箱は父から貰った物なんですが……父は、“この箱を開けることが出来ればお前は進むべき道へ行ける”と」
「お父さんは?」
「先日、火事で……」
 女は顔を伏せたが、蓮は特に感慨もなく細く煙を吐き出した。薄い煙は少しの間だけ宙に留まり、それから空気に溶けて消えていった。
 蓮はその様子を見送って、それから女の白い顔を見た。
「了解。引き受けるよ」
 そこで漸く女は緊張を解いたのだった。


------<本文>--------------------------------------

「ボクが開けてもいいものなのかな?鍵なら簡単に開けられると思うんだけど……」
 テーブルの上に乗っている小さな箱を手にとって、麒麟が女の方を窺った。女は少し困ったような顔をして、それから小さな声で言い難そうに言葉を繋いだ。
「多分私が、父の残してくれたはずの鍵で開けないといけないんだと思います。父は鍵自体が特別な物なんだと言っていましたから」
 そう言って「すみません」と申し訳なさそうに頭を下げた女に、気にしないでと言うかの様に麒麟は淡く微笑んだ。それから箱に掛かっている錠の鍵穴を確かめて、指先ですっとなぞる。手助けがどこまで許されるのか、それがひとまずの問題だと思った。
「何かヒントとかないんですか?」
 棚に並べられてある古い品を物珍しそうに眺めながら、リドハーストが口を挟んだ。彼女が見ている棚にはこれまた様々な種類の小箱が並んでいて、中には鍵付きの物もある。どうやら似たような物がないかどうかを探しているらしかった。
「……父は、私は鍵の在り処を知っているはずだからと言っていました。以前一度だけこちらのお店に父と2人で訪ねたことがあったので、それで――」
 女は俯いて言葉を切り、所在無さげに両手を腹の前で組み合わせた。
「蓮さん、水貰えるかな?」
 ふと何かを思いついたように麒麟が言った。それを聞いて蓮は、煙管を灰皿に返して、店の奥に入ってコップ一杯の水を持って戻って来た。筒状の細長いグラスを受け取った麒麟は、それを傾けて錠の鍵穴に水を注ぐ。それから糸をその中に垂らし、鍵穴を満たした水に意識を集中させた。
 すると水があっという間に凍結して氷となった。麒麟は垂らしていた糸を引っ張って、氷の鍵を引き上げると、3人に向かって尋ねた。
「これと同じ形の鍵のはずなんだけど」
 女はさっぱりわからないらしく、下がった眉を更に困惑気味に下げて押し黙っている。リドハーストは首を振り、蓮は人差し指と親指で顎を摘んで考え込んだ。
「鍵付きの小箱の類は五万とあるからねぇ……棚卸してる分だけでも、ざっと五百はあると思うよ。まだ奥にしまったままの分も合わせたら、少なくとも千、ニ千になるんじゃないかい」
「それ全部試すとしたら、何時間ぐらいかかるんでしょうかね?」
 小首を傾げて尋ねたリドハーストに多少脱力しつつも、結局はそれを実行するしかなさそうだったので、4人は場所を店先から奥の部屋へと移した。



 蓮が持ち出して来たのは、大き目の輪に数十の鍵を通した鍵束だった。輪にはご丁寧に○〜×番というふうに数字がふってあって、どうも対応する箱がわからなくなってしまうのを防ぐために打たれたもののようだった。
「この通り、数だけはあるんだよ」
 鍵の束は数十本ほどあり、これを全部確かめるとなると、とてもじゃないが今日1日では無理なことのように思われた。3人で分業できるならともかく、箱は一つしかなく確かめられる鍵は一度に一つなのだ。それに、確かめていい人間がそもそも一人だけしかいなかった。
 1本ずつ試すのは女に任せることにして、麒麟とリドハーストは氷の鍵をもとに同じ形のものを探し出すことにした。鍵の束を分担して手分けして探し始めること数分――。
「あれ、これそうじゃないですか?」
 そんな簡単に見つかるものだろうかと思いつつも麒麟が振り返ると、果たしてそこには本当に氷の鍵とよく似た形の鍵があった。勿論、今見つけた鍵の方はちゃんとした持ち手もあるのだが。
「思ってたよりも貧相だな」
 リドハーストが女に鍵を渡しているのを眺めつつ、麒麟が呟いた。あの箱の装飾具合から考えれば、随分と素っ気のない鍵だ。その鍵はシンプルな円形の首の下に長い足を持った、見た目には質素なデザインのものだった。但し、脚の部分がやや複雑であったりはしたが。
 それでも何となく、麒麟にはあの鍵で箱が開くような予感があった。



 カチリ、と音を立てて鍵が回る。すると箱の蓋は触れるまでもなく自動的にゆっくりと開いて、中からは眩いばかりの光が放射された。暖かな橙色の光が部屋の中に渦巻き、箱を開いた女を中心に、光は外側に向かって色味を落としている。
『おかえり、私の可愛い娘』
 どこからともなく声が聞こえて、3人は周囲を見回した。他に人の姿も気配もないが、声は確かに聞こえて来る。声の言動と、女の表情から、どうやら声の主は女の父親らしいことが推測できた。
「私は……」
『……お前は本当は、私達よりも先に死んでいたんだよ』
 女は一瞬目を見開いたが、溜息と共に「あぁ」と一声だけ発した。
「うん。思い出したわ……私だけあの火事の中、2階の自分の部屋にいて、隣家から燃え移った火がみるみるうちに広がって、その場で死んでしまったのよ。でも寂しくて、怖くて……父さん達を探しの」
 橙色の光は束の間濃さを増し、そして女を慰めるようにそっとその全身を包み込んだ。
『お前がはぐれてしまわないように、この箱を渡したんだ。……さぁ、行こう。母さんも、お前の妹も待ってる』
 女が小さく頷いたのと同時に、光は空気に溶け、霧散していった。光に全身を包まれた、女の体もまた――。



「また、酔狂な真似しちまったよ」
 煙管の中に押し込めた莨に火を灯し、一服してから蓮はそう言って苦笑した。女も箱も跡形もなく消えてしまって、残った物と言えば冷たい氷の鍵が一つ。それも直に溶けるであろう品だ。更に言ってしまえば、これを残したのは女ではなく、ここにいる少女。
「……いい退屈しのぎになったと思うけど」
 軽く肩を竦めて、麒麟はテーブルの上の氷の鍵を引き寄せた。手の内に握って、再び開くともう水滴さえ残さない。
 何となく静かな雰囲気で感慨に耽っていると、「はわっ!」という少々間の抜けた声が上がった。蓮と麒麟がそちらへ視線を遣ると、リドハーストが慌てた様子で2人の前に手を差し出した。
「鍵だけ残ってましたよ!」
 白い手の平の上に乗っかっているのは、確かに例の鍵だった。蓮はそれを摘み上げると、ふん、と鼻を鳴らして棚の方へと歩いて行った。
「この鍵は確か……あった、あった。この小物入れの鍵だよ」
 蓮がそう言って差し出したのは、あの箱に酷似した小さな箱だった。2人はそれを見て思う。この曰くがないと棚に並べられない店の商品だということは――
「開けたら天国にご招待ってところかな」
「間違いなく昇天しちゃいますよね」
 ほぼ同時に顔を見合わせて言って、苦笑した。蓮は箱を、再び商品陳列棚に戻しながら、にっこりと笑って言う。
「まぁ、そういうのが必要だって人間もいるんだろうさ」
 箱の隣りで銀色の鍵が、相槌を打つように一度だけキラリと光った。
 



                         ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2667/鴉女・麒麟(からすめ・きりん)/女/17才/骨董商】
【2332/湊・リドハースト(みなと・りどはーすと)/女/17才/高校生兼牧師助手(今のとこバイト)】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
「開かない箱」へのご参加、ありがとうございました。

>鴉女・麒麟様
 4度目のご参加ありがとうございます!
 随分とお待たせしましたが(汗)『開かない箱』は如何でしたでしょうか?
 今回は同じ年齢の同性の参加者さん2名ということで、お二方を対照的に書くように心がけてみました。……というか、元々性格正反対のお2人なんですが(笑)

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!