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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


人物鑑定依頼リターンズ〜フラッシュには気を付けましょう


 ある休日のこと。
 草間興信所には今日もお客さんが訪れる。
 ………………但し、「お客さん」=「依頼人」とも限らないのが草間興信所でもある訳で…。
 むしろこの場合の「お客さん」は常連さん、身内、雇われ調査員…ってな感じの相手ばかりとも言う。
 まぁ、その中でも、時々(あくまで時々)依頼人になってくれる「お客さん」も居る事は居るのだが。
 …例えば今チョコケーキの手土産持参で来訪しているこの女性。
 興信所の皆さんとのんびりお茶を飲んでいる彼女――綾和泉汐耶は、過去に数回、興信所に人物鑑定の依頼を持ち込んでいたりする。
 都立図書館の司書さん――特に曰く付きの本や真正の魔術書と言った類の、取扱注意な本ばかりが勢揃いしている要申請特別閲覧図書の管理も一手に引き受けていたりする彼女にとっては、申請してくる利用者の方々が色々気になったりする事もあるのだ。
 それも、対象が『ソチラ』の本だったりすると…申請者が結構胡散臭かったりする事も多い。
 お役所仕事などすぐ誤魔化せるとでも思っているのか、平気で嘘の身分証明を使ってくる事も無くはない。…が、怪しいとは思っても、確かに素人の目ではいまいち確信が持てず。
 で、都合良い事に彼女の場合、近くに草間武彦と言うそれなりに有能らしい探偵さんが居る。…興信所に年がら年中閑古鳥が鳴いているのは、別に仕事の腕が悪いとかそんな致命的な理由では無いらしい事は付き合っていれば充分わかるので。…逆を言うとそれなりの腕がありながら何故ここまで仕事が――と言うか金が無いのか貧乏なのか微妙に謎でもある。…営業の仕方が悪いのか怪奇探偵の異名が悪いのか単に探偵当人の金運が滅茶苦茶悪いだけか。…いや、それもそれで致命的と言えば致命的な理由か。
 何にしろ、仕事として物事に対する限りはかなり信用できる能力がある。…反面、仕事でないと思うと結構色々と迂闊な人物でもある気がするが。果たしてめりはりがあると言って良いのか悪いのか。
 まぁ、だからこそ汐耶も折角なのでお願いしてみよう、と思いついたりした訳で。
 …何故なら、十中八、九、この興信所は汐耶の依頼を断る程忙しくない。
 事実、今も探偵は何処か手持ち無沙汰げに応接間に居る。
「今日もお仕事無いんですね」
「…来る仕事と言えばまた怪奇事件だ。つまり俺は待機でね」
 役立たずな訳だ。
 ふー、と溜息がてら煙草の煙を吐く武彦。
「…ところで、最近は人物鑑定は必要無いのか?」
「そうですね…そろそろ来る感じですから、近々お願いするかと思います」
「そうか」
「…ひょっとして値上げ考えてます?」
「…今月、仕事が少なかった気がしてな」
 で、今シュラインが確認している訳なんだが。
 武彦の言葉通りに、彼のその脇ではシュライン――シュライン・エマが事務員と言う肩書き通りに、帳簿代わりに使っている大学ノートと計算機を前にし、黙々と今月の仕事件数の確認だか金額の計算をしている模様。
「でも以前は、一度その値段で受けたから上げられないと草間さんの方で仰ってませんでしたっけ」
「…だよなあ」
 と、武彦は初めから何処か諦めムード。
 そんな中。
 武彦の脇に座っていたシュラインが唐突に立ち上がり、当然のように奥の部屋に移動した。で、程無く応接間に戻ってくる。彼女が持っていたのはたった今下ろして来たような真新しい茶封筒。その中身をもう一度確認しつつ、シュラインは再び帳簿の置いてある前のソファに腰を下ろした。
 で。
「…どうかしたのか?」
「んー、ちょっとね。…さて、これはなんでしょう?」
 武彦の声を誤魔化し、シュラインの手で封筒から取り出され、さらりと汐耶の前に滑らされたのは一枚の写真。
 …その写真には最早布の部分よりレース部分の方が多いようなきわどいワンピースを着た、妙に色っぽい謎のおねえちゃんこと『詩織ちゃん』が写っている。
 背景からして、場所は…。
「…」
「…」
 同時に黙り込む汐耶と武彦。
 場所は…思い出したくも無いいつぞやの酒場である。
 もっと言ってしまうとちょっとアブノーマルな世界でもある酒場でありまして。
 更に言ってしまえばその酒場は『MIDNIGHT ANGEL』なるゲイバーで。
 いつぞや、草間武彦以下数名(…)がなりゆきでバイトをした(させられた)場所である。
「………………そう言えばこんな奴、居たな」
 ぼそりと武彦。
 だが…何故今こんな写真を出す?
 武彦の疑問にもシュラインはわざと答えない。
 一方、汐耶は沈黙。
「…やっぱり今月ちょっと厳しいのよね…」
 ふぅ、とこれ見よがしに溜息を吐くシュライン。
「詩織さんもわかってくれると思うんだけど…ねぇ汐耶さん?」
「…ちょっと待って下さいシュラインさん?」
「?」
「…そもそも五万でも充分安価い方だとは思うのよね」
 基本的に探偵の料金の相場って高価い筈だし。
 武彦さんが――興信所の所長さんが決めた事ならそれは文句は言えないけど。
 んー、と考え込むような顔をしながらちらりと汐耶を見るシュライン。
 少々動揺している風情の汐耶。
「…いえ、あのですね」
「それは無理にとは言わないけど…あ、某予備校講師さんがコレ見たら興味持って下さるかも」
「しゅーらーいーんーさーん…」
 力尽きてがっくりと項垂れている汐耶。
「??」
 …シュラインと汐耶の謎のやりとりに、草間武彦の頭の中、疑問符乱舞。
 やがて写真の中の人物の髪と瞳の色、骨格や顔の基礎的な造りから――不意に思い至る可能性。
「………………綾和泉」
 またもぼそりと呟かれた武彦の科白に、汐耶はさりげなく視線を逸らす。
 武彦は写真を指した。
「………………これ、お前か?」
「…」
 汐耶、無言。
 …けれどその反応はある意味肯定にしか見えないかもしれない。
 再びじーっと写真を見、汐耶とちらちら見比べる武彦。
 そして溜息。
「…不覚」
 全然気付かなかったとはな…。
 俄かに遠い目になる武彦。
「…ずっと気付かないでいて下されば良かったのに」
 こちらもまた溜息を吐く汐耶。
「…わかりました。以後は五万で。その代わり」
「勿論ネガも現像したこの写真も全部渡すわ☆」
 先回りして言う何処か御機嫌なシュライン。
 当事者だった筈なのにいつの間にやら萱の外な武彦。
「…まぁ、構わんか」
 更には持ち出された取り引き?のネタがネタなので、初めの提示額の五万が通った事は喜ばしいながらも…いまいち複雑な心境の探偵一匹。…自分も自分で同じ時に結構な弱みが出来てしまったような部分があるので(…)同病相憐れむ(断じて病気ではないが)と言うか何と言うか…そんな気持ちもあったりする。
「じゃ、そう言う事で」
 一方の汐耶はとっとと『この話』を終わらせようと、さくっと頷き切り上げを試みていたり。
 取り敢えず立ち直るのは武彦より早いよう。


■■■


 ………………その暫く後のこと。
 珍しく真っ当な依頼らしいものが電話で入り、電話番を家人に任せて探偵は早々に出て行っていた…その頃。


「…そーゆー手で来られるとは思いませんでした」
 別に構いませんけどね。…そろそろお願いする人数少なくなると思いますし。
 以前こちらでお願いした戸籍リスト、本当に結構当たってるんですよ。
 ぽつりと呟きつつ、ずず、とお茶を啜っている汐耶。
「…ああ見えて金銭的には結構お人好しなのよねー武彦さんって」
 だからちょっと助け舟出してみました。
 この写真出すのはちょっと卑怯かなー、とは思ったんだけど、武彦さんのお人好しさと合わせてプラマイゼロ…って事じゃ駄目かしら?
 そんな事を言いつつ、にこりと微笑むシュライン。
「…武彦さんの設定料金、予め値引きしてる傾向まであるのに、汐耶さんが困ってそうだからってそこからホントに実費レベルまで引いちゃうんだもの」
 だからせめて最初の提示額にはと思った訳で。
 …それに、次回から二万くらい上げても、汐耶さんとしてもそれ程懐に響かなさそうだと思ったし。
「そう見えました?」
「そうじゃなかったら手伝いません」
 あっさりと返すシュライン。
 苦笑する汐耶。
 シュラインは、しー、と唇の前で人差し指を立てて見せている。
「…勿論こんな事言ってるの、武彦さんには内緒、ね」
 シュラインのその科白に、勿論汐耶にも否やは無い。


 …当然である。


【了】