コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 「ワタシ、キレイ?」
 
 折角の週末、そして、休日。
 しかし、何故か今日は誰もに予定があるという。そう、妹さえも。
「だからって、うちに来るか?」
 微妙な表情で草間は言う。
「まあ、そういうこと」
 にっこりさらりとそう言い放ち、ソファに腰掛ける。
「どうせ、ヒマなんでしょう? ほら、今だって閑古鳥が鳴きまくり」
「共にヒマな時間をわかちあいましょうってか? ……残念だったな、これから依頼人が来る予定なんだ」
 ヒマじゃないんだぞと言いたげな表情と口調で草間は言った。
「尚更、都合が良かったじゃない。人手不足でしょうに」
「そこを突かれると弱いな……」
「依頼によっては、手伝ってあげるから」
「ヒマだから、だろう?」
 こくり、百合枝は頷いた。しかし、ヒマだからとはいえ、仕事を引き受けたからにはきっちりこなすつもりだ。
 そんなことを話していると扉が開いた。現れたのは、背が高く、がっしりとした体型の二十代半ばから後半といった年齢の男。ほどよく焼けた肌が健康的だ。
「おまえもヒマつぶしか?」
 男を見つめ、草間は言う。その言葉から依頼人ではないことを知った。
「こんにちは」
 草間の不躾な言葉を受け流し、男はにこりと笑顔で挨拶をする。それから、手にしていた箱を胸の高さにまであげた。笹が描かれた包装紙のその箱は、所謂ところの、お土産というものらしい。笹かまぼこと書いてある。
「なんだ、笹かまぼこか……どうせなら、ケーキとか」
 そう言いながら草間は箱を手にする。
「挨拶はしない、人が買ってきた土産にケチはつける、べつに頼まれたものではないから礼の言葉なんていらないけれど……それでも、礼儀として建前だけでもありがとうの一言はあってもいいはず……そうは思いませんか?」
 男は穏やかな表情、口調でそう言いながら、最後に百合枝に同意を求めてきた。
「そうねぇ。土産に対して、なんだ、はないかもね」
 持っていった土産が受けないとちょっとがっかりする。百合枝はこくりと頷いた。
「……コンニチハ、笹カマ嬉しいデス、アリガトウゴザイマス」
 草間は憮然とした表情で言い、土産の箱を高く掲げる。
「はい、よくできました。……小田原の方に釣りに行きまして、その土産です。ケーキは名産ではありませんからね。今度、買ってきてあげますよ、個人的に」
「いや、これから来客予定があったからな、どうせなら……と思っただけだ」
「来客? お邪魔ならこのまま帰りますよ。この部屋は狭いですからね」
 部屋を見回し、男は言った。確かに、この部屋は狭い。
「そりゃ、どうもご親切に」
 草間と男は視線をあわせ、にこりと笑う。
「冗談はさておき、お忙しいようなのでこれで失礼しますよ」
「まてまてまて」
 帰るな帰るな帰るなと草間は言葉を繰り返し、男の腕を掴む。
「場合によっては力を借りたいんだ。受けるか受けないかはともかく、依頼人の話だけでも聞いていってくれ」
「それでは……ああ、いらしたようですね」
 コンコンと扉を叩く音がして、ゆっくりと扉が開いた。そして、服装、化粧共に控えめな女が姿を現す。落ちついた外見から判断するに、二十代半ばから後半、三十代にはなっていないと思われる。
「こんにちは」
 現れた女は穏やかな笑みを浮かべ、草間、そして、男、百合枝へと挨拶をしながら南雲と名乗り、勧められるままにソファに腰をおろす。
「で、今日はなんなんだ?」
 草間の言葉からすると、南雲がここへ訪れたのは今日が初めてというわけではないらしい。依頼人に対しての口調にしては、横柄とも素っ気ないともいえる。
「この間は、ありがとう。本当はもっとお礼や挨拶をするべきなのかもしれないけど、時間もないことだし、具体的な話をさせてもらうわ」
「ああ、それで構わないよ」
「夜道、声をかけられるというのよ」
 南雲はそんな言葉から依頼内容を切り出した。
「深夜、ひとりで通りを歩いていると電信柱の影に薄手のコートを羽織った女が佇んでいるの。俯き加減で顔はわからない。気味が悪いから、そのまま通りすぎようとする。……ああ、ありがとう」
 零はそっと南雲にお茶を出す。南雲は笑顔で受け取った。
「すると、ワタシ、キレイ? ……と、すれ違いざまに訊ねてくるそうよ、低いくぐもった声で」
 出されたお茶を口許へと運び、南雲は言った。口許には少しの笑みを浮かべ、悪戯っぽい表情で草間を見つめる。
「それは……また、男にとっては如何とも微妙な問いかけだな……」
 腕を組み、思わずうーむと唸る。確かに、男としては微妙な問いかけかもしれない。
「でしょう? ただでさえ、微妙な言葉。それを夜間、しかもひとりで歩いているときを狙って……声をかけてくる」
 草間の反応を楽しむように南雲は言う。
「微妙というより奇妙、タイミングは絶妙か……って、まさか、俺にそれの調査を依頼するわけではないだろうな?」
「あら、私が世間話のためにここへ訪れると思っているの?」
 意外だわという顔をされ、草間はなんとも言えない表情で返す。そんな草間を見て、南雲は目を細め、笑った。やはり反応を楽しんでいるらしい。その気持ちはなんとなくわかる。なかなか草間はからかい甲斐のある相手だから。
「本当は私が調査すればいいのだけれど、なかなか時間が取れなくてね……。とにかく、怖がって仕方がないのよ。まだ、若い巡査なんだけど」
「夜の見回りが怖いって? ……どうしようもないな。だが、これは……俺が言うのもなんだが、うちに依頼を持ちかけるような内容か? いや、違うね。そういった噂の検証が大好きなお子様やそういうネタを好んで掲載したがる雑誌がある。そっちへ持っていった方が喜ばれるというものだ……しかも、タダで真偽を確かめてくれる」
 うちは有料なんだぞと草間は小さく付け足した。
「駄目よ。民間にこんな危険な話を持ちかけられないわ」
 南雲はさらりと答える。その言葉を聞き、草間は深いため息をついた。
「深夜、ひとりで通りを歩いていると電信柱の影に薄手のコートを羽織った女が佇んでいる。俯き加減で顔はわからない。どうしたんだろうと思いつつも、通りすぎようとすると……ワタシ、キレイ? と訊ねてくる。……どこが危険なんだよ? 数年に一度流行するような某口が裂けているかもしれない女の話と似ているじゃないか」
 草間は難しい顔でそう返した。草間が言うとおり、それは某口が裂けている女の話……口裂け女の話そのものだ。赤いコートをまとい、口にはマスク、そして、問いかけてくるのだ、彼女は。『ワタシ、キレイ?』と。
「そうね。それだけなら、単なる噂で片づけられる。私はここへは訪れないわ。さっき、くぐもった声で訊ねてくると言ったでしょう? ……その噂が広まった周辺には、整形外科が多いの。整形に失敗し、嘆いて首を吊った女が化けて出るという噂もあるわ。おそらく、この問いかけてくる女もそんな噂から派生しものだとは思うのよ」
「なるほどね。実際にそういう事件は起こっているのか?」
「それが……ごめんなさいね。私はなんていうか……その、ねぇ?」
 南雲はなんとも微妙な表情で言葉を濁す。
「殺人事件が担当だものな。そっちは詳しくはないか」
 どうやら南雲は警察関係者であるらしい。
「事実だけれど……そういう言い方をされると、ちょっと。女が目撃された場所は四つほどあるの」
 南雲はそこで言葉を切ると、真剣な顔で草間を見つめた。
「ひとつは踏切。事故というか……自殺が多いらしいわ。もうひとつは、そこから少し離れた交差点。道はそれほど広くはないけれど、あまり車は通らないし、見通しも悪くはない。でも、事故が多くてね……」
 事故のことを思い出しているのか、南雲は深いため息をつく。その様子から事故の陰惨さが伝わってくる。
「もうひとつは商店街。夜になると人通りがぱったりと絶える場所よ。整形外科のある裏通りにあたるかしら……噂では首吊りが囁かれているのだけれど、実際にはどうなのか。最後は、工事現場。建設途中のビルがあるの……まだ骨組み状態だけど。長らく工事は止まったまま、再開の目処も立っていないらしいわ。工事が再開されない理由は、作業員が落下してきた鉄骨の下敷きになって死亡したからという噂が囁かれているけれど……これもどうなのかしらね」
 南雲は言い、お茶に口をつける。そして、ふぅと小さく息をついた。
「なるほど。踏切、交差点、商店街、工事現場……目撃される場所は四つ。それは、わかった。……だが、やはりうちへ持ってくる話ではないような気がするぞ?」
 小首を傾げる草間に南雲は思い出したように付け足す。
「近くに交番があるの。そこによく、女に声をかけられた、追いかけられた、殴られたと駆け込んでくるのよ。……大抵は、酒を飲んでいる男ね。だから、うっかり落としたのかもしれないのだけれど……」
 南雲は少し困ったような笑みを浮かべる。
「懐からあれがなくなっているのよね……財布」
 そして、そう言った。
「……」
 一瞬、室内がしんと静まり返る。
「あ、あら?」
「それって……なるほどな、民間には危険……そういう意味か」
 草間は俯き加減に小さく吐息をついたあと、顔をあげた。
「微妙な問いかけをしてくる女が出るようだ。男女は問わず、その質問を投げかけてくるらしい。噂の真偽を確かめることができれば、依頼は果たされるとみていいだろう」
 もし、本当に出没するのであれば、今後はなるべく出没しないようにした方が喜ばれるだろう……何やら便乗している存在もありそうだしなと草間は付け足す。
「終電間近、深夜の孤独な調査、もしかしたら幽霊よりもタチが悪い奴と遭遇するかもしれないが……頼まれてやってくれないか?」
 そして、男を見つめた。
「霊的なものか、それとも騒ぎに便乗した悪漢か……ともかく、引き受けましょう」
 穏やかに男は答えた。草間は男の答えを聞き、次いで百合枝を見つめる。
「深夜に問いかけてくる女、か……私にできるのはここをこうした方がいいよというアドバイスくらいかしら?」
「と、いうことだ。二人ともやる気満々、成果を期待していてくれ」
 草間はうんうんと頷き、そんなことを言う。南雲はくすりと笑った。
「それでは、お願いするわ。くれぐれも無理はしないで、気をつけて」
 
 南雲が帰ったあと、共に依頼を引き受けた仲間ということで、お互いに簡単な自己紹介を済ませる。
 都築秋成。
 それがもうひとりの男の名前だった。名乗るだけで、あまり自分のことは口にしなかったが、ここに出入りしていることと、雰囲気的なものでなんとなく何をしているのかの予測はついた。霊能力者か、そういった関係……とりあえず、ただの釣り人ではないことは確かだ。
「聞いた話は、口裂け女の話まんまだったけど……女に殴られた……これはちょっと穏やかじゃないわね」
 口裂け女が問いかけの返答によって襲いかかってくるということは知っているが、殴ってくるという話は聞いたことがない。
「口裂け女は一般的に包丁やカマといったものを手にしていたと思いますが……素手で殴るというのは初耳ですね……」
 都築は顎に手を添え、小首を傾げる。
「酔っぱらいのことだからアテにはならないけど、財布の件も気になるわねぇ。これは便乗した奴の仕業かしら」
 口裂け女の噂を聞きつけ、それに便乗して悪事を働いている奴がいるのかもしれない。口裂け女が財布を奪うというのは、妙に現実的でおかしい。
「可能性は高いですよ。心霊スポットでカツアゲされる時代ですから」
 都築は遠い眼差しで呟く。
「……されたことがあるのか?」
 そんな眼差しを見せられてはそんなふうに勘繰りを入れてしまう。
「いや、ははは……それはまたの機会に。今はこちらの話を」
 都築は曖昧な笑みでごまかした。まあ、いいかと話を切りかえる。
「女が目撃された場所は、四つあったわよね」
「ああ、四つだな。彼女が用意した資料がある。それによると……」
 草間は南雲が置いていった資料のうちのひとつを取り出し、広げる。女が現れるという周辺の地図だった。
「踏切。ここだな」
 とんとんと踏切を指さし、草間は言う。示された踏切は地図によるとそれほど大きいものではなさそうだ。
「で、交差点……ここだな」
 踏切をそのまま北上すると交差点がある。草間の指はその交差点を西へと曲がり、商店街を指し示す。
「商店街はここで……工事現場はここだ」
 商店街を通りすぎた一角に空き地がある。そこが問題の工事現場であるらしい。工事現場は交差点の一角にあり、そこから南へ向かうと交番がある。その交番は沿線に面しているのだが、その沿線から東へ向かうと問題の踏切となる。
「ジョギングにはちょうどいい距離かもしれませんね」
「見た目どおり、やたら健康的なことを言うわねぇ。……でも、ちょうどいいかも」
 ちらりと都築を見やったあと、地図を見つめ百合枝は言った。
「とりあえず、出没するのは夜になってかららしいし、昼間のうちに下調べをしておこうかしら。あんたはどうする?」
「そうですね……とりあえず、四箇所をひととおりまわってみることにします」
 少し考えたあと、都築は答えた。
「決まりね」
 都築と共に興信所をあとにし、問題の地域へと向かう。目的は同じだから、別々に行動することもない。とりあえず、四つの場所を調べる前に駅から近い交番へと向かった。ここで何か話を聞けるかもしれない。南雲の話だと、ここの若い巡査が今回の事件を怖がっているとか、いないとか。
「こんにちは」
 がらららと交番のガラスの引き戸を開ける。四畳程度の部屋のなかに、机があり、警官がひとり待機していた。
「はい、何かお困りですか?」
 穏やかな表情で接してくる。だが、見た目、かなり若そうだ。これが問題の怖がりな巡査かもしれない。
「……あの?」
 思わずじっと見つめてしまったので、言葉を忘れていた。警官は穏やかな表情は戸惑う表情へと変わっている。
「ああ、すみません。実は、南雲さんからこの辺りに出没する女性についての調査を依頼されまして。そのご挨拶を兼ねてうかがいました。少しばかり話を聞かせていただけたらと思っています」
「え、南雲刑事……!」
 不意に警官は立ち上がる。その勢いに椅子は派手に転がった。
「ここにはいないわよ」
 その慌てぶり。もしかして、もしかするか……百合枝はくすりと笑い、そう答えた。
「え、あ、そ、そうですか……」
 ほっとしているような残念そうな複雑な表情で警官は小さく息をつく。それから、思い出したように都築と百合枝を交互に見やる。
「それで……何を話したらいいのでしょうか……?」
「女に声をかけられた酔っぱらいがここに駆け込んでくると聞いたけど?」
 百合枝の言葉に警官は大きく頷いた。
「そうなんですよ。今夜も、もしかしたら……出るかもしれませんね」
 ため息と共に吐き出された言葉に、都築と百合枝は顔を見あわせる。
「出やすい日とかあるものなの?」
「ええ。週末に集中しています。木曜日、金曜日……土曜日は少ないですね」
 南雲は駆け込んでくるのは、大抵が酒を飲んだ男だと言っていた。週の頭から飲む人間はいないとは言わないが、少ない。週末に集中している理由はなんとなく理解した。
「財布がなくなっているとも聞いていますが……」
「はい。事実です。驚いて逃げるときに落としたと思われる人もいます。でも、殴られて気絶しているうちに懐から札だけが姿を消していたという人もいて……」
「……」
 嘆く警官を前に言葉を失う。こうなってくると、もう、人間の仕業以外のなにものでもないような気がする。噂に便乗しているというよりも、その逆であるような気さえしてきた。
「相手は人間のような気がしてならないんですが……そうは思いませんか?」
「ええ、自分もそう思います」
「それでも、見回りは怖い……?」
 それを問うと警官は曖昧な表情を見せた。
「怖い理由は口裂け女じゃないのね。さらっと言っちゃいなさいよ。笑わないから」
「見回りが怖いのは……白いワンピースの女の人が、手招きをするから……この先にある踏切なんですが、そこで、おいでおいでするんです……」
 泣きそうな顔で警官は呟いた。
「……わかりました」
 厳かな表情で都築は頷く。
「出るという場所が四つあると聞いているけど、そのなかでも特に出現率が高い場所とかってある?」
「被害にあった人が多い場所ならばわかりますよ。交差点から工事現場を結ぶ道です」
 頭のなかに地図を思い浮かべる。交差点から工事現場を結ぶ道……商店街だ。
「商店街ね」
 百合枝の言葉に警官は頷く。
「しかし、それなりに被害が出ているというのに、どうして捕まえられないんですか? 張り込んでみることも可能でしょうに」
 都築の問いかけは尤もだった。被害に遭いやすい場所もわかっているというのに、どうして捕まえられないのか。それが不思議に思えてくる。
「被害届けが出ないからです」
 困ったような表情で警官は言った。
「相手も酔っていますからね……自分の行動に責任が持てる状態ではないし、それに財布が見つかっていますからね……札だけはなくなっていますが」
 幽霊に驚いて逃げだしたというのも恥ずかしいんでしょうね……となんとも言えない表情で警官は付け足す。
「財布、見つかるの?」
「ええ。見つかっています。遭遇したという場所に立ち戻ってみると……大抵が、電信柱のライトの下なんですが……そこにぽんと置いてあるわけです。カードや小銭、場合によっては札も入っています。でも、中身が減っているみたいですね……」
「なるほどね……それで納得してしまうわけか……。そうよね、口裂け女が出た、びっくりして交番へ駆け込む、出たという場所に戻ってみると財布が落ちている……しかも、酔っぱらっているんじゃ、信憑性に欠けるわよね」
「そもそも口裂け女が出たと言った時点でこの酔っぱらいの戯言と思われますよ」
「ええ、そうなんです。先輩たちは話半分で聞いていますよ。だから、出たという話になると、ああ、おまえ行ってやれ……という流れになるんです。それに……そう、ちょうど忙しい時間帯なんですよ。駅に近いから、他にもいろいろと問題が起こって……」
「今は暇そうねぇ?」
 百合枝は目を細め、笑う。
「……いいことですよ」
 なんとも言えない笑みを浮かべ、警官は言った。
 
「どうやら、出るという口裂け女は、人為的なものであるようですね」
 交番をあとにし、都築と共に線路に沿っている道路を歩く。自転車や歩行者が多く、あまり車は通らない。
「そうね。方向は固まってきたから、あとは本物に遭遇すれば、噂の真偽は確かめられるけど……でも、本当に来るのかしら?」
「どうでしょう。ああ、問題の踏切が見えてきましたね」
 警官の話では、白いワンピースの女が手招きをするということだが……実際はどうなのかしら。百合枝は踏切へと近づく。
「自殺が多いという話だったっけ……」
 踏切の遮断機の前へと立ち、周囲を眺める。カンカンカンという音が響き、遮断機がゆっくりとおりる。ほどなくして電車がやって来て、ガタンゴトンと音をさせながら通りすぎていった。
「!」
 不意に身体が硬直する。所謂、金縛りというものにかかっているような気がした。真後ろに気配を感じる。
 手が添えられたような気がした。
 ゆっくりと背中にかかる圧力が強くなっていく。
 このままでは……と思った瞬間、不意に身体が自由を取り戻す。目の前を電車が通りすぎた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……不意に身体が……後ろからぐいぐいと押されていたみたいね……」
「あまり長居はしない方が良さそうですね」
 踏切から北へと向かい、交差点へとやって来る。そこには花束がいくつか手向けられていた。ぐにゃりと曲がったガードレールが事故の衝撃を物語っている。
「悪さをしそうには見えないんだけど……」
 百合枝は交差点を見つめ、呟く。そこには確かに幽霊と呼ばれる類のものが佇んでいる。だが、悪意は感じない。沈んではいるが、平静を保っているように見える。
「おや、見えますか?」
「ちょっと見える程度よ。あまり霊感は強くないから」
 交差点を西へと進み、商店街へと入る。やっと人らしい人が歩く通りに出た。ここでなら話も聞けそうに思える。しかし、口裂け女が出る、商店街の評判を貶めそうなこの話題に対し、最も情報を持っていると思われる商店街の人々が口を開いてくれるだろうか。
「こうやって見ると、普通の商店街だけど。この商店街の向こう側に整形外科が多いという話だったわよね……整形とかってよくわからないけど、結構、失敗が多いものなのかしらね……?」
 百合枝は小首を傾げる。
「どうなんでしょうね。そういえば、口裂け女の口が裂けた理由は、整形に失敗したから……でしたっけ」
「そうそう。整形を担当した医師がポマードをつけていたから、弱点はポマード」
「好物はべっこうあめ」
 うんうんと都築は頷く。
「そう。で、めちゃくちゃ足が速いのよね。三人姉妹で、上の二人は警察に捕まって、末の妹だけが凶行に及んでいるという話もあったわね……考えてみると荒唐無稽な話だけど、世のお子様たちを震えあがらせていたのよね」
 そんな話をしながら商店街を歩いてみる。それほど長い距離ではなく、交番から踏切へと歩いた距離とほぼ同じ。商店街が終わったところで、工事現場がすぐそこに見えた。建設途中ということで、骨組みだけ、話に聞いたとおり、工事は中断されているらしく、人けはない。
「作業員が死亡したという噂があるんですよね。けど、ここは……」
「何も感じないわね。夜になったら、また雰囲気も変わるのかもしれないけど。人はいないし、話を聞いてみるとすると、やっぱり商店街が有力ね」
 商店街へと戻り、情報収集とばかりに聞き込みを開始する。噂話が好きそうな、情報のアンテナがぴんと立っていそうな中年の女性に狙いをつけ、話しかけてみた。
「こんにちは」
 最初は他愛ない話から。そして、口裂け女の話へとさり気なく持っていく。
「そういえば、この辺りに口裂け女が出るという話を聞いたんですが……」
「口裂け女?」
 何故か、きょとんという顔をする。そんな顔をされると、こちらがきょとんとしてしまいそうだと思いながら、都築と百合枝は顔を見あわせた。……この反応は、いったい?
「深夜、電柱の影にコートを羽織った女が立っていて『ワタシ、キレイ?』と訊ねてくるとか、こないとか……」
「ああ、その話ね。ある男がね、そこの通りでしくしくと泣いている女に気がついて、声をかけたんだよ。俯いていたけど、髪の間からちょっぴり見えた顔は鼻筋が通っていて美人だったから。そうしたら、女は男に捨てられ、もう生きる気力もないという。そこで男は慰めた。女の口から語られる男の所業はひどかった。男は慰めつつ、なんてひどい男だと憤慨した」
 この話の展開は……もしや、話の最後で『おまえが捨てたんだー!』と叫ぶオチでは……百合枝はそう思ったが、黙って話を聞いていた。
「それが縁で二人は交際を始め、遂には結婚したんだよ」
 めでたいねぇと中年の女は笑う。
「……え?」
 それは何かが違う……いや、めでたいのは確かではあるんだけれど。都築と百合枝は顔を見あわせた。お互いに思っていることは同じだと確信した。
「女を捨てた男というのは、結婚した相手の親友だったという話だよ」
「……」
「そんな話のあとからだね、『ワタシ、キレイ?』と訊ねてくる女が出るという話は」
 あまりいい噂ではないし、困っているといえば困っているんだよと付け足す。
「首吊りがあったという話は?」
「あったにはあったけど、それもかなり昔の話だよ。私がまだ学生だった頃の話」
「……」
 都築と百合枝はなんとも言えない顔で中年の女に礼を言い、その場を後にした。
 
 出る……という場所は商店街だろうということで、深夜の張り込みは商店街に重点を置くことにした。さらに、出るものは、幽霊といったものではなく、財布をくすねる不届き者であるという方向に固まった。
「ひとりではないと出ないのよね。とりあえず……ひとりずつ歩いてみる?」
 十一時を過ぎた商店街に、人通りはほとんどない。たまに、飲んだ帰りかと思われる会社員が通る程度だった。
「そうしましょうか。それでは、先に行かせてもらいますね」
 そう言って都築はひとり商店街へと歩いて行った。百合枝はその間、何をするわけでもなく、ひとり交差点付近で待つ。
 しばらくすると都築が踏切の方から走ってきた。
「おかえりなさい。その様子だと何も起こらなかったようね?」
「ええ、残念ながら」
 なんとも言えない表情で都築は答える。
「酔っていないと駄目なのかしら……っていうか、あんた、体格が良すぎるかもね。私が便乗犯だったら、あんたみたいに腕っぷしが強そうな相手は狙わないわよ」
「うーん……とはいえ、体格は変えられないですし……ぐでんぐでんになるまで飲みますか……」
 苦笑いを浮かべながら都築は後頭部に手をやる。
「酔っていたら、余計に怖いわよ。力の加減とかできなさそうだし。それに、こう言っちゃあなんだけど……懐があたたかそうには見えないかも……」
 貧乏そうには見えないが、だからといって金持ちにも見えない。何より、背が高く、がっしりしているから、標的にはなりにくいような気がした。
「それを言われるとがくりとしてしまいますが……まあ、事実だけに、余計にがくりですね」
 そう言って都築は笑った。
「まあ、女でも出るらしいし……今度は私が行くわ」
 念のため、財布の中身は抜いておこう……百合枝は財布の中身を抜いたあと、交差点付近からゆっくりと工事現場へ向かうことにした。昼間とは違い、まるで人けのない商店街は暗く、ところどころにある電柱の灯や自動販売機だけが光源で、なかなかに不気味。その通りを歩いて行くと。
 ……いる。
 電信柱の影に誰かが佇んでいる。
 コートを羽織った俯き加減の……おそらく、女。いや、思ったよりも背が高いから、男かもしれない。
 きっと、あれに違いない。本当に出るとは……ともかく、慌てた素振りは見せず、ゆっくりと歩く。
 そして、通りすぎざま。
「ワタシ……キレイ……?」
 くぐもった声がそう問うてきた。マスクを通しているにしても、女性にしては低すぎる声。心構えがあるから、驚きはしないが、何も知らずにここを通り、そんなことを訊ねられたら、さすがに驚くかもしれない。
「まったく、ダメね」
 百合枝は答えた。まったく百合枝が動じていないことに気がついたのか、声をかけてきた方が怯んでいる。
「!」
 不意に背後に気配を感じ、振り向く。そこには男がひとりいた。咄嗟に伸ばされていた腕を掴み、学生時代の杵柄とばかりに地面に叩きつける。咄嗟の判断であったため、力の加減も何もなく、反射的な行動ではあったが、鮮やかに決まった。それを見たひとりは驚いたのか、逃げだした。
「そっち行ったわ! 捕まえて!」
 百合枝は叫ぶ。
 しばらくして、逃げた不届き者を捕らえた都築が現れた。相手が抵抗しなくなったところで、その顔を確認する。まだ若い男だった。十代後半か二十代前半といったところだろうか。
「二人組?」
「そうみたいね。ばっちり、訊ねられたから間違いないわ。この二人が口裂け女の正体ね……男だけど」
 二人を交番まで連れて行き、引き渡す。
「とりあえず、これで事件は解決ですね」
「まったく人騒がせな輩ねぇ」
 百合枝は小さく息をついた。
 
 後日。
「……最初は悪戯だったみたいだな。驚いて財布を落としていった奴がいたあとは、小遣い稼ぎに移行したようだ。味をしめたんだろうな」
 人騒がせかつ不届きな二人は大学生だった。被害届けが出てはいないので、厳重に注意をされるだけに終わったという。その二人からお詫びの和菓子が届けられた。もう絶対しないということだが……当然だわと百合枝は思う。
「助かったわ。でも、被害届けが出ていないから、賞状とかは出ないの。協力してくれたのに、ごめんなさいね」
 報告を受け、南雲は言う。
「いえいえ、それは。きちんと草間くんからいただきますから」
「そうそう」
 都築と百合枝の言葉に南雲はくすりと笑う。
「さて、俺はそろそろ行きますね」
「なんだ、もう行くのか? 和菓子くらい喰って行けよ」
「もう一仕事残っていますので」
 にこやかに都築は興信所を後にする。
「私もそろそろ行くわ。慌ただしくてごめんなさい」
 都築に続いて南雲も興信所を後にする。それを見送ったあと、草間は百合枝を見つめた。
「行かないのか?」
「行くわよ。けど、あんたも一緒」
「え?」
「依頼料も入ったことだし、時間もちょうどいいわ。行くわよ」
 時計を見やり、百合枝は言う。
「行くってどこに……?」
「昼食」
 たまにはいいじゃない、ね?と百合枝が言うと、草間は少し考えたあと、頷いた。
「まあ、予定もないしな」
「いいお店知ってるのよ」
 
 会計を終えて店を後にする。
「本当に『いいお店』だな……なんなんだ、この高さは……」
「美味しかったでしょう? 宵越しの金は持たないってことで」
 依頼料は昼食で飛んだとか、飛ばなかったとか……。
 
 −完−

 
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3228/都築・秋成(つづき・あきなり)/男/31歳/拝み屋】
【1873/藤井・百合枝(ふじい・ゆりえ)/女/25歳/派遣社員】

(以上、受注順)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

依頼を受けてくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
今後はこのようなことがないように気をつけます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、藤井さま。
納品が大幅に遅れてしまってすみません。
事件は無事に解決です。ありがとうございました。普段はわりと個別となることが多いのですが、都築さまと調査方法の方向性が同じでしたので、共に行動しております。イメージを崩していないことを祈りつつ、ご縁がありましたら、また。

願わくば、この事件が藤井さまの思い出の1ページとなりますように。