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夢と現実の狭間で −Me and me−
行き交う人の群れ、五車線にも及ぶ道路、敷き詰められたように静止している車は渋滞でイライラしているのか、クラクションが鳴り止まない。
視線を傾けると聳え立つビル群が目に入る。全ての建物に人間が詰め込まれているのかと思うと、不思議でならない。
エリスはその巨大な都市を何となしに練り歩いていた。
歩くというよりは歩かされているような、そんな曖昧な自分の心情に驚きながらも、彼女は歩くのを止めようとはしない。どこへ行くのかは知らない。
「……え?」
刹那――視界がブレた。
そうではない、地盤が揺れ動いているのだ。
強烈な地震は、だが一瞬で治まりをみせた。
エリスは大きく感嘆してから、視線を前方に仰いだ。すると、街はつい先ほどの喧騒とは別の躁狂に包まれ、視界に広がる世界は一変していた。
遠くに海が見えた。いや、本来見えるはずがない。
何故ならば、視界の先には巨大なビルがいくつも聳えたっていたのだから。
なのに、ビルは跡形もなく崩れ落ちている現実。
まさか先ほどの地震で崩壊してしまったのだろうか?
エリスは地震という災害から連想してみるが、地震が一瞬の出来事であったことを思い出し考えを改める。瞬きの間に起きた地震なんぞに、この国の建築技術が負けてしまうはずがない。地震の多発する国の建築技術は世界的に見ても優秀なのだ。
「……あれは?」
そこで気づく。エリスは視線を上空へ。そこには――。
巨大なメイド服を着た女性――山よりも高く、全体像が把握できないほどに大きな人間の姿がそこにはあった。
知っている。
見たことがある。
どこかで、
わたしくは、
あの巨大な人間を見たことがあるような……。
巨大なメイド服の女性はこうのたまった。
――みんな私のおもちゃです。
巨大な女性は、子供が砂場で砂の城を壊してしまうような無邪気さで、
悪意とは無縁の笑みを浮かべていた。
指が真っ白なビルに触れる。
轟音が鳴り響き、ビルは無残にも崩れ落ちていく。
土煙が舞い上がり、同時に火も舞い上がる。
サイレンの音が複数聞こえた。
音が混ざり合って、不快な音を奏でる。
メイド服の女性は建造物に息を吹きかけた。
その途端、巨大な竜巻が発生し、それに人々が飲み込まれていく。
渋滞していたはずの道路が無人になる。
空を舞う人や、車や、電車や、看板や、
泣き叫んでいる人や、呆然としている人や、助けを求めている人や、痛み苦しんでいる人や、もはや死んでいる人――。
エリスは茫然とした表情で世界を傍観していたが、ハッとして、巨大なメイド服の女性の次の動向を探った、というより見た。頭はいたって冷静だった。理由を考える間もなく巨人が動き出す。
高層ビルの中ほどを切断し、もぎ取って、それを使って別の高層ビルを叩いて回る。
バッターがバットを振りぬくようにビルを振りぬく。
ガラスの割れる音、人々の悲鳴が世界に流れるバックグラウンド。
赤黒い血が、鉄筋コンクリートを着色していく。
肉の潰れる音、骨の軋む音。
半狂乱な人間が暴動を起こす。それに興じた悪意のある人間が様々な行動に出る。
そんな人々の反応も巨大な女性にとってはいい余興となる。
世界は地獄に様変わり。
長い年月をかけて積み上げられた種々の造形――遊び道具と化した都市は、たった一人の女性の手によって滅ぼされた。
「……う……うう」
目が覚める。
気だるい覚醒にエリスは頭を押さえながらベッドから降りる。
汗が滑り落ち、それが目に進入すると体全体に刺激が走ったような気がした。
汗は全身から吹き出ているようだった。
なにか恐ろしい夢を見たような気がする。
思考に靄みたいなものが広がって、記憶は散漫だった。
得体の知れない恐怖は、自分が危険に侵されるのではなく、自分が危険を犯してしているような――そんな予感めいたものが頭の中を渦巻いていた。
エリスは程なくして汗に濡れた寝巻きからいつものメイド服姿となる。
まだ、朝早いので仕事の時間には早い。小鳥の囀る音だけ窓の外から聞こえてきた。
無音に近い室内に落ち着かず、エリスはテレビの電源をオンにした。
放送されているのはニュース番組ばかりで――報道されているニュースも全て同じ。
いくらチャンネルを回してみても、似たような映像ばかりが放送されている。
喉がごくりと鳴る。顔は引きつっていたかもしれない。
赤いテロップには――『消えた大都市』の文字があった。
「……ま、まさか」
広がる荒野には根も草もない。
僅かな時間で出来上がるミステリーサークルよりも奇妙で不可解な現象。
大都市が消えた原因を学者や政治家たちが議論している画面にエリスは張り付く。
近づいて、耳を澄まして内容を把握する。次第に明らかになる事実。
消えた大都市は、夢の中の大都市と合致した。
夢の中の破壊者は私。
夢の中の行動は願望。
破壊は再生。
破壊は遊戯。
視線を投じる。
テーブルの上に並んだ、ミニチュアの数々。
どれもこれもエリスの玩具だ。
ふと、見慣れないミニチュアの存在に気づく。
やはりと言うべきか、新しいミニチュアがそこにはあった。
街はいつもと変わらぬ喧騒。
夢に見た地獄絵図はどこにもなく、ただ切り取られた世界の一部、大都市の原型がそこにはあった。
夢の中の酷い有様の世界はまだない。消えただけで、ミニチュアになっただけで……。
「……夢がわたくしの願望だとしたら……再び破壊を貪るのが真なのかしら?」
ミニチュアを目の前にしてエリスは考え込む。
仕事が始まるまであと少し――。
エリスは幼子のような無垢な笑みを浮かべて、ミニチュアに手を伸ばす。
−End−
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