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ストロベリーショック
【オープニング】
興信所のベルが、いつものようにけたたましく鳴り響く。
草間は机に山積みされた書類の山から顔を上げて入り口に目をやった。
「失礼しまーす」
返事もしていないのに扉はガチャリと開いて、一人の男を部屋に招き入れる。黒いスーツに茶髪で黒縁眼鏡の若者、浅野龍平。彼は何度かここに世話になっていた。
「お前が普通に入ってくるなんて珍しいな。で、今日はどんな厄介事を持ってきたんだ?宇宙人」
やる気の感じられない、というか諦めの表情で、草間はいつも「自分は宇宙人だ」と自称している龍平に声を掛けた。しかし龍平は話半分で、まだ開いたままの扉を振り返って狼狽えている。大抵の事は飄々と流してしまう彼にしては珍しい事かも知れない。
「普通に入ってきた、って普段はどんな入り方してんだゴルァ!!」
原因は扉の外から聴こえてきたこの、ドスの利いた声と鈍い破砕音だろう。
「うわー普通に入ってるよ!普通に!!」
「…誰かいるのか?」
必死に弁解する龍平に草間は嫌な予感を覚えつつ訊ねた。すると少し引き攣った笑顔で草間を振り向いた龍平より数瞬遅れて、部屋の中に少女が入ってくる。色白で目の大きな整った顔をしていて、染めた金髪もよく似合っていた。スモークピンクの可愛らしいシャツに薄手の紺のカーディガンを羽織っている。
「こんにちは。はじめまして」
彼女は、容貌通りの声と笑顔で草間に挨拶する。
(もしかして、この子がさっきの声の主?)
草間は挨拶を返しながら自分の考えに悪寒が走るのを感じた。
(まさかな)
「浅野、この子誰なんだ。彼女か?」
「ま…まさかー!」
「んな訳ねぇだろなんでこんなキモイマンと付き合うんだよ」
草間の冗談半分の口調に龍平は相変わらず微妙な笑顔を見せるが、舌打ちと共にぼそりと呟かれた言葉に2人の視線は少女に向かった。しかし彼女は可愛らしくにっこり笑っている。
「私、浅野京子っていいます。都内の高校3年生です。この人の妹なんですよ」
その後に「屈辱的にも」と聴こえた気がしたが、草間は気のせいだと思い込む事にした。
「で、結局何をしに来たんだ?」
もっともな草間の問いに、京子と龍平は答え始めた。
京子がゴミ捨て場に置いてあった苺(らしき)苗の鉢植えを拾って世話を始めて数週間後、鉢植えでは足りない程大きく成長した苗を密かに近所の公園の花壇に植えると、それはさらに巨大化して今では地域を騒がすようになって困っているという。なんと、高さは既に2メートルを越したらしい。
「大きさはおかしいが、これは確かに苺の苗に見えるなぁ…」
京子の携帯電話で撮られた写真を見て、草間は驚く。
「拾って植えたのは私の責任です。この植物の調査をお願いします!危険な物だったら大変ですから…」
「わかった。得意そうな人を募ってみるよ」
草間の答えに安堵の息を吐いたのは、京子でなく龍平だった。
「今回僕はノータッチですからね!京子にここを紹介しただけですから!!では、よろしくお願いします」
「私も、これで。連絡先はここですから」
慌ただしく席を立って扉へ向かう龍平を横目に、京子はメールアドレスを書いたメモを草間に渡す。
2人が去った後に、草間が気になって部屋の外に出てみると、扉の横にどう見ても拳の跡としか思えない形に壁がへこんでいた。彼は若干青ざめながら、
「修理代…依頼料に水増ししておこう」
と呟いたのだった。
***
京子が指定した場所は、ごく普通の小さな公園だった。ただおかしいのはその場所の雰囲気。普段は遊ぶ子供達で活気があるのだろうが、今は物好きな若者や近所の主婦が集まっている。その場に集まった者達の視線の先には巨大な苺の苗があった。
「ホントに大きい!見せてもらった写真より随分大きくなってない?」
人だかりの後ろから顔を覗かせて感嘆の声を上げたのは神崎こずえ。好奇心の所為か黒い目がいつもより輝きを増したように見える。
「あんなに大きくなるのには相当の栄養が必要のはずよね…どうして周りの植物は枯れないのかしら?」
青い切れ長の目が印象的な女性、シュライン・エマは首を傾げて呟いた。
「土の養分を栄養にして育っているのではない、という事じゃないかしら。何だか、あまり良い感じはしないわね」
その疑問に反応したのは猫を連想させる金の瞳を持った美女、朱野芹香。こずえは芹香の方を見て、ひとつ頷いた。
「うーん…確かに何か変な感じはするなぁ。弱い邪気、みたいな」
「邪気、ねぇ。京子ちゃん、とりあえず拾ってきたときから今までの経緯を詳しく話してくれる?」
シュラインは<邪気>などと聞いてあからさまに嫌そうな顔をした京子に話を振る。
「ええ、もちろん。でも私の家に行きませんか?ここに居ると何だか罪悪感が…」
コロッと表情を変えた京子は、不安と好奇の混ざった視線を送る人々を見て苦笑いした。
「確かに…誰がこの苗を植えたのか、今知られてしまうのは得策ではないでしょうね。京子ちゃんのお家でゆっくりお話を聴きましょう」
芹香は人を安心させるような微笑みをたたえてそう言った。
公園から5分程歩いた所に比較的新しい、立派なマンションが建っていた。京子はオートロックの入り口を慣れた様子で開けてエレベーターに乗る。4人全員が乗ると、京子は8階のボタンを押した。最上階である。
エレベーターを降りた廊下の突き当たりの部屋に<浅野>と表札が掛けられていた。誰の趣味なのか、それは妙に重厚感のある木材で出来ている上、達筆な筆書きなのだ。はっきり言ってこのマンションの雰囲気と全く噛み合っていない。
京子以外の3人がその仰々しい表札に目を奪われている間に彼女の家の扉は開いていた。促されて中に入ると玄関がかなり広い。しかし靴は一足も置かれていなかった。家の中も相当広く日当たりも良いようだが、やはり人気はない。
「もしかして…ここに一人で住んでるの?」
シュラインが驚いて訊ねてみると京子は笑った。
「まさか!でも両親は殆ど帰って来ません。忙しい人達だから」
彼女は何の気負いもなく言いながら西日が射し込むベランダへ向かう。
「ここであの苗を育てていたんです」
京子は大きな窓をカラカラと開け、片手でベランダを指し示した。そこには幾つかのプランターと鉢植えがあり、いずれも可愛らしい花が咲いている。
「使っていた鉢植えはどれ?」
こずえが訊くと京子はサンダルを履いてベランダに出て奥の方から素焼きの、ありきたりな鉢植えを持ってきた。
「変わった所はないみたいね」
こずえは事実だけを述べるように呟く。
「肥料は何か、使っていました?」
今度は芹香が質問するが、京子は首を振った。
「じゃぁ、拾ってきてここで他の植物と同じように水だけをあげて育てていたのね?」
「はい。育て方に問題があったとは思えないんですけど…」
シュラインの言葉に京子は困ったように答える。
「それを信じるなら、やっぱり問題はあの苗自体にあった、って事になるよね。拾った時のこと、なるべく詳しく聞きたいな」
こずえはそう言って、京子を見据えた。京子は頷いて、話し始める。
3週間前、このマンションのすぐ近くにあるゴミ置き場で鉢植えに植えられた苗を拾い、2週間で鉢植えに収まらなくなり、こっそり公園の花壇に植え換えた、という。それ意外に特別な事は起こっていないし、拾った日の前後に怪しい人物を見掛けた訳でもないらしい。
「手掛かりなし、か…」
シュラインが微苦笑すると、突然芹香が凛とした声を上げた。
「いいえ。京子ちゃんには、まだ言ってない事があると思うわ。違いますか?」
京子は芹香の優しげなのに射るような目に驚いて言葉を詰まらせる。
「…関係あるとは思えないんですが」
ややあって、京子は重い口を開いた。
***
京子の話の内容はこうだった。
苗を拾ってからよく、変な夢を見るようになったという。それは自分と同じくらいの歳の、知らない女の子が何事か話し掛けてくる、というものだった。
「明らかに関係ありそうじゃない!」
思わず声を上げるこずえを京子は一瞬鋭く一瞥したが、すぐにそれを苦笑に変える。
「私、そういうよくわからないものに関わるのが本当はすごく嫌で。何故か周りでよく変な事が起こるんで…信じたくなくて。本当、何なんだろう…」
最後の一言はほとんど独り言に近く、彼女が本気で嫌がっている事がよくわかる。
「本当にその子のこと、知らないの?」
「ええ。少なくとも喋った事はないと思います。見覚えがないですから」
シュラインの問いにも、首を傾げるばかりだ。
「それはおかしいわね…。陽が暮れたら人もいなくなるでしょうし、もう少ししたらまた公園に行ってみましょう。向こうも、ただ成長するだけでなくそろそろ何かアクションを起こすかもしれないわ」
芹香の提案に3人は同意し、陽が暮れるのを待つ事にした。
京子がお茶をいれる為にキッチンへ向かったのを見計らって、シュラインはこずえと芹香を手招きした。
「植物に霊が憑く…むしろ融合と言った方がいいのかしら?そういう事って…」
「ありえない、とも言い切れないですよ」
シュラインが京子の夢に出る少女を霊と考えてそう言うと、こずえが後を引き継いだ。今まで数々の魔物を見てきたからか、妙に説得力があった。芹香も肯定するように頷いたのを見て、シュラインは携帯電話を取り出した。
「じゃぁその線で、武彦さんに調べてもらいましょう。霊を見極める力のある人なら、こういう特殊なケースを調べるのも訳ないと思うわ」
「わたくしもそれがいいと思います。ところでどうして京子ちゃんに内緒にするんです?」
芹香のもっともな質問にシュラインは苦笑する。
「あの子、興信所の壁に拳でヒビを入れたのよ…真相を知ったら、あの苗に何をするかわかったものじゃないわ」
湯気の立つキッチンの方を向いて、3人は同じように微笑した。
***
街灯で遊具と木がぼんやりと浮かび上がる公園は、思いの外無気味なものだった。3メートルはありそうな苺の苗が発する邪気が、よりそう思わせるのかもしれない。嫌な雰囲気は昼より確実に強くなっていた。
「ウソ…実がなってる」
こずえは遠めに見た苗のシルエットに大きな実が幾つもなっているのに気付いた。
「本当だ…」
「待って」
思わず近付こうとした京子をシュラインが止める。
「誰かいるわ」
後を引き継いでそう言ったのは芹香だった。苗の側に、確かに人影がある。それはこちらに気付いたようで、何かを持ってゆらりゆらりと近付いてくる。4人が身構えていると、そいつは街灯の下に姿を現した。口元を赤い液体で汚したそいつは…
「なんでここにいんだコラァ!!…っていうか何?!何食ってんの?!」
そいつを見た瞬間、京子が壊れた。いままでの姿をかなぐり捨ててそいつに近付き、そして彼の食べているものに唖然とした。
「ちょっ…大丈夫?!それ毒じゃない?!」
シュラインもさすがに動揺を隠せず駆け寄る。巨大な苺を食べながら登場したのは、京子の兄、龍平だった。
「変わった方だとは聞いていたけどまさか…」
「信じらんない…」
芹香とこずえも、ハッキリ言ってかなり引いている。
京子に掴み掛かられそうになったのを慌てて躱しながら、龍平は巨大な苺の苗を振り返った。
「果物の香りがしたから、つい☆」
笑顔でそうのたまう龍平に、京子は完璧にキレた。
「ホンッッッットなんなのこのバカアニキ!!全っ然意味わかんない!何?もしかしてこの苺もアンタの趣味な訳?!もぅどっか逝け!!!」
これだけの言葉を言う間に彼女は龍平を公衆トイレの壁際まで追いやり、そのままストレートで殴った。それをどこか呆然と見ていた3人は、龍平がすんでの所でその拳を躱したのを見て心底安堵した。京子の拳はといえば、壁にめりこんで止まっている。
「満足ですか、イチコさん」
「アァ?」
龍平の余裕のある視線の先には巨大な苺の苗がある。京子が鬼のような形相のまま振り向くと、苗が身じろぎしたように見えた。それを聞いて辻褄が合った、と言うように頷いたのは京子以外の3人だ。
「やっぱりあれがイチコちゃんなのね?」
「困った子ね…」
シュラインと芹香はそう言って、苗に少し哀しげな視線を送っている。こずえはお札を取り出して何かの準備をしているようだった。その時、苗が大きく揺れて、なっていた実が地面に落ちる。さっきまで赤く熟していたそれは、もう殆ど朽ちていた。
***
結局のところ、イチコは何年も前に自殺した少女の浮遊霊だったらしい。それがいつ苺の苗と融合したのかは不明だが、京子の雰囲気が自分を自殺に追い込んだ人にとても似ていたという。
京子は勉強が異常にできるし、容姿も良いし、家も多分金持ちだ。かなりの高レベルの八方美人だから周りに人が絶えることもない。そんな彼女を不条理にも憎んでしまったのがイチコで、浮遊霊という不安定な状況で憎しみだけが増大していった。それが融合した苺の苗に表れて巨大化する事になったのだ。
そこで、京子への恨みを解くために龍平自身が彼女と話しを付けた。目の前で京子をキレさせて、本当の姿を見せるのが目的だった。
それが成功して理性を取り戻したイチコは憎しみで育てた苗を枯らしていく。そこへ、成仏の手助けにとこずえがお札を使って手を貸しているのだ。その甲斐あってか、苗が完全に枯れた頃イチコもこの世からいなくなっていた。
それを呆然と眺めていた京子だったが、ふと我に帰ると枯れた苗に走りよって、両腕で抱きかかえるように掴んだ。そして力を込めて引っ張り上げる。メリメリ、と音が聞こえて土が盛り上がった。
悲痛な叫びが夜の空に響き渡るのと、枯れた巨大な苗が土から引き抜かれるのはほとんど同時だった。
「どうして私の周りには変なのばっかり集まるんだよボケェ!!!」
オワリ
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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3206/神崎・こずえ/女性/16歳/退魔師
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3269/朱野・芹香/女性/29歳/医師(精神内科)・調香師
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、佐々木洋燈です。
今回は(も?)参加してくれた方々をただ巻き込んで話しが進んでしまいました…活躍不足でごめんなさい。
シュラインさんにはいつも暴走しがちな宇宙人兄妹の制御をしてもらうのでとても助かります!(笑。
では、ふつつか者(?!)ですが、これからもどうぞよろしくお願いします☆
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