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水の鎧〜みなものバージョンアップ大作戦(後編)〜
ある日みなもが自宅に帰ると、めったに居ない父親がリビングで寛いでいた。
それが、そもそも、今回のみなもの新技のための地獄の特訓の始まりだった―――
「じゃあ、ちょっと休憩しよう」
すっかりへばってしまったみなもに父親はそう言った。
ここはどこかの港にある小さな倉庫。
みなもの父親いわく、この倉庫内の空間は次元の“歪み”にあるらしく、中と外では時間の流れが異なると言う。
現実ではいったいどれくらいの時間が流れているのか……
みなもに判るのは、倉庫の天井に近い位置にある小さな窓から見える空が茜色から濃紺に変わってしまったということだった。
ここに到着したのが夕方として……外はもう夜だと言うことだけが判る。
ただ、みなもはまずこの“鎧”の為の物理学と素粒子の勉強の時点で涙が零れそうになってしまうくらい長い時間に感じた。
さらに、実際にその鎧を形作る為に海水をナノ単位―――原子レベルまで分解するところから始まり、なんとか形として全身に纏えたのがついさっきだが、すでにみなもの中ではもう何ヶ月もの間ここに居るような感じがしていた。
もちろん、こうやって何回も休憩を取ったり眠ったりしていたはずだが、その間に空が明けた気配はない。
「みんな心配してないかな―――」
父親とここに来たことを姉妹は知らないはずだ。
みなもがちらりと父親を見ると、目が合った父親はやはりいつものように微笑んでいた。
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「ねぇ、お父さん。これだけじゃ、この鎧は防御にしか使えないわよね?」
みなもは鎧を身に纏った姿で父親に尋ねる。
鎧は水分子と水素、酸素で構成されている為、外部干渉に対して強く、そして柔軟な対応をとる。
水そのものが強度であり、変化にも強いからだ。
外部からの力に対しては水分子の強い力を内側から加えることにより相殺することも出来るし、相殺しないにしても吸収して拡散することが出来る。
もちろん、ナノ単位で密接させている為に原子以下のものでない限りこれを破ることは出来ない。
それらを総合すればこの鎧がある意味“絶対的強度”を持つものであることはみなもにも判るが、果たしてこれが攻撃となると―――
もともと、水から原子レベルまで分離させて水そのものをより強化させるということ自体がみなもの想像の範疇を超えているのだが、それを今度はどう攻撃に利用させるのか……これまた、みなもには想像もつかない。
考えすぎで知恵熱が出そうになり、みなもはその形のよい額から眉間にかけて皺を寄せる。
そんなみなもに、父親は大きく首を横に振った。
「水を蒸発させると液体から気体に変化する。その気体の温度を更に上昇させると気体の分子は解離して原子になる。それを更に上昇させると正イオンと電子に分けることが出来るんだ。それを利用してプラズマを成形する」
笑顔で爽やかに説明されるが、みなもには相変わらずちんぷんかんぷんだ。
むしろ、そんなややこしい話を理解する前に大量の水をぶつけた方が早いのではないかとみなもが思ってしまっても無理はないだろう。
すっかり意識が遠のきかけているみなもだが、父親はそんなことに気づいているのか居ないのか―――それとも気づいていてあえて気づかないふりをしているのか、説明はまだまだ続いた。
「このプラズマを、絶縁体で制御するんだが―――それに利用できるのが“鎧”を生成した時に作った超密度の超純水だ」
そして、必殺技として教えられたのは、鎧の中で水素電子を亜光速まで加速し照射する核反応や、海水に含まれる重水素と重水素の中性子をほかの重水素に付与して生成する三重水素による核融合反応を利用するという技だった。
核融合反応によって生まれるエネルギーはそれこそ桁違いな威力を与える。
小難しい理論は理解出来かねたが、それらの技が強力な攻撃となりそによるダメージは手加減とかいう次元とは程遠いことは判る。
つまり、確実に“死”を与えることになるのだ。
そう考えると、一瞬この“鎧”による防御は良いが攻撃に関してはためらいが生じる。
確実なる死を与える力―――それはまだみなもには心理的精神的に扱うことの出来ない強大な、そして過ぎた力となるだろう。
「お父さん、お父さんはなんでこんな力をあたしに―――」
そう、みなもは呟く。
「強大な“力”を有するということは表裏一体だ。それをどう使うかはみなも……君次第だよ」
その言葉には、みなもが決してその判断を誤ることはないという父親の娘に対する信頼が現れていた。
「お父さん―――」
みなもは父親に抱きつく。
「―――まぁ、桁違いの海水と集中力、体力が必要になるから使い勝手自体は悪いかもしれなけれどな」
そう父親は心の中で小さく呟いたことをみなもは知らなかったのだが―――
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結局、これらを体得するまでに更にみなもはこの倉庫の中で体感時間3ヵ月―――合計6ヵ月をようすることとなった。
実際は丸1日しかたっていなかったのだが、丸々6ヵ月学校の勉強をしていなかったみなもは急に引き戻された現実に不安を覚えつつ学校へ向かった。
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