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調査File6 −無邪気な罪−
●始まり
不可解な事件が相次いでいた。
それはある日突然、子供の手足がなくなってしまう、と言ったものだった。
切断されたのでも、事故などで無くなった訳ではない。
朝起きると、忽然とその部分が姿を消し、残った部分はまるで今までその先がなかったかのように綺麗に皮膚で覆われていた。そう、ただ忽然と無くなるのだ。
痛みはなく、出血もない。
それは子供に限った事。大人ではそういった事件は報告されていない。
「それで、今朝起きたらこうなっていた、という訳なんですね」
圭吾は確認するように問うと、母親は頷いた。その面持ちは沈痛なものだった。
「唯也(ゆいや)が朝起きると、いきなり右足がなくなっていて…」
説明する母親の横に座る少年は、ソファに座って左足だけぶらぶらさせている。そのソファの横には松葉杖のかわりだろうか、少し太めの杖がたてかけられていた。
立壁唯也(たちかべ・ゆいや)の年齢は6歳。小学校にあがったばかりだという。
件の事件はこれくらいの子供に多かった。
「なにか思い当たることはないですか?」
問われて母親は首を傾げる。
「いつものように遊んでいたんです……確か昨日は祖母に買って貰ったおもちゃが壊れちゃった、とか泣いて…」
思い出すようにゆっくりと話す。
「おもちゃが壊れた?」
「ええ。でも関係ないですよね、こんな事」
言ってみたが、関係ない事を言ってしまった、という感じに母親は照れ笑いをする。
「しんちゃんも左手なくなった、って言ってたよ」
「しんちゃん?」
「うん。木庭慎太郎(きば・しんたろう)ってボクの友達。他にもたくさんどっかなくなってる子がいるって」
「……」
圭吾は寂しそうに言った唯也を見た後、後ろを振り返った。
●本文
「その、唯也君が遊んでいたというおもちゃはどの様なものだったのでしょう?」
セレスティ・カーニンガムの問いに、唯也は少しふてくされたように口を開いた。
「ロボットだよ」
最近人気のあるロボットアニメのロボットらしい。壊した事を咎められたかと思ったのか、唯也は下を向いたまま左足をぶらぶらさせる。
「そのおもちゃはどこが壊れた?」
今度は真名神慶悟に訊かれて、唯也はムスッとした顔のまま返答しない。
「すみません。……確か右足がとれてしまったと思います」
おもちゃが関係あるんですか? と母親は代わりに答えながら見回した。
「関係ない、とも言い切れない節があります。偶然にしてはできすぎ。その慎太郎君、っていう子にも逢えないかしら?」
「小学校を休んでいるはずですから、いけば逢えると思います」
うちも本当なら家を出したくなかったんですが……と口ごもるように言う。それは仕方ないだろう。我が子のこんな姿をむざむざさらしたいとは思わないはずだ。
その様子にシュライン・エマは吐息をついた。
「他にもそのような症状を訴えている子、いますか?」
「学校休んでる子いるよ。全員それじゃないけど」
再びシュラインが訊くと、唯也はなくなっている右足をみながら答えた。
「おもちゃはどこで買ったんですか?」
「さぁ。もらい物なのでそこまでは……」
「そうですか……」
シュラインは顔を曇らせながら、過去数度あった事のある男の事を思い出していた。またアイツがからんでいなければいいけど……、と思う。
「とりあえず、連絡とれる人たちだけどこかに集められませんか?」
「わかりました。学校の先生にお話して、体育館お借りできるようにしてみます」
セレスティの言葉に、母親は頷いた。
母親はPTAでも役職についている方だったので、話の通りがよく、体育館には20組前後の家族が集まっていた。
それは全て同じ学校の生徒だった。おもちゃたちのみせしめなのか、一つの学校に集中し、他の学校ではこういった事件は起きていないと言う。
しかしこんな事が身近で起きれば他人事ではない。いつ自分の家の子供のそうなるか、親として皆心配していた。
「こんなにも沢山……」
憂いをおびた瞳でセレスティは体育館の中を見回した。
「おもちゃをここに集めてくれ」
慶悟に言われて、母親達が床の上におもちゃ並べ、その前に子供達並ぶ。
その姿は奇妙で。おもちゃと全くおなじ部位が消えていた。
「やはりな……。しかし千切られたような状態ではなく、痛みもなかったというのなら害意というより戒めの様な気がするな」
「そうね」
慶悟に同意しつつ、シュラインは紙におもちゃとなくなった部位、名前とわかる範囲の購入場所を書き付けていく。
「おもちゃといえ、新しくとも魂が宿る言いますし。クルミ割り人形の様に。手足が無くなった子供達は、無くなる前に何をして遊んでいたのでしょうか。子供達の行動を調べれば共通する何かが出てくるかもしれません」
「訊いてみるわ」
セレスティに言われて、シュラインは更にまた聞き込む。
しかし遊び方に関しては共通性などなく、普通に遊んでいて壊れてしまった、という話が多かった。
「乱暴になんかしてないよ! 遊んでたらいきなり壊れたんだ」
一人の子が怒ったように言う。その子は右腕がなかった。オレが悪いんじゃないよ! と。
子供の遊び方、というのは大人には考えもつかないような事が多い。本人は普通に遊んでいるつもりでも残酷な事などもある。
「医学的には子供達の身体に異常は無いでしょうか……」
セレスティはコネクションを使って医師を呼び、子供達をみて貰う事にする。
そしてそちらの方には異常は全くないとの事だった。
「供養すれば大丈夫かしら?」
「どうだかなぁー」
心配そうに子供達を見つめたシュラインの横で、他人事のように慶悟は言う。
「そんな他人事のように」
「他人事だろ。……でもまぁ年金もかかってる事だしなぁ。首もっていかれてねーって事は戒めだろうから、意味をちゃんと理解すれば大丈夫だろ」
「首?」
慶悟の言葉にセレスティは首を傾げる。
「子供が遊んでて、とれたのが手足だけ、ってのはおかしいだろ。多分中には首が折れた、だのいるはずだ。でも首から上がきえちまった、っていう話はきいてねぇ。ってことはそこまでする気はないってこった。……わかって欲しかったんだろうな、自分たちの苦しみを」
最後の方は少し低く小さな声で言った。
「確かに手足を失っている子供はいても、首から上がない、って子はいなかったわね……」
シュラインはメモした手元をみて確認する。
「それに身体的影響を及ぼしても、生死に関わるようなまねをしたわけでもありませんしね」
ぐるっとセレスティが体育館の中を見回すが、みな手足を失っているが元気である。
シュラインは大仰にため息をついた。
「単純に供養しても、どうしてこんな事になったのか、という原因を当人達にわからせないとダメ、って事ね」
「まぁ、そういうこった」
「おもちゃ達の意思でも呼び出しますか?」
「それが早いかもしれねぇな」
慶悟はちらりとおかれたおもちゃに目をやってから、子供達を見た。
「親御さん達には体育館のカーテン、しめるように伝えてくれや」
「わかったわ」
シュラインは親を集めて手分けして体育館のカーテンをしめてもらう。セレスティは子供達に声をかけて、おもちゃを一カ所に並べて貰った。
体育館の中は薄暗く、重苦しい雰囲気に包まれる。ついているのは蛍光灯だけだが、どこか暗く感じる。
不安げに天上を眺める子供達。親たちも子供を抱きながら慶悟達を見ていた。
これから起こる事を固唾をのんで見守っている、そんな感じだ。
「どうしてこうなったのか、という話だけ簡潔に言うと、おもちゃの警告だ」
慶悟のよく通る声が体育館の中に、マイクなしで響き渡る。
「おもちゃを大切に扱わないで、乱暴にしたりした事が今自分に跳ね返ってきてるのだと思って頂戴」
「例え無意識で、わざとそれをやっていない事でも、おもちゃ達は傷つき続けているのです」
慶悟に続いてシュライン、セレスティ言う。その声は決して張り上げているものではないが、静まりかえった室内ではよく聞こえていた。
おもちゃの周りに結界がはられる。慶悟は呪言を唱えると、シュラインは体育館の照明をおとした。完全な暗闇。セレスティは子供達側で、いつなにが起きても対処できるよう車椅子にのったままの姿で待機していた。その方がとっさの対処にはやいと思ったからだ。
『……もう、いじめないで……』
暗闇の中から声がする。それはか細い女の子の声。子供達は誰のいたずらだ、と騒ぎ出すが、その声がする場所には誰もいなかった事を思い出して、一瞬静まり、再び騒ぎ出す。
「マジ? 幽霊!?」
「きゃー、こわいー」
「僕たち殺されちゃうの……?」
「大丈夫ですよ」
優しい声でセレスティが子供達をなだめる。そのかいあってか、子供達は静かになった。
『乱暴にするなよ! 一緒に遊ぶの楽しいけど、腕ひっぱったり足ひっぱったり、オレ達が痛くないとでも思ってるのか!』
一つのおもちゃがしゃべり出すと、堰を切ったかのように他のおもちゃも次々としゃべり出した。
壊さないでくれ、乱暴にしないでくれ、引っ張らないでくれ、投げないでくれ、言い方は様々だが内容はほとんど同じである。
「おもちゃにも命がある、それをちゃんとわかってあげれば元に戻るんじゃないかしら?」
騒がしい声が響く中、シュラインが言う。暗闇に慣れてきた目には、しゅんとうなだれた子供達の姿が目に入った。
何か手品みたいな事をやっているんじゃないの? と疑う親もいたが、昨今こういった事件が多発している為か、信じている親の方が多かった。
「ねぇおじちゃん、どうしたらいいの?」
「お、おじ……謝ったらどうでしょう? ちゃんとごめんなさいをして、一緒に仲良く遊びましょう、ってできたらいいですね」
暗闇の中で、セレスティの存在は仄かに光っていた。
「うん、じゃああみちゃんちゃんとごめんなさいしてくる!」
とたとたと、左手の無い少女がおもちゃのところへ走っていく。
「えーっと、リズちゃんごめんなさい。これからも仲良くあみちゃんと遊んでくれる?」
言うとおもちゃの中からクマのぬいぐるみが姿を現した。その人形の左手にあたる部分がない。
『もう壁にぶつけたり、腕をちぎったりしない?』
「うん! あみちゃんもうしない」
にっこり笑った少女の元へ、ぬいぐるみが飛び込む。それを少女は右手だけで抱きしめる。すると、ないはずの腕が現れ、左手でも人形を抱きしめていた。
「ママに腕なおしてもらお? ……あ、ぎゅってするのはいいよね?」
『うん!』
よかった、と心底ホッとしたように微笑んだ少女は、未だ自分の腕が戻った事には気がついていないようだった。
それをみた子供達は、一斉にかけだしてきておもちゃの前で謝る。
もう誰が何を言ってるのかまったくわからない状況になっているが、親たちは苦笑し、シュライン達も笑みを浮かべていた。
同じような事をしている子達は、なにもこの学校の生徒に限った事ではないだろう。
全員の姿が戻ったところでシュラインは口を開いた。
「今回の事はこの学校だけだったみたいだけど、これから他の場所で起こらないとも限らないから……別の学校のお友達にあったら教えてあげて? おもちゃにも命があるから大切にしてあげないとダメだよ、って」
「そしてもし、同じような事が起こっているお友達がいたら、教えてあげてください。きちんとごめんなさいを言って、これから同じような事をしなければ元に戻るから、と」
シュラインに続けてセレスティが優しく笑む。
子供達は素直にわかった、と頷いた。大人達も同じような事が起こっている家庭にそのように話す、と約束した。
●終わり
「まぁ今回は戒めくらいですんでよかったわ」
ホッと息をつくシュライン。前にみたいにややこしい男が関わっていたら面倒だったわね、と呟く。
「ああ、あれか」
言われて思い出したのか、しかし慶悟はこともなげにいたなー、そんなヤツ、と大あくび。
「誰ですか?」
「んー……悪魔みたいな?」
「みたいな……」
問うたセレスティに、曖昧な答えを返すシュライン。それ以外に説明のしようがなかった。
「まぁとりあえず面倒なヤツなのよ。……一番面倒なのは武彦さんだけど……あーもうまた仕事たまってるんだろうなぁー」
おおきく伸びをしたシュラインの横で、含み笑いをしながら慶悟はタバコに火を点ける。
「それが楽しいんだろ?」
くくく、と笑った慶悟に、シュラインは嫌な顔をする。
「シュラインさんは草間興信所もやっているのに、こちらも手伝っているんですね」
「なんでかしらねぇ」
「そういう性分なんだろ」
紫煙をくゆらせながら慶悟は空をみた。そろそろ日が暮れる。
「おもちゃの戒めか……」
「そのうち私たちは地球の全てから戒めを受けるかもしれませんね」
眩しそうに夕焼けを見つめて、セレスティは遙か昔の空と大地を思い出す。
今より綺麗だった空気、空、大地。絶滅種も少なかった。
「そうね、いつの日か……」
しんみりした顔でうつむいた後、シュラインはぱっと顔をあげる。
「辛気くさい話は終わりっ。ラーメンでも食べてかえる? この間おいしい店見つけたのよ」
「なんだおごりか?」
だったいく、という慶悟にセレスティは笑う。
こんな何気ない光景に心が温まる。
「私がおごりますよ」
やった、と道案内をするシュラインより慶悟が先にすすむ。
「そっちじゃないわよこっちー」
確か麺とつゆ持ち帰りできたはず……武彦さんに1人前…あ2人前くらいもって帰ってあげるか。と言いつつ夕焼けに全身を染めつつ歩き出した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来です☆
最近寒暖の差がありすぎですが、皆様風邪などひいてないでしょうか?
……ええ、もう夜来は真っ最中です☆ 鼻ずーずー。
今回の話は「鋼の錬金術師」ってマンガからヒント(そのままかも?)を貰って作ったものです。
我が子のお子様にも体験させてやりたい……。
最後の締めを少しかえてみたり。
それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています♪
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