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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:秘密の少女
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「草間さんさぁ〜〜」
 デスクに腰掛けた少女が、両足をぶらぶらさせる。
 色っぽさよりも子供っぽさで、せっかくの生足も台無しだ。
「なんだよ。金なら無いぞ。絵梨佳」
 なるべくそちらを見ないようにしながら、男が言った。
 草間武彦と芳川絵梨佳。
 いつものように学校帰りに興信所に寄った少女が、いつものように草間と遊んでいる。
 代わり映えのしない光景だが、
「俺は楽しくないぞ」
 というのは、三〇男の心の声である。
 むろん、そんなものを体外に出せば、八五七三倍くらいにして言い返されるので、絶対に口にはできないが。
「そうじゃなくてさー イジメってどーおもう?」
「最低の行為だな」
 あっさり応える。
 孤高の道を進もうとして探偵になった彼だ。集団で一人をいたぶるような行為を潔しとするはずがない。
「だよねー じゃあさー」
「なんだ?」
「いじめられてた人が、イジメっ子に復讐するってのは、どーおもう?」
「それはちょっと微妙だな。ま、俺は復讐を肯定するがね」
「意外だねー」
「それで? ことさらにそんな話をしたって事は、なにかあったのか?」
「噂なんだけどね。うちの学校の高等部で、イジメをやってた人が自殺したの」
 しかし、それは自殺ではなく、殺人なのではないか。
 虐められていたものが、復讐したのではないか。
 そのような噂が流れている。
「ただの噂だろ?」
「でも、火のない所にー」
「煙は立たないってか。それこそ根も葉もないぜ。噂ってやつは事実を追求したもんじゃねぇからな。むしろ面白おかしい方が受けるさ」
「でもさ。イジメっ子が自殺する理由なんかないじゃん」
「ヤケに熱心だな。調べて欲しいのか?」
「正解ー」
「料金はちゃんともらうぞ」
「それは私じゃなくて、依頼人に請求してねー」
 絵梨佳の言葉に、ふっとシニカルな笑みを浮かべる草間。
「依頼人は、イジメをしていたグループだな。次は自分の番ではないかと怯えている。違うか?」
 ぴたりと言い当てる怪奇探偵。
 絵梨佳が目を丸くした。
「説明してないのによく判ったねー」
「疑いをかけられたイジメ被害者が依頼人なら、こんな持って回った言い回しはしないだろ。簡単な推理だ」
「おみそれしやしたー」
 戯けたしぐさで、少女がへへーっと平伏する。
 タバコの煙がゆらゆらと揺れた。
「そういえば絵梨佳。お前の学校って‥‥」
「神聖都学園だよー」
「‥‥なんか、もう一枚くらい裏がありそうな話だな」
 呟く草間。
 夕日が、事務所を赤く照らしている。









※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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秘密の少女

 イジメというのは、いけないことだ。
 そんなものは誰だって知っている。
 にもかかわらず、根絶されることはない。
 日本という小さな島国では、はるかな昔からこの卑劣な行為があるのだ。
 伝統といっても過言ではなかろう。
 北海道のアイヌ民族や沖縄の琉球民族を除けば、ほぼ単一民族で国家が運営されてきた国である。
 自分たちと違うものを差別する精神傾向が強い。
 多くの日本人にとって、少数派というのは劣っているという意味なのだ。
 どぎつい例を挙げれば、盲目の人は目の見える人よりずっと少ない。
 つまり、少ないということは劣っているということなのである。非常に間違った考えなのだが、長いことこの国に根付いているものなので、変えるのは難しい。
 ノーマライゼーション、という意識はまだまだ定着はしていないのである。
「障害者がいるのが当然。みんな違うのが当然。ホント、当然なことなのにどうしてわかんねーんだろうな」
 呟いたのは守崎啓斗。
 緑の瞳には憂色が濃い。
 イジメに関して良い感情をもっている人間も少ないだろうが、草間興信所に集まっている者たちは、特に嫌悪感をしめす。
 なぜなら、彼らもまた「違っている」人間だから。
 幼少の頃から家庭的に幸福で恵まれていた、などというものはほとんどいない。
 他人とは異なる能力をもって生まれてしまったのだ。
 差別されない方がどうかしている。少なくともこの国では。
 特殊な家系に生まれた啓斗や弟の北斗などは、まだマシなほうなのである。
 草間武彦の細君であるシュライン・エマは、モンゴロイドでないことも手伝って、幼少期に酷いイジメを受けている。
 まして、蒼眸の美女の特殊能力は超聴覚だ。
 陰湿で残酷な悪口雑言が、聞こえてしまうのだ。
 どんなにこそこそ話していても。
 彼女が高等学校に行っていない理由や、一時失語症にかかって理由も、おそらくはそのあたりにあるのだろう。
 ただ、過去を詮索したりするのは怪奇探偵の流儀ではない。
 自分の妻の経歴に対しても、草間は訊ねたり調べたりしはしなかった。
 もちろん、他のメンバーだって同じだ。
 本人が進んで語ろうとしないことを忖度するような野暮は、だれもが慎むべきなのである。
 それに、中島文彦と名乗っている張暁文も、反魂屋で生活費をまかなっている巫聖羅も、つつかれたくない過去のひとつやふたつはある。
 何年も生きていれば、当然のことだ。
「でもね。イジメをする側も、かつては被害者だったりとかするのよね」
 溜息を漏らすシュライン。
 高尚でも何でもない話だが、それは事実である。
 まったくどこからも圧迫がなく、生活レベルにおいてストレスを感じていない人間が、イジメという行為をすることはありえない。
 他者を圧迫するものは、必ず別の人間から圧迫されているものなのだ。
 教育委員会が校長をいびり、校長が一般教師をいびり、教師が生徒をいびり、生徒がより弱い生徒をいびり、より弱い生徒は飼っている小動物をいびる。
「心が泥水で洗われるような、美しい関係だな」
 フン、と、中島が鼻を鳴らした。
 どいつもこいつも被害者ぶった顔をして、結局は加害者になっている。
 そして問題が発覚したら、みんなに責任がある、とかいう曖昧なことを言って、責任の所在をはっきりさせず、
「全員で反省しよう」
 と、こういうことになるのだ。
 もちろん実際のところは、まともに反省するものなどひとりもいない。
「でも結局、誰が悪いって言いだしたら、きりがないんだけどね」
 聖羅が肩をすくめ、中島がもう一度、フン、と鼻を鳴らした。
「教師が悪いってことになるんだろーけどなー」
「ま、それが無難っていうか、万民が納得する見解ってヤツだからな」
 守崎兄弟の言葉。
 皮肉を感じないものがいるとすれば、五歳児くらいのものだろう。
 いまの世の中、なんでもかんでも教師の責任になる。
 本来、教師とは教育技術者であって、それ以上のを求められる筋合いなど、一グラムもないはずなのだが、家庭における躾までも代行させられるのだ。
 あげく、その失敗の責任まで負わされるのだから、割に合わないことおびただしい。
「これもまた、イジメのひとつよね」
 苦笑するシュライン。
 問題を起こす生徒が悪い、こいつらこそ処分すべきだ。というわけにはいかない。
 家庭に問題がある。家庭こそを見直すべきだ。というわけにもいかない。
 国の政策に無理があるのだ。まずそこから変えろ。というわけにもいかない。
 これらはすべて、主張すれば政治家や官僚の支配基盤にヒビを入れてしまうから。
 さしあたり、公立学校の教師の責任にしておけば、丸く収まるのである。
 ついでに犯罪を犯した教師をピックアップすれば、踊らされやすいこと世界一のニッポン国民は、面白いように誘導されてくれる。
 教師の質の低下だっ! と。
 ちなみに教師の国家資格を与えるのは国だし、単に犯罪者含有率でいうなら教師など少ない方なのだが、そういうのは報道されないことになっている。
 罪もない一般教員こそ良い面の皮というべきだろう。
 そんな社会だ。
「イジメ問題が起きない方がどうかしてる。というのはさすがに禁句だけどね」
 言って、シュラインが仲間たちに資料を渡す。
 社会派を気取るより前に、彼らにはするべき事があるのだ。
 紙面に踊る無個性な文字の羅列を、事務所の蛍光灯が白々しく照らしている。


 自殺した藍田優子は、イジメグループのリーダー的な存在だった。
 仕切り屋とか、ボスとか、そういう印象だ。
 これが山中で首を吊って死んだのである。
 二日間ほど行方不明になった後に、ということらしい。
 仮定形なのは、この優子という女子生徒は、あまり家にも帰らず友人やボーイフレンドの家を泊まり歩いたりしていたので、確定的なことがいえないからだ。
 亡くなる二日前にセンター街で姿を見かけられているから、この時点ではまた生きていたことになる。
 ぷっつりと足取りが消え、見つかったときには縊死していたわけだ。
 一七歳。
 過去より未来に多くのものを持つ年齢ではあるが、同情の声は少なかった。
 イジメをしていたということもある。
 それ以上に、あちこちから恨みを買っていたようだ。
 バチが当たったんだ。
 などという声が、意外に多かった。
 むろん、公然たるものではないが。
 ただ、自殺する理由がなく、遺書もないことから、他殺が疑われた。
 最も怪しいのが、虐められていた女生徒である。
 岬かおりという。
 学校や警察から、かおりは調べられた。
 まずいことにアリバイ(不在証明)が、なかったから取り調べは厳しかった。
 しかし、結局のところ、かおりが優子を殺したという証拠も出てこなかったのである。
 動機は充分だったが、まさかそれだけで逮捕することもできない。
 それに、他の生徒たちの目もある。
 多くの生徒は、かおりに同情的だった。
 イジメを受けていて、そのいじめっ子が死んだら、疑われる。
 それはいくらなんでも可哀相だろう、と。
 かおりが虐められているときは傍観していた割には立派な意見だ。
 ともあれ、いじめられっ子に同情が集まれば、その反対側は冷たい目で見られるのが摂理のようなものだ。
 いじめっ子グループは日々孤立感を深めていった。
 もともとが徒党を組んで一人を圧迫するような連中であるから、単体では非常に弱い。
 かかる事態になって、いじめられっ子の気持ちをようやく理解した、というところだろうか。
 彼女らはそれに耐えることなどできなかった。
 それで、学園内で探偵の真似事などしている絵梨佳に助けを求めたのである。
 高校生が中学生に、卑屈に頭をさげて頼むのは、あまりみっとも良いものではないが、頼まれた以上、絵梨佳も否とはいえない。
「で、結局、面倒ごとはうちに持ち込まれるわけね」
 苦笑するシュライン。
 まあ、こんなんでも立派な収入なのだから、文句はいえないが。
「あたしと、啓斗と北斗が潜入ね」
 腕をぶんぶん回しながら聖羅が言う。
 兄と同じ積極攻撃型に属する性格である。事務所でねちねちと対策を立てているより、実地で調査する方が、ずっと好みだった。
「転校生ってのは無理があるかもしれないな」
 慎重に、啓斗が腕を組む。
「なーに。あれだけでっけー学校だもんよ。制服着てりゃあ簡単にはバレないって」
 ごく気楽に、北斗がいった。
 ちらりと兄が見る。
 たしかに、行動はほとんど放課後や休み時間になるだろう。だとしたら生徒という枷をかけられるのは、得策ではないかもしれない。
「でもよ。結局、俺らに何をさせたいんだろうな」
 ふと思いついたように口を開く中島。
 紫煙がゆらゆらと揺れる。
 依頼人、つまり、いじめっ子グループの生き残りたちだが、彼女らがどういう救いを求めているのかが判らない。
 リーダー優子の死を、他殺だと確認して犯人探しをしたいのだろうか?
 それとも、あくまで自殺であるとして、自分たちは関係ない、思い込みたいのだろうか?
「どっちにしても、精神が蜂蜜漬けのチョコレートででもできてるんだろうな」
 吐き捨てる。
 どちらの結論に達しても、グループには累が及ぶのだ。
 そこまで考えていないとは、なんという甘さと浅はかさか。
「他殺だとしたらいじめられっ子をそこまで追いつめたということが、明るみにでちゃうのよね。自殺だったら、友達が自殺したんだっていう十字架を、一生背負うことになるわね」
 シュラインが的確にまとめる。
 グループの連中は。助かりたい一心でこのような依頼をした。
 墓穴を掘ったことに、いずれ気が付くだろう。
 途中で調査が打ち切りになる可能性もある。
 そうなったとしても、料金は返せないってことをちゃんと言っておかないと。
 しっかりしている大蔵大臣だった。


 啓斗、北斗、聖羅の一七歳トリオが内部から探りを入れる。
 シュラインと中島が、外堀を埋める。
 完璧なコンビネーションで、調査は進んでいた。
 ただまあ中島などは、放課後は絵梨佳と一緒にぶらぶらしているだけ、という噂もある。
「警察と同じ切り口をしたってダメさ。あいつらはなにかと評判わりぃけど、けっして無能じゃねーからな。だから違うやり方をすんだよ」
 とは、黒髪の青年が熱心に主張するところである。
 まったくその通りだ。
 だから、仲間たちはなにも言わなかった。
 にこにこと笑っているだけだ。
「‥‥ぅー」
 絵梨佳はずいぶんと照れていたが、こうして目立つ行動をしていれば、敵が食いついてくるかもしれない。
 疑似餌のようなものである。
 これと同じ発想で行動しているのが、北斗と聖羅だ。
 反対に、啓斗はそれらを隠れ蓑にして、地道で堅実な調査を続けている。
 そして数日が経過し。
「なるほどねぇ」
「なんとなく、後味の悪い結果になるんじゃないかって予想はしてたんだけどな」
 聖羅と北斗が溜息をついた。
 いくつかのことが、浮かび上がってきたのである。
 フラグメントは、いじめられていたかおりの犯罪を、指し示していた。
 たとえば、彼女の実家が中古車販売店であること。
 彼女自身、無免許にも関わらず、かなりの運転技術を持っていること。
 優子の自殺と前後して、中古車が使用された形跡があること。
 そして、理科室からクロロホルムが紛失していること。
「かおりさんがやったのか、それとも彼女がやったように見せかけているのか。まだちょっと絞りきれないわね」
 集まった資料を見ながら、シュラインが呟いた。
 もしも、かおりが犯人だとすれば、これは周到な計画に基づいておこなわれた計画殺人である。
「ま、俺は復讐を肯定するがね」
 中島が言う。
 善良なサラリーマンだと自称しているわりに、言うことがなかなか過激である。
「武彦さんと同じ事をいうのね」
「だからって、おんなじレベルじゃないんだぜ」
 ちっちっちっ、と、人差し指を振ってみせる。
「似たようなものよね」
 口に出さず青瞳の美女が呟き、自分の推理を開陳する。
 仮説。
 いじめられていたかおりは、復讐を決意する。
 本来は、いじめっ子全員に復讐したいところだが、それは不可能と考えた。
 一人に何かあった場合、まず自分が疑われ、結果としていじめがエスカレートする可能性が高い。
 であれば、いきなりリーダーを「なんとか」すべきだ。
 ほかのものが恐怖するだけの方法で。
 これは、個人が集団と戦う場合の鉄則である。数の多い方に冷静な判断などをされたら、勝算などなくなるのだ。
 おそらく、かおりは優子をドライブにでも誘ったのだろう。
 あるいは実家が中古車屋だと知っていた優子が、かおりを足として利用していたか。
 いずれにしても、かおりは二人きりになる機会を得て、優子にクロロホルムを嗅がせた。
 そして山中に連れ去り、丸二日ほど監禁したのちに首を絞めて殺害した。
 監禁中は、水くらいしか与えなかったのではないだろうか。
 二日間も水だけで生活したら、抵抗力などなくなってしまうから。
「そしたら、非力な女子高生でも殺せるよな」
 啓斗が頷く。
「そして頭を失ったイジメグループは恐怖に打ち震え、自分へのイジメはストップした。見事な算術だとおもわない?」
 やたらと感心する聖羅。
 実際、彼女は感心していた。
 女子高生にしておくには勿体ない。
 北海道在住の魔術師の弟子にでもしたいくらいだ。
「勘弁してよ聖羅。綾さんは一人で充分。亜流が増えたら、地球がパンクしちゃうわよ」
 見透かしたように、シュラインが溜息をつく。
「冗談はともかくとして、今後どうする?」
 訊ねたのは中島である。
 彼の好みからすれば、べつにこのまま放って置いてもかまわない。
 法律なんてクソ食らえ、という性格の青年なのだ。
 ただ、彼のスタンスはともかく、探偵たちの方針を決めなくてはいけないのか。
 現在、警察の捜査はおこなわれていない。
 公式見解でも自殺ということに落ち着いている。
 多少は謎が残っているが、学園側だってこれ以上の騒ぎは御免だろう。
 放置しておけば、時間の経過とともに世間も忘れてゆく。
 あるいは、それが誰も傷つかない方法なのかもしれない。
「けどな」
「犯罪は犯罪だ」
 感傷を振り切るかのように、ツインズが言った。
 かおりには同情の余地が充分にある。
 だからといって殺人をおこなって良いという理屈にはならない。
 探偵たちは、自分たちが偉そうにヒューマニズムを唱えられるほど立派な人間でないことは知っている。
 しかし、
「直撃するしかないか‥‥」
 シュラインの声が沈む。


 かおりは、驚くほどあっさりと自らの罪を認めた。
 淡々としたその様子に、探偵たちはむしろ哀しみを憶えたほどである。
 凍り付いた瞳。
 イジメを受け、そして殺人という最大のタブーを犯した彼女は、感情というものを消してしまったのだ。
 シュラインと聖羅が付き添って、警察に出頭させるときも、かおりは泣きも叫びもしなかった。
 罪の重圧に耐えかねて心を閉ざした、というものでもない。
 心が壊れたなら、それはイジメを受けていたときに、すでに壊れていたのだろう。
 そしてそこまで彼女を追いつめたのは、優子をはじめとしたイジメグループである。
 傍観していただけのクラスメイトや教師なども罪なしとはいえない。
 誰一人として、かおりの救いにはなれなかったのだから。
「もちろん、あたしもね‥‥」
「背負い込むなよ。絵梨佳」
 やや茶味を帯びた小さな恋人の髪を、中島が撫でる。
 絵梨佳は中学生だ。高校生のイジメ問題に口を挟めたはずがないし、それ以上にそんな義務もない。
 だが、充分に大人の探偵たちですら後味の悪さを感じる事件である。
 少女が何も感じないわけがない。
 その点において、彼らはかおりと違ってちゃんと感情を生かし続けている。
 依頼人たるイジメグループの生き残りに真相を伝えたのは、森崎兄弟だ。
 かおりが出頭した翌日のことである。
 これは軽い政治的配慮だった。イジメグループがリーダーの復讐を目論む可能性もあったのだ。
 もっとも、杞憂というべきだろう。
 イジメグループたちに、それほどの気力や気概があるはずもない。
 しょせん、集団心理と数の暴力を頼むだけの卑劣な連中である。
「という結果になった」
 努めて感情を入れず、事実だけを伝える啓斗に、七人ほどの女子高生たちはあからさまな安堵の表情で頷いた。
 次は自分が殺されると思っていたところに、犯人逮捕の報が舞い込んだのだから、まあ当然といえば当然の反応だろう。
「アンタたちにも、警察からの取り調べがあると思う。覚悟をしておいた方がいいぜ」
 吐き捨てるように言って、北斗が踵を返す。
 臆病な草食動物だって、追いつめられれば必死の反撃をおこなう。
 かおりがやったのも同じことだ。
 火薬庫の中で火遊びをすれば大火傷を負う。運が悪ければ死に至ることもある。
 それが、優子の死に様だ。
 ではこいつらは?
 イジメに荷担しておきながら、いまになって被害者面か。
 怒鳴りつけてやりたいところだが、北斗は我慢した。
 調査スタッフはカウンセラーでも教誨師でもない。事実を伝えるだけで充分なはずだ。
 もっとも、啓斗に言わせれば、
「北斗のヤツ。なにか変なものでも食べたのか?」
 ということになる。
 まあ、兄から見るといつまでもやんちゃな弟なのだ。

 学園の裏庭。
 双子が去って、取り残されたイジメグループたちは、口々にささやきあっていた。
 自分たちに責任なんかない。
 イジメは優子がやっていたことで、自分たちは付き合わされただけ。
 殺人はかおりがやったことで、自分たちは被害者だ。
 なんで警察なんかに行かなくてはいけない。
 そうならなくて済むように手を尽くすのが探偵じゃないのか。
 あの生意気な絵梨佳ってやつ、シメてやろうか。
 高いお金とりやがって。
 自己反省をしない人間の集団を絵に描けば、このようなものなのだろう。
 この一件が終わったのち、彼女らの矛先は絵梨佳に向か‥‥わない。
「ひっ!?」
 グループの一人が悲鳴をあげる。
 震える指がさす先に、優子が立っていた。
 幽霊か。
 蒼白になって逃げようとするグループ。
 だが、その前方に立ち塞がる影。
 息を飲む女子高生たち。
 立っていたのはかおりだった。
 血みどろの包丁を提げて。
 恐怖のあまり、イジメグループがへたり込む。中には失禁するものまでいた。
 アンモニアの臭気が立ちこめる。
 前後から近づいてくる優子とかおり。
 ‥‥そして、七人の女子高生が発見されたとき、全員が精神に異常をきたしていた。
 余程の恐怖体験をしたのだろうか、皆、髪が真っ白になっていたという。

「くく‥‥怪奇探偵とやらも存外に詰めが甘いな。人の世には、存在する価値もない魂があろうに」
 少女の声。
 りん、と、鈴が鳴る。
 地獄絵の描かれた毬。
 もがき苦しむ咎人たち。
 その中には、なぜかあの七人に似た顔もあった。
 赤い袖が翻る。
 鈴の音とともに、つかれる毬。
 刻まれる微笑。
 白い、白い顔。
 紅い、紅い瞳が人の世を映す。
 ずっとずっと昔から。
 九曜魅咲。
 仮の名だ。
「食うわけでもないのに命を奪うのが人の業。幾年月が流れても変わらぬのであろうな」
 夕闇の迫る白い校舎に、長く伸びた少女の影が映っていた。
 毬をつき続ける少女の影が。



  エピローグ

「決めたっ!」
 今日も元気に絵梨佳の声。
「何を決めたの?」
 仲間たちに報償を分配しながら、シュラインが訊ねる。
 まあ、どうせロクなことではないだろうが、一応は聞いてあげないと拗ねてしまう。
「あたし、学校に探偵クラブをつくるっ!!」
 傲然と胸を張る中学三年生。
 エスカレーターで大学まで進める人は、どんなときでも余裕しゃくしゃくだ。
「ほら。やっぱりロクな事じゃなかった」
 ぼそぼそと草間が言っている。
 ぽむ、と、その肩を啓斗が叩く。
 とってもとっても同情の視線が注がれた。
「うおおおー そんな目で俺をみるなーっ!」
 悶える怪奇探偵。
 うっとうしい。
 聖羅と北斗が肩をすくめる。
「おうっ! 頑張れよ!」
 まったく無責任に絵梨佳を激励する中島。
 この人は、彼女のやることはだいたい容認しちゃう人だから。
 声に出さずに、シュラインが呟いた。
 にやーりといやな笑顔を、中島が浮かべる。
 そして、言った。
「シュラインは、武彦さんのやることはだいたい容認しちゃう人だから」
 しなを作りながら。
 ぼん、と、真っ赤になる怪奇探偵の細君。
「ブッ殺スっ!!」
「あ、シュラ姐がキレた」
「まあまあシュラインさん。もちつけもちつけ」
「つーか餅ついてどうする気だよ。食うのか?」
 一七歳トリオが、馬鹿な会話を繰り広げる。
「あーれー お代官さまおゆるしをー」
 かんかんに怒って追いかけるシュラインをからかいながら、中島が事務所の外に出た。
 成層圏まで突き抜けるような青空。
 もう夏は、すぐ近くだ。












                       おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / 上海流氓
  (ちゃん・しゃおうぇん)
1943/ 九曜・魅咲    /女  /999 / 小学生
  (くよう・みさき)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「秘密の少女」お届けいたします。
さてさて。イジメ問題に取り組んだのは、これが二度目です。
前は札幌での話でしたが。
難しい問題ですよね。
いつも書き切れていないような気がしています。
ところで、この事件をきっかけに、絵梨佳が学校でなにか始めるようです。
機会があれば、神聖都学園の方も覗いてみてくださいね。

それでは、またお会いできることを祈って。