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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


気をつけろ!暗い夜道と謎の美少女!?


「あら、九尾さん。いらっしゃい」
 草間興信所――――ハードボイルドな探偵を目指す主の意志を無視して、何故か怪奇現象の類が持ち込まれる、別名怪奇探偵所。
 東京の片隅、小さな雑居ビルの一室を訪れた客人の姿に、ストレートの長い黒髪を首の後ろで一括りにした理知的な美貌の女性――…シュライン・エマは僅かに切れ長の目を見張って、青年を室内に招き入れた。
「お忙しいところすみません。草間さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、居るわよ。――気にしないで。忙しいっていったって今の所事件は2つだけだから」
 こじんまりとした応接セットに、九尾と呼ばれた青年――――九尾桐伯を案内しながら、シュラインは笑う。
 その言葉通り、もし事件事件で忙しくて休む暇も無い位であったなら、こんな申し訳程度の応接セットでもないし、第一もっと立地条件の良いところへ事務所も移転しているだろう。


「おう。なんだ、お前さんか……って、どうしたんだ、それ」
 ゴト…っと、九尾が手入れは行き届いては居るが古さを感じさせるソファーに腰掛けた際に響いた音に、椅子に座りだらしなくデスクの上に両足を乗っけたまま居眠りをしていた男――――草間武彦がのっそりと起きあがり、首を傾げて問うた。
「お久し振りです。…一仕事終えて来た帰りでして。戦利品といった所でしょうかね」
「……?まぁ、いい。で、今日は何か頼み事か?」
 人形のように整った白い面に、うっすらと怪しい笑みを湛えて答える相手に、なんとはなしに『本能的な危険』を感じ草間は、九尾の持っていたそれ―――――銀色のトランクから話題を転じた。
「いえ。先日シュラインさんから伺った事件について…」
「え、私?」
 シンクの方から紅茶の入ったカップを持って戻ってきたシュラインが、不意に己の名前が話題になっていることに少し驚いたような声をあげた。
 九尾は目の前に置かれたカップに、ウェーブのかかった髪を揺らし軽く頭を下げてから、草間の方へと視線を向け薄い笑みを浮べる。
「あぁ、それか」
 そう言って草間は、デスクの上に放りっぱなしの資料にちらりと視線を投げる。
 A4のファイルに閉じられた紙には、ここ数日、夜な夜な街角で全身の骨を砕かれた男の死体が見つかっているという何とも不思議な事件について書かれていた。
 まるで粉砕機でやられたかのように、細かく骨が砕かれているのに、特殊能力を使った形跡も見られず、犯人の手がかりがつかめず暗礁に乗り上げていた事件だった。
「そういえば、お店で話してたけど……何か手がかりでも?」
 己も良く利用する、BAR『ケイオス・シーカー』のマスターでもある九尾ならば客の噂話等が集まる機会も多かろう、とシュラインがスチールの盆を胸に抱えたまま、耳を傾ける。
「ええ……まぁ。
独自に調べてみたところ、被害者は事件の直前、少女と一緒の姿が目撃されています」
 細く長い指を持ち手に絡めカップを持ち、優雅な仕草で紅茶を口に含んだ九尾は涼しい顔で答えた。
「だが、特殊能力抜きで、更に女子供にあんな真似ができるとも思えんが」
 被害者と最後に接触した人間が犯人の可能性が高いだろうが、しかし全身の骨を砕くような芸当が女性や子供に出来るとは思えない。
 草間が渋い顔をするのに、九尾は真面目な顔を崩さず、
「少女、ではなく、女装趣味の怪しげな格闘術の達人と考えてみては如何でしょう?」
「そんな奴がそうそう居るか!」
 びしッ!
 思わず右手で裏拳ツッコミの仕草をして草間が吼える。
 常に怪しい……否、ミステリアスな笑みを浮べている九尾はどこまでが冗談で、どこまでが本気か判断がつきかねた。
 まったく……とぶつぶつ言いながら溜息を吐く草間の視線の向こうで、シュラインが、やれやれと片手を額にあてて無言で首を振る姿が目に入った。
「異常な性癖が原因で妻と子供に逃げられ、天涯孤独の身になった男の唯一の心の慰めは、格闘に打ちこむことと、それによって鍛え上げた肉体を、フリルをふんだんに使った甘いパステルカラーのロリィタ衣装で包みこむことだった―――けれど、男の密やかで秘めやかな愉しみは突然の闖入者によって破られ、動揺した男は己の持てる技の凡てを目の前の敵……いえ、被害者にぶつけた……」
 すらすらすらすら、立て板に水の如くリアルな妄想(?)を語る九尾。
「あ…あんた、キャラ変わってないか」
 あまりに詳細な表現に、マッチョな親父がロリィタ服で夜の街を闊歩する姿がありありと浮かんでしまい、その気色悪さに半分魂を飛ばしかけた草間が乾いた声をかける。
 だが天国まで5秒前な草間を目の前にしても九尾の表情は変わらず、にこやかに先ほどのトランクをひょいと持ち上げ、
「実はもう捕まえてあるのです」
 ごっとん。
 九尾の仕草とは裏腹に、重そうな音を立ててトランクの蓋が開けば、鋼糸で雁字搦めにされ、口にはぴったりとガムテープが貼られた、少女―――――否、40過ぎの不精髭も見苦しいマッチョな親父がロリィタな格好で詰まっていた。
「居たんかい!?そんなのが!?」
 律儀にツッコミを入れた草間が、視界に入ってきたハイ・インパクトな『物体』の衝撃に力尽きてデスクに突っ伏すのと、幸か不幸か……理性が邪魔をして壊れきれないシュラインが、
「とりあえず、一件落着?」
 と首を傾げるのが同時であった。
「……どうやらそのようですね」
 眉一つ乱さず、紅茶を飲む九尾は、やはりどこまでも鬼畜だった。

【おしまい】