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<東京怪談ノベル(シングル)>


『…逢えない』

 最終下校を告げるチャイムの音が響いた。
 ばたばたと大きく駆け出す音と――その背に声をかける、あれは先生の声だろうか……が、響き、やがて聞こえなくなっていく。
 司城・奏人は、わずかな光の中で、実験室の隅、とある教科書を見つけ、持ち上げた。
 随分とよれている教科書は相当古いのだろう、叩くだけで埃が舞い、また再び床へと落ちる。

 何の気ナシに、その教科書を奏人は捲ると。
 瞳に飛び込んでくる文字があった。

 右上がりの文字、ほんの少しばかり癖のある……だが不思議と読みやすい、文字。

『このまま、楽しい時間だけ過ぎれば面白い。
例えば、ふたりでパンを分け合う。
そんな事さえも楽しいと思える時間が』

 数行の、何気ない言葉。
 本当にただ書きなぐったようにしか読めないのに。

 今なら解る。
 今、言霊使いである自分には痛いほどに、この文章を書いた人物の気持ちが解るのだ。

 ……おかしなものだ。

 生きている時には、全く気付けなかったのに……なのに、どうして……今頃……。

(解るのだろう…解って、しまうのだろう……?)

 眦に浮かぶ涙をそっと拭う。
 この教科書は、奏人が使っていた生物の教科書。
 そして、この文字を、言葉を書き込んでいたのは――ー

(……間違いなく、君だった……数少ない、生前の僕の……"友達"……)

 ――奏人は、ゆっくりと実験室の机に教科書を置き瞳を閉じる。

 もう、10年も前の事。
 なのに、思い出そうとすれば昨日の事のよう、鮮明に記憶に映し出される。

 同学年で古い知人であった友人の事。
 何度も教科書を「忘れた!」と言われ苦笑交じりに貸したこと……。

『全く…もう何度目だよ、この教科書貸すの』
『いいじゃないか、おかげで奏人もこの教科書だけは忘れられなくなってるだろ?』
『お陰って……何だよ、それは!! そう言うこと言うなら、もう貸さん!』
『あー…待ってくれ、司城先生…流石に教科書忘れて授業は受けられないしさ…せめてニ色パンで手を打ってくれないかなあ……』

 笑いあう瞳が優しかったこと。
 何かで、奏人自身に関わろうとしていてくれたこと……。

 様々な言葉や思いが、その中に隠れていたのに……。

 何故、人はやり直す事が出来ないのだろう。
 そして……どうして、戻れるのならばやり直したい等と願うのか。

 無理だと知っていて、無理だと気付くから、だからこそ、願うのか――?

(ああ、ならば……何故)

 もっと、その時点で優しく在れなかったのか……自分が生きていると言う実感さえなかったあの頃の自分ではあったけれど…せめて、ホンの一言でいい。

 彼に何か返せる言葉が一つだけでも、あったなら。

(…今は、こんな事を思っても無駄なのだけれど……)

 ……無駄なのだ。

 そっと教科書に置いた手を撫でる。
 彼が死んだのは何時の日だったか……。

 だが、多分。
 奏人より早くに死んでしまった筈だ。
 彼が、もし居たのなら。
 卒業式の日、あそこまで躊躇いなく周りのクラスメイトたちに自分が居なかったのだと記憶を封じたりは出来なかったから。

 煌々と輝く丸い月が、ただ、ただ実験室を淡く照らす。

 そして、何時しか。

 実験室に佇んでいた奏人の姿も、見えなくなっていた。




 漂うように奏人は、とある場所を目指す。
 一度、葬式の後に行ったきりだから覚えているかどうかは自信が無かったけれど――不思議と、道筋は覚えてもいるもので。
 静かに、静かに、その場所へと足を降ろすと、奏人は、また月を見上げる。

 月は何処にあっても同じ光を投げる。
 室内であろうと窓を開けていれば差し込む、淡い光――室外であろうとも、決して淡さは変わらない。
 昔は酷くそれが不思議で。
 何故太陽のように、時刻によって輝きを変えないのだろう、と思っていたけれど……。

「僕は、ただ見るのが怖かっただけなんだ……」

 そっと、奏人は呟き、月から目を逸らすと目の前の黒い墓石へと手を翳す。
 冷たい感触だろう墓石、今はもう触れられない友人を思うようで、心が痛む。

 いつも、優しくしてくれたね。
 僕には何故かそうしてくれる理由が解らなくて。
 自分自身に価値など無いと思い込んでいて……色々と正面からなんて、とてもじゃないけど見ていられなくて……。

 君に、気付かれないように、いつも瞳を逸らしていたんだ……。
 ちゃんと、見ていれば良かったんだって君が居なくなってから気付く。

 本当にどうしようもない事故だったのだと、誰かが言っていた。
 横断歩道をきちんと渡っていたにもかかわらず、信号が赤だったにもかかわらず、猛スピードで飛び込んできた、一台の車……あれを避けれるものなんて居なかった、と。

 もう二度と、君に逢えない。
 君と、僕の時間は永劫に続く事が無い。
 事故で断ち切られた、卒業の前に、消え去った時の欠片……。

 生きると言うことは、この場に在り続けるということは「なくす事」さえも意味しているんだね。

 今更に君の言葉を見て思い出して…どうしようもなくて、この場所に来て思う。
 過ぎ去った時間、なくしてしまった想い……、もう還らない、人々……。
 ただ僕らは何かを口にすることを、気持ちを形にすることを恐れていただけだ。

 だから。
 久しぶりに逢いに来て、この言葉は無いだろうって言うかもしれないけど、あえて言うよ。

「……さようなら、そして」

『ありがとう』

 生きている時の僕の……たった一人、親しいと言えた親友。
 君の思いに応えることは只の一度もなかったけれど――僕も、君が大好きだった。

 ふたりでパンを分け合う時も。
 奪い合うように、一つの本を読めたことさえも。

 当時、気付けないまでも好きなこと…だったんだ。
 思いの形は違っても……、凄く、凄く。




・END・



+ライター通信+

こんにちは、司城・奏人様
今回はノミネートよりのご指名本当に有難うございました!
それと素敵な感想メールも。
どちらも嬉しくて、小躍りしそうになってしまった私がいます♪

さて、今回の話は…ご希望のものに添えていますでしょうか?
プレイングを拝見させて頂いて、司城君は、きっと親友だった彼に対して
お礼を言う人ではないかと思いまして、このようになりましたが……
少しでも希望のものに添えていたら嬉しく思います(><)

それでは、今回はこの辺にて……。
ご指名本当に有難うございました!