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<東京怪談ノベル(シングル)>


喜望


 カーテンを揺らし、風が舞い込む。開け放たれた窓から吹く風は、室内で思索に耽るセレスティ・カーニンガムの銀糸に似た髪をふわりと舞い上げる。
 風のささやかな悪戯にセレスティはゆっくりと瞼を開き、現実へと帰還した。
 人の身では想像もつかないであろう長い時を過ごしてきた。であれば、彼にとって多くの出来事は目まぐるしく通り過ぎてゆく、一瞬の出来事でしかないのかもしれない。
 けれど、今の彼の心は、ほんの数日前に出会った一体の人形に占められていた。
 愛情ゆえに寂寥を知り、自我を持った人形である。しかし、その自我ゆえに人形は怪異を起こし、持ち主に疎まれた。
 いつかは、持ち主の心も解けるだろう。人形がそうであったように、持ち主もまたその人形に愛情を注いでいたはずであるから。
 しかし、セレスティは同時に思う。果たしてそれは…幸福なのであろうかと。
 世間一般は、その人形を“怪異”と呼ぶであろう。それは、人形本来の姿ではない。
 人形は持ち主に愛情を注がれ、モノとして扱われる。それが悲しくもあるが、正しい姿なのである。
 あの人形は、自我を持ってしまった正しい姿から逸脱した人形は、幸せなのであろうか。
 あるいは…、そうあるいは人形に戻してやる事も幸福だったのではなかろうか。
 何故なら、そう何故ならば自我を持ってしまったあの人形の辿る悲哀をセレスティはよく知っていた。
「…人の命は…あまりに儚い」
 そう。セレスティの年は700歳を超える。多くの出来事が一瞬であるように、人間の一生もまた彼にとってはあまりに短すぎるものであった。
 彼の知るあの人形も製造されてからすでに100年を越えている。すでに、その生を終えた持ち主も幾人かはいたはずだ。今まではいい。何故なら、自我がなかったのだから。
 しかし、自我を感情を持った人形は、主人の死に…悲しみを知る事になるだろう。
 セレスティは、ふうと小さく溜息を吐くとハンドリウムをまわし、キャビネットの前へと車輪を進めた。

 キャビネットの中には、アンティーク人形が納められている。かつて貴族に愛好されたという人形である。
 ビスクで作られたフェイス。頬は薔薇色に色づいている。豪奢な金髪は、緩やかに巻かれていた。申し分のない、愛好家が求めてやまないアンティークドールと言える。
 セレスティはそっと人形に手を伸ばし、自らの膝にキャビネットから取り出した人形を横たえた。
 まっすぐに見上げるグラスアイは、セレスティと同じ青をしている。しかし、人形の瞳は感情の色もなくただただセレスティの姿を映すだけであった。
 まさに、申し分のないアンティークドールと言えよう。
「あなたと…あの子。果たしてどちらが幸せなのでしょうかね…」
 人形の髪をそっと撫でながら、セレスティは困ったような微笑を浮かべて呟いた。
 この人形もセレスティの手元へ来る前に、他の人間の元にあった。幾人の手を渡ったかは知らないが、最後の持ち主はセレスティの知る者であった。懇意であったその人の死に際し、形見分けとして譲られたのである。
 しかし果たして、この人形はその人の死をセレスティと同じように悼んだのであろうか。
 悲しみを悲しみと知らずにいられたならば、その方がよいのかもしれない。
 そう、思い再び人形に目を落とす。
 と…、人形と重なって一人の女性の姿がセレスティの脳裏に浮かんだ。
 ビスクのように白い肌。けれど、その瞳と髪は人形とは似ても似つかない銀髪に紅の瞳。凝った表情ではなく、目まぐるしく変わる愛らしい顔。
『セレ様』
 そうセレスティの名を呼ぶ声が聞こえるのではとすら思えた。
 セレスティは胸に去来する想いに気がついた。そう、ある人に逢うまで知らなかった想いだ。
 いや、知っていたのかもしれないが、畏れ、あるいは厭い、失っていた想いだ。
 うっすらとセレスティは微笑んだ。そう、答えの出ないと思われた問いにストンと答えが導かれる。
「私は…長き生ゆえに凝り固まってしまっていたのでしょうかね…」
 感情がなければ、悲しみもない。けれど、喜びを感じる事もないのだ。
 そう…、そんな事想像も出来ないが、もしあの人を失うとして、出会わなかった方がよかった等と言えようか。やがて来る悲しみを恐れ、喜びもまた封じる事が出来ようはずもない。

 セレスティは膝に乗せた人形を腕に抱くと、その髪を優しく撫でた。
「例え、怪異だとしても。人形でなくなったとしても…貴方を迎え入れましょう」
 それがいつになるかも分からない。けれど、いつかがあるかもしれない。
 自分は過ぎ去った過去の記憶を見つめる方が見つめる方が生に合っている。けれど、そう、長い生だ。未来に喜びを期待してもいいのかも知れない。
 単に、過ぎ去る一日を過ごすのではなく。遠い未来の喜びを待つ日々があってもいいだろう。それは…単なる我侭だろうか。
「願わくば…、そう願わくば、目覚めの時は喜びと共にあるよう」
 名前をつけてあげましょう。それに、会わせたい人もいるのです。
 悲しみではなく、喜びを振りまくあの人に。
 セレスティは微笑むと、今度は人形に名を与えるための思索を始める。
 セレスティと膝に抱かれた小さな人形の髪を、風が優しく揺らした。


◇◆◇ライター通信◇◆◇

*セレスティ・カーニンガム様
 こんにちは、シマキです。
 初シチュエーションノベルの発注、ありがとうございました!
 『泣子』後日談という事でしたが、如何でしたでしょうか?
 ご満足いただけましたなら幸いです。

 私個人としましては『名』を与えられたら、この人形は遠くない未来に動き出してしまう気がしています。
 人形本来の姿ではなくとも、『名』をつけられたものとしてあるべき姿になるのではないかと…。
 お気が向かれましたら、掲示板ででも目覚めさせてあげて下さい。