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<東京怪談ノベル(シングル)>


飲んだら捨てるな(なんか違う)
 睡郷の長いトンネルを抜けると廃墟であった。

 ちょっと待て。
 パスティーシュにもほどがある。

「乙女の部屋を廃墟ってゆうなぁ。ま、私が云ったんだけど」
 がらくた、ということばを強引に漢字にあてはめると、瓦落多、我楽多、等となり、どちらをつかうもその人・その時・その場しのぎで変わってきますれば、真迫・奏子(まさこ・そうこ)数えで――「おや? 誰がいつ、乙女の年齢を暴露してもいいといったかしら?(にっこり)」――そんなんどこぞの心霊学研究所で調べればすぐに(げしげしごふごふ)《放送事故につきこの項目は削除されました》――歳の場合、「私はあんまり楽しくはないものねぇ。前者かしら?」と余裕たっぷりにいってる場合ではないようです。
 なぜなら、まさしく、瓦・落・多、だし。
 どうして部屋のなかに、煉「瓦」が丸のまま、落ちてるんだろうか。焼き色もみごとなレトロの赤煉瓦、大漁節かかげちゃいたいくらいの容積、量、積み上げていけばもうひとつおなじ大きさの新しい部屋も夢ではないかも、というくらいに。
「‥‥ほんとうにやっちゃおうかしら」
 そりゃあ無理だ。
 落ちてるものは煉瓦だけではないからです。なにはともあれ、そちらをなんとかするほうが先であろう。体を動かすのはわけもなくおっくうだから、瞳だけでざっとあたりをつける、
「アニマルながらも、薬屋の看板ぼっちゃん、」オレンジ色した天真爛漫な仔象、「大阪の恐怖伝説、」某球団を十年ちょっと呪ったとの噂もまことしやかな白髪のおじさん、「もしかしたらけっこう年増な、ちょろり舌のミルクキャンディ娘」ボーイフレンドは今回いらっしゃらないけど、「最近しゃべりはじめたハンバーガーショップのピエロ、」トークは邪道だよねー、あくまでもパントマイムがかっこいいのにー、そしてとどめは、
「キャラクターですらない。でもレアものよ☆」
 昭和の異物の一品、赤い一本足の渋くて憎くてお口もひとつのかわういやつ、旧式の郵便ポスト、だった。こりゃあたしかにレアものだ。って「☆」つけてごまかしてるようすじゃなさそうだぞ奏子、レアものだからなおさらやばし。ついでに老婆心ながら忠告を、そういうことばづかいは外見年齢の似合うものこそ(げしげしごふごふ、再来)。おもに、うしろの人の都合(重傷、という名の)により、話を進める。
 奏子、若きウェルテルもかくや、眉を寄せて額をおさえる。悩むべきことは、まだまだあった。
 お気に入りの春スーツ、身につけたまま体をたおして眠ってしまい、哀れ、縦にも横にもごまかしきれない皺の数数、おまけに(というかおまけのほうがずぅっと惨い)片袖はほつれた二、三の糸を痕とのこした他は姿形もまったくみあたらない、ざっと部屋をみつくろってみるが、どこにもない、すくなくともなんでもあるけど必要なものだけはぜったいにないと思われる奏子の私室の内部においては。けれども、その代わりならばなんとかかんとか見つかった、瓦落多どものてっぺんをちょこんと飾るショートケーキのストロベリー、もといピンクのヒール。買ったばかり、とっておきの機会に卸そうとたくらんでいた絶品、ただしこれも片方がない、よくよく目をこらせば踵もばっきり逝ってるようだ。
「合計いくらの被害でしょうねぇ。保険おりるかしら?」
 いや、だからそうじゃなくってさ。保険屋もこんな事態は想像してないだろうしさ。
 考えなきゃいけないのは、どうしてこうなったんだろう、とか、これからどうしようかな、とか。それもそうよね、奏子ぽつりとひとりごつ、とにかくかたづけなくっちゃキッチンにもたどりつけやしない、まずは煉瓦からなんとかしましょ、だけどいちいち外へ運んでゆくのはあまりに面倒だし、だいいち朝もはよに(いや、これはちょっと嘘だ。もうブランチの時間、そういや腹回りの心なしか哀愁を訴える)自宅から煉瓦をはこびだしてるところをご近所さまに目撃されるのも、どうか。
「おや、真迫さん、それはどうされたの? もしかして煉瓦屋さんでもはじめられるの、それとも煙突でもつくられるとか? あぁ最近はいろいろな職業がありますものね、サンタクロースの副業とかかしら。煙突がないとやってけないものねぇ。でもちょっとサンタクロースはねぇ、しかも今から真夏だし」
 ありえないとはいいきれない、かもしれないぞなもし。いや、たぶん、ありえないが。運ぶも難、留め置くも難、片手でもてあそべばずっしり重量感のある煉瓦、対処を考えあぐねて、
「‥‥窓から、捨てちゃえ。ちょ、ちょっとだけならだいじょうぶよね?」
 試しに、ぽいっ、と投げる。
 ひゅーん、と飛んでゆく。
 ぐばぁんっ、と流星と彗星とを一斉にばらまく音が、地上から急ぎ足でのぼってくる。それと、誰かの思い切りのいい叫び声。
「誰か、その、ひったくりつかまえてーっ。あたしのかばんーっ。って、あぁっ、よく分からないけどすっごく運のいいことに、どこからかまるでUFOのように一直線で飛んできた煉瓦がひったくりの後頭部を直撃したわっ。すごい、でもどうしてこんなものが街中に突然出現したの?!」
「‥‥‥‥‥‥へー、世の中には珍しいこともあるものねー。さぁてっ。あとかたづけはあとまわしにしようかなっ」
 ここまでやれば誰も説明台詞とはいうまい、いわすまい、な現実をうけ、奏子、諸々の事情により(これまたやっぱり、重傷、という名の)、片づけはひとまず一千光年の彼方におき、原因の追及をはじめることにする。記憶の数珠繋ぎをゆっくりたぐる、片手にはべつのまた新しい煉瓦、すっごく撲殺に適した重みの。そいつでたんとん、肩をたたき、凝りをほぐしてリラックス。
「昨夜は、たしか‥‥」

 ※

 昨夜はたしか、めずらしく何にもない日だったのだ。プライベートもビジネスも。芸技という仕事柄、夜に活動のおおい奏子にとってはつまり完全なるオフに等しい、携帯電話のスケジュール欄には知り合いと顔を合わせる予定すら入っていない。そんな日もたまにはよかろう。なにも決めないで過ごす時間、というのは、もしかすると盛大に豪奢な代物ではなかろうか。惰眠かビデオ鑑賞かただぼんやりするのも乙なもの、と、楽しく思案するところに、電話の着信が沈黙を御邪魔します・るるると。相手は不明。べつに気分を害することなく、おもむろに自分へとりつぐ奏子、オン一番ひろがりだしたのは底抜けに軽い、軽すぎて眩暈がする、
「あ、先輩。おひさしぶりでーす」
「あれ?」
 この声はたしか‥‥。
「置屋のほうに電話したら、今日はお休みだっていうお話でしたから。迷惑かと思ったんですけれど」
 シナプスが組織して象った名前を口にする、と、「そうでーす。おぼえててくれたんですね」と、これまた重力を裁ち切りそうなくらいにライトな返辞、奏子「そりゃあ。客商売ですからね」人のことはちょっとやそっとじゃ忘れないわ、と応じてやると「すごーい、すごい」まったくありがたみのない感動――悪気はないらしいが――を生産する。
 一時期すこしのあいだだけ、奏子の後輩をつとめていた娘だ。本気ではないらしく、社会勉強だか単なる好奇心だかで、それでもまぁ与えられた義務はなんとかはたした少女。たしか今は、短大生。それがまた、どうして急に。奏子はそこへトラブルのほのかな匂いをかぎとった。誰かが困ってる、となれば、元々面倒みのよい奏子は捨て置けない。声色はだんだんと真剣がかる。
「どうかしたの?」
「えっとー、ご面倒でなければでいいんですけどー」
「なんでもいいなさいよ、とりあえず聞くだけならしてあげるから」
「じゃあ、思い切っていっちゃいますけど。先輩、合コン来ません?」
 こけた。
 頭をどこにも打ち付けなかったのが、もっけの幸い。他人の不在証明が、より幸い。とてもなじみにはみせられない格好で、奏子はダイナミックにひっくりかえった。
「メンツ足りなくなっちゃって。そしたらよく分かんないけど、先輩のことを急に思い出しちゃって。置屋に連絡したら、先輩、今日はお休みだっていうじゃないですか。これはもう、運命かなーって」
「は、はぁ」
 運命か、運命ってそんなもんか? もっとこう、一生の恋人との邂逅とか、がけっぷちの人生を救出する契機とか、そういうもんをいうんじゃないのか? 喉元までせりあがった台詞はしかし中和される、つまるところ完全な消去ではない、代替が誕生しただけの話だ。それは一般に、興味だの感心だの、呼ばれる。そういうのもおもしろいんじゃない?
 べつに男性に不自由しているわけではないが、奏子はまだ20歳なのだ(ごめんけっきょく書いちゃった)。法律的には成人あつかいされるものの、季節はずれの話題ではあるが荒れる成人式が話題になり、学生気分が大手を振る昨今、社会的にはけっこう無責任でも赦されることになっているような20歳。よって彼等は特権を謳歌しようとさまざまな祭りを企画する、その遺伝子を正統にうけついだ、末梢血管レベルのイベントである『合コン』。
「相手は○○大学の男の子なんですけどー」
 彼女の台詞が、殺し文句になった。レッテルにさほど心動かされはしない、『大学生』であることのほうがよっぽど重要で稀少なポイントだ。彼女がビジネスで接する相手のほとんどは生活力のある社会人だ。知り合いには幾人か、未成年や大学生の男性もいる。だが彼らは気のおけない相手であり、初対面のオトコノコの集団との駆け引きとはまた異なる。合コン――案外、近くて遠い存在だった。
「しかたがないわね」
 と不承不承受け入れたつもりで、その後、いつもとメイクのパターンを変えてみたり、出発ギリギリまでファッションのまとめに悩んだり、最終的にはとっておきをすこしばかりひきだしてきたり、まぁそういうことなのである。



「うん、ここまではしっかり身に覚えがあるわ」



 男女比率は、4対4。大手チェーンの居酒屋。イカの塩辛の突き出しからスタートする。
「先輩だと、こういうお店って安っぽすぎたりしません?」
「そんなことないわよ」
 これは本音だ。麦芽以外の原料が多そうな発泡酒も、いいかげんな配合のカクテルも、容量をごまかしかげんのちゃちなつまみも、奏子はけして嫌いではない。無理に背伸びしたって格好わるいだけだ。人はそれぞれのシチュエーションを選び取っていけばいい。それに奏子とて、高級素材だけを食いつないで生きてきたわけでもないし。
 で。
 それはともかく。
 自分らしいシチュエーションにこぎつけようとして。やっちゃったんだよな。

「‥‥だって、みんな応援してくれるんだもの」

 違う。あれは応援とはいわない。コールだ。
「うわぁ、いい呑みっぷりですねぇ」
 ゲストの奏子は、おもに男性陣から歓迎された。自己紹介で職種を述べると、短い口笛があがる。男女間の機微にかけては場数をふんだ奏子、下手にのぼせあがったりはしないが、慣れているだけに相手がすなおに愕いたり歓んだりしていることもよく理解できる。他人からの混じりっけない感歎にふれて、気分を害する理由もない。自分はただの人数合わせ、恋人探しに来たわけではない、ちゃんと胆には命じていた。隅っこでおとなしくしていよう、という心づもりはあった。が、しみついた職業病だろうか、酒の座がしらけるのはなによりも許し難い。それから少々の緊張、これもなんとかしてやったほうがいいと。
 だから、呑んだのですよ。景気づけに、くいっと一本。
 ジョッキいっぱいの黄色い刺激の液体、くちびるのまわりに白白泡泡をかるく添付して。そうしたら、予想以上にうけてしまった。しかたがあるまい、一同はほとんど全員初顔合わせだったのだから。奏子に声をかけた後輩ですら奏子といっしょだった期間は両者ともに未成年だったのである。『呑んだ』奏子がどうなるか知らなかったとしても、不可抗力というものである。
「ほら、ぐっとぐーっといっちゃってください」
 拒否することはできたはずである。『お酒が弱いんです』とか『家が遠いから』とか理由をつけて、無邪気な大学生といえども下心はある、『まだだいじょうぶですよ』『それなら僕が送りますから』とかなんとか理屈はつけてくるだろうが、失礼にならないていどに袖にするテクニックは心得ていたはずだ。でも、目の前の発泡酒、かよわいこの子を見棄てることがどうしてできよう?
「じゃ、もうちょっとだけ」
 そう云ったのは、嘘じゃない。そのときは胸の奥底から、少量できりあげよう、と思っていたのだ。往々にしてあろう、人によって少量の基準がちがうこと。人それぞれ、どころか、TPOのほんのちょっとの変体でも結果がずいぶんとちがってくるのは、ユークリッドの時代の数学的にすら証明されているのだ。ふと人心ついたおももちには、ずいぶんの嵩を胃腸に流し込んでいたような気がする。人間、堕ちるときはいっきに堕ちる。理性がはじけて、獰猛な本能だけがひたはしる、目隠しされた馬のようにどこまでもまっすぐ。
 そのあとは。
 わわわわ。

 わ。

 ※

 回想スイッチを切断する。
「‥‥もう充分よ」
 だいいち、これよりあとは思い出せそうにない。たしかに、いっかな断片も、というわけではなく、ちらちらと小雪が降るように心にひっかかるものはあったが。しかし否定された思い出ほど実在をがなりたてる。水にたらしたインクのひとしずくはだんだんと拡散し、ついには水の全般にいきわたる。奏子の海馬のうちにも、あえて記憶中枢のおくふかくに封じたはずのワンポイントが、煙幕のようになってよみがえる。
「あのあと、私、そういえばお持ち帰りしたんじゃなかった?」
 ひとり、いた。勇者が。極限まで酒量をとりいれた奏子におわりまでくいつこうとした猛者、どうやら体育会系らしいおない年の男性が、奏子の気っ風のよさにひとめぼれしたらしく、ふたりっきりの二次会にまで誘ってきた。
 二次会は‥‥行った。これは記憶よりもまざまざとした証明がある。ポケットの安物マッチ、どこかのバーだろう。しかし、どんな店だったかまったくおぼえちゃいない。かすかにでもおぼえがあるのは、ひとりじゃなかったってだけだ。で、彼はどうした? どこかで別れたおぼえはない。ないけど。自分だって爛漫に慕ってくる彼はあまり嫌いではなかった、だから無碍な別離を告げたりはしなかったはずだ。むしろ、これでさようなら、はちょっと淋しいかなっとか。だから誘ったりしたのだ、だいたんにも自室で続きを、とか。いざとなったら自分のほうが強いって自意識はまぁちゃんとあったけど。
 しかし、今現在――朝と昼のあいまのすきま。彼はいない。同衾してなくてよかった、普通の人ならそう安堵するかもしれない、奏子も一度はそういうふうに納得しかけて、けれど完全な理解とはいかなかった。
 じゃあ、彼はいったいどこに行ったんだ? 無事にお帰りになったんならいいけど、この部屋からはまともに出ることも入ることも不可能。それはまるで、メタミステリの完全密室。――‥‥ということは? 奏子の脳裏にはある別の見込みが、脳内電卓によって算術つくされる。
「‥‥この、下、とか?」
 どっしり存在感を主張するだけの。しょせんは無機物である煉瓦は否定も肯定もできなかったり。

 さてここで愉快な問題です。奏子はいったいどこから煉瓦を持ち込んだのだろうか、そしてこのあとにいったいどうやって処理したのであろうか?
 それはまた別のお・は・な・し☆
 ――‥‥嘘だ単純に文字にしちゃいけないやばすぎる話だから今は書かないだけなんだきっとそうっ(ブチッ)


※ライターより
 ほんとうにほんとうにお待たせいたしました。が、もしかするとこれでも早いほうなのでは‥‥じ、時間が憎い(逆恨みです)。こんなのにいつもいつも発注ありがとうございます。
 真迫さんの性格なら「本格的に深酒するなら、ビジネスじゃなくプライベートかな」という気がしましたので、安易に合コンというネタをひっぱりだしてきました。‥‥問題は、わたしが合コンというものをよく知らないところにあります。これじゃあただの呑み会だ。