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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ピアノの記憶


------<オープニング>--------------------------------------

「はぁ……ピアノがねぇ」

 たった今草間の元に持ち込まれたのは怪談でよくある類のものだった。
 勝手にピアノが鳴り出すという典型的なもの。
 しかし、その依頼を草間の元に持ち込んだ高校生の水井・和杜(みずい・かずと)という少年は真剣だった。
「別に怖い訳じゃないんです。ただ何故誰も弾いていないのにピアノから曲が流れてくるのか……それが知りたいだけなんです。お願いできませんか?」
 そう和杜は言う。
「害がないんだったら別にそのままでも……」
 草間の言葉に和杜は左右に首を振った。
「このピアノから流れてくる曲はどれも凄く情感溢れていて、聞いているとプロが弾いているのかと錯覚するくらいとても感動するものなんです。ただ毎回色々な曲が流れるんですけど、必ず最後に悲しい曲が流れて。ずっと聞いてたらピアノは悲しいのかなって思って。中古だけどやっと手に入れたボクにとっては大切なピアノなんです。ボクはピアノが奏でるくらい上手くは弾けないけれど、弾いていてとても嬉しいし楽しいのに、ピアノの方がこうやってずっと悲しい気持ちでいるのは淋しいなって」
 草間はそれを聞いて、うーん、と唸る。
「誰かが弾いているとかそういうのが見えたことは?」
「ありません。ボクが見えないだけなのかもしれませんけど」
「じゃぁ、誰かがいるかもしれないって訳か」
 はい、と小さく頷いて和杜は草間にもう一度頼む。
「お願いできないでしょうか……」
「そうだなぁ……適任者、適任者…」
 そう言いながら草間は手元のパソコン上に羅列された名前を眺め始めた。


------<サーキット>--------------------------------------

 サーキット内に爆音が響き風が吹きぬける。
 ピットに居た女性が風に舞う髪を押さえ、あっという間に遠ざかっていくマシンの後ろ姿を見送った。

 体にかかる重力。
 高速でサーキット内を走り抜ける少女の体にかかるそれはかなりのものだろう。
 しかしそれを気にした様子もなく蒼王・翼はハンドルを切る。
 タイヤが鳴り火花が散った。
 乱れもなくコーナーを回り、更に速度を上げ翼はマシンを走らせる。
 最速の貴公子の名を持つに相応しい堂々たる走りは人々を魅了する。
 翼にのしかかる重力はその場に翼をがっちりと押しつけ、翼の生きる場所が地上であることを改めて認識させた。

 本日行われているのはテスト走行で実際のレースではない。
 翼は気分的にも余裕を持って走行に望んでいた。
 いつもは前車にぴったりとくっつき、左右にマシンを振って揺さぶりをかけるような荒い運転もして見せるが今はその必要もない。
 ただ自分の思うがままにマシンを操り、サーキットを走る風になる。
 その後何周か回った後、無線で翼の元にピットに戻れとの指示が入る。
 急速に速度を落とし、無事に翼はピットへと帰還した。


「翼、随分調子良いんじゃない?」
 タイムを計っていた女性がヘルメットを脱いだ翼の元へと駆け寄る。
「あぁ、今日は気分が良い」
「そ。翼がイイ走り見せてくれると私たちもとっても気分が良いわ。きちんと仕事できてるって思えるし」
 底抜けの明るさを持つその女性に翼は微笑んで、差し出されたスポーツドリンクに口を付けた。
 その時、翼の携帯が鳴る。
 直感的にその電話がろくでもないものの様な気がして、翼は取るのをためらう。
 誰からの電話かは着信音で分かっていた。
「アイツ……また面倒な仕事押しつける気じゃないだろうな」
 鳴りやまない電話を翼は、綺麗な顔をほんの少し歪ませて取った。

『いやー、出てくれて助かった』
「……切る。間違った」
『わっ!ちょっと待て。せっかく出たんだから話くらい聞いても良いだろう』
 電話の向こうで慌てふためく草間の姿を思い浮かべ、翼はとりあえず話だけは聞いてやろうという気になる。草間と翼は結構長いつきあいで、このくらいの軽い駆け引きは日常茶飯事だ。
「とりあえず話だけは聞くよ。手短にね」
『あぁ。仕事を請け負って貰いたくてな……』
 そう言って草間は今回の依頼について話し始めた。

「まぁ、興味を惹かれる依頼ではあるけど……。僕は今そっちに行くまでに3時間以上かかるサーキット内に居るんだけど。僕がそっちに行くまで待つ気はある?」
 僕を呼びつけるなんて高く付くよ、と冗談めかして翼が告げると草間は、分かってる、とやけに早く返答した。随分と困っているようだ。
 ふふっ、と翼は笑い草間の話に乗ることにする。
 今日のテスト走行はもう終わりにしようと思っていたから丁度良いといえば良いだろう。レースまでまだ日はある。一日くらい東京に戻ったところで調整に支障はない。
「それじゃ御礼期待してる。お昼過ぎにはそちらに着けると思う」
『よろしく頼む。依頼人にもまたその頃来て貰うようにする』
「あぁ」
 ぷちっ、と電話を切った翼は先ほど話をしていた女性に声をかけた。

「今日は上がってもいいかな?ちょっと東京に用事が出来た」
「あら、そう。ま、今日の所はベストタイム出てるし良いんじゃない?私も『もうそろそろ上がったら?』って声をかけようと思って翼を呼んだんだし」
 まだ走ってるトコ見てたいって思うけどね、と軽くウインクしてみせる。
「頑張ってらっしゃい」
 ヒラヒラと翼に手を振ると女性はそのままピット内の人々に指示を出し始めた。
 翼はその様子を眺め今は自分がその場に必要ないことが分かると、荷物を持ちその場を後にした。


------<ピアノの音>--------------------------------------

「本当に、あのF1ドライバーの蒼王翼さんですか。ボク、ファンなんです」
 妙に輝いた瞳で翼を見つめるのは依頼者である和杜だった。
 草間が呼んだのが翼だと分かると居てもたっても居られなくなったらしく、何もない草間興信所で翼が到着するまでの間、ずっとそわそわと落ち尽きなく過ごしていたというのだ。
「あぁ、本物だよ。ファンだなんて嬉しいな」
 爽やかな笑顔を和杜に向ける翼。ファンサービスも忘れない。
 基本的に男嫌いな翼だったが、小動物系の可愛さを持つ和杜は苦手部類から少し外れたようだ。
 尻尾を振って懐く子犬のようなその姿に笑う。

「とりあえず、まずはそのピアノを見せて貰おうか」
 翼は脱線しかけた話題を強引に元に戻し、依頼の確認をする。
「霊が居るかも分からないということだし、実際に見てみないことにはね」
 判断しかねる、と翼が言うと大きく和杜は頷いた。
「はいっ。よろしくお願いしますっ!」
 そして二人は和杜の家へと向かったのだった。


 居間に通された翼は、入ってすぐ目の前に現れたグランドピアノに目が吸い寄せられる。
 別におかしな所も無かったが、人を惹きつけるものをそのピアノ自体持っているようだ。
 丁寧に扱われてきたのだろう。中古とはいえ、優しい温もりが感じられるようなピアノだった。
 しかしピアノの傍には霊魂は感じられない。気配も全くなかった。
 近寄っていき翼は和杜に確認を取る。
「弾いてみても良いかな?」
「えぇ。もちろんです」
 こくこく、と頷いた和杜に、ありがとう、と告げると翼は鍵盤の蓋を開け椅子に腰掛けた。
 真っ赤な布を取り除き、翼はそっとピアノに触れる。
 澄んだ音が響いた。
 軽やかに流れるような音が室内に満ちる。
 鍵盤の上を翼の指が辿っていくその姿に和杜は見惚れた。
 F1レーサーでもある翼がこんなにも人を引き込むような音楽を奏でることが出来るという現実に、和杜は感嘆の溜息を漏らす。
 翼はうっとりと浸るように曲を奏で、そしてゆっくりと膝の上に手を置いた。
 和杜は大きな拍手を翼に送る。
「凄いです。こんな綺麗な曲を聴くことが出来るなんて……」
 今のショパンのノクターンですよね、と和杜が言うと翼は頷く。
「ショパンの遺作。哀愁漂う作品だと思うけど」
 好きなんだ、と呟き翼は元の様に布を置き蓋を閉めた。
「さてと。これはやっぱり演奏が始まるまで待つしかないかな」
 ふぅ、と小さな溜息を吐くと時計を見ていた和杜が告げる。
「でももうそろそろ始まる頃です」
 和杜の言葉は嘘ではなかった。
 部屋の空気が変わったことに翼は気づき、背後のピアノを振り返った。
 和杜はその異変に気づいてはいない。
 振り返った翼は自分が今まで座っていた椅子に初老の男性の姿を見た。
 その姿に翼は見覚えがある。
 そして奏でられた特徴的な旋律を聞き確信する。

「君の探し求めていたことが分かったよ」
 その言葉に和杜は目をぱちくりとさせ翼を見つめた。
「分かったって………やっぱり誰か居るんですか?」
 あぁ、と翼は頷き一心不乱にピアノを引き続ける男性に目をやった。


------<ピアノの記憶>--------------------------------------

「君はこんな話を聞いたことがないかい?ある一人の作曲家が居た。その作曲家は死の少し前、ある公爵の甥と親しい間柄にあったらしい。その事を知った公爵は罪状告発の訴状を検察官に手渡したんだ。検察官は彼がロシアの誇る作曲家であった事、しかし同性愛は当時のロシアでは最も許されざる罪であった事等から秘密法廷を構成して、彼を極秘裏に裁いた。そして彼は名誉を守る為誰にも知られずに自殺するべし、という判決を下されたんだ。弾いているのは随分と昔に無理矢理自殺させられた男性の霊だよ」
 ここまで聞けば彼が誰かわかるだろう?、と翼は和杜に言う。
「えっ……それってあのクルミ割り人形とかの……チャイコフスキー…」
 うーん、と悩みながらも和杜は記憶の中にあった名前を紡ぎ出す。
 和杜がその名前を答えると翼は頷いた。
「でも不注意でコレラにかかったって説もありますよね。その…秘密裏に名誉裁判開いて自殺を進めたって話もありますけど」
「ま、本人に聞けば一番早いと思うけど?今は聞ける状態じゃ無いからね」
 室内に満ちる音は悲しみの色に染まっている。
「あ、これです。最後に弾くことが多い曲」
 チャイコフスキーだと言われて聞いてみればチャイコフスキーらしいメロディが盛り込まれている曲だった。しかし和杜はチャイコフスキーの曲を知っているつもりだったが、今までそのような曲を聴いたことがない。一度だって聞いていれば分かるはずだ。
 不思議に思って和杜がそのことを翼に尋ねると楽しそうに翼は言う。
「そう、君が聞いていたのはЧАЙКОВСКИЙが新たに作曲したものだ」
「えぇぇっ!」
 驚くのも無理はない。
 死者が新たに作曲したなどという話は前例がないのではないか。いや、前例があったらロマン派・近代などという分類は無駄になってしまう。
 翼も口では平気なことを言っているが、内心は先ほどから溜息ばかりだったりする。

 やれやれ、僕は本当は男嫌いだからこういう事態はちょっと遠慮したいんだけど、流石に相手が彼の御仁じゃ敬意を表さない訳にいかないじゃないか。
 そう胸の内でだけ呟いて、翼は和杜に向き直った。

「さて、君は知りたかった事柄の全てを手に入れた。それを知って君はどうしたいんだい? 依頼者は君だ。彼もこのピアノも君の望むままにさせてもらうよ」
 翼の言葉に和杜は俯く。

 知りたかった事柄は手元にある。
 そして自分の中の気持ちも。
 出来ればピアノと一緒にこれからも曲を奏でていきたいと思う。
 そして悲しみの中で弾いているチャイコフスキーが安らかに眠ることを祈る。

 ピアノの音は止んでいた。
 いつもと同じ悲しみに満ちたメロディの余韻を残して。
 和杜は俯いていた顔を上げ、翼を見つめた。
「その…チャイコフスキーさんはその曲をどうしたいんですか?」
「聞いて欲しかっただけみたいだ」
 本当に人騒がせだ、と翼は思う。
 ただ精神的に限界に来ていたとはいえ、まだ余りある才能を、作曲するという道を消されてしまったことは彼にとって酷い現実だったに違いない。
 それでも、歴史は変えることが出来ない。
 いくら過去を振り返ったところでそれは変わらない事実なのだ。
 翼の中に流れる血の在処も、彼が生きてきた過去も何一つ変わらない。
 変わるのは生きている人物の心だけ。

「何故ボクの所に出てきたのかも分からないけれど、彼が安らかに眠りたいというならそうしてあげたい……」
 ボクはこのピアノと一緒に上達していきたいと思う、と和杜は言う。
「それならば……僕にも出来ることがある」
 翼はピアノに近づいて弾き終え静かに膝に手を置いたまま動かないチャイコフスキーの肩に手を触れる。
「……連れて行ってあげようか」
 その言葉にチャイコフスキーは首を振った。
 自分で逝ける、と。
 ただ聞いて欲しかったんだ、とチャイコフスキーは呟いてすっと消えるように闇に融けた。
 気づけばいつの間にか部屋の中は真っ暗で、月明かりだけが頼になっていた。
「逝ったよ。彼は最期まで音楽家として生きたんだろう……」
「ボク達だけが聞いたチャイコフスキーの新曲」
 そう和杜が呟いた時、ピアノがその曲を奏で始める。

「えっ……!彼は逝ったんじゃ……」
「もう居ない。……これはピアノの記憶…」
 ピアノに残された記憶は彼が弾いていたのと同じように音を辿る。
 流れるような音の奔流が部屋の中に満ちた。

 それはやはり何処までも悲哀を含んだ暗い旋律だったが、最後だけは光が差し込むような明るい音に変えられていた。
「彼は……救われたのかもしれない」
 君の想いに、と翼は月明かりの中でそっと呟いた。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2863/蒼王・翼/女/16歳/F1レーサー兼闇の狩人


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。

翼さんのF1レーサーっていう職業を見た時に燃えまして、ぜひサーキットを走るシーンを書かせて貰わねば!と。(笑)
私、F1とかモータースポーツ大好きなんです。
趣味に走った内容になってしまいましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

翼さんのご活躍、そしてまたお会いできるのを楽しみにしております。
また機会がありましたらお会い致しましょう。
ありがとうございました。