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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


【神聖都歌謡コンサート】
「大変だよカスミ先生! 体育館に演歌歌手の幽霊だ!」
「え、えんかぁ?」
 音楽室にやってきた男子生徒のその言葉に、響カスミはまずあっけにとられた。
「それはまた、妙な幽霊ね。何だってこの学園に来たのかしら」
 そんなことを聞いてしまう。幽霊と聞けば即座に全身の毛が逆立つところが、今回はその気配はない。むしろ興味が沸いてきている。
「音楽万能のカスミ先生に惹かれたんだよ、きっと」
 幽霊に好かれても嬉しいやら悲しいやらである。
「……で、何か言ってるのその演歌歌手は」
「えーと、期待されていざデビューって時に事故にあったしいんだけど、一度でいいから大勢の前で歌ってみたいとか」
「それが達成すれば成仏できるってわけね。よし」
 同じ音楽に関わる者として見過ごせるはずもない。いつも抱いている怪奇に対する迷いや恐れを振り切り、心底その幽霊の力になりたいとカスミは思った。
「やるからには派手派手にしないといけないわね。とにかくその彼を盛り上げてあげないと!」
 カスミはその場で企画を立てることにした。
「やっぱり衣装は重要よね。あとは良質な歌と口の達者な司会進行役。うん、これをメインにしよう。でももっといい意見を聞きたいわね」

 しばらくすると、さっきの男子生徒が若い女性と壮年の男性を連れて現れた。
「カスミ先生、この人たちがコンサートに協力してくれるってさ!」
「本当? それはありがたいわ」
 カスミは、協力者というふたりを順々に見た。
「たまたまこの学園の前を通りかかってさ。その演歌歌手の幽霊ってやつの話を聞いて……私も音楽、ロックバンドやってるから、ちょっと気になったんでね」
 八重咲・マミはハキハキとそう口にした。サッパリした黒いショートヘアと少し乱暴そうな口調が健康的に思えた。
「それはほうっておけないだろうと直感してね。何しろこの学園には娘がお世話になってるからね! 実は僕はPTAなのさ!」
 応仁守・雄二は情熱的に語った。いかにも能天気親父といった風だ。ギターを抱えているのは趣味だろうか。
「感謝します。それで、どんなことをしてくださるの?」
 カスミはマミを見た。
「ま、考えがあるんだけどね。それはあとで話すよ」
「そう。では、応仁守さんはどんなご協力を?」
 次に雄二に聞いた。
「いやいや、協力なんて言い方は生ぬるい。このコンサート、応仁音楽事務所が全面的にバックアップしようじゃないか! 設備! スタッフ! 宣伝! もちろん協力したい人は大歓迎さ、はっはっは」
 爽やかに笑う雄二。そんなことをあっさり言ってのけるなんて、一体この人は何者だろうとカスミは思った。
 いつまでも話し合っていても仕方がないので、3人は体育館に行くことにした。まずはコンサートが実現できそうなことの報告である。
「あれだな。着物だからすぐわかった」
 マミがステージの上でボンヤリと立ち尽くす半透明の着物姿を指差した。
 幽霊は、誰もいない館内を、ただじっと見つめている。おそらくは自分が受けるはずだった歓声を待っているのだろう。
 3人はステージに上がり、幽霊と向かいあった。よく見てみれば、整った顔立ちをしている。
「お前、名前は?」
 マミが聞くと、
「芸名……清川ひさし」
 清川はポツリポツリと言った。まるで元気がない。未練を残して死んだというのだから無理なかった。まずは元気づけることが必要だとカスミは思った。
「聞いて。あなたが望んでいたコンサート、私たちで実現させることができそうなの」
「……本当ですか?」
 清川の顔がいくぶん明るくなった。
「おおとも。最高のステージを用意してみせるよ」
 雄二がやはり爽やかに笑う。
「そういうわけで、期待してほしいの。日にちは……」
「3日後。3日後に完璧なステージを作り上げるよ」
 雄二は携帯電話を取り出すと、照明、音響、演出だのと相手に指示をし始めた。彼の言ったとおり、事務所の人間を総動員させるようだ。
「でも、何か引っかかるんだよなあ」
 マミが唐突に言った。
「何かって?」
 カスミが聞き返す。
「どのくらいの人が見に来るのかって」
 マミが言ったそれは、最大の懸念だった。
 若者にはマイナーな演歌、そもそも幽霊。早く成仏してもらいたいというのが本音だろう。彼の歌を心底聞きたい人間がそんなにいるかどうか。口には出さないが、マミはこうも思っていた。
「お客に関しては、当日まで頑張って宣伝しようじゃないか。何だってそうさ、地道に地道にね」
 電話を終えた雄二がキッパリと言った。
「それじゃあ、大方は決まりだけど、他に何かあります?」
 カスミが一同を見渡すと、
「ああ、さっきも言ったけど、考えがあるんだ。マジでいい考えだと思う」
 マミがニヤリと笑った。

 3日後、『清川ひさし歌謡コンサート』の立て看板が神聖都学園すべての門にかけられた。怪しげな団体が体育館で何やら作業している様子を目の当たりにしていた学生・教員たちは、ようやくその理由を知ったのだった。
 コンサート会場となる体育館は、年末の国民的歌番組のホールのごとく変身を遂げていた。ピカピカに磨き上げられた床。整然と並べられた大量の椅子(パンフレットも置いてある)。あちこちに見える音響や照明の機材は、素人が見てもプロ仕様である。
「どうです?」
「すごい」
 客席の一番後ろに立ったカスミは雄二に聞かれ、いとも簡単に、そして的確に館内の様子を述べた。
 次第に中に客が入ってくる。多くはここの学生だが、外部の人間とおぼしき中高年の姿も見える。純粋に歌を聴きたいのかそうでないのかはわからないが、少なくとも閑古鳥ということはなさそうだ。
「お客さんも順調にいらっしゃってますし、完璧な下準備ですわ。あとは――」
 主役がどう輝けるか、それだけである。
 そうして1時間後には、半分以上の客席が埋まった。
 ステージにまばゆい照明がついた。客が一斉に目を向けた。雄二がステージの右隅に立っていた。
「ああ、違いますよ。僕はただの司会進行役で」
 雄二は深呼吸した。そして真剣な眼差しになって言った。
「パンフレットにも記載してありますが、これは、プロデビュー直前に非業の死を遂げた若手演歌歌手、清川ひさし君のコンサートです。みなさん、どうか心から聞いてくださいな」
 その時、客席からどよめきが起こった。ステージ中央に青白く半透明の人影がふいに浮かんできた。
 だが、どよめきはだんだんと黄色い声に変わっていった。彼は美形だ。女子学生からの声援が多くなった。
「いきなり盛り上がってきたところで1曲目行きましょう! 幻のデビュー曲『晴れ姿三番勝負』!」
 雄二が宣言すると、イントロが流れた。曲調からして本格派演歌だ。
「これで勝負は決まるな」
 袖では、マミが清川を見守っていた。彼女にはもうひとつの懸念があった。清川本人の実力である。
 彼女自身音楽をやっていることもあって、その方面にはうるさくなる。たいがい、新人というのは下手なものだ。顔がキレイなだけの歌手とわかれば、客たちは曲の途中でも遠慮なく退出していくだろう。
 清川が言葉を紡ぎだした。



   もしも強さに 憧れるなら
   ちょいとあちらを 見てみなよ
   くじけるものかと 鍛えあげたは
   鉄の心と 力こぶ
   ああ勇ましい 男たちの晴れ姿

   もしも心が 乾いたのなら
   ちょいとあちらを 見てみなよ
   光を浴びたら キラリ輝く
   花の笑顔が 振り返る
   ああ美しい 女たちの晴れ姿

   もしも希望を 持ちたいのなら
   ちょいとあちらを 見てみなよ
   小さな体で 夢を育てる
   でかい器の 持ち主よ
   ああ頼もしい 子供たちの晴れ姿


 
 
 上手い。抜群に上手い。
 歌唱力、絶妙に震えるこぶし、歌に深く入っていることを感じさせる表情。すでに何十年のベテランなのではと思えた。今メジャーを標榜している有象無象のアーティストなどが、まるで問題にならなかった。
 ただ上手いだけではない。歌手にとって一番大切な情熱が、形となって伝ってくるようだった。
 余韻を残して曲が終わると、清川は深々と頭を下げた。
「……いや、すごい、みなさん、拍手拍手!」
 雄二が催促すると、割れんばかりの拍手が起こった。
「すげー!」
「感動したー!」
「ナイスガイー!」
 惜しみない賛辞が館内を支配した。
「まいった」
 マミもかぶとを脱いだ。一瞬でも期待していなかったことを、素直に心の中で詫びた。
 あとはやんややんやの大盛況である。
 清川の才能は抜群だった。他の演歌歌手の持ち歌を完璧にコピーし、演歌一筋50年と豪語する何人かの老人を唸らせた。かと思えば突然童謡を歌いだして、子連れの母親を喜ばせる。極めつけは流行のJ-POPで若者たちをスタンドアップさせた。
 この頃になると、半分ほど空いていた席は、噂を聞きつけた学生であっという間に埋まった。
 生伴奏コーナーでは、これまた芸達者な雄二が哀愁漂うギターを鳴らしてみせれば、カスミはピアノを弾いて万能音楽教師の腕をいかんなく発揮した。
 実に多種多彩なコンサート。こんなもの、プロでもお目にかかれないだろう。
 ――コンサートが残りあと1曲となった。会場の誰もが、別れを予感した。
「……これが最後となりました」
 歌う以外しなかった清川が、自らの口で最後を締めようとしていた。客席から暖かい拍手が鳴った。感極まって泣き出す女の子までいる。
 舞台袖のカスミ、マミ、雄二もまた感慨深げに頷いている。
「もう1度、僕がデビューするはずだったこの曲を聞いてください。……本当にありがとうございました」

■エピローグ■

 そうして、コンサートは終わった。
 会場は祭りのあと。ステージの上で、コンサートの主役と仕掛け人たちが握手を交し合っていた。
「これからも頑張ってね」
「お前、すごいよ。あの世でもきっと有名人だ」
「君とはしばしの別れだが、あの青い空の彼方、ミュージシャンの楽園でまた会おう!」
 カスミ、マミ、雄二は清川を快く送り出そうと、寂しいなどと未練がましいことは何ひとつ言わなかった。
「できたら、僕のこと……清川ひさしのこと、忘れないでください」
「ああ、忘れるもんか」
 マミが言った。
「ありがとう」
 影が光に包まれる。この上ない笑顔を浮かべ、若き天才は消えていった。

 1週間後、カスミと雄二は都内某所のライブハウスに足を運んだ。今日ここで、マミがボーカルのロックバンド「スティルインラヴ」が出演する。
 ライブは熱狂の渦の中だった。若い肉体を力強く躍らせて、マミが熱唱する。彼女は時折サックスも披露して、そのありあまる音楽の才能を見せていた。
 ライブが中盤に差し掛かったところで、マミのトークが始まった。
「えー、次は私たちの新曲のカップリングなんだけど。実はこれ、とある夭折天才歌手のカバーなんだよね」
 客たちは誰だ誰だと囁きあっている。それを知るのは、マミ以外ではカスミと雄二だけだ。
「きっと彼、天国で喜んでいるね」
 雄二の爽やかな笑顔に、カスミが頷く。
 彼の曲を歌い継ぐこと。それが、あの時言っていた、マミの『いい考え』だ。
「それじゃー聞いてくれ。アレンジbyスティルインラブ! 『晴れ姿三番勝負』行っくぜー!」

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2869/八重咲・マミ/女性/22歳/ロックバンド】
【1787/応仁守・雄二/男性/47歳/応仁重工社長・鬼神党総大将】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。両PCとも初めましてですね。
 ご依頼ありがとうございました。演歌というジャンルなので
 若い人が名乗りをあげてくれるかどうか心配でしたが、
 そんなこともなく良かったです(笑)。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu