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今はもうない
――プロローグ
革靴がカツリカツリと音を立てる。広い学校の廊下で、音は反響して返ってくる。
草間は眉根を寄せ、眼鏡を片手であげた。立ち止まり、後ろを振り返る。一直線の廊下では、二十メートルほど離れた零と人体模型の姿が見えた。
人体模型は気恥ずかしそうに歩いている。
気恥ずかしそうな人体模型。草間は思わず胸の中で反芻して、どういうことだと毒づいた。
毒づいたところで、人体模型は人体模型だったし気色悪いはにかみ笑いは消えることはないようだった。
「肝臓が足りないそうなんです」
零の細い声が廊下を一直線に伝わってくる。
ふざけている。
この人体模型は、夜な夜な肝臓を捜して校内を走り回っていたらしい。
人体模型は、恐ろしく俊敏であった。
草間の足では追いつけなかった。兵器である零がようやく捕まえたぐらいだ。
人体模型は「ぼく、洋服を着ていないし、恥ずかしいから……」猛烈な勢いで草間達から逃げたらしい。
人体模型に恥ずかしいもクソもあるもんかと、草間は思う。思っても言わない。言って、人体模型が泣き出したらどうしたらいいか困るからだ。
人体模型を慰める草間、なんとも哀愁が感じられる。想像して嫌気が差してきた。
「肝臓なんて誰が持っていくんだ」
草間が少し強い口調で言う。
すると零と人体模型は小声で話し合って、零が遠くから答えた。
「でも、肝臓がないそうなんです」
会話が振り出しに戻った。
草間は今夜何度目かの溜め息をついて、酔狂にもこの事件に首を突っ込んできた隣の人物を見やった。
「肝臓だぜ、どう思う」
月明かりの届かない影に身を沈めているその人物は、顎に手を当てて少し考え込んでいるようだった。
草間はその答えを聞かずに
「まったく、なんて依頼だ。人体模型が動いて襲ってくるならまだしも、恥ずかしがって近寄ってこないなんて」
くしゃり、顔を歪めて草間は呟いた。
「酒を飲まない人体模型に肝臓なんかいらない」
暗がりから、笑っている気配が伝わってくる。
海原・みなもが、くすくすと草間の言動を笑っているのだ。草間はちょっとだけむっとして、自分の台詞はたしかに少し妙な具合だと思い、一緒に苦笑いをこぼした。
「おまえ……いや、みなもちゃん。大丈夫なのか、もう真夜中だぜ」
みなもは笑って細くしていた目をくるりんと大きく開き、やわらかく微笑んで小首をかしげてみせた。
「平気です。だって、人体模型さんを放っておけないでしょ」
草間はアイタタと片手で額を押さえ、笑顔の中学生の少女に困惑の色をみせた。
草間は、校内で煙草を吸うわけにもいかずイライラしているところで、こんなどうでもいい事件は投げ出したいと思っている矢先のみなもの言葉だった。
弱った、本当に弱った……ぜ。草間は昼間の出来事を回想した。
――エピソード1
草間興信所に依頼が入ったのは、一週間と二日ぶりだった。
つまり、身のふりをかまっていられるような状態の経済状態ではなかったのだ。煙こそなんとか死守しているものの、草間は毎日ユデタマゴを一つとご飯一膳で生きている……。こんなときばかりは、零の身体がうらやましく思える。
これが人間のエゴだよなあ……。
草間が空腹を抑えながら、哲学的思想に行き着いてしまうほど頭に混乱が降りているとき、更新事務所のドアを誰かがノックした。
興信所のベルは異常なほど大きく、慣れた草間兄妹や依頼人ならともかく二度目に来た知人友人達はけして触れることがない。
草間は物の溢れかえった机の上から顔を上げ、とりあえず涎がついていないかどうか口許を拭った。
深い青色の髪をした海原・みなもは、少し慎重ともいえる動作で興信所のドアを開けた。ゆっくり中を覗きこんで、呆けている草間探偵の姿を見つけて青い瞳を瞬かせにこりと笑う。草間も、つられてニヤリと笑って返した……つもりだったがこちらはなんだか口許を歪めただけになってしまった。
それから零が城にしている興信所のキッチンから出てきて、身長の大きなみなもを見上げるようにしながら挨拶をした。
「みなもさん、いらっしゃい」
「こんにちは。きっと、お腹減らしてると思って、豆大福買ってきたの」
「まあ、どんぴしゃ! よかったわね、お兄さん」
零が白いリボンを揺らして、机の上で微妙な笑みを浮かべたままの草間を見やる。
草間は正気に返った様子で、
「おお、そりゃ、ありがたいな。零、お茶を……」
「いまやってます」
草間が立ち上がると、机の上のあらゆるものがガラガラと崩れ落ちた。
「あ」
とみなもが短く声を上げたが、草間は一向に気にする素振りはせず「ほっといていいから」と来客用のソファーへ座り、みなもを隣へ呼んだ。
「みなもちゃんの学校って、アルバイトいいんだっけ」
「表向きはダメみたいですけど。でも、申請していれば大丈夫なんですよ」
「へえ、そうなんだ。いつも、ありがとう」
みなもが出した大福の紙袋を解きながら、草間は大きくうなずいて「みなもちゃんは偉いなあ」などと一人つぶやいている。
「……草間さんなんだかやつれてますけど、祟られたりしたんですか」
心配そうな顔でみなもが口を開く。
草間は内容になんとなく顔をくしゃりと歪め、みなもには悪意がないのだと知っていたから苦笑をした。
「そういうわけじゃなくて、ただ、ちょっと最近依頼が少なくてね」
「まあ……アルバイト一緒にします?」
「誘わないでよ、俺一応ココの所長なんだから」
みなもが「それもそうですね」と言うと、「そうそう」と草間は笑ってお茶が出てくるのもまたず大きな豆大福に食いついた。
零がお茶を二人分ソファーの席へと運んだとき、ガタンとドアが開いて狼狽した老人が顔を出した。
「あ、あ、え、その、ここは、草間興信所でしょうか」
「そうですよ、あなたは」
草間は豆大福をもごもご食べていたので、このやりとりはなんだかチグハグだった。
「私は、ここへ依頼に……」
瞬間に草間は豆大福をごっくんと飲み込んだ。……はよかったが胸につっかえたのか、深緑色のシャツの上から胸をドンドン片手で叩いている。みなもはすかさず、お茶を手渡した。
お茶をごくりと飲み干した草間はすぐに平静を取り戻し、眼鏡の顔をきりりと探偵の顔に仕立て上げて言った。
「じゃあ、こちらのソファーにどうぞ。依頼内容は、どういった」
さっきまで豆大福を詰まらせていたのだから、どう装っても滑稽なだけだった。
だが見慣れている零や、優しいみなもはなにも言わない。
草間が「人払いをしましょう」と言い出す前に、初老の恰幅の良い男性はしゃべり出していた。
「聖クリスチャン学園に、動く人体模型なんていう噂が立っているんです」
……草間は、瞬時にモードを切り替えた。対怪談モードだ。それはどちらかというと、否定の立場を取ることにしている。
「噂ですか」
「いえ、本当に動く人体模型がいるんです」
「……ははあ、えーとあなたは」
草間が苦り切って問い返す。
恰幅のよい男はソファーの横に立ち尽くしたままだった。草間も、ソファーから半腰をあげたままだ。男は胸ポケットから名刺入れを取り出し草間に差し出した。草間は名刺『聖クリスチャン学園 教頭』を読みながら
「どうぞ、お掛けください」
と言って教頭をみなもと草間の向かいの席へ座らせた。
草間はコホンと咳払いをして注意を言おうとした。
「うちは怪奇事件を……」
「専門に扱う事務所だそうで」
教頭はにべもなく簡単にそう言い切った。
草間は「え」と間抜けな声をあげ、片手を教頭を止めようと上げた状態のまま固まった。
ここで否定するタイミングを逃してしまえば、草間の負けである。草間は、それを逃すまいと思いとりあえず胸のマルボロから格が下がったケントを一本口にくわえ、火をつけてからゆっくりと説得をしようと思った。
その間にだ。
「探偵さん。この事件が頻発するものですから、今年の生徒の入学率は下がる一方なんです。うちは私立の学校ですから、これは由々しき問題です。どうか、どうかお願いします。なんとか、この怪奇現象を解決していただきたい。もちろん前金で五万、必要経費を含めたお金を後からお払いいたしますので」
と、いうわけで話は決まった。
そして夜の学校だった。
みなもはきちんと家へ電話を入れ、眉根を寄せて意気込んでいる様子だった。
「どうしたの、みなもちゃん」
草間が問うと、みなもは小さな口を一度きゅっとむすんで大きくうなずいてみせた。
「あたし、人体模型さんを絶対捕まえてちゃんと説得するんです」
みなもの実直さに草間が思わず笑う。草間ときたら、早々に見つけ出したら知り合いの陰陽師に頼んで除霊させようかとも思っていたからだ。
みなもの意気込みがうつったのか、零までがやる気だった。
「そうですよね。私も、説得します」
夜の学校は不気味である。もっとも、それにも慣れてしまった感がある。
草間は自分の思考に辟易しながら、小さな女の子二人を引き連れて開けておいてもらった裏門と昇降口を通って中へ入った。
まず、理科室へ行くことにした。
理科室は一階にある。二階から入った三人は一階へ降り、理科室へ恐る恐る入った。
……案の定、人体模型はなかった。
草間は「はあ」と一つ溜め息をついた。
そして廊下へ出た瞬間に、視界の端で何かが動いたのを感じた。草間は目で追った。いや、追い切れるものではなかった。
「零」
短く叫ぶ。零も、標的のものをしっかりとその目に捕らえていたのか、風よりも速いのではないかというスピードで、廊下の角を曲がった。
呆気にとられていたみなもが、小さな声でつぶやく。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だろう、おい零」
すんすんすん、小さな泣き声が廊下を伝わってくる。
そのあと、零の困ったような声がした。
「お兄さん、ちょっとお願いがあるんですけど」
「なんだ、どうした、今そっちへ行くから」
「あーっと、来ないでください。人体模型さんが、怖いし恥ずかしいって言ってます」
みなもと草間は目を合わせた。
零の声が言った。
「肝臓がないそうなんです。一緒に探してあげてもらえませんか」
みなもは目をぱちくりと瞬かせ、草間は口を半分開けて「はあ?」と声をもらした。
その人体模型の依頼を、兄である草間武彦は蹴った。
「バカバカしい。どうして、なんだって、俺がそんなことしなきゃならないんだ」
零は人体模型の側に立って擁護した。
「だって、可哀想じゃないですか。肝臓がないんですよ」
「なくったって別に困りゃしないだろうが」
何度かそういう問答を繰り返した挙句、零の方が癇癪を起こして
「じゃあ、私達で探します。ね、みなもちゃん」
みなもは二人のやりとりに目を白黒させていたが、零の問いかけには大きくうなずいた。
「もちろんです」
草間は煙草の吸えない状況と、二人の女の子の言動にいい加減痺れを切らしたのか、投げやりに言った。
「勝手にしろ」
少しの沈黙のあと、みなもがおずおずと口にする。
「あの、ちょっと用意してもらいたい物があるんですけど」
「用意?」
草間は怪訝そうにみなもを見やる。みなもは「ええ」とうなずいてから言った。
「聖クリスチャン学園の中等部の制服を三つ。女の子用を二つと、男の子用を一つ」
言われて、草間はそれくらいならとうなずきかけ、
「え? 男の子用一つって、まさか俺まで着るのか」
と素っ頓狂な声で言ったので
「まさか。人体模型さんに着せるんですよ」
笑顔でみなもに言い返され、「そうか、人体模型に……人体模型に!?」と眼鏡の奥の目を丸くしていた。
零とみなもと人体模型は、理科室の中を探し回っていた。
理科室の中にはなかった。理科準備室の中にもなかった。三人(二人と一体)は、音楽室美術室視聴覚室、体育館と体育館裏、ニワトリ小屋とウサギ小屋を巡り、ゴミ回収のおじさんにも話を聞いてみたが徒労だった。
人体模型はしょぼんとしている。
「絶対見つけるから、諦めないで」
みなもは人体模型を元気付けた。
みなもと零は、茶でダブルの短いジャケットに、白いシャツにリボンをつけたチェックのスカートの制服姿だった。みなもは、白い帽子を被っていた。
「みなもちゃん、帽子かわいいね」
零が言うと、みなもは照れ笑いをしてくるんと丸まった帽子の庇に手を当てた。
「いいでしょ、駅前のパルコで買ったの」
人体模型は茶のジャケットにチェックのズボンをはいている。
「こうなったら、全教室を当たりましょう!」
みなもが意気込んで言う。
ここは小中高の集まる学園だった。小等部の使う理科室を使うのは小学生だけだろうが、それだって三クラスずつ六クラスもある。
みなもは挫けず、日の光の差す廊下で青い髪を舞わせながらズンズン小等部の教室の方へ歩いて行った。
零と人体模型もあとを追う。
零は陽に透けるみなもの髪がきれいだと思っていた。
「みなもちゃん、新聞のことなんだけど」
零は思い出して口に出した。
「うん、男の子が死んじゃったのでしょう。それぐらいしか……この学園の事件はないみたい」
みなもと零は目を合わせて、小さく溜め息をついた。
三人は聞き込み調査をした……が、もちろん肝臓なんていう、小学生には形すらわからないような物の行方は知れなかった。出てきたのは、理科室で物がなくなるという現象の噂と動く人体模型の噂ばかりだった。
そもそも、どうして肝臓がなくなったのだ。
零は考える。全クラス回ったら、もう日が落ちて来てしまっていた。
「どうしよう、みなもちゃん」
思わず訊くと、みなもは存外元気な様子で疲れなどない笑顔で答えた。
「どこかにあるんだから、絶対探し出せる」
言われてみて、不思議とそんな気がしてくる。零はあらためて、本当にみなもはいい娘だと思った。
そこへ、カツリ、カツリと聞き覚えのある革靴の音が近付いてきた。
紺の薄いジャケットを羽織った、中はシャツ姿のこげ茶のスラックスをはいた草間の姿が現れる。
零とみなもは、少なからず驚いて声を上げた。
「草間さん」
「おにいさん」
人体模型がみなもの影に隠れた。みなもが、優しく言い聞かせている。
零は少しむくれた顔になって、草間を睨んだ。
「なにしに来たんですか、お兄さん」
草間は少し呆れたような優しいような顔つきで、二人と一体に近付いてくると、二人の頭を両手でぐりぐりと撫でた。
それから微苦笑をして、
「お前達はよくやったよ」
と言い
「とりあえず、理科室へ戻ろうか」
みなもと零、そして人体模型へ言った。
草間は語り出した。
「この理科室では、物がよくなくなるという怪奇現象が起きると有名らしい」
「それは知ってるわ」
零が言う。
「俺が提案したいのは、まずその人体模型の肝臓がないかどうか……だ」
「え?」
みなもが仰天して声を上げた。
「本当にないのかな」
草間の疑問系の口調。
「だって、ないって、ないですよね、人体模型さん」
みなもが困惑して人体模型に問う。
人体模型はコクリコクリと首を縦に動かす。人間のように見えて、やはり人間には見えない。
「注目すべき点なのは、物がよくなくなるという怪奇現象が止んだ途端、人体模型が動き出しているというところだ」
草間は言った。全員の視線が人体模型に注がれる。
零は教卓の上に出しっぱなしになっていた、理科の教科書を草間に渡した。
草間は表紙の裏にある、人体の構造を眺めてから、少し申し訳なさそうに人体模型へ言った。
「着ているもの、全部脱いでくれるか」
人体模型は、渋々ながらも従った。
そしてみなもと零が見守る中、人体模型の模型を取り外す作業が始まった。肺、心臓、腸、腎臓、胃。
しばらくして草間は、ゆっくりと一つの臓器を手に取った。
「肝臓」
なにもかもの時間が止まったように、誰も動かなかった。
みなもが搾り出すように言った。
「どうして……? 嘘、だったの?」
人体模型は空の腹を押さえるようにしながら、ぶんぶん首を横に振って否定する。
「違う、ぼくの肝臓は本当にないんだ」
「あるだろう? おまえの肝臓はきちんとここにあるんだ」
「違う。じゃあ、ぼくには何が足りないっていうんだ」
人体模型は泣き叫ぶような、悲痛な声で言った。
何が足りないっていうんだ。
「なにかが、足りない?」
みなもが繰り返す。
草間がみなもの頭を撫で、それからまた内蔵の中身を人体模型の腹の中へ納めながら語り出した。
「ずいぶん昔の話だ。
ここへ通う小学生がいたんだ。最後の授業が理科室で、大事にしていた校帽を多分理科室に忘れてきてしまったのだと思い、その小学生は戻ってきて帽子を探したんだ。『ない、ここにもない、どこにもない』なんて言いながらだったと思うよ。でも結局見つからず、暗くなってきてしまって小学生は帰ったんだけど。
その小学生は帰り道にトラックに跳ねられて亡くなってしまった」
「……どうして理科室を探したなんてわかるんですか」
零が的確な質問をする。
「一緒に帰るはずだった同級生に『理科室に帽子忘れてきた』とも言っているし、当直で遅くまで残っていた先生にも『理科室でなくした帽子が見つからない』と告げているからだ」
みなもは草間のあとを引き継いだ。
「ということは……人体模型さんを動かしていたのは、なにかをなくしたという思念だったってことですか」
「そういうことだ。そして、人体模型は『なにか』を探して様々なものを生徒から取って怪奇現象を起こしていたわけだけど、人体模型の君はあるとき自分が人体模型であることに気がついた。そして、『大切なものがないということは、内臓の一部がないに違いない』と勘違いをした。
だから、君には肝臓がないと思えたんだ」
人体模型は、思い出した風でもなく、ただ困惑しているようだった。
「あんまり長い間の思念……怨念だったから、その『物』の定義がなくなってしまったんだ」
草間は言って、みなもと零を見た。理科室は薄暗くて、二人が何を思っているのか草間にはわからなかった。
人体模型には全ての臓器が揃い、完璧な形になっている。
人体模型は苦渋に満ちた声でつぶやいた。
「それでも、よくわからないけど、ぼくにはなにかが足りない」
草間は「ちょっといいかい?」と言ってみなもの白い帽子に手を伸ばした。
ちょうど同じぐらいの高さの人体模型の頭に、そっと白い帽子をかぶせてやる。人体模型はきょとんとしている。
みなもも零も、じっと人体模型を見守っている。
「これ、だったのか」
という人体模型の声は風のように聞こえて、音になっているわけではないようだった。
草間達の見つめる先にある人体模型は、『ただ』の人体模型だった。
――エピローグ
セーラー服姿のみなもが興信所へ現れたのは午後三時だった。
青い髪と青い瞳をした少女。その透明感に会うたび驚かされる。
草間はいつもと同じように机に突っ伏して居眠りをしていたので、クズモチを持ってきたというみなもの言葉に敏感に顔を上げた。
「こんにちは」
爽やかに声をかけられ、口の中でもごもごと「こんにちは」と返す。
それから草間は慌てて涎のあとを拭い、両手で即席に頭の形を整えてソファーへ移った。
マルボロを取り出して一本口にくわえる。それから、お茶をいれているだろう零に声をかけた。
「おれのはコーヒーにしてくれ」
「え? お土産はクズモチですよ」
みなもがくすくすと笑う。笑うと少女の香りがする、草間はなんとなく気恥ずかしくなって煙草に火をつけ
「あ、吸っても?」
後からみなもに訊ねた。みなもはまた笑い、
「いいですよ」
と言ってクズモチを包装から出して、小さな箱を草間の前にちょこんと置いた。
クズモチか……と草間は小さく胸の中でつぶやいた。
「もう夏だなあ、みなもちゃん水泳部だろ。プールもうやってるのか」
「まだです。でも、あともうちょっとかな」
少し水が恋しそうにみなもが言ったので、草間は白い煙を漂わせながらプールサイドにみなもはよく似合うだろうと想像した。
みなもは夏の似合う女の子だった。それでも、どこか涼しげな。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1252/海原・みなも /女性/13/中学生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、海原・みなもさま。
「今はもうない」へのご参加ありがとうございました。
ご要望を取り入れつつ、PCさまの個性もなるべく捉えつつ書いたつもりです。
もし添えていたようなら、またご依頼くださると嬉しいです。
では、ひらあやばんりがお送りしました。
次回から 文ふやか(あやふやか)というPNに改訂する予定です。
よろしくおねがいします。
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