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<東京怪談・PCゲームノベル>


The Black Sweepers

 男たちは黒かった。
 正確に言うと、黒ずくめだった。
 八島真をはじめとする『二係』の職員たちと、藍原和馬の服装の違いは、黒眼鏡の有無と、ネクタイのゆるみくらいのものだ。しかし、『二係』のものたちは公務員特有の秩序だった空気を身にまとい、和馬のほうは対照的な自由人の風を吹かせているから、実際のところ、この黒服の集団の中にいても、和馬はくっきりと浮いて見えるのである。
「これは新宿の――ですね」
 八島は、和馬が持参した箱を見るなり言って、意外と話題の店に詳しいところを見せた。
「わざわざすみません。どうぞお気づかいなく」
「いや、あまりものだから、ソレ」
 一瞬、言葉の意味を掴み損ねた八島だったが、すぐに、ああ、と思いあたって、ぴん、と片眉を跳ね上げた。
「いろんなお仕事をされているんですね?」
「ま。社会勉強つうかなんていうか。……それに、生きてくのにどうしたっておアシがいる世知辛い世の中になっちまった」
 ソファに身をしずめ、口の端から犬歯をのぞかせて、にやりと和馬は笑った。
「時に、例の件の、その後はどうだい」
「そう……ですね」
 職員のひとりが、ふたりにお茶を出してくれた。洋菓子に合わないかな?といいながらも、その濃い緑茶をすすりながら、八島はこたえる。
「『トケイヤ』たち人造人間は『円盤』が去ったのと同時に、すべて作動を停止しました。問題は『ギフト能力者』の残党ですね。シルバームーンビルから逃げ出したものや……、あの時点で『メガネヤ』による回収を受けていなかった在野の能力者もいますしね。ま、地道に『アンチ・ギフト』を使ってシラミ潰しをやるしかないです」
「あのデカイのは?」
「……ああ、ファング? 彼を倒したという調査員の方の証言がありますが、遺体が見つかっていないので、なんとも。彼は傭兵ですから、雇い主がいなくなれば、闘う理由はないでしょう。……これ、美味しいですね」
「どーも。……あのシャチョさん、どうなるのかね」
「いちばんの問題は彼かもしれないですね。警察庁とIO2が引き渡せって、うるさくて」
 苦笑まじりに言いながら、八島は事件後に面会した男の姿を思い出した。
 颯爽たる青年実業家のおもかげを欠いた、無精髭のやせた頬――。
 そのとき、黒服の職員のひとりが足早に駆け寄ってきた。そして、八島になにごとかを耳打ちする。
「……何?」
 ぴん、と、またもや、眉が跳ねた。
 しばし、考えこむ。
「藍原さん」
「あン?」
「今日はおヒマなんですよね」
「なんだそりゃ。言っとくがいつも暇ってわけじゃ」
「わかってます。……よろしければ、簡単なアルバイトをなさいませんか?」
「はァ?」
 ずい、と迫る八島の黒眼鏡がきらりと光った。
「いやなに、簡単なお仕事なんです。ちょうど、人手が必要だったので――」
「…………」
(おいおい、あからさまにあやしいだろうが……)
 うろんな目つきで、和馬は問うた。
「どんな仕事なんだよ」
「倉庫の掃除です」
 八島は答えた。


 結局――。
 首を縦に振ってしまった和馬は、八島と並んで、うす暗い廊下を歩いているのだが。
 宮内庁の地下300メートルに広がるという秘密領域。『二係』の事務室に出入りする人間であっても、その全貌を把握しているものはいない。廊下はどこまでも続き、でたらめに折れ曲がっては、思わぬところで階段があったりする。何人もの人間が勤務しているはずなのに、あたりは妙に静かだ。ただ、ふたりの革靴の足音と、和馬が提げているバケツの軋み、モップが床を打つ音だけが響いている。
「倉庫の掃除ねぇ……」
「倉庫の掃除です」
「倉庫の掃除……か?」
「倉庫の掃除です」
「倉庫の掃除なんだろうな」
「倉庫の掃除だと言っているでしょう」
「嘘つけ! 目が泳いでるぞ、コラ」
「き、気のせいでしょう。っていうか、私の目なんて見えないでしょう」
「だから嘘くさいんだよ、俺の目を見てものを言ってみろ、そのグラサンをはずして」
「だ、だめですよ、コレはっ……!」
 そうこうしているうちに、廊下がドアにつきあたる。
 ――『倉庫D8』。
 そんな札がかかったドアは、南京錠がしっかりと据え付けられ……一面にびっしりと呪符が貼付けられているのだった。
「なんだこりゃ。めちゃくちゃ厳重に結界が張ってあるじゃねぇか!」
「それは『二係』の倉庫では事件調査のおりに押収した呪物やマジックアイテム、アーティファクトの類が保管されているのですからして」
 言いながら、鍵束の中から目的の鍵を探し出す。
「では、開けますよ?」
「なんでそんなに警戒してんだよ。頼むから本当のことを言え。怒んねーから!」
「いや、本当に掃除なんですよ――」
 ドアが開いた。
「…………」
「…………」
 ばたん、と、開けたばかりのドアを閉める八島。
「……なんだありゃ」
「長いこと放置してたら……ああなったみたいで」
「ありゃ何だと聞いている」
「残留する霊気の淀みからできる……生物でいえば菌類みたいなものですね。カビかキノコです」
 一瞬、かれらが垣間見た倉庫の中は――
 隙間なくびっしりと群生する、巨大菌類の森であった。色とりどりの、うごめく粘菌のようなもの、胞子をいっぱいにたくわえた毛玉のようなもの、繊維状の蔓草のようなもの、キノコそのものの形をしたもの……。
「この部屋を掃除しろと?」
「はい」
「この部屋、入れんのか……?」
「……無理、ですか?」
「5分で肺が腐ると思うが」
「そう思ってこの布巾を用意しました」
 問答無用で、和馬の口元を布でおおい、頭のうしろで布の端を結ぶ八島。
「……」
「大丈夫ですよ。魔力付与されてますから。……さあ、たった今、鍵を開けちゃったので……このままにしておくと、やつら、部屋の外にも広がって――」
 言いも果てず。ばたむ、と、ひとりでにドアが開く。
「き、来た!!」
「うおおお」
 おぞましい、粘菌の洪水だった。ぞわぞわと、意志ある菌類が、封印されていた領域から解き放たれた喜びに身をふるわせるようにして、ゆっくりとではあるが、確実に、廊下に、壁に、天井に這い出し、侵蝕をはじめたのである。
「畜生め。呪文で焼き払っちまうか!」
「ダメですよ!火なんて使っちゃ。この上は皇居なんですよ?」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「だから掃除するんです」
 八島は、手にしたスプレーボトルを、じゅくじゅくうごめく粘菌に向け、銃を撃つかのごとくに、ノズルから液を照射する。
 じゅわ、っと、強酸が物を溶かすような音――。それとともに、生あるものには聞こえぬはずの、聞いてしまったらそれだけで発狂してしまいそうな、おそろしい叫び声があがる。
「『二係』特製・霊障除去洗剤『レイトケール(改)』です。さあ、藍原さん、モップでこすって!!」
「お、おう」
 和馬がドラゴンに槍で立ち向かうように、モップを構えた。その意志に反応してか、モップの柄の上に、文字のような紋様のようなものが青白く輝いて浮かびあがる。
「こいつもマジック・モップか!」
 さもりなん、モップが触れた途端、この世のものでない菌類は悲鳴をあげて消し飛んでゆくのである。
 その刺激が、ひきがねになったのだろうか、菌類たちの勢いがました。あとからあとから、あふれるように這い出してくるのだ。
「ぬおおおおおおお」
 だが、迎え撃つ和馬の覇気も凄まじかった。顔の下半分を布巾でおおい、モップをもった、完全に大掃除のスタイルで、しかし、鬼気迫る勢いで迫る菌類の波を食い止めているのである。
「こいつめ!こいつめ!」
「いいですね、藍原さん!だいぶ押し勝ってきましたよ!」
「おうとも!」
 菌類の勢いは弱まり、かれらのほうが前進をはじめている。希望が見えた――のも、しかし、つかの間。
 ガチガチ、と、なにかを噛み合わせるような音に、顔をあげたふたりが見たものは、『倉庫D8』から這い出してくる、仔牛ほどもある大きさの……無数の蜻蛉のような複眼と百足のような節足、蠅のような羽に、軍隊蟻のような顎をそなえた得体のしれぬものの姿だった。
「『蟲』……?」
「こ、こんなものまで……繁殖して……」
 地下の廊下に、男たちの怒号と、はげしい戦闘の音が鳴り響いた。


 事態が一応の終息を迎えたのは、それから二時間ばかりが経過した後のことである。
 なかなか戻ってこないふたりを心配した職員が、おそるおそる『倉庫D8』に赴き、黙々と床をモップがけするふたりを発見した。
「……掃除はこまめにしろよな?」
「そうします……」
「ったく。まるでダンジョンじゃねぇか」
「……ところで藍原さん」
「あン?」
「『二係』の倉庫はここだけではありませんで」
「…………」

 そして――
 黒いスーツを着たふたりの男たちは……
 鼻と口は布巾で覆い、片手に洗剤のスプレー、もう一方の手にはモップで武装し、新たなダンジョンの奥深くへと、挑むのである。
「あ、開けますよ?」
「おウ、どんとこい!!」


(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
NPC登場シチュノベ・ゲームノベル(?)、ご依頼、ありがとうございました!

シリアスな調査依頼、というお話だったように思うのですが、なんでか、こんなことになってしまいました……。いや、深刻な事態ではあったようなのですけどね(笑)。
ご協力ありがとうございます。『二係』一同、お礼を言わせていただきます。