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黒い巨塔〜草間調査団〜
200X年、5月某日…夜。
季節はずれの台風が日本列島を直撃して全国的に大雨に見舞われ、
ここ、東京”草間興信所”でも暴風と大雨に見舞われて悲惨な状態になっていた。
決して最新建築とはいえない建物だけに、あちこちが悲鳴をあげているのである。
「仮にも鉄筋コンクリートじゃないのかこの建物は!!」
「お兄さん、窓、割れそうです!」
「古典的だが、板だ!板で打ちつける!」
「そんな事しちゃって大丈夫なんですか…?」
武彦に言われるまま、零は仕方なく工具セットと何故か置いてある板を引っ張り出し、
今にも割れて飛び散りそうな窓に問答無用で打ちつけ始めた。
武彦もさらにその上に新聞紙を貼り付けて隙間風すら入らないように完全防備。
確かに、窓が割れて中に雨風が吹き込んできた日にゃ、
膨大なありとあらゆる資料がめちゃくちゃになってしまうのだから…
「気持ちはわかるけれど、ちょっとやりすぎじゃないかしら」
仕事帰りに野暮用で立ち寄った碇・麗香は冷ややかな視線で冷静にツッコミを入れる。
「とりあえず頼まれた資料、置いて行くから…」
「はい。ありがとうございます」
零はぺこりと頭を下げ、資料を受け取り麗香を見送る。
そして再び補強作業へ戻り、草間興信所の台風の夜は更けていったのだった。
※
翌朝、まだ曇天の空の下…外に出た武彦は我が目を疑った。
いつもなら、ビル群が見える方向に…見たことも無い巨大な建造物が建っていたのだ。
少なくとも昨日の夜、外を見た時には絶対に無かったはず。
雲を突き抜けるほど高くそびえるその建物は、黒く鉱物的な光沢はあるものの、
まるで生き物であるかのような曲線をしていて…ねじれていて…
「お兄さん、これは一体…」
「わからん…」
「真っ黒で大きな塔ですね…」
「…黒い巨塔か…」
武彦がポツリと呟くと同時に、事務所の黒電話がけたたましい音を鳴り響かせたのだった。
■
「この状況下だからここに来れば退屈しないと思ってたけど…大正解ね♪」
「真さん…なんだか楽しそうね」
「シュラインさんこそ!あ、もしかして台風の日は楽しくて仕方なかったタイプ?」
「そ、そんな事ないわよ?そんな、楽しいなんて思ってもいないし」
「本当ですか〜?…えっと、あと初めまして、ですね?シンブン…ナオさんでしたっけ」
真とシュラインは、先ほどからソファに座って固まっている直に視線を向けた。
こんな状況で予備校の勉強などやってられないと興信所に来てみたものの、
何故か調査団のメンバーの一人となってしまった直だったりする。しかも…。
「新開・直(しんかい・ちょく)です…」
きっちり自己紹介をしたはずなのだが、何故か名前を間違われるのであった。
「準備はできたか?あと一人合流する予定だから来るまで手伝ってくれ」
武彦の言葉に、「なにを?」と問い返す真。武彦は釘抜きを手にして彼女達を振り返り、
「打ち付けた板をはずして穴を埋める作業…それから外看板の修理」
「お兄さん、他にも窓が割れて濡れた資料を乾かしたり整理したり…壊れた電気の修理もです」
「…便利屋でも頼みましょう」
シュラインは苦笑いを浮かべて肩をすくめたのだった。
※
「なるほどね…調査団はウチだけじゃないって事…」
シュライン・エマは小さく呟いて高くそびえる黒い巨塔を見上げた。
台風一過の晴天、青い空と白い雲を遮るかのような色のコントラストのソレは、ビル街のど真ん中、
本来ならば今頃は人と車でごった返しているはずの交差点に陣取って人々を見下ろしていた。
「そうみたいですね」
風祭・真は動きやすいようにと長い黒髪をバレッタで止め上げながら、周囲の様子に目を向けた。
彼女達が今いる場所は、巨塔から五メートルほど離れた場所。さらに五メートル程後ろには、
黄色いテープが張り巡らされて『立ち入り禁止』の看板が並べられ、警察官やら警備員やらが部外者が立ち入らないようにと必死になっていた。
つまり、テープの内側にいる者は関係者、という事になるのだが…。
「見たことの無い者もいれば、見覚えのある者もいるようだな」
蒼王・翼は、自分達と同じようにテープの内側で数人の塊になり、何か相談し合っている者達へと視線を向ける。
「他の調査団との連携を取るべきか、こちらは個別で動くべきか…」
口元に手を添えながら、ふむ、と小さく呟きながら雪森・スイは後方から前へと移動した。
「とりあえず行ってみますかー、じっとしてても始まりませんしー…俺に何が出来るかはわかりませんけどね」
抑揚もなくかなりな棒読み口調で言ったのは、新開・直。
今回の調査団で唯一の男性という事もあって、ここへ来る時、警備員らにリーダーと勘違いされてしまった彼ではあるが、
ただたんに、草間興信所へ巨塔の事を聞きに来たら巻き込まれたという…なんとも少しばかり可哀相な立場だったりする。
「なあに…気にする事は無いよ?キミの事は僕が守ってあげるから」
「そうそう!私にも任せなさい!もしかしたら私、最年長かもしれないし……いいな、若いって…」
「風祭さん、そんな自分で言って沈むのなら言わなければ良いのに」
苦笑いを浮かべるシュラインに、真はえへっと誤魔化すように笑みを浮かべた。
「それじゃあまず、この塔について知っているらしい雪森さんに話を伺っても宜しいかしら?」
「はい。その前にどなたかこちらの翻訳の指輪を付けていただけませんか?まだこの国の言葉に慣れていないもので」
「それならシュラインさんが良いわね」
「どこの国の言葉かしら?ある程度ならそういうのナシでもいけるかもしれないけど…」
しかし、おそらくは未知の世界が関わっているのであろう。シュラインはスイから指輪を受け取ると、
適当な指に通してスイからの言葉を待った。
『私が住んでいた世界にこれと同じものが現れた事があると聞いたことがある。大昔の話だ。
当時、高名な学者や魔術師達が持てる限りの能力を尽くして調査をし、生命体である事までは突き止めたらしいが…
そのうち忽然と姿を消してしまい、それからは二度と現れる事が無かったそうだ…』
明らかに異世界の言葉とわかる言語で話すスイの言葉を、シュラインは一言一句逃さずに通訳する。
この巨塔そのものに関しての詳しい事はわかりはしなかったものの、生命体である事がわかっただけでも充分である。
「余計な事かもしれないが、僕も少しこの塔について知った事がある」
「蒼王さんもですか?」
「僕のことは翼でいいですよ。僕は少し、風と話をする事が出来るもので…風から聞いたことですが」
まるでその言葉を聞いていたかのように五人の間をさっと風が通り抜けていく。
言葉が聞こえるわけではないのだが、それはさながら挨拶代わりのように思えるような風だった。
「この生命体はどこかへ行こうとしているようだ…どこへ、どうやって行こうとしているのかは風にもわからないらしい…」
「移動の最中にここに現れたという事ですか?自発的に?それとも…」
「昨日までの台風が影響しているのかしら?それくらいしか思いつかないわよね?」
「敵意や悪意は無いみたいですね…今のところは」
今のところ、という部分を強調してスイが言う。確かに、今は静かにただ立っている塔も…
これからの調査団の行動しだいでどう転がるかはわからない。
「それじゃあ慎重に調査開始しましょうか?とりあえず周囲の調査と、内部に入れるようならその入り口調査ね」
シュラインがそう全員に告げた瞬間…
『ぎゃー!!!』
どこからともなく、何者かの叫び声が響き渡り互いに顔を見合わせる。
そしてほぼ同時に何かの気配を感じて振り返ると、それまでなんの変哲もなかった黒い塔に、ところどころ”穴”が開いていた。
それは直径一メートル程の穴で、ちょうどくぐって入れば中に入れる扉のように見える。
「入って来いって事かしら?」
「…風はなんと言ってますか?」
「わからないな…風にもこの塔の”言葉”は伝わらないようだ」
「とりあえず入ってみますかー…他の人達も入ってるみたいですしー」
直の言うとおり、他の調査団も自分達の居た場所に一番近い穴へと次々に突入を開始している。
見たところ入ってすぐどうこう、という事はなさそうには見えるのだが…。
「とりあえず入ってみましょうか…十二分にも警戒して、ね」
「僕が先に行こう…」
翼が先頭に立ち、腰に下げている剣にそっと手をかけた。
そのすぐ後ろに真が続き、その次にスイ、そして直、しんがりをシュラインがつとめる事となった。
■
キィン…と、金属がぶつかり合う音が響く。
まだ、最後尾のシュラインが内部へと足を踏み入れて数秒も経過しないうちの出来事だった。
両手に包丁のような剣を持った小柄な少女…いや、少年が有無を言わさずに攻撃を仕掛けてきたのだ。
咄嗟に翼が剣を抜き放ちそれを弾き返したのだが、少年は素早く後ろに飛びのき、
塔の内部、壁らしき場所に足をかけて反動をつけると、今度は武器を持たない真へと攻撃の目標を変える。
しかし。武器を持たぬと思っていたのは少年だけ、その外見とは裏腹に、真はカマイタチを操り少年の剣を弾いた。
「おいてめぇ!この真(しん)様にいきなり仕掛けて来るたぁいい度胸してるじゃねえか?」
「ま、真さん…?!」
突然の真の豹変振りに、驚いて翼とスイは眼を丸くする。直はただ口をあけて呆然と見つめているだけだった。
「戦う能の無い奴は下がってろ!行くぞ!」
「あ…ああ!」
どういう事なのか事態が飲み込めないながらも、翼は真と共に少年と対峙する。
背中に大きな木の箱、どうやら棺桶らしきものを背負っているその少年は、無言に無表情でこちらを見つめる。
そして二本の剣を再び構えると、二対一である事を臆しもせずに再び跳びかかる。
身軽な体に、棺桶の重さを利用して反動をつけ、体を回転させながら二人に切りかかる。
相手の正体がわからないうちは、下手に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。
真と翼は少年からの攻撃を避けながら、話をするチャンスを窺う…が、どうにも表情の読めない相手である。
「困ったわね…いきなり戦闘になるなんて」
「加勢しましょうか?ランタンと水筒を用意して来ましたからいつでも精霊を呼び加勢する事はできますが」
「少し様子を見ましょう…危なくなれば一度退く事も…」
シュラインが後方を振り返りながら言うと同時に、先ほどまでぽっかりと開いていた穴があっという間に塞がっていく。
それはまるでネコバスの乗降口のようで、この塔が”生命体”である事を思い知らされるような動きだった。
「閉じ込められたと言うべきかしら」
「これは…塔の意思?」
スイは顔を上げて天を仰いだ。ここを建物の一階とすると、真上には二階の床である天井が見える。
赤黒くぬめり気のある質感をしているそれは、静かに脈打っているようにも見えた。
「くっ…てめえ棺桶で俺様の剣を受けるたぁバチあたりな奴だなぁ、オイ!?」
そんな彼女の視線の中を、高く飛び上がった少年とそれを追いかけ攻撃を仕掛ける真の姿が映る。
さらにその後を翼が追いかけ、一進一退の攻防を繰り広げていた。
少年の動きは実に素早く、そして粗が無く、力と技では確実にこちらが楽勝ではあるのだが、
速さに関しては相手のほうが一枚は上で、時間差攻撃をしかけても上手くかわされてしまう。
「ここで足止めされてるわけにはいかないんだけど…」
「それならば私が」
スイは手にしていた水筒を取り出すと、蓋を開いて中身をさっと宙に撒く。
本来ならば床の上に水滴として落下するはずのそれは、しかし空中に留まったままで…
『水の精霊よ…』
あきらかに異国の言葉で、スイは小さく呪文を唱える。
”水”は輪を作るように空中で移動すると、その中心が光を放ち始める。そしてスイが”力ある言葉”を唱えると同時に、
光に包まれた水は少年へと目掛けて突き進みその体に直撃した。
「くっ…!!」
少年はその場に膝を突くと、肩からずり落ちそうになっていた棺桶を上げて視線を上げる。
真と翼が剣を構えたままで少年に近寄ると、少年は一気に後方へと飛び退き、そのまま背後にあった階段を駆け上がっていった。
「……助かった」
ただ黙って成り行きを見守るしかなかった直が、相変わらずの棒読みで呟く。
周囲への警戒はそのままで、再び五人は一箇所に集まり。
「今のはこの塔が差し向けた敵なのかしら?」
「とどめをしそこねちゃいましたねぇ…どうでしょう?わかりません…」
真は真(しん)の人格から、真(まこと)の人格へといつの間にか戻っていて、肩をすくめながら首を傾げる。
「…ひとつだけ、この中に吹いたわずかな風が彼の名だけ告げてくれた」
「本当ですか?!」
「ああ…彼の名は”飛桜・神夜(ひおう・かぐや)”…ただそれだけしかわからないが」
「飛桜・神夜…私に聞き覚えはありません」
「俺も同じく」
私もよ、と全員が彼に心当たりが無い事を確かめ合う。となると、ますます正体不明という事になる。
「とりあえず彼のような攻撃意思を持った者がまた出てくるかもしれないわね…
注意、警戒を怠らずに調査をはじめましょう?どのみち、戻る事は出来なくなった事だし、ね」
シュラインは出入り口の無い壁を見つめながら告げた。
「とりあえずあの階段を上りましょうか」
二階は何も無い空間がただ広がっていた。本当に、文字通り何も無い。誰もいない。
天井はそう高くなく、圧迫感のある空間。
壁も天井も、相変わらずどこか生物のようでいて、しかし感触は硬かった。
他にも調査にいくつもの集団が入ったはずなのだが、その気配は今のところは無い。
無い…
『だからそこ触るな―――!!』
「!?」
どこからとも無く、下のようで、上のようで、しかし同じ階のような場所から叫び声が聞こえてくる。
誰か居る、と全員が顔を見合わせて声の出所を探ろうと耳を澄ませてみるものの…
それっきりその声は聞こえては来なかった。
ただ、何か重いものが何かにぶつかるような音がその直後に聞こえてきたような…。
「……触るな、って事はどこかに仕掛けでもあるんでしょうか」
「そう考えるのが普通ね」
「上か、下か…あるいはこの階にまだフロアがあるのか…」
「とりあえず先に進むしか無いですね」
全員で確認し、頷き合う。
そして再び、先へ先へと歩き始めたのだった。
※
”それ”が起こったのは彼らがひとつ上の階へと足を踏み入れた瞬間だった。
それまでしっかりとしていた足場が揺らぎ、まるで綿の上を歩いているような感覚に襲われたかと思うと、
ある場所では床が突然せり上がり、ある場所では壁が迫り、ある場所では天井が下がりはじめる。
「くっ…部屋が動いているのか?!」
「うーそーだーろー」
「こんな時でも棒読みなんですね、新開さんって…面白い人ですね」
「って笑ってる場合ですか、風祭さん…」
「みんな冷静ね…いい?!離れないで!それぞれ誰でもいいから服の裾でも掴むのよ!?」
口々に叫び、自分の居場所を主張するものの…しかし、”それ”によって草間調査団は分断されてしまったのだった。
そう、まるで意思を持ってそうしたかのように、それまで普通にあったひとつのフロアが…迷路と化していたのであった。
散り散りになってしまった彼らは、果たして再び出会う事が出来るのか。
そして頂上にたどり着き、この塔の謎を解明することが出来るのか。
それは今この時、まだ誰も知らないのだった。
■GO TO NEXT STAGE…
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家・幽霊作家+草間興信所事務員】
【1891/風祭・真(かざまつり・まこと)/女性/987歳/『丼亭・花音』店長・古神】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【3304/雪森・スイ(ゆきもり・すい)/女性/128歳/シャーマン・シーフ】
【3035/飛桜・神夜(ひおう・かぐや)/女性/12歳/旅人?(ほとんど盗人)】
【3055/新開・直(しんかい・ちょく)/男性/18歳/予備校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。この度は「黒い巨塔〜草間調査団〜」に参加いただきありがとうございました。
台風が多い季節なので、それに絡んだお話を何か出来ないものか…と思い、ふと思いついたのが今回の依頼です。
連載ものの一話目という事で今回は乗り込んだところで終了しておりますので、
お話的にはあまり盛り上がりは無かったかもしれませんが、少しでも雰囲気を感じ取っていただけたら…と思います。
また、今回のエピソードはあやかし荘調査団の行動と草間調査団の行動が繋がっております。
ですのでところどころお互いに影響を出し合う部分があったりなかったりしておりますので(どっちだ)、
その点に関しても楽しんでいただけると幸いです。
また、今回ラストではそれぞれバラバラになっておりますので、
次回の参加は、不参加または別調査団としての参加も可能ですので宜しければご参加下さいませ。(^^)
:::::安曇あずみ:::::
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>
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