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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


廃墟と化した病院で -file1-



■ オープニング

 ぽたり……ぽたり……。
 滴る粘液、雫は紅く、ペンキではない赤の正体は血液。
 黒ずんだ壁に囲まれた寒気のする空間は殺風景で、夏も近いというのに永遠に時が止まったかのような印象を与える。
「……ふふふ……私はここだよ……あははは、早く……誰か……私を……見つけて」
 か細い声がその冷気の伴う空間に波紋のように広がる。
 蒼白な少女は半分、赤く染まった白いワンピースを身につけていた。

「殺人犯が立てこもっている?」
 草間は短くなったタバコを灰皿に潰すと即座に新しいタバコに火を点けた。
 目の前には刑事が一人。
「十年前に廃墟となった病院なんですが、犯人はそこに」
「人質がいるわけではないのでしょう? でしたら、餓死する前に飛び出してくるんじゃないですか?」
「……そう思ったんですが、すでに四日も出てこないんです。不審に思い、病院内へ警官数名を向かわせたところ、どこにも姿が見当たらなかったということなんです。ですが、昨日になって赤い扉が見つかりまして、その中にいるのではないかと……」
 回りくどい説明にしびれを切らした草間は、
「なるほど、つまりその扉が開かないというわけですね? しかも、物理的に破壊することも不可能だと」
「……ええ、その通りです。こちらとしては、もうお手上げです。どうか、お願いできませんでしょうか」
 恐縮そうに刑事が頭を下げる。
「ふう、仕方ありませんね」
 草間は渋々承諾した。



■ 廃墟病院

 警察はその病院を完全に包囲していた。犯人がこの包囲網をかいくぐって逃走したとは到底思えず、まだ廃墟病院に立て篭もっているとの見方が有力的であった。
「犯人は具体的に誰を殺して……どうしてあそこに立て篭もることになったんですか?」
 蒼い髪を揺らしながら芹沢・青が若い刑事に尋ねた。
「殺したのは妻と……その妻の不倫相手である男性です」
「つまり、浮気による逆恨というわけですか?」
 長身の女性――綾和泉・汐耶がそう結論付けようとすると、
「いえ、それだけなら、我々もこれほど警戒はしませんよ」
 刑事が周囲に視線を泳がせる。テントの中には警官が数名待機していた。外にも病院を囲むように包囲網が敷かれている。
「へー、他の事件に関連があるってことかな?」
 部屋の隅にいるのは瀬川・蓮だ。蓮は心底楽しそうに刑事へ笑って見せた。蓮は事件そのものには一切興味がないかのようだ。
「……実は、LSDと呼ばれる麻薬を使用していた疑いがもたれているのです……」
 刑事は躊躇いがちに答えた。気乗りしないのは聞いていた方も一緒だ。
「麻薬か。じゃあ、犯人は密輸に絡んでるという線もあるのか?」
 壇成・限が座っていたパイプ椅子から立ち上がりテントの中を歩き出した。
「ええ、家宅捜索の段階でいくつかの麻薬が発見されましてね。個人的に入手したものではないことも、見つかった数枚の書類から判明しています。もしかすると、裏に大きな組織が絡んでいるのではないかということも……」
 刑事はそこまで喋ると「失礼」と言ってタバコに火を点けた。一口だけ吸うと地面に落として靴で踏み潰してしまったが。
「だから、何としても犯人を確保したいわけですね?」
 青が言うと刑事は質問の答えに加えて、
「その通りです。男が廃墟病院に立て篭もったのは麻薬による幻覚作用だという見方が強かったのですが、調べてみると犯人はこの病院に昔、勤めていたことがあるようなんです」
「医師だった……ということ?」
 今度は汐耶が訊く。
「ええ、もう二十年も前の話らしいです。凄腕の医師だったらしいのですが、医療ミスにより現役を退かねばならなくなり、そして、病院も徐々に廃れていったということです。廃墟と化したのは十八年前。解体業者が何度か取り壊しに掛かったらしいのですが、事故が多発し、しまいには誰も近づかなくなったという噂です。今や心霊スポットとなっているようですが、近年では自殺も多いようですね」
「ねえねえ、怪談話とかないの?」
 無邪気に笑いながら蓮が別の刑事に尋ねる。
「そうだね、女の子の幽霊が出る話なら聞いたことがあるかな。白いワンピースを着ている幽霊で血まみれだとか。これは地元の人間ならけっこう知ってる怪談話だね」
 刑事は怪談話が好きなようで、その後もベラベラとものすごい勢いで捲し立てた。蓮は途中からそっぽを向いていた。
「自殺って病院内部で起きてるのか?」
 限がやっとパイプ椅子に腰を下ろした。
「入り口は完全に壊れていて、簡単に中へ入れますからね。だいたい、手術室付近でよく死体が見つかります。それから……例の赤い扉なんですが、その手術室の奥で見つかったようです」
「あの、見取り図があれば貸していただきたいのですが?」
「あ、すぐに準備させますので」
 汐耶の申し出を聞き入れた刑事はすぐに部下へ命令を下した。



■ 扉付近

 赤い扉は血塗られた扉。
 空間を漂うのは怒りと、憎しみと、悲しみと、孤独な魂。
 内包された空間には雑多な感情が詰め込まれており、その場所は三次元世界から切り離された無味乾燥な世界のカタチ。
「誰か……来たみたいだ……」
 飛桜・神夜は耳を澄ました。体二つ分ほどある大きな棺桶を背負いなおす。あまり強く揺するものだから棺桶が文句と飛ばす。
 神夜はソレ通り抜けた。内部からの干渉は容易い。原理は定かではない。
「あれ……どうしたの……?」
 珠苑・翠帆は出てきた神夜に驚いていた。
 翠帆はまあいいか、という感じで冷たい床に座り込んだ。
 目の先に見える手術台が不気味に光った。



■ 病院内部

 両開きの扉は一方が完全に失われていて、四人はそこから病院内へと侵入した。自動ドアではない扉から病院が歴史の深いものであることが分かる。
「鼻につく臭いだな……」
 青が待合室に並べられたソファーを眺めながら顔を歪ませた。すでに夕刻ということもあり窓の少ない密閉空間は暗闇に包まれていた。おそらく、昼間でも暗いのは同じことだろう。
「……どうやら手術室へは、この先の廊下を歩かなければならないみたいね」
 汐耶がライトで地図を照らしながら歩き出す。しんとした空間を伝達する邪悪な雰囲気を肌で感じる。
「ほんと、鼻が曲がりそうな臭さだね」
 本気で先に進むの? 蓮はそう他の三人に呼びかけながらも楽しそうに歩み出す。
「この廊下、いつまで続くんだ? 暗くて先が見えやしねえ」
 限が前方を凝視するも闇に包まれた廊下は果てしなく続いているようだった。
「地図によると五十メートル近くあるみたいだけど……もうそれぐらい歩いたような気もするわ……」
 汐耶が持っていたライトで廊下の先を照らす。
「どうやら、着いたみたいですね」
 青が手術室と明記されたボロボロのプレートを見つける。
 早足に進み青が大きな鉄の扉に手をかけた――その時。
 ぎぃぎぃと不快な音を響かせ扉が自動的に開いたかと思うと、小さな少年が飛び出してきた。しかも、すぐに飛び掛ってきた。
「な、なに?」
 蓮が轟き叫ぶ。
 棺桶を背負った少年――飛桜・神夜は容赦なく棺桶を振り回す。
 すぐに何人かが止めに入る。
「おいおい、俺たちは敵じゃないぜ?」
 やっと落ち着いた神夜に向かって限が説明を尽くす。
「何だ……警察どもじゃないのか……」
 神夜は表情を変えずに四人とは顔を合わせずポツリと呟いた。
「この奥に、犯人がいるはずなんだけど、心当りないかしら?」
 汐耶が神夜に近づいて訊く。
「……行ってみれば分かるんじゃないの?」
 投げやりに答える神夜。だが、先ほどの好戦的な態度に比べれば幾分かマシである。
「もしよかったボクたちと一緒に同行しない?」
 今度は蓮が近づきそう気まぐれにそう提案すると、
「……いいけど、赤い扉は私にも開けないから」
 神夜はそれだけ言うと一人先に手術室の中へ入って行く。蓮はあとに続いた。
「……とりあえず、俺らも進みましょう」
 青がそう促すと汐耶と限も手術室の開け放たれた扉を通り抜けた。
 手術室は異様としか表現できないほど狂気に満ちていた。朽ち果てた手術台はカビ臭く、天井から伸びる手術台を照らしていたのであろうライトは見る影もない。
 医療器具は一様に錆びており、カビの臭いと相成って異臭を発生させていた。
 霊の姿も見受けられるが悪意のあるものは少ないので放置しておいた。
「扉はこの先……」
 神夜が指で示した方向に細長い通路があった。
 所々、床が腐っているようで注意が必要だった。
 赤い扉が見えてきた。暗くてもその赤さは際立っていた。
 その時――。
「この先は……通さない」
 姿を現したのは赤髪の少年だった。神夜とさほど変わらない幼い風貌だった。なにやら好戦的にこちらを睨んでいるが神夜がいることに気づくと態度を一変させた。
「翠帆、こいつらは別に敵じゃない」
「あ……そう……なの?」
 翠帆は他の四人を眺め、構えを解いた。
「で、二人はこんなところで何をしてたんだ?」
 青が訊くが、神夜も翠帆もまともに答えない。どうやら、二人とも無口なようだ(翠帆はただボーっとしているだけのようだが)。
 しばらく経ってから神夜が口を開く。
「……ただ、ある人に用事があっただけ。犯人はこの扉の奥にいると思うけど……扉の開け方は知らない。来た時は開いていたから……中からは容易に開く仕掛けがある」
「なるほど……」
 青が腕を捲くり扉の前に立った。扉を手で触れてみるが、どう考えても材質は鉄だ。
「とりあえず、試してみるか」
 雷光支配――青が雷を呼び起こし赤い扉にぶつける。
 埃が舞い上がり全員が咳き込む。一瞬、辺りに光が満ちた。
 再び視界に赤い扉――変化は見られない。
「やはり、力技では無駄みたいですね。霊力や魔力の類で開くのかしら?」
 汐耶が扉を注視しながら考え込んでいると、
「じゃあ、ボクが試してみるよ」
 壁に背中を預け鼻歌を歌っていた蓮が扉の前に立った。片手を壁に、魔力を注ぎ込む。
「……うーん、魔力でも無意味みたい。ボクは霊力からっきしだから、他の人に任せるよ」
 蓮が再び壁に背をつける。
「よし、僕がやってやる」
 今度は限が前に出る。しかし――。
「霊力でもダメか……どうすりゃいいんだ?」
「ここは、私に任せて」
 汐耶が眼鏡を光らせ不敵に笑い扉へ歩み寄る。
「物理的にも、魔力でも、霊力でも開かない……。ということは、これは封印の類ね」
 汐耶が双眸を閉じると、赤い扉が突然揺れ動いた。そして――。
「……開いたみたいだな」
 青がすぐさま中の様子を窺う。汐耶がふうと重い息を吐いた。
「階段があるな」
 限が先頭を歩く。他の五人もその後に続く。
「もう地図も頼りにならないわね」
 汐耶が地図を折りたたみ懐に仕舞う。
 コツコツと一定のリズムで音が響く。
 外界から遮断された空間はもう夏も近いというのに冷ややかだった。
「……声が聞こえる」
 ふと神夜が呟いた。その後ろで翠帆が耳を澄ます。
「犯人の呻き声……? でも……男の声じゃなさそうだね?」
 蓮が聞き耳を立てて声の正体を分析し始める。
 とにかく一行は階段を降りていく。
 階段も周囲の壁もいやに奇麗だった。
 あの、廃墟病院とはまるで別の空間であるような……しかし、暗いのだけは同じだ。
 何段降りたかも分からない階段を無事降りきると、目の前には白い扉。
 今度は自動的に開かれる。

 ――ふふふ、ようこそ。

 どこからか声が響く。
 部屋の中は殺風景。
 あるのは、隅に備え付けられたベッドのみ。
 ベッドの上に男の姿があった。ガタガタと震えている様子だが、どうやら生きてはいるらしい。
 部屋の中央に白いワンピースの少女。
 笑っているような、睨んでいるような、そんな曖昧模糊な感情が見て取れる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――っ!」
 突如、男が叫び出す。
 誰かに許しを請うように。
 少女がくるりと回転し背を見せる。
「……あの、赤いのは……血?」
 限が一瞬、たじろく。
 赤く染め上げられたワンピース。
 再び振り返る少女の目が男を見やる。
 瞳の色が赤い。
 少女が、
 男に近づき、
 耳元で何かをささやき、
 そして、そして、消えてしまった。



■ 事件の真相

「医療ミスで亡くなった少女というのが、恐らくその少女なのだろう」
 草間がタバコの煙を吐き出しわっかを作る。
「深い事情があったんでしょうね……」
 青が興信所の入り口に立ち、通りを眺める。
「結局、あの扉は何だったのかしら……少女の怨念……?」
 汐耶が腕組をしてソファーに座りなおす。
「あの男も麻薬で正常な意識を失っていたとはいえ、昔務めていた病院に行き着くなんて……何の因果だろうな」
 限がそう言うと、
「正常であろうとなかろうと、人間の根本にあるものは、そうそう変えられるものではないんだ。きっと、根が優しいんだろう。麻薬に走る人間に多く見られる典型だよ」
 草間が新しいタバコに火を点ける。すでに灰皿は吸殻で一杯だった。零が呆れ顔で草間に気づかれぬようタバコを没収する。
「彼女は、ただ謝って欲しかっただけ……心の底から」
 神夜がポツリと呟く。隣の翠帆が昼下がりの空気にウトウト。神夜はどうやら犯人がやって来る前から、あの少女と接触していたらしい。翠帆は何も知らなかったようだが。
「そういえば、あの赤い扉は消えてしまったらしい。同時に霊的な現象も数が減っているそうだ……」
 草間が視線を落とさず、テーブルの上を手探りにタバコを探す。零がにこりと笑った。
「きちんと、祓い清めさえすれば、あの病院跡地も新しい何かに生まれ変わるよ」
 蓮が朗らかな笑みを浮かべながら場を締めた。

 草間の話によると犯人は無事逮捕されたが、密輸に関しては調べがつかなかったらしい。犯人は放心状態らしいが、徐々に自分を取り戻しつつあるという。
 少女は一人、赤い扉の向こうで何を思ったのか――。
 今となっては調べようがない。
 ただ、あの部屋から一枚の写真が見つかった。
 写真にはぎこちなく笑う少女と、白衣姿の男の姿が映っていた。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2259/芹沢・青/男/16歳/高校生/半鬼?/便利屋のバイト】
【3035/飛桜・神夜/男/12歳/旅人?(ほとんど盗人)】
【3274/珠苑・翠帆/男/9歳/世捨て人】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23歳/都立図書館司書】
【1790/瀬川・蓮/男/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】
【3171/壇成・限/男/25歳/フリーター】

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■         ライター通信          ■
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『廃墟と化した病院で -file1-』ということでホラー要素たっぷり……とはなりませんでしたね。
初めましての方も、そうでない方も、こんにちわ。担当タイラーの周防ツカサです。
どこがグロテスクか! という文句が飛び交いそうですね。もうちょっと血とか血とか血とか(略)、撒き散らしたかったのですが……。
次の機会があれば、もっとグロテスクな話……と企んでおります(考え方がどこかおかしい)。
さて、ご要望や、ご意見などがございましたら、どしどしお寄せください。
それでは、またお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141