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<東京怪談・PCゲームノベル>


『花唄流るる   ― 【仄暗い水の底という悪夢 高嶺がスイッチをいれる腕時計】 ― 』

【オープニング】

『ごめんね、こんな時間に…』
「ううん。別にいいよ、沙樹。あたしもまだベッドに横にはなっていたけど眠っていたわけじゃないから」
『………うん』
「怖い夢を見た?」
『………うん。とても怖くって、哀しい夢を見たの』
 携帯電話の向こうから聞こえたくすりと笑う沙樹の声。先ほどまでの声がすごく深刻そうだっただけにあたしもつい顔が綻んでしまう。
「どうした?」
『あ、ううん。高嶺ちゃんにはなんでもお見通しなんだな、って』
「だって、沙樹。あんたは昔からそうだったじゃない?」
『え、そうだったって?』
「たとえばお祖母様の家の壁の染みが怖くって眠れなくって、いつもあたしの布団に潜り込んできて」
『あ、だってそれは本当に怖かったんだもん』
「だもん、って、沙樹」
『じゃあ、でし?』
「でし? あはははは。それ、あの妖精の口真似。虫、って言うと面白いんだよね、あの娘」
『って、ダメだよ、高嶺ちゃん。本人そう言われるの一番気にしてるんだから』
「でもだって、虫って言うたびに見せてくれる反応、面白いじゃん」
『うーん、まぁー、ね』
「あ、今の本音だね、沙樹。スノードロップに言いつけちゃぉーう、と」
『わ、わわ、ひどいよ、高嶺ちゃん』
「あはははは。そんなに慌てなくっても」
『じゃあ、黙っててくれる?』
「うーん、どうしようかなー。それは沙樹次第、かな?」
『つつしんで明日の学校の帰りにパフェを奢らせていただきます。お代官さま』
「ふぉほほほほほ。さすがは越後屋。わかっているではないか。って、何をさせるかな、沙樹は」
『もう、高嶺ちゃんったら』
 その後、あたしたちはそのまま携帯電話で2時間も話して、ようやく空が白み始めた午前4時にまた後で、とお互いに言い合いながら電話をきって眠った。
 それはまるで本当に少女小説や少女漫画に見るような今時の女子高生の風景。
 ――――――このあたしが。
 あたし、倉前高嶺は普通の女子高生であって、しかし普通の女子高生ではない。あたしは倉前家という大きな荷物を背負っていて、それがあたしの心を窒息死させそうなほどに息苦しくさせる。
 そりゃあ、それなりの悩みはもちろん抱えているのであろうけど、それでも……そう、それでも他の娘はどこか遠くに感じてしまう。
 あるいはあたしは籠の鳥なのかもしれない。そして他の娘は籠の外の鳥。
 ならばあたしは、籠の中の鳥のように翼を羽ばたかせる事も忘れて…知らずに、ただあの青い空に恋焦がれて見ているしか無いのか?


 あたしはそんなのはいやだッ


 あたしは羽ばたかせたい。
 この背中の翼を。
 それはひょっとしたら今まで一度も羽ばたかせた事の無いモノだから満足にあのどこまでも晴れ渡る青い空を飛べないかもしれない。だけどそれでもあたしは飛ぶ事が怖くは無かった。
 だってあたしには沙樹がいるから。
 そう、あたしには沙樹がいる。
 きっと彼女はその名前にある通りに大きな樹の枝となって、時には飛ぶ事に疲れたこのあたしが翼を休める場所になってくれるだろう。あの娘はそういう娘なんだ。
 とても優しく温かい娘。そして心のうちに凛とした強いモノを持っている娘。あたしの憧れの娘。
 それがあたしの大切な従姉妹であり、友人であり、そして心の姉妹である倉前沙樹。
 あたしはまだ耳に残る沙樹の声を思い返しながらわずか数時間後に会える彼女の事を想いながら眠りについた。
 本当は彼女から電話がかかってこなかったらあたしの方から電話していたところだったから……。


 ―――――――――その日の晩の事をあたしはそのわずか数日後にものすごく後悔する事になる。
 そう、どうしてもっと沙樹に見た夢について訊かなかったのかを………。
 その時のあたしは、親から言われた見合いの事で頭が一杯で、そこまでの気をあの娘に回してあげる事ができなかったから………。


 ――――――――――――――――――――
第一章 見合い

「はぁ?」
 あたしは思わず素で父親にそう問い返していた。
 父親は眉根を寄せて少し不快そうな表情をしたが、大きく大きくため息を吐くと、足を組み替えて、煙草を一本口にくわえ、それに火をつけて、紫煙を口から吐き出した。それでようやく父親は眉間に刻んでいた皺を弛緩させる。
「別に本当にその男とどうなるというわけではない。高嶺もまだ17だしな。単なる形式的な事だけ……だ。相手は22歳。いかに親がその気でも本人してみればそんな子どもには興味は無いだろうし」
「それなら、最初からしなければいいのでは、見合いなんて」
「だから見合いじゃないと言っているだろう。桐生家の長男の結婚祝いの宴におまえが呼ばれるという事だけだ。私達の代わりにな。その時にただ……高嶺には桐生家の次男である健一郎君と話をする機会を設けるという事だけで」
 ―――――――それを世間一般に見合いと言うのではないのであろうか?
 あたしは軽く吐息をついた。
 そして目の前に座る父を見つめる。彼の表情を見るにおそらく彼にとってはこの話はまんざらでもないはずだ。桐生家とは代々政治家の家柄で多くの有名な政治家を輩出している家である。実際長男もT大学を主席で卒業し、現在衆議院議員をやっている父親の秘書をしているそうでいずれは父親の地盤を引き継いで政界にも打って出るらしい。
 そんな桐生家の次男をあたしの婿として迎え入れられるのなら倉前家の政界へのパイプはより強力な物となるし、そしてそれは色々と金のいる桐生家にとっても有利な話なのだろう。
「一体何時の時代…」
 ――――そんなのはせいぜい昭和初期を描いた小説の中でしか見えないモノだ。まさかそんな時代遅れの男尊女卑のエゴがこのあたしの身に降りかかるなんて…。
 だけど………
「あの」
「ん? なんだ???」
「お父様はこの話は形式的なモノだとお考えなのですよね?」
「あ、ああ、もちろんだ。大切な娘をそんな道具に使うような真似をする訳がなかろう」
 ――――よく言う。
「わかりました。それではこの件、お引き受けすると、先方にお伝えください」
「た、高嶺ちゃん」
 先ほどからずっと黙っていた母が口を開くがあたしはそれを無視して続ける。
「お父様が反対していて、それでも相手方の権力のせいでそれを言い出せないのなら、あたしがあたし自身の口で直接先方に断ります。異論はありませんよね。なんせお父様もこんな娘を道具のように扱うのには反対なされているのですから?」
「うぐぅ。そ、それはもちろんだ」
「それではそういう事で」
 あたしは顔を真っ赤にさせて怒るに怒れない表情をしている父とどこか安心しているような、そして父の顔色をうかがっている母親に就寝の挨拶を済ませると、さっさと自分の部屋に引っ込んだ。
 そしてベッドにぱたりと倒れこむ。
「ふぅー」重いため息。
 ――――――――心がまた深く深く深く沈んでいく…………………………。


 もしも翼があるのなら、この倉前という茨のツルを断ち切って、あたしはあの青い空に飛んでいきたい。
 其処に未来があるのか、
 それとも絶望があるのか、
 そんなのはわかりはしなけいど、
 それでも倉前という大きな闇によって敷かれたレールの上をただ走るよりも、
 太陽に向かい、
 ロウが溶けて、
 墜落する方が、
 マシに思えた。
 だってそれは確かに自分の意志で生きているという事だから。


 あたしは、ベッドから起き上がり、乱れた髪を掻きあげながら机の上に置かれた先方の写真を手にとった。
 見るからに実直そうな表情をした好青年。ルックスも悪くは無く、学歴だって兄と同じT大学。しかも来春には首席で卒業らしい。
 卒業後の進路はもう既に…………倉前建設本部入社が決まっている。どうやら父の下につくようだ。
「何が形式的なモノよ」
 あたしは写真をゴミ箱に捨てると、そのまま部屋の明かりを消した。



 大人は誰もあたしをあたしと見てくれない。
 そして男も…………。
 だからあたしは男も、大人も嫌いなんだ。



 ――――――――――――――――――――
第二章 口喧嘩

「どうしたの、沙樹? 寝不足???」
 朝、学校の制服に身を包んで、あたしを迎えにきてくれた沙樹はしかしどこか拗ねた子どものような顔をしていた。
「ちょっと、長く話しすぎたかな?」
 さらりと小首を傾げた拍子に揺れた前髪を右手の人差し指で掻きあげて笑うあたしに、しかし沙樹は何も言わずに背を見せて歩き出してしまった。
 あたしはとにかく訳がわからない。どうやらあたしに怒っているようだけど……。
「あのさ、沙樹。どうしたのよ? 訳わからないじゃない。ちゃんと言ってくれないと…と」
 そう言った瞬間、前を早足で歩いていた沙樹があたしを振り返った。そしてきぃっとあたしを睨んだ。しかもその目の端に涙を浮かべて。
「あ、あの、沙樹……」
「ひどいのは…高嶺ちゃんだよ」
「はあ?」
「はあ、じゃない。どうして言ってくれなかったの、電話をかけた時、お見合いの事を」
「え、ああ、うん」
 ―――――どうやらあのおしゃべりの家政婦さんが言ったようだ。ったく。
「えっと、お見合いじゃなくって……ただの顔見せ…」
「それを世間ではお見合いと言うの」
 ―――――だよね………。
「あのさ、ごめん。沙樹に余計な心配をかけたくなかったんだ。それにこれはあたしの問題だから」
「あたしの問題って……だから私には言ってくれなかったの?」
「え、あ、うん」
「高嶺ちゃんはいつもそう。そうやって自分の事は全部自分で背負っちゃう。私だって高嶺ちゃんの事を想っているんだよ。大好きなんだよ、高嶺ちゃんのこと。私にぐらいは見せてよ、高嶺ちゃん。高嶺ちゃんの顔を」
「・・・」
 ―――――それはごめん。あたしはできないよ。沙樹を信じていないわけじゃないけど…だけどあたしは…………………
「どうして何も言ってくれないの?」
「それは………ごめん」
「もういい」
 沙樹はそう言って、くるりと回れ右をすると走っていってしまった。
 あたしはとんと背中を電信柱に預けて、顔を片手で覆う。そして深く深く深くため息を吐いた。
「なんでこうなるかな?」
 どうにもそれがわからない。あたしはあたしでとても沙樹を大事に想っているのに。ボタンの掛け間違い? 
 ―――――あたしの人生、最初からボタンの掛け間違いみたいなもんだけど。
「素直になればいいのよ」
 と、その声は突然に聞こえた。
 顔から手をどけると、そこには同じクラスの綾瀬まあやがいた。
 小首を傾げさせた彼女は額の上でさらりと揺れた前髪を掻きあげながらにこりと笑う。
「素直になって、もっと沙樹さんに甘えればいいのに」
「それは………」
「簡単な事じゃない。ものすごく」
「じゃあ、訊くけどもしもあたしと同じ立場だったら、綾瀬、あんたにそれができる?」
 そう言うと彼女はわずかに両目を見開いて、そしてその後に軽く握った拳を口元にあててけたけたと笑った。
「できないわね。絶対に」
「だったら言わないでよ」
 ―――――違う意味で沙樹と同じでこの娘と一緒にいる時もあたしはあたしでいられた。こいつはあたしと同じタイプの人間だから。だからまあ、こいつと一緒にいる時はなんとなくムキになってるか、怒ってる事の方が多いけど。
「お互い辛いわね」
「そだね」
「高嶺さん」
「なによ?」
「制服、汚れるよ」
「うるっさい」
 あたしがそう言うと綾瀬はまたけたけたと笑った。
 そしてその転瞬、彼女は妙に鋭い表情をした。
「時にさ、沙樹さんって、何か変な事を言っていなかった?」
「はあ?」
「いやね、彼女の中から聞こえてくる音色にかすかながらにノイズが混じっていたのよ」
「ノイズ?」
「そう、ノイズ。気になるな」
 あたしは何となく嫌な予感を覚えたが、しかし遠くの方で8時15分のチャイムが聞こえたので、その話はその時はそれでお終いとなって、あたしと綾瀬は学校に向って走った。何でも綾瀬は3年間無遅刻無欠席の記録に挑戦中らしい。やれやれ。


 ――――――――――――――――――――
第三章 旅は道連れ

「沙樹、その恰好、何?」
 ようやく約一日ぶりに顔を見せてくれた彼女は何やらドラムバックを持って準備万端だった。
 何の準備かってそれは………
「決まってるでしょう。高嶺ちゃん。私も高嶺ちゃんについていくんです」
「行くんですって言われても……」
「叔父様と叔母様の了解は得ているわ」
 ―――――よく許したものだ。それとも沙樹がいればあるいはあたしが馬鹿な事をしないとでも想ったのであろうか?
「それよりもさ…」
「ん?」
「いや、いいや。うん、沙樹がついて来てくれるならそれが一番いい。ついて来てくれる?」
「うん。だからそう言ってるじゃない。高嶺ちゃん」
「うん」
 あたしたちは手を繋ぎあって、父が手配してくれた車に乗った。
 そして車は走り出す。
 向かう先はG県の山間にある大きな湖A湖。その真ん中に桐生家の別荘というか25年前までの本家があるのだ。
 明日の結婚パーティーはそこで行われる予定で、そしてあたしの顔見せと称した見合いはその次の日に行われる予定だ。
 交通手段はボートのみ。まさに絶海の孤島と呼ぶに相応しい。
 そんな場所に独り飛び込むのは正直あたしと言えども苦しかった。だけど…
「なに、高嶺ちゃん?」
「ん、何でも。たださ…ありがとう、沙樹」
「何を今更」
 軽く握った拳を口元にあててくすりと笑った沙樹をあたしはとても綺麗だと想った。


「あっ」
 信号で止まった車の中でおもむろに沙樹が声をあげた。
「どうした、沙樹。忘れ物?」
「え、あ、じゃなくって……」
 なんとなく今の沙樹は挙動不審。そしてあたしは彼女が見ていた方向に視線を送る。そこには背の高い青年と何やらひらひらと飛んでいるモノがいた。
「ああ、白さんとスノードロップか」
「あ、うん。街路樹の往診をなされてるみたい」
 ――――ちらちらとあたしに遠慮しながら白さんを見る彼女はどこか可愛かった。
 そしてあたしはつい、悪戯心というか、沙樹を応援したくって、
「ごめん、運転手さん。ちょっと停めてくれる」
「はい、お嬢様」
 車が停まり、そしてあたしは、
「あ、あの、高嶺ちゃん」
 と、どこか戸惑ったような声を出す彼女ににこりと微笑んで、
 車の中から出たあたしは、白さんに話し掛けた。
「こんにちは、白さん」
「あ、こんにちはでし。高嶺さん」
「こんにちは、高嶺さん」
「あの、白さん」
「はい」
「出張診療していただけませんか?」


 そしてスノードロップという余計なおまけまでついてきたが、あたしたちは桐生家に到着した。


 ――――――――――――――――――――
第四章 沙樹行方不明

「いらっしゃいませ。倉前のお嬢様方」
 出迎えてくれたのはあたしらより少し上ぐらいのメイド服を着た少女だった。
 なんとなく気の強そうな娘で、そしてなぜかあたしに敵意を抱いているのがありありとわかった。初対面の人間にこんなにも鋭く睨まれるいわれは無いのだけど…。
「みゆ。何をしている?」
「あ、健一郎さま」
 その場に響いた穏やかな声。今年22歳の彼はしかし圧倒的に同世代の人間よりも落ち着いた雰囲気を身にまとい、そこに居た。
 そして彼はあたしたちの方を見るとにこりと微笑んだ。
「こんにちは。はじめまして。倉前高嶺さんに、倉前沙樹さん。それとそちらは……」
「スノードロップでし♪」
「白と申します」
「ああ、こんにちは。はじめまして。白さんにスノードロップちゃん。スノードロップちゃん、飴なめる?」
「はい、でし♪」
(上手い・・・)
 スノードロップは会って数分の男にもう餌付けされた。
 あたしは思わず身構える。そう、時にはいるのだ、こういう人間が。ものすごく簡単に人の心に軽やかなノックをして入ってくる人間が。この桐生健一郎という人間はそういう人間だ。
 ――――――――だからあたしは・・・・・・・
「次男のくせに健一郎、だなんてなんか変ですね」
「ちょっと高嶺ちゃん」
 沙樹があたしの服の袖を引っ張ったが、あたしはそれを無視した。
 しかしそのあたしのほとんど子どもの攻撃に、
 みゆはものすごい目であたしを睨んできたが、
 当の本人は栗毛色の髪を掻きながら苦笑(しかしそれすらもものすごく微笑ましく見えてしまう)を浮かべているだけであった。
「いや、僕は連れ子なんだよ。だから次男なのに健一郎なんだ」
 彼はそう言って肩をすくめた。そしてにこりとあたしに深く深く微笑む。


 そう、同類にしかわからぬ透明な心の笑みを同時に浮かべて。


「だから僕は平然と君のお婿さんにされてしまうわけさ。いい厄介払いができて、同時に倉前という大きな家とも太い繋がりが築ける。本当に両家にとっては願ったり叶ったりで…だけど君にとってはたまらないよね」
「ちょ、っと、あの健一郎さん。その言い方はあまりにも高嶺ちゃんに失礼…」
 あたしは彼に文句を言う沙樹にしかし笑みでそれを制すると、彼に向き直った。
「あたしにとっては、と言いますがでは、あなたは?」
 それに彼はしごく平然と答えた。
「倉前という家など関係なく、君のような美しく凛々しい女性の旦那になれる事を喜ばない男はいないと想うのだけどね。僕は倉前、は関係無い。高嶺、という女性が好きで、だからこの話を進めたいのだけど、ね」
 ウインクする彼にあたしは肩をすくめた。
「口ではどうとでも言えますね。それに22歳の男性の方から見たら17歳のあたしなんて小娘もいいところでは、相手にはならないのでは? 子どもすぎて」
「それは17歳から見れば22歳はおじさんすぎて、相手にはならないという意味かな? ん?」
「あなたは…」
「たった5歳ならロリコンにはならないと想うのだけど。それに兄の結婚相手は8歳年下だよ。ほら、芸能人にももっとすごい歳の差カップルっているし。だからやはり愛に歳の差は関係無いのでは?」
「………よくもまあ、こんな真昼間からそういう事を言えますね」
 ―――――この人、嫌い、だ。
「ごめん。ごめん。つい、楽しくってね、高嶺さんの反応が」
 ―――――殴ってもいいであろうか?
 そのあたしの思念が伝わったのであろうか、彼は肩をすくめると、
「みゆ。彼女らを父と母のいる方にお通しして」
「はい」
 みゆはものすごく嫌そうな顔をしながらも頷いた。


 ――――――――――――――――――――

「こんにちは。お久しぶりです、桐生さま」
「私はお初にお目にかかります。倉前家分家の者で、倉前沙樹と申します。このたびは高嶺の身の回りの世話をするべく本家のご威光によって供をさせていただきました」
「うむ。これはこれはさすがは倉前の血筋の方ですな。高嶺さんだけではなく、沙樹さんもお美しい。私にもうひとり息子がいれば迷わず沙樹さんとも見合いをさせるのだが」
「あなた」
「そうですよ、父上。それは沙樹さんにあまりにも失礼です。それに高嶺さんもまだ17歳で、今回は見合いではなく単なるお互いの顔見せという事で来ていただいているのですから」
「ふん。私は本気だよ。それに斗馬。もしも高嶺さんに男の兄弟がいらしたら、そしたら私は彼女をおまえの嫁にできたのにとそう想っているのだから」
「それは……すみません、高嶺さん」
「いえ」
 ―――――――――――慣れている、こういうのには。本当に誰もがあたしを倉前としか見ていなのだから…。
「時に白さんと申されましたかな。何でもあなたは樹木医なのだとか?」
「はい」
「でしたらちょうどいい。我が家の庭にある木を見ていただけないでしょうか? この家の事は何もかも藤井という男に任せているのですが、大雑把な男で、木の面倒を見るのが下手でね。少し木々が元気が無いように思えるのです。ですから見ていただけるとありがたい」
「はい。僕でよろしければ」
「では、ぜひに」
 そうしてその場はそれで終わり、その後あたしは夕方から少し体調を崩した沙樹と一緒にいて、夕飯を頂き、お風呂に入って、彼女の面倒を見つつ・・・眠ってしまった。
 そして起きてみると、しかし隣にいたはずの沙樹はおらず、この桐生家の別荘がある小さな島で連続殺人事件が起こるのだ・・・。


 ――――――――――――――――――――
第五章 連続殺人事件

「高嶺さん。どうしました?」
「ああ、白さん。沙樹を見ませんでしたか?」
「沙樹さんを? いえ、僕は見てませんが・・・」
「わたしも見ていないでし」
 顔を横に振る二人にあたしは苦笑いを浮かべると、頭を下げて、とにかく屋敷の中を探し回ろうと・・・
「待って、高嶺さん。僕も一緒に探しましょう」
「すみません。ありがとうございます」
「わたしも探すでしよ♪」
「ああ、スノードロップもありがとう」
 そしてあたしたちは広い桐生邸を探し回った。
 時刻はAM2時半過ぎ。女の子が見知らぬ家を歩いていていい時間帯ではない。いかに沙樹が武道をたしなんでいたとしても。
「台所は探しましたか?」
「いえ」
「ではそちらに行ってみましょうか。喉が渇いて台所に行ったのかもしれませんし」
「あ、はい」
 ―――――あたしは下唇を噛んだ。そんな事にも気がつかないなんてどうかしている。
 台所に入る。
 そこに人影があった。
「沙樹」
「ひゃぁ」
 電気をつけると、みゆだった。
「びっくりした。驚かせないでよ」
「あ、ごめん。えっと、あのさ、沙樹を見なかった?」
「沙樹さん? いいえ、知らないわ。彼女、具合が悪くって眠っていたんじゃないの?」
「それがいなくなったのよ・・・」
「いなくなったって・・・嫌な事を言わないでよ。この場所で、さ」
 彼女の言葉は昼間に藤井から聞いた神隠しの伝説の事をあたしにありありと思い出させた。
「嫌な事を言わないでよ。そんなのはただの迷信でしょう」
「だけどさ、私は本当に見た事があるんだよ。私らよりも少し年上ぐらい…そうね、20代前半ぐらいのとても綺麗な女の人の幽霊を。右の目元に泣きほくろのある人」
 がたぁ。
「「ひゃぁ」」
 あたしらが声をあげたのは突然に物音がしたからだ。そしてそちらの方を見ると、藤井がいた。
「なんだ、藤井さんか。驚かさないでよ」
 みゆがうんざりとした口調で言うのもかまわずに彼は言った。
「みゆ。それ…右の目元に泣きほくろのある女の幽霊を見たってほんとかね?」
「嘘を言ってどうするのよ? 私だってちゃんと時と場所を選ぶわよ。ええ、確かに幾度か見たわ」
 彼はその場に座り込んで、そしてそのあたしらの声を聞きつけた桐生夫人がやってきた。
「ちょっとあなたたち、こんな夜更けに何をやっているの?」
 桐生夫人が眠たそうな顔で言った。
「あ、すみません。奥様。だけど・・・」
 ちらりとあたしを見るみゆ。
「すみません。沙樹がいなくなってしまったんです」
 そう言うと夫人は片眉の端を跳ね上げた。
「それは本当なんですか?」
 思わずあたしは彼女を睨んでしまう。先ほどのみゆではないが、この状況で嘘をついてもしょうがない。
「ですから高嶺さんと僕らでここに探しに来て、それでみゆさんと藤井さんに会ったのです」
 白さんはそう言いながら藤井さんに肩を貸した。
「高嶺さん。僕は彼を彼の部屋まで連れて行って、容態が落ち着いたらまた沙樹さんを探すのに参加します」
「あ、はい」
 あたしはこくりと頷いた。一体何がショックだったのか彼は当分まともに動けそうもない。そしてそんな彼を動かせるのは確かに白さんだけであるようだ。
 白さんは藤井を連れて、台所を出て行った。
 それを見送るあたし。だけどそのあたしの目の前でえっへんと胸をそらせるスノードロップ。
「高嶺さん。ご安心くださいでし♪ わたしがついてますでし♪♪ 一緒に沙樹さんを探すでし♪♪♪」
 ――――どうやら彼女はあたしを励ましてくれているつもりらしい。そんな愛らしい彼女にあたしはくすりと笑いたくなるのを堪えて、つい憎まれ口を叩く。
「虫が偉そうに」
 そう言うと彼女はだぁーっとそのどんぐり眼から涙を流した。あたしはそんな彼女のストレートな反応に苦笑いを浮かべてしまう。
「うそ。ごめん。嘘だよ、スノードロップ。ありがとう。じゃあ、一緒に沙樹を探してくれる?」
「はいでし♪」
「って、ちょっとお待ちなさいな。あなた方だけでは危ない。何が起こっているのかわからないのだから」
「あ、では奥様。私は斗馬さまと健一郎さまを呼んできます」
「ええ。でもあの子たちは起きているのかしら」
 ちらりと時計を見ると2時58分だった。
「はい、斗馬さまは大丈夫だと想います。彼女らが来る数分前までここで一緒にしゃべっていたので」
「そう。だったらお願いするわ。わたくしは高嶺さんと一緒に沙樹さんを探しますから」
「はい。あ、旦那様はどうしますか?」
 そう言ったみゆに、しかし夫人は顔を横に振った。
「あの人はダメよ。オーディオルームでまた大音量で映画を見てるはずだから。部屋の外から呼んだって聞こえはしないわ」
「わかりました。それじゃあ、斗馬さまと健一郎さまにだけ声をかけますね」
 そう言って台所を出ようとしたみゆはだけどその足をふと止めた。
「そう言えば・・・」
「ん?」
「そう言えばさっき斗馬さまと話をしている時に玄関の開く音を聞いた気がするわ。ひょっとしたらそれが・・・」
「沙樹だと言うの?」
 彼女はこくりと頷き、そしてあたしと夫人は顔を見合わせると、スノードロップを先頭にして玄関へと向った。
 外に出て、大きな声で沙樹の名前を呼ぶ。
 だけど沙樹からの返答は無かった。
 いよいよあたしはあの神隠しの話が思い浮かべられて・・・
 そう言えば・・・そう、彼女は変な夢を見たと言っていたし・・・・まさか・・・・
「高嶺さん、大丈夫でしか?」
「え、あ、うん。大丈夫」
 ―――――――と、頷いたけど、とてもじゃないが大丈夫ではない。
「あら?」
 夫人が小首を傾げた。
「どうしました?」
「ええ。あちら・・・湖の方で何かがきらりと光ったのよ」
「え?」
 ―――――――なんだかすごく嫌な胸騒ぎがした。
 とにかくあたしたちはそちらに向った。
 夜の湖。
 木の葉のように浮かぶ小船が一艘。
 それに人の気配はしない。
「どうして・・・小船などはちゃんと繋いであるはずなのに・・・」
 ロープが切れた? 解けた? それとも・・・
 あたしは夫人が止めるのも聞かないで湖の中に入っていった。
 ボートは幸運にもあたしの胸の深さまでのところを漂っていたので、あたしはそのボートに辿り付けた。
「た、高嶺さん・・・」
 スノードロップがそう泣きそうな声を出したのは、この湖の独特の水の臭いに混じって胸が悪くなるような鉄錆にも似た臭いが鼻腔を突くからだ。
 あたしでもものすごく気持ち悪くなるのだから彼女には溜まらないだろう。
「スノードロップは向こうに行ってな」
「い、いやだでし」
 ふるふると頭をふる彼女にあたしはため息を吐くと、
「じゃあ、あたしの肩にしがみついていて」
 と、血の臭いにあてられてふらふらと飛ぶ彼女を肩に乗せて、あたしはざばざばと水を掻き分けてボートに寄った。
 ――――――――――――そしてあたしはそこにあった惨劇を見て、両目を見開き、それから顔をそむけると同時に池の中に胃の中身をすべて嘔吐してしまった。



 そこにあったのは首の無い死体だった・・・・



 ――――――――――――――――――――
「高嶺さん、大丈夫ですか?」
「はい、白さん」
 そう言うあたしにしかし彼は眉根を寄せてとても心配そうな表情を浮かべた。
 無理も無い。まだ胸がむかむかして、胃がきりきりと痛む。脳裏にはあのどす黒い血の色がこびりついていて・・・きっとあたしはひどい顔をしている。
 あたしはとにかく熱いシャワーを浴びてもまだがくがくと震える体をしかし懸命に叱咤して、その場に立っていたのだが、そのあたしの手にそっと白さんの手がそえられた。
「とにかく高嶺さんもお座りください。これから死体の状況を説明しますから」
 穏やかな声でそう言った白さんにしかし、夫人はヒステリックな声を出した。
「やめてちょうだい。そんな事を言うのは。どこの誰かもわからぬ人の死体の話など聞きたくないわ」
 しかしそれに白さんは静かに首を横に振った。
「首が無い、という事で最初こそは断定できませんでしたが、みゆさんが気付きました。死体は桐生家次男健一郎さんのものです」
 もちろん、あたしは両目を見開いた。そして白さんを見、みゆを見る。みゆは両目を真っ赤に泣きはらしていたが、あたしを睨みつけると、小さくこくりと頷いた。
 ――――――――あたしの脳裏に昨夜最後に見た彼の微笑が浮かんだ。ものすごく儚げなあの表情が。
「どうしてこんな事に・・・」
 あたしは濡れて額に張り付く前髪を掻きあげながら、吐き出すように呟いた。
「咲耶先生だ…咲耶先生の呪だ………咲耶先生が…………これまで桐生家に人身御供にされてきた多くの少女たちの怨念が………」
「な、何を馬鹿な事を言っているの、藤井」
「あ、東先生だって…それで死なれたじゃありませんか…」
「藤井ぃ!!!!」
 夫人は感情も露に彼をそう怒鳴りつけた。そして藤井は何かを言いたげに口を大きく開けたが、しかしそこから出そうになったのは言葉ではなく……彼は口を両手で押さえながら、その場から走り去った。
 …………………しばしその場で皆はしーんと静まり返った。
 あたしは白さんと顔をあわせる。白さんはただ静かに顔を横にふるのみ。
 ――――――――――――――だけどあたしの中にはいくつかの疑念が浮かんでいた。疑念と疑心。不安。恐怖。それらが重くあたしの心に圧し掛かり、あたしをあたしじゃなくなさせる。
 だからあたしはそれを口にしてしまう。



 あたしが大切なのは沙樹なのだ。彼女の無事が、あたしの最優先課題。だったらそのためになら…あたしはあたしの心を………何だってできる。



「桐生夫人。あなたはどうしてご自分の子どもが亡くなられたのに、そんなにも平然とされているのですか?」
 そう、彼女は先ほど首無し死体が彼女の実の息子だと言われてもそれに関しての母親が見せる反応を見せなかった。
 ―――――――――――――そういう親がこの世にいることは知っている。だけどこの場合はそれが一番怪しい。
 彼女はあたしをぎろりと睨んだ。
「………高嶺さん、あなた、わたくしを疑っているの?」
「はい」
「はっ。さすがは倉前家のお嬢様。はっきりとおっしゃる。だけどあれを殺したのはわたくしではなくってよ。殺してやりたいとは想っていたけどね…」
 ―――――あたしは両目を見開いた。
「どういう事ですか?」
「奥様・・・」
 あたしは疑念を彼女にぶつけ、みゆはやりきれないという感情を彼女にぶつけた。しかし彼女はそれらを平然と受け止め、肩をすくめながら鼻を鳴らす。
「だってあれは母親であるわたくしを恨んでいたのですもの。当然でしょう。わたくしとあれとの間には大きな隔絶があったのよ。あれの父親は先ほど藤井が口にした東という男、東健吾。そしてね、その東という男が本当に愛していたのが咲耶。千賀咲耶。二人ともこの桐生家の主治医をしていた医者が経営する病院に勤めていたわ。これは25年前の話・・・


 25年前、ここには斗馬さんを産んで間もない先妻がわたくしを含め数人のお手伝いさんと一緒に産後の療養のために数ヶ月の間滞在していた。
 その彼女の下に一週間に一日往診に来ていたのが産婦人科医の千賀咲耶だった。
 彼女は地元の村でも美人で優しいと有名な産婦人科医だったわ。
 その当時にお手伝いとしてこの屋敷にいたわたくしも彼女の事は本当に美しいと想っていた。
 右の目元にある泣きほくろがまた印象的だったわね・・・。
 だけど彼女はある日、そこの湖に入水自殺をしてしまったのよ。理由はわからないわ。彼女は行方不明となり、そして彼女の靴が湖に並べてあったの。
 それからね。この島やそれに向こう岸の村とかで巫女の服を着た少女達の霊や、赤ん坊が見られるようになったのは・・・。
 千賀咲耶には恋人がいたわ。
 それがわたくしの前の夫で、そして健一郎の父親…東健吾。
 彼は勤めていた病院をやめて、この島への入居を桐生に求めた。ずっと千賀咲耶と一緒にいられるようにって。
 桐生はそれを認め、彼をここに住まわせた。
 先妻が肺を患い、ここに住む事になったから丁度良かったのね。
 その彼と、わたくしは男女の仲となったわ。そう、わたくしは彼を愛していた。わたくしは死んだ女から彼の眼を自分に向けさせるためになんだってしたわ。女の武器である体だってフルに扱って。そしてわたくしは妊娠した。嬉しかったぁー。
 だけど東はそれでも千賀咲耶しか愛してはいなかった。
 わかるでしょう、高嶺さん。あなたも女ならば、その屈辱が………。
 わたくしは怒り狂ったわ。そしていつしか自分の本当の子である健一郎を恨んでいた。だんだん東に似てくるあれが疎ましかった。
 そう、それに健一郎もわたくしを恨んでいた。東が死に、すぐに同じく先妻を失った桐生とわたくしが結婚をしたから。
 だけどもう別にわたくしはあれにどう想われようがよかった。愛してなどいなかったのだから。
 そういう事よ。わたくしがあれの死を知っても動じなかったのは」
 あたしは顔を横に振った。
 ――――――――――何かが狂っている。それは桐生という血が背負う業のせいなのであろうか?
 倉前という血を背負うあたしと沙樹に霊感能力があるように。
「ですが、桐生夫人。あなたは昨夜の2時32分、どこで何をしていましたか?」
「ふん。アリバイという奴ですか、白さん。その時間はわたくしは自室で寝てましたわ。それを証明できるのは誰もいないですけど」
 そう言う彼女にあたしは顔を横に振った。
「今の時間は何、白さん?」
「遺体が身につけていた腕時計が指し示していた時間です」
「ドラマでもよくあるでしょう。健一郎さまの手首にはまっていた時計がちょうどその時間で止まっていたのよ」
「それはダメ」
 あたしがそう言うと彼女は眉根を寄せた。だからあたしは説明してあげる。
「確かによくドラマなんかではそういうのがあるわよね。だけどそれはアガサ・クリスティーが一番最初に使って以降推理小説などで用いられるようになった手法で、実際にはそのような事は無いのよ。実際問題最近の時計はちょっとやそっとじゃ壊れないでしょう? 犯人がそれを鵜呑みにしてしまっているのか? それともその時間に何か意味があるのか? とにかくそれは実際の犯行時刻ではないわ」
「じゃあ、犯人は誰よ?」
 この桐生邸には今、あたし、沙樹、白さん(スノードロップは当然除外)、桐生遊馬、桐生慶子、桐生斗馬、みゆ、藤井、しかいない。多くの使用人たちは今日の斗馬の結婚パーティーのための準備やら何やらでこの島から出払っているのだ。
 つまり犯人はあたし、沙樹、白さんを除いた誰か。
 ――――――――――――もしくは本当に亡霊だとでも言うのであろうか? いや、そんなのはありえない。必ずや人の意思が介在しているはずなのだ。
「それよりも桐生氏と斗馬さんは?」
 桐生氏は夕飯以来誰にも見られてはいないし、斗馬は先ほどのごたごた時の少し前にみゆに見られたきり………
 現状で考えれば犯人は?
「ええ、確かに桐生も健一郎を嫌っていたわ。だけどここであれを殺してどうするのよ? せっかくの倉前家とのパイプをわざわざあの権力に汚い男が自分で台無しにするわけはないわ」
 あたしはへっと笑った彼女を睨みながらため息を吐いた。
「とにかくは桐生氏を呼びに行きましょう」
「それが・・・」
 何かを言いかけたみゆにあたしは視線を向ける。
「当然の如くにあなたがシャワーを浴びてる最中に呼びに行ってるわ。でも出てきてくれないのよ、旦那様・・・」



 ものすごく嫌な予感がした。



 あたしはその場を走り出し、桐生氏がいるはずであるオーディオルームの扉をノックした。だが反応は無い。扉の向こうから大音量で音の奔流が流れてくるだけだ。
「高嶺さん」
 あたしは白さんにこくりと頷いた。
「みゆ。ここの鍵は?」
「中よ。ここはスペアキーはないの」
「だったらしょうがないわね」
 あたしは拳に気を集中させた。
 そして両足で床板をしっかりと踏みしめて、正拳突きを扉に叩き込む。
 がしゃぁーん。抗議の音をあげながら扉は粉砕し、そして・・・
「旦那様・・・・」
 部屋の中では桐生氏が亡くなっていた。


 ――――――――――――――――――――
「死因は何でしょうか、白さん?」
「わかりません」
「多分・・・」
「ん?」
「多分心臓発作だと想う。旦那様は心臓に持病を抱えていたのよ」
「そんな・・・どうしてこんな事に・・・・・斗馬さんは・・・・・・斗馬さんはどこなの? まさか斗馬さんもこの島に入り込んだ誰かに・・・・」
 今度ははっきりとショックの表情を見せる夫人に、
 あたしは殊更冷たく言った。
「多分その斗馬がお二人を殺したんでしょうね」
「え?」
「二人って、どういう事よ?」
 眼を見開く夫人とみゆにあたしは、桐生氏の手の平を指差す。
「桐生氏の右手の平に薄っすらと火傷の跡がある。そしてその火傷の跡はこの部屋のドアノブに刻まれた模様と一致する。そこから推理すると、電気スタンガンか何かを最大電圧にして扉の向こうからドアノブに流したのよ。そうとは知らずにドアノブに触れた桐生氏はそのショックで発作を起こし、そして・・・」
「だけど薬を飲めば?」
「飲んでいないじゃない」
 あたしがそう言うと、みゆは桐生氏の体を調べた。そして絶望したような顔であたしを見る。
 こくりと頷くあたし。
「そう、斗馬は夕食の時に桐生氏から小さな箱を受け取っていた。今にして想えばあれはアンプルケースだったのね。そしてきっと、それを渡しに来たとか言って・・・」
「うぎゃぁぁあああああああーーーーーーーーー」
 突然夫人は奇声をあげた。
 そして彼女は走り出して、自室に閉じこもってしまった。それからあとはもう何の反応も無い。
「どうしますか、高嶺さん?」
 あたしはみゆに顔を向ける。
「この部屋の鍵は?」
「リビングにあるわ。オーディオルームは特別なのよ」
「そう」
 あたしは前髪を掻きあげる。
「とにかくもう直に夜も明ける。そうすれば使用人の人も来るし、警察にも…そうだ、警察には伝えているのでしょう?」
 ―――――あたしは心の中で舌打ち。本当にどうにかしてる。今頃それに気付くなんて。
「それが電話が通じなくなってるの。携帯電話は最初から無理だしね。アンテナが無いから」
「そんな・・・」
「とにかく高嶺さん。一緒に沙樹さんを探しましょう」
「はい、白さん」
「待ってよ。私も協力するわ」
「あ、ありがとう」
「別にいいわよ」
 あたしたちがそう話し合って、その場から離れ、廊下の角を曲がった瞬間・・・



「ぎゃぁーーーーーーーーー」



 ものすごい悲鳴が聞こえた。
 ―――――――――あたしたち三人は顔を見合わせあって、そして桐生夫人の部屋に走り出す。
「奥様ぁ」
 みゆが呼ぶが返答は無い。
 彼女は必死に叫んでドアを叩いている。
 ここはあたしが先ほどのように気で扉を粉砕して・・・
「いえ。最悪どのような展開になるのかわかりません。気は取っておくにこしたことはありません。僕が鍵を取ってきます」
 白さんはそう言ってリビングに鍵を取りに行き、そして―――――
「白さん、鍵を早く」
 ヒステリックにそう叫んだみゆが持ってこられた鍵で部屋の扉を開くと、
 そこには殺された桐生夫人の死体があった。
「お、奥様・・・・いやぁーーーーーーーーー」
 みゆは自分の死体を見たかのような悲鳴をあげて、そしてばっと身を翻すと、部屋から飛び出してしまった。
 ただ死体が転がるだけのその部屋の状況に戸惑ってしまっていたあたしはさらにそれに焦燥し、そして彼女を追いかけた。白さんと。



 ――――――――――――――――――――
第六章 沙樹の帰還

 みゆはがちがちと震えていた。そして次は自分の番だと彼女は泣いていた。すべては桐生の背負う業のせいだと。
 時刻は5時28分。
 島はもう明るい。悪夢は覚めてもよい時間だ。しかし・・・
 沙樹は以前行方不明で、
 そして藤井もいなくなってしまった。
 犯人である桐生斗馬もどこに潜伏しているのかわからない。しかも一体どうやってあの桐生夫人の部屋から彼は逃げ出したのであろうか?
 あの部屋は完全に密室だったのだ。
 ―――――――――もう何もかもがわからない。
 ただただ祈るのは沙樹の無事だけだ。
「高嶺さん、大丈夫でしか?」
「あ、うん。大丈夫だよ、スノードロップ」
 ようやく復活したスノードロップにあたしは微笑む。
「白さん、何か飲みますか?」
「いえ、僕は」
「そうですか。それじゃあ、ちょっとあたし、水を飲んできますね」
「はい」
 あたしはスノードロップを連れて台所に行った。
 とても静かな場所。水滴が落ちる音すらしない。
 あたしは下唇を噛んだ。
「沙樹・・・」
 水を喉に流しても喉の渇きは癒えない。当然だ。沙樹はいなくなり、そして桐生斗馬は依然姿を隠して・・・
 って、ちょっと待って・・・・・・
 もしも彼が犯人ならどうして・・・・・・彼女はあんな事を言ったの?
 ―――――――――――――――――――――――本当に頭がどうかしている・・・。
 普段ならこんな簡単な矛盾点なんてすぐに気がつきそうなモノなのに・・・
「どうしたんでしか?」
「真犯人・・・いえ、真犯人たちに気がついたのよ、スノードロップ。この台所を見てね」
「ひゃぁ」
 大きく開いた口を両手で押さえた彼女にあたしは頷いた。
「とにかく桐生健一郎の部屋に行くよ」
「はいでし!」
 ぴしっと敬礼をした彼女にあたしはこくりと頷いて、彼の部屋に行き、家捜しをする。何か・・・何か証拠になる品は無いのか?
 そうだ。もしも桐生斗馬が犯人なら、みゆが台所で彼を見たと言うのはおかしい。やり方が中途半端すぎる。せっかくそれでアリバイを作ったというのに、それ以降の動きで台無しではないか。
 ――――――つまりそれはアリバイではなく・・・試す行為で、そしてだから桐生夫人は殺されたのでは? そう、桐生斗馬ではなく桐生健一郎に・・・。
 それで説明がつくのだ。みゆが犯人のひとりなら、つまりは彼女が見た、と言ったのは彼が生きているという事を聞き手に印象付けるための発言な訳で、裏を返せば斗馬はあの時点で死んでいるということ。
「いい、スノードロップ。桐生健一郎とそして嘘の証言をしたみゆが犯人だという証拠を探すんだよ」
「はいでし」
 あたしは机の引き出しから一冊の真新しいノートを見つけた。そのノートの真ん中のページに書かれていた。


 水際を ゆっくりと行く 白鳥 寂しく見えて 気付いた痛み


「なんだろう、これは?」
「俳句でしか?」
「難しい言葉を知ってるね、虫の癖に」
「虫じゃないでし!!!」
「でもこれは単なる言葉遊びでしょう。確かに白鳥ってのは、冬を表す季語だけど」
「だったら高嶺さん。これは【かきつばた】じゃないでしか?」
「はあ?」
「前に白さんに教えてもらったでし。だって・・・
 

 みずぎわを
 ゆっくりといく
 はくちょう
 さびしくみえて
 きづいたいたみ


 って。あれでし?」
「みゆはさき? 何だろう、これ?? でも、みゆ、は、さき? みゆはさき??? みゆではなくさき?」
「どういう事なんでしか?」
「わからない。でもどうやらみゆは食わせ者って事。だけどそう、やっぱりみゆが怪しいという事が証明された。それならトリックがすべて証明できる」
「え?」
「あたしたちが首無し死体が桐生斗馬だと思い込んだのは、みゆによるミスリードのせい。そして桐生遊馬の心臓病だって彼女は知っていて、その犯行は容易にできたはず。最後の桐生夫人のだって…今にして想えば、開けた扉と部屋の壁のスペースを開けて桐生健一郎を隠し、彼女が部屋から恐慌したふりをして飛び出して、あたしたちをおびき寄せ、その隙に彼を逃がした」
「高嶺さん。それじゃあ、白さんが・・・」
「うん。早く戻ろう」
 あたしたちは桐生健一郎の部屋を飛び出した。
 と、そのあたしたちの耳に飛び込んできたのは、藤井氏の悲鳴だった。
「高嶺さん」
「スノードロップ、あんたは白さんのところへ」
「あたしは、声の方へ向う」
 そしてあたしたち二手に別れ、あたしは声が聞こえてきた方向……屋敷の裏に回った。
 そこには一振りの日本刀を手にした狐の面をつけた男がいた。
 そして右腕から滝のように血を流している藤井氏。
 あたしはその二人の間に割って入る。
「もうよせ、桐生健一郎。あんたがこの一連の殺人事件の犯人だって事はわかっているんだ」
 そう言うと彼はぴくりと動きを止めた。
 いや、それよりもこれはあたしの目の錯覚であろうか?
 桐生健一郎の首に後ろから両腕を絡めて、そっと何かを囁いている女性が見えるのは…。それは20代前半ぐらいのとても綺麗な女性。右の目元に泣きほくろのある。彼女は・・・
「千賀咲耶?」
「違うよ。彼女は僕の姉さ」
「え?」
 ほんの一瞬、彼の言った言葉に戸惑い体が動かなかった。
 上段から打ち下ろされる一振りの刃。そのぎらついた銀光にあたしが死を感じた瞬間、
「高嶺ちゃん、危ない」
 横合いから飛び出してきた誰かにあたしは突き飛ばされた。
 その誰かさんと一緒にごろごろと転がるあたしは、ようやく止まってあたしの上においかぶさるその人を見て、思わず泣きそうになる。
「ただいま、高嶺ちゃん」
「お帰り、沙樹」
 あたしたちは立ち上がった。そして桐生健一郎と、彼が姉と言った霊に共に対峙する。
「沙樹、あれ・・・」
「うん。千賀咲さん。とてもかわいそうな娘。ごめんね、高嶺ちゃん。彼女は私に任せてくれる」
 ――――――――――どうやら沙樹はただ神隠しにあっていたというわけではないらしい。
「わかった。任せた。でも気をつけてね」
「うん」
 にやりと笑った千賀咲。あたしはその笑みにぞくりとするが彼女の事は沙樹に任せたのだ。ならばあたしは・・・
「本当に残念だよ、高嶺さん。こんな事にならなければ、僕らは良い夫婦になれたかもしれないのに」
「話を飛躍させないでくれるかしら?」
「ふん。僕と君はひどく似た者同士だと想うのだけどね」
「何を根拠に?」
 そう言うと、彼は面を外し、眼を指差し、そして顔を指差した。
「眼と表情。それが僕らが同類だと言っている」
「あたしは人殺しなんていう自分で自分を殺すような行為はしない」
「そうだね。あなたには沙樹さんがいるから。だけど僕には誰もいなかった。父も母も僕を愛してはくれなかった。桐生家も僕を必要とはしなかった。僕を愛してくれたのは人身御供にされた少女達の怨念の集合体である姉だけだったのさ」
 ――――――――――――そう言う彼は泣いているように見えた。
 そして彼は刀を握り締め、あたしに肉薄する。
 あたしはそれをなんとか紙一重でかわす。
 空間に舞うあたしの髪。
「さすがにやります。それでもこれなら・・・」
 ―――――どうやら彼の剣法は次元一刀流。
 その極意は必殺の突き。
 だけどあたしは・・・
「なにぃ?」
 ―――――だけどあたしは前に沙樹の応援に剣道の大会に行った時に彼女がその次元一刀流の使い手と試合ったのを見た事があった。
 だからわずかな彼の息遣い、体の緊張の仕方…それで読み取れたのだ。
 首目掛けて突き出された刀身の切っ先を紙一重で体を半回転させる事で避けて、
 そしてあたしはそのまま死に剣となった刀を突き出す恰好のままの彼の懐に体を滑り込ませると、
 彼の顎目掛けて、足首、膝、腰、腹筋、肩、肘、手首…それぞれのバネを活かし故に生み出される強大な力を込めて右手の掌底を叩き込んだ。
 その一撃で彼は前歯を砕きながら後方に吹っ飛ぶが、それでもまだ足腰を踏ん張り………
「ちぇすとぉーーー」
 あたし目掛けて刀を振るってくる。
 でも顎を砕かれた状態で充分な振りができるはずもなく、
 あたしはそれを避けると、彼の刀を持つ右手首を両手で掴み、そのまま体を回転させながら彼の右腕の下をくぐりぬけて、転瞬人体の構造上自分から飛んでしまい、したたかに背中を地面に叩きつけた彼の胸に右足を置いて、彼の右手首を決めた。
 そしてそのまま彼の肩の関節を抜いてしまい、その痛みに彼は気絶した。


 ――――――――――――――――――――
最終章 腕時計

 奇しくも2時32分(咲耶さんが殺された時間)で止まっていた咲耶さんが東さんに贈るはずだった腕時計。
 あたしは修理したその時計のスイッチを入れて、強化硝子の向こうにいる桐生健一郎に渡した。
「これはあんたのお父さんに咲耶さんが贈ろうとしていた時計。あの日、彼がしてしまった事によって狂ってしまったあんたの運命。だけどそれのせいでここで止めてしまうのはあまりにも哀しすぎて。だからあんたは負けないで。こんな事には負けないで、25年前の2時32分に止まってしまった…だけど今動き出したこの時計のようにまたやり直して」
 彼は泣いていた。泣きながら頷いた。
 あたしはもう彼には会わないけど、だけど彼がこれで人生をやり直してくれたら嬉しいと素直に想った。


 警察の留置所から出ると、
 そこには白さんにスノードロップ。そして綾瀬もいた。
 皆はあたしたちを見てにこにこと笑っている。
 そしてあたしはそんな皆が見てる前で言うのだ。
「沙樹。皆に心配をかけたつぐないとして、クッキーを焼くこと」
「え、ええー。私が焼くの?」
「当然。だって皆、神隠しにあったあんたを助けるのに苦労したんだから」
「したんでしから。だから前もらったみたいな美味しいクッキーをくださいでし、沙樹さん」
「もぉーう、スノードロップちゃんまで」
 明るい夏の陽射しの下で明るく笑う沙樹。
 そう、あたしたちは笑えているんだ。
 あたしはぎらつく夏の太陽を手をかざしながら見つめた。
「うーん、いい天気」
 ――――――きっとこんな風に晴れた日ばかりじゃないけど、だけどきっとあたしはちゃんと歩いていける。隣には沙樹がいてくれるから。


 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2190 / 倉前・高嶺 / 女性 / 17歳 / 高校生


 2182 / 倉前・沙樹 / 女性 / 17歳 / 高校生
 


 NPC / 白


 NPC / スノードロップ


 NPC / 綾瀬・まあや






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■         ライター通信          ■
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こんにちは、倉前高嶺さま。
こんにちは、倉前沙樹さま。
いつもありがとうございます。
今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


このたびはご依頼本当にありがとうございました。
お任せでやらせていただけるとの事でしたので、
お二人それぞれの性格や抱えているモノに合わせたストーリーを書かさせていただきました。


高嶺さんで書かさせていただきたいと想ったのは、
やはり彼女が抱く悲しみ、そしてそれを乗り越えよう、しまいこもうとするとする意思。
その意思故の彼女が抱え持つ脆さ。
そんな彼女を支えてくれる沙樹さんへの想い。
そういう高嶺さんをすごく書きたいと想い、このようなお話に。
沙樹さんが神隠しにあってしまった中で、
桐生家に起こる連続殺人事件。
それに翻弄されながらもただ必死に沙樹さんの無事を願い、
彼女を探し回る高嶺さん。
そんな二人の関係の強さを描写したかったのです。
その彼女の中にそれらを感じていただけていたら、嬉しい限りでございます。^^


またこちらで謎とされている事柄も沙樹さんの方で解明される内容となっておりますので、
そちらでも楽しんでいただければ幸いです。

それと今回のお話で、綾瀬まあやとの親密度UPという事で、相関をあげさせていただきますね。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼ありがとうございました。
失礼します。