コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


【捨て犬は誰の手に?】
 アンティークショップ・レンには、時たま店の前にポツンと物が置かれているというか、捨てられていることがある。嫌がらせのつもりなのか、それとも何でも引き取ってくれるありがたい店と思っているのか。普通の店であれば迷惑どころか営業妨害もいいところだが、レンの店主――碧摩蓮とっては歓迎すべきことである。どういう経緯で自分のところに来たかは知らないが、面白そうな物であれば店に置くのが彼女のポリシーのひとつであるからだ。
 だが、今回は少々様子が違った。
「参ったな。うちは生き物は扱わないんだけどね」
 蓮は苦笑した。店の前に置かれた段ボール箱に入っているのは、テレビCMに出られるんじゃないかというくらい、つぶらな瞳が特徴的な子犬だった。捨て犬である。その愛くるしさに蓮も心を動かされそうになったが、ペットなど面倒なだけだと彼女は知っている。ここで飼うことは出来ない。
「放っておくわけにはいかないが、引き取り主を探すのも手間だ。……そうだな、待とうか」
 蓮は適当な紙にペンを走らせ、それを入り口に貼った。



『何か買えば可愛い子犬がつく。早い者勝ち也』



 貼り紙をしてから間もなく、ふたりの客が同時に訪れた。彼らの体からは「子犬欲しいオーラ」が立ち上っていた。
「おや、ふたりとも子犬目当てか。だが一匹しかいないし、どうしたものかね」

「……欲しい。是非とも欲しい」
 気の抜けた声の主は天慶・律。なかなかの美青年だが、可愛い子犬を目の前にして、ついつい表情が緩みがちになっている。
「クゥ〜……」
 子犬が寂しそうに鳴く。律はそれだけで悶えそうになった。
「なんせウチにいる犬っつったら、なんか角生えてたり、目が一個しかなかったり、口から火炎放射したりするのばっかりだからなぁ……。『普通の犬』……何と素晴らしい響きだろうか」
「変な生活してるんだね、あんた。で、何を買う?」
「そうだな……じゃあ、この200円のビーダマを」
「待て待て。俺はその壷を買う。だから俺に譲ってくれ」
 と、もうひとりの客、メガネをかけた中年の男性が律を押しのけて、カウンター脇の壷を指差した。値札は10万円とある。
「だぁー? 俺1000円しか手持ちないんだけど」
 律が叫ぶと、蓮が大笑いした。
「別に、高い品を勝った奴にやるとか、そんなことは書かなかったからね。あんたらで適当に勝負してくれ。それに勝った方にやるよ」
「勝負? ……むむ。よし、徒競走でどうだいおっさん?」
「おお、望むところだ。コテンパンに負かしてくれるわ」
 勢いつけて店の外に出ようとするふたりに、蓮が諌めるように声をかける。
「ちょいと待ちなよ。その前に、買い物はちゃんとしてってくれ」

 律と男は、十分にストレッチ、ウォーミングアップしてから店の前に並んだ。公正を期すため、審判は蓮が買って出た。
「うちの店を含む区画は、ちょうど四角い形になっている。ここから250メートルほど行くと、左に曲がり角がある。そこからまっすぐ500メートル行くと、また左に曲がり角。そんな感じで、4つの角を左に曲がればまたここに戻ってくるわけだ。全長は2キロメートルほどかな」
 準備はいいぜ! と目で言うふたり。早くしろ、と言っているようにも見える。
「1発勝負。負けても恨みっこ無しだ。腹が痛くなったとかつまらない言い訳は聞かないからね。……よーい、ドン!」
 合図とともに、ふたりはほとんど100メートル走のごとく猛スピードで駆けた。序盤の内に一気に突き放そうというのだろうか。いや、ペースなどまるで考えていないと言ったほうがよさそうか。
「クークーちゃん、待っていろよー!」
「コラコラおっさん、クークーちゃんって何だ!」
「名前だよ! すでにあの子の名前を考えているあたり、俺の方が愛情は深い!」
「ふざけんなっつーの!」
 ふたりは並列のまま、あっという間に最初の角を曲がった。律が内、メガネの男性が外である。
「おっさん、なかなか走れるようだけどな、俺の方が若い。どっちが体力が上かは目に見えているぜ?」
「何を言うか。この勝負を制するのは体力などではない」
「じゃあ、何だってんだよ」
「愛だ! あの子犬ちゃんへの愛だー!」
「む……」
 それはもっともだ、と律が思った瞬間、メガネの男がやや前に出た。そして、スピードを落とさぬままふたつ目の角を曲がる。あと半分ほどだ。
「何でっ……そんなに……必死なんだよ? サラリーマンみたいだし、犬を買う金くらいあるだろう?」
 さすがに息を切らし始めた律が、相手に問う。
「人のことが言えるか。そんなにイケメンなら芸能界あたりでガッポガッポ稼いでいるんだろう」
 男もゼーゼー言いながら答える。
「あいにくだな。俺は万年貧乏ヒマなし、そんな世界とは無縁の男だよ!」
「そうかい。でも、貧乏だから譲れってな言葉は聞かないぜ」
「最初は思ったけどな。もうそんなの期待しねーよ! 実力で勝ち取ったる!」
 3つ目の角を曲がったところで、律が再び男に並んだ。
「うおおお!」
「でやあああ!」
「ふんぬー!」
「きええええ!」
 抜きつ抜かれつの激しいデッドヒート。この世ならぬ雄叫びに通行人はヒソヒソと囁きあった。
 ――そして、最終コーナーを回った。残り250メートル。前方には右手を上げる蓮の姿が見えた。
 ふたりとも、もう何も喋らなかった(というか、疲れた)。もはや言葉は要らぬ。愛のために走るのみ。
「あ!」
 律が悲鳴を上げた。足がもつれたのだ。顔からアスファルトに突っ込んだ。
「災難だったな。このまま俺が頂くぜ!」
 思わぬ好機に、メガネ男は俄然やる気を出す。次第に10メートル20メートルと差をつけられていく。常識的なら、取り返しのつかない差だった。
 だが、律はとめどなく流れる鼻血を拭おうともせず、立ち上がった。
「負けられねえ……子犬……負けられねえよ……子犬ぅぅぅ……!」
 その時、非常識的なことが起こった。
 律の全身が、内側から青白い炎のようなものに包まれていく。ありえない力が放出される。
 あとは、簡単だった。
「ゲエェー?」
 勝利を確信していた男は、自分を光のごとく抜き去った影を、呆然と見つめた。
 彼は知るはずもなかった。律が自身でもコントロールしきれない、膨大な量の霊力を体内に秘めていることを。
 子犬への想いが、彼の箍を外したのだ。
 その力に、凡人がかなうはずもない。律はたった数秒で、アンティークショップ・レンの前に辿り着いた。
「ゴール!」
 蓮が声高に叫んだ。
 律はそのままバタッと地に伏した。気を失ったようだ。
「決定だね。おめでとうさん」
 蓮がその胸に抱いていた子犬を、倒れた律の顔の前に降ろした。
 自分への愛を感じ取ったのか、子犬はねぎらうように、小さな舌で律の額の汗を舐めた。
 律の顔は、極上の微笑みを浮かべていた。

【了】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1380/天慶・律/男性/18歳/天慶家当主護衛役】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 コミカルOKということなので、そんな感じにしました。
 自分でも、結構楽しく書けました。
 
 それではまた。
 
 from silflu