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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で - 序曲 - 】


 ぼーっとしているつもりは毛頭なかったが、やはり追われていることもあり、後ろにばかり気が行ってしまっていたようだ。
 小路から大通りに出るとき、人が多くなるのは当たり前だというのに、回りに気を配りもしなかった。
 だから
「わっ! っと、危ねぇ、危ねぇ」
 そんな声を聞いてやっと、「人とぶつかりそうになった」という事実を理解したのだった。
「……すまない」
「ぼーっとしてるとぶつかっちまうから、気をつけろよ」
 気安く肩にぽんぽんと、手を置いてくるのはぶつかりそうになった男。ちょうど、二十歳に届くか届かないかといった年齢だろうか。
 緑の瞳に、ひときわ目立つ金の髪。地毛かと思ったが、どうや髪はブリーチをしてあるようだ。そうなると、緑の瞳はカラーコンタクトかなにかだろうか。
「つい、後ろにばかり気を取られてしまっていて……」
「後ろ? 誰かに追われてるとかじゃないんだから、後ろなんて気にしなくたっていいじゃねぇか」
「……追われているんだ」
「はぁっ!」
 冗談で言ったつもりの言葉が現実になると、人とはとても驚くものだ。
 彼も例外ではなく、ぽかーんと口を大きく開いて、硬直している。
「じょ、冗談のつもりだったのに、まじ?」
「ああ。だから、すまない。先を急がせて――」
 即座に立ち去ろうとしたファーだったが、
「つーか、追われてるなんて、物騒な世の中になったモンだな」
 世間話が始まって、歩き出すに、出せなくなってしまった。無視していけばいいものの、律儀な男である。
「……そうだな」
「でも、追われてるなんて、おまえが悪いことしたからとかじゃないよな?」
「したつもりはない」
 一瞬鋭い目つきは見せたものの、ファーのそんな言葉を聞いてほっとしたように力を抜く。

 そんなとき。
「――なっ……」
「ちっ」
 驚愕と舌打ちは、ほぼ同時だった。
 突然あたりに信じられないほどの殺気が立ち込めてきたのだ。足が竦むような、背筋が凍るような――言葉では言い表せないほどの、恐怖が頭上から降り注いでいる。
 ファーは軽く頭上を見上げ、迫ってきている存在に隣にいる男の手を強く掴み、引き寄せると、彼を抱えるようにして飛びのく。
 その刹那。
 今まで二人がいた場所に、巨大な鎌が振り下ろされた。
「きゃぁぁっ!」
「なに?」
「どうしたの?」
 道行く人々の悲鳴と困惑が響き渡る。轟音を立てて鎌が振り下ろされたのだ。気がつかないほうがおかしいし、そういう声が上がらないほうが不思議だ。
「わ、わーり……」
「いや、俺に関わったから危険な目にあわせた。早く逃げてくれ」
 抱えていた彼を離し、逃げるように指示をだしたファーだったが、一向に隣に残ったまま、逃げる気配を見せない。
「――逃げたほうがいい」
「逃げるんなら、おまえも一緒」
 強い眼差しでまっすぐにそう言いきられて、言葉を失うファー。彼は一体何を考えているのか。
「三十六計逃げるにしかずって、昔の人も言ってるだろ? 行くトコないんなら、俺んち来る?」
「いや、世話になるわけには……」
 そんなやり取りをしている間にも、開けた間合いを詰められる。
 どうやら、無駄に会話をしている暇は、無いようだ。
「いいって、とりあえず逃げる先に使えばいいだろ。じゃ、決まりな」
 後ろから容赦なく間合いを詰め、今にも仕掛けてきそうな殺気を飛ばしてくる存在を感じながら、ファーを引っ張って男は走りだす。
 つられてファーも、足を急がせた。
 このまま逃げていても、撒くことは一向に不可能。だとしたら、何か手段をとって、一瞬でもいい、相手から自分たちの姿を見えなくしなければ。
「あー、おまえ、名前は?」
「ファーだ」
「俺は天慶律ってんだ。あんま気に入ってないけど、律でいいからな。ところでファー。その羽根、飛べないのか?」
「無理だ」
「なんだ、飛べるんなら、うまく撒く方法もあったのによぉ」
「悪いな」
「ま、片方しかないし、飛べないかなぁとは思ったけどよ」
「……確かに、このまま追いかけっこをくりかえしても、状況は変わらないな」
 何か行動を起こさなければ。
「仕方が無い……」
 ファーは突然足を止め、一つ呼吸をする。
 律は数歩行ったところでやっとファーが止まったことに気がついて、あわてて身を翻す。
「何するんだよ。止まってたら、相手の的になるだけだろうが」
 ファーは律の言葉を聞きながらも、何も返答はせずに、自分の真下にあるマンホールへと手をかけた。
 そして丁寧にその蓋を開けると。
「……入るのか?」
「いや、入ったと見せかけるんだ」
 背中に生えている漆黒の翼に触れ、羽根を一枚千切ると、その場へそっと落とした。

 ◇  ◇  ◇

「……ずいぶん古典的な方法で、撒けたな」
「そうだな……」
 あれから大通りの人ごみを抜けて、小路に入り、何度もなんども入り組んだ道を走った後、地下鉄に乗った二人は、完全に追っ手の気配が消えたことにほっとしたと同時に、なんだかおかしい気分になっていた。
「初めからあれをやれば、楽だったかもしれない」
「確かに」
 笑いあう二人が向かうのは、律の自宅。
 なんでも、部屋がたくさんあるから、一人ぐらいきても大丈夫だと、彼が言っているのだ。
 甘えさせてもらってもいいのか、すごく迷っているファーだが、今はそれ意外に方法がないためこうして彼の家に向かうことになってしまった。
 今、自分の家である紅茶館「浅葱」へ戻ったとしても、追っ手と遭遇する確率が高いのは、目に見えている。
「ところで……」
「ん? なんだよ?」
 ずっと気になっていて、聞けなかったことをファーは律へと切り出した。
「何も、聞かないのか?」
 確かに、悪いことをした覚えは無いとは言ったが、どうしてこういう状況になったのかや、自分が一体どんな存在なのか。
 彼は何一つ聞いてこない。
 一定の距離がここには存在して、それがとても心地よいものではあるが――
「信頼できない人間を、自分の家に連れて行くなんて、危険極まりないと思わないのか?」
「だってさ、誰だって知られたくない過去の一つや二つ、あるものだろ?」
 気にする様子なく、簡単に言ってみせる。
「信頼してないこともないし、疑ってないとも言いがたいけど、どう見てもおまえのほうが切羽詰ってるように見えたし……あの鎌持ってる女の子、悪者には見えなかったけど、話ができない雰囲気だったから」
 律はファーを見て、軽く笑った。
「理不尽な理由で追いかけられてるんじゃないかと思ったら、助けたくなった」
 素直でまっすぐな律の気持ち。
 赤の他人だというのに。出会って何日も立ってない、たまたま大通りでぶつかりそうになっただけの、他人だというのに。
「……変な奴だな……」
「親切だって言ってくれよ。変はないだろ」
「いや、お前のような人間に出会ったのが、初めてだったものでな……そうか、お前みたいな奴は親切な奴と、いうんだな」
 覚えておこう。
 初めての感覚を、忘れないように。
「あ……ファー。これだけ聞いてもいいか?」
「ん? なんだ?」
「おまえさ、普段はなにやってる?」
 質問されている意図がよくわからなくて、首をかしげながらも、ファーは普段自分がやっていることを思い浮かべた。
「……紅茶専門店の、店員だが」
 それしか思いつかない。この答えで、間違っていないだろうか。
「喫茶店みたいになってんのか? ソコ」
「ああ、そんな感じだ」
「なるほどね。だからか。おまえ、めっちゃ甘い匂いするから」
 言われて自分の腕を鼻に近づけてみるが、いまいち自分ではよくわからない。
「そうか……?」
「妹がさ、そう言うの好きなんだよ。だから、御礼は一日紅茶飲み放題権で、手を打ってやるよ」
 何かお礼をしたい。確かにそうは思っていたが、当人からものを指定されるとは思っていないかった。
 しかも、一番得意なもので、お礼をさせてもらえるなんて、万々歳だ。
「わかった。顔パスで、いつでも利用可能ってところでどうだ?」
「お! 話しがわかるね! じゃ、それで頼む」

 電車はそろそろ、律の家の最寄り駅へ到着する。

 ◇  ◇  ◇

 駅から少し行ったところで、律は足を止めた。
「ここが俺んち」
 言って指差した先は、信じられないほど大きな家だった。
「あ、でも、できるだけ静かにしてくれな。俺、ちっと嫌われてるみたいだからさ」
「……あ、ああ」
 うるさくするつもりなど、微塵も無いが、あらためて言われると息も潜めそうになる。
「俺、十五年も一族から離れてたから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。まぁ、気にしちゃいないけどな」
 一族から嫌われる。つまり、認められない存在となると、辛いのではないだろうか。
 それでも彼は、強く生きているし、妹思いだったり、他人に親切だったり。
「ファー? 入んないのか?」
 足を進めようとしないファーを疑問に思い、何歩か先に行った律が振り返って声をかけてくる。
「後で……俺のことも、話させてくれ」
「は?」
「お前のことは聞いておいて、俺のことを話さないのは気がすまない」
「あ、いや、別にそういうわけで話したんじゃなくて、ぽろっとでちまったっていうか、なんていうか……」
 眉間にしわを寄せて、困ったように右手を金髪に突っ込ませる。
「無理矢理だったら聞かねぇけど、話したいってんなら……聞こうかな」
「……後者だ。だから、聞いてくれるか?」
「りょーかい。とりあえず、中に入ろうぜ」
「……ああ」
 律はファーを誘うように手招きすると、ファーはそれに従い、律の家の中へと入っていった。
 その後、案内された部屋で律に自分のわかっている範囲で今の状況を話し、真剣に聞いてくれた彼は、ファーがわけもわからず追われていることを理解した。
 そして一言。
「ほとほりがさめるまで、ゆっくりしていけよ」

 律の心遣いに胸をなでおろす安心感を感じながら、背を向け、部屋を出て行こうとした律の背中に一言。
「迷惑をかけて……すまない」

 ファーはそっと、つぶやいた。
 言葉が律に届いたかどうかは、定かではない。




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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖天慶・律‖整理番号:1380 │ 性別:男性 │ 年齢:18歳 │ 職業:天慶家当主護衛役
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、天慶律さん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。

律さんはもう、とっても書きやすく、そしてファーともうまく絡んでくれて話を
さくさく進めることができました。プレイングでいただいた台詞がとても好きで、
あちこちにちりばめながら、物語の構成をさせていただきましたが、うまく話の
流れがすんなり行っていれば…成功かなぁと…(滝汗)

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
また、二話目の参加も心よりお待ちしておりますv
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝