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<東京怪談ノベル(シングル)>


怪人奇譚

 近頃、とあるチャンネルで放映中の『新撰戦隊ダンダラマン』と言う特撮ヒーロー番組が、子供達の間で大流行している。
 らしい。
 内容はと言うと、主人公の『権堂勇』率いる正義の味方七人衆が、世界を強行に陥れようとしているテロリスト集団、『秘密の有限会社スリーパーソン』の恐ろしい野望をうち砕こうと、日夜、ダンダラマントに身を包み、平和の為に戦っている。
 ようだ。

 そんな話を、公園の茂みの中で聞いた。
 子供達はとても楽しそうだった。
 楽しい事は、良い事だ。
 そう思いながら、通り過ぎる。
 そして、公園を出る頃には、今まで聞いた話も、歩いてきた場所の事も、全て忘れてしまう。
 そうして。
 道がそこにある限り、ぺんぎん・文太は歩き続ける。
 

 はて──
 何故、こんなところに迷いこんでしまったのだろう。
 文太が辿り着いたのは、草の一つも見当たらない、切り立った岩肌と、砂っぽい一面の黄土色をした、どこかの山深い採掘現場だった。
 どの道をどう言う経路でやってきたのか。何故、こんな所へ来てしまったのか。それさえも思い出せない。
 文太は首を傾げ思案に暮れた。ぼんやりと浮かんだのは、暖かな湯煙である。
 そうだ、温泉だ。温泉へ行こう。
 そんな調子で、文太は再びほてほてと歩き出した。
 ところが突如、ドッカアアアァアンと言う派手な爆音が、文太の背中を襲った。
 くわぁと口を開き、文太は勢いに押されるがまま、パッタリと地面に倒れこんだ。
 もうもうとした黄色の土煙と、パラパラと降り注ぐ小さな小さな石礫。それと一緒に、野太い男の声が振ってきた。
「フハハハハ! どうだ、ダンダラマン! 私に逆らうなど愚かな事よ! この世に正義などいらんのだ!」
 ん? と文太は振り返り、声のする方を見上げた。
 崖の上に立っていたのは、奇妙な人間だった。
 目に穴の開いた黒い頭巾を被り、その上にヤギを思わせる面長のガイコツを被っている。全身を覆い隠すマントも、背中に生えている大きな羽根も真っ黒だった。
 人間では無いのだろうか。
 文太は身を伏せたまま、呆然とその怪人を見つめていた。
 と、今度は文太の目の前の大岩の向こうから、若い男の声がした。
「正義はいつの日も勝つ! 『坂本隆魔』! 今日こそは、お前の悪巧みを阻止してみせる!」
「フッ。何が正義か──ダンダラマンよ! 良く考えるのだ! 私一人に七人がかりとは、お前達こそ『卑怯者』であろう! 果たしてそれは、正義と言えるのか!」
「ムッ!」
 二人は、なにやら言い争っているようだ。
 文太は、ひょいと岩場の影から顔を出した。
「!」
 そこに見えたのは、一人では無かった。
 なんなのだ、あれは。
 レインボーカラーのクレヨンを、砂地にまき散らしたかのように、鮮やかな全身タイツの人間が、七人も転がっている。それが、額に『誠』と描かれたタイツと同色のヘルメットを被り、浅黄色にだんだら模様のマントを羽織って、這いつくばったり呻いたりしているのだ。
 そして、極めつけは、七人の後ろにいる怪物である。
 西洋の甲冑を着て、偉そうに仁王立ちをしたオランウータンだ。両手が剣になっている。二刀流のオランウータンだ。
 何という得体のしれなさだろう。
 そのオランウータンが、言葉をしゃべった。
「我々の僕となるのだ、ダンダラマン! ガハッ、ガハッ、ガハッ」
 それを聞いた青いタイツの若者が、左腕をかばいながらヨロヨロと立ち上がった。
「真実の姿を思い出せ、『ウータン宮本』……。お前はアイツに改造され、操られているだけなんだ! 森の番人と呼ばれた心優しいお前が……。哀しいとは思わないのか!」
「黙れ黙れ黙れぇっ! 故郷など、人間共に伐採されてしまったわぁ!」
 ドゴオオオォオオォン!
 そこで、また爆発が起こった。
 ダンダラマン達が、腕で顔をかばって身を伏せる。
 文太は飛び上がって驚いた。
 こんな不気味な集団と、直ぐに爆発する岩山とは付き合っていられない。
 やれ、逃げろ。
 と、一目散に、岩陰から飛び出した。
 途端──
「あーっ! カアット! カットカット! なんだそこの『それ』は!」
 別の人間の声がした。寝ていたダンダラマン達が、バラバラと起きあがる。そして、文太を一目見るや、大騒ぎを始めた。
「なんだ? ペンギンだ! ペンギンだぞ!」
「迷子ペンギンか?」
「そんな事は、どうでも良い! 撮影の邪魔だ! 早くとっ捕まえて、どっかに縛っとけよ!」
 文太はてけてけと走った。右往左往する背中を、人間達の声が追いかけてくる。
「待て! お前、どっから来た!」
 男が両腕を広げ、文太の前に回り込んだ。文太はびくんと跳ね上がって、回れ右をする。そこへ別の男が立ち塞がった。
「こら! こっちは仕事で忙しいんだ! お前に付き合ってられないんだよ」
 我が輩だって、あんなに奇怪な人間と付き合いたくはない。
 文太は、手の下をくぐり抜けた。
「よし、行くぞ!」
「そーれっ!」
 二人の男が、同時に文太に向かって飛びかかってきた。
 文太は突然、踵を返してそれを躱した。
 頭上で骨と骨がぶつかる、鈍い音がした。
「アイテーッ!」
 男達が同時に呻いて転がる。
「何やってんだ、お前達! おい、大人しく捕まってくれ!」
 また、別の男が文太に向かって、木ぎれを振り回した。
 文太は、その先端に向かって、くちばしを突き出す。
「こいつ、反撃してくるぞ!」
「突かれないように、気を付けろ!」
 ドタバタとした喧噪を、七色タイツがボーっと眺めている。崖の上のヤギドクロは、腕を組んで足を鳴らしていた。オランウータンは、イスに座って喉を潤している。
 さっきまで物陰に潜んでいたと思われる他の人間達が、怪人達にとって変わり、躍起になって文太を追い回している。
 まったく良く分からない集団だ。
 文太は必至になって逃げた。
 脇目も振らず、全力で走った。
 真っ直ぐ、真っ直ぐ。
 ただ、ただ走った。
「なんだ、アイツ!」
「は、速ーっ!」
 人間達の声が、遠く遠くなった。
 そして、文太は──

 気がつくと、林の中にいた。
 はて。
 何故、こんな所に迷いこんだのだろう。
 どの道をどう言う経路でやってきたのか。何一つとして、思い出せない。
 はぁ、と深く長い息を吐き出して、文太は歩き出した。
 小脇に抱えた木桶の中で、カラコロと愛用品達が話しかけてくる。
 そして、また。
 文太は思い出した。
 暖かな湯煙を。
 そうだ。
 温泉だ。
 抱えた荷物が、いつもそれを思い出させてくれる。



                         終