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<東京怪談ノベル(シングル)>


真夜中、君を想い君を探す。


 風の強い夜。
 バタバタと風に靡く、コート。
 黒のスーツに身を包んだ男が、夜の街を見下ろしている。
 その揺れるコートの先を目で追い、男を見上げるのは、大きな犬だ。
 犬の視線に気がついたその男は、犬を見下ろして、優しく微笑んだ。
「……そうだね、そろそろ行こうか。…雷吼」
 小高いビルの屋上で、静かに佇む男と、連れの大型犬は、ゆっくりとした言葉とともに、その姿を消す。音も無く。
 今でも目を閉じると、鮮明に思い出すことが出来る、惨状。幸せだった家庭を崩された、瞬間。……最愛の弟の、表情。
 きっと、どこかで泣きながら、彷徨っているのだろうと。自分がいつまでも、天へと向かわずに、地上で残っているように。
 そう、彼、李 蓮紫(りー りぇんつー)は、既に他界している人物である。マフィアの幹部であった父が嵌められ、追い込まれ、家族もろとも銃殺された時に、蓮紫の時間も止まっている。本当ならば、天へと向かわねばならない。しかし、彼にはどうしても見つけておきたい存在がいるのだ。
 それは、年の離れた弟。
 自分が身体を張って、銃弾から弟を守ったまでは、記憶の淵にある。蓮紫を見上げ、泣き叫んでいた、小さい弟の表情…。倒れる瞬間まで、焼き付けていたその表情。その後あの場で、弟が無事だったとは、思えない。おそらくは、自分と同じように、殺されてしまったのだろう。禍根を断つ為なら、どんな手段でも使って、全ての存在を消そうとする組織だと言うことは、自分が父と同じ場に身を置いていたから、解る。あの、非情な人間たちには、情けという言葉など、持ち合わせていないのだから。
「………どこにいる…?」
 蓮紫は現在、日本の地にいる。弟が可愛がっていた犬、雷吼とともに。この雷吼もまた、惨劇に巻き込まれ、銃弾の餌食になったのだが、蓮紫同様、死に切れなかったのだろう。気がついたときには、蓮紫とともに、彼の弟を探す為に傍らに居る。
 雷吼の鼻を頼りに、中国中を探し回った。そして、その範囲を広げ、日本にまでやってきたのだ。
「雷吼…やっぱり駄目かい…?」
 必死になって鼻を利かせようとしている雷吼に向かい、蓮紫が声をかける。すると雷吼は申し訳なさそうに、しゅん、と耳を垂れる。
「…お前を責めているんじゃないよ。この空気の中じゃ…仕方ない」
「クゥン…」
 蓮紫は優しく、雷吼の頭を撫でてやる。
 東京に入った途端、特殊な結界と、人外の気配による妨害で、雷吼の鼻は殆ど利かなくなってしまっていた。人間ではない、鬼(グイ)と呼ばれる存在になってしまった彼らには、動きにくい、街である。
「二手に分かれて、探してみようか、雷吼」
 目に留まった植物園。
 それで蓮紫は雷吼にそう言い、二手に分かれることにした。
「何かあったら、教えるんだよ」
 蓮紫がそういうと、雷吼は小さく鳴き、そのまま反対方向へと駆け出していった。それを見送った後、蓮紫も歩みを進める。
「………」
 街の喧騒とは、かけ離れた、静かな空間。
 花の香りの中、蓮紫は生きていた頃、楽しく過ごしていた弟との時間を、思い出していた。心根の優しい子だった。それ故に、弟が家業に就くのは不可能だと。就いたとしても、使い物にはならないと。父も、自分も、そう判断していた。それは諦めの気持ちからではなく、この家業では絶対見られることの無い、素直さと純粋さを、失わせたくないと、そう思えていたからだ。闇の世界など、見せないほうが良いと思っていた。
「…この花、故郷でも咲いていたな…」
 目に飛び込んできた花に、弟とともに手を繋ぎながら見た、花畑を思い出す。
「…………」
 自然と、弟の名が口から漏れる。だがそれは、音になる前に空気に溶けて、消えた。
 幸せそうな笑顔を、数知れず見てきた。
 それなのに、現在の蓮紫の脳裏を埋め尽くすのは、あの時の泣き顔と、悲痛な声ばかりだ。だから余計に、今も何処かで泣いているのではないかと思い、焦りが出ているのだろうか。
 闇雲に探し回っても、空回りばかりだ。だからといって、何処をどう、探したらいいのか。
 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか雷吼と分かれた場所に、戻ってきていた。
 時間を同じくして、雷吼が前方から掛けてくる。
 どうやら、此処にも弟の姿は無いらしい。
「…また、手がかりなしか…」
 雷吼の頭を撫でながら、蓮紫は残念そうに独り言を漏らした。
 泣いている顔しか、思い浮かばない。
 だから、のんびりしているわけにはいかないのだ。
「――行こう、雷吼」
 深い溜息を吐いた後、顔を上げた蓮紫の表情は、少しだけ厳しいものになっていた。いつもより強めな声音も、焦りからなのかもしれない。
 早く、弟を見つけて。
 安心させてやりたい。そして、穏やかな場所へと、導いてやりたいのだ。
 
 再び、強い風が吹いた。
 その風に溶けるかのように、蓮紫と雷吼は夜の闇へと、消えていくのであった。新たな地を、目指して。



-了-

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李・蓮紫さま

桐岬です。この度はありがとうございました。
またお声掛けいただけましたこと、嬉しく思います。
お兄さん、気に入っていただけたのですね。安心しました。
今回はそのお兄さんのお話でしたが、如何でしたでしょうか…?
ご期待に応えられていれば、幸いです。

よろしければまたご感想などを聞かせてください。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖