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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


水無月に想いを馳せて

 招待状が届いた。綺麗な純白の封筒に、綺麗な赤の蝋で封がしてある。
 ヴィヴィアン・マッカランは赤の目で封筒を見つめ、にっこりと笑った。それからポシェットに適当に物を詰め込み、大事そうに封筒を入れ、家を出た。最初は歩いていたのに、だんだん小走りになってきた。走るたびに銀の長い髪が風に靡く。ヴィヴィアンはそれすらも構わず、ただただ走った。口元に笑みを携えて。
 目的の場所に辿り着いた時には、ヴィヴィアンの前髪は汗で額に張り付いてしまっていた。ヴィヴィアンはそれを可愛らしいレースのついたハンカチで拭い、目の前にあるチャイムを押した。ぴんぽんと鳴り響くベルの後、聴きなれた声が出てくる。執事の声だ。執事に自分の名前を告げると、即座に門が開かれる。これもいつもの事だ。門をくぐり、ドアを開こうと手を伸ばす。
「……ようこそいらっしゃいました。ヴィヴィアン様」
 ヴィヴィアンが開く前に、執事がドアを開けてくれた。ヴィヴィアンはにっこりと笑い、頭をぺこりと下げる。
「こんにちは。セレ様はいらっしゃるかしら?」
「ええ」
 にっこりと笑いながら返す執事に再び微笑みかけ、ヴィヴィアンは尚一層顔をほころばせる。この大きな家に、目的の人であるセレスティ・カーニンガムがいるという事実を知ったからだ。
「どうぞ、こちらに」
「有難う」
 執事に先導され、案内された応接間に見慣れた人が座って待っていた。ずっとヴィヴィアンを待っていたかのように、じっと青の目でドアを見つめながら。そしてドアが開いた瞬間、銀の髪を揺るがしながらセレスティが立ち上がった。
「ヴィヴィ、突然どうしましたか?」
「セレ様。これ、セレ様の所にも届きましたか?」
 ヴィヴィアンはそう言い、ポシェットからあの純白の封筒を取り出した。セレスティはそれを見つめ、そっと顔をほころばせる。
「ええ、届きましたよ」
「あたし、これを見て何だかいてもたってもいられなくて。つい、来ちゃいました」
 そっと顔を赤らめ、ヴィヴィアンはそう言って笑った。セレスティはその様子にそっと微笑み、ヴィヴィアンに椅子を勧めた。
「ついに、結婚されるんですねぇ」
「ええ。何だか、こっちまで嬉しくなっちゃって」
 ヴィヴィアンとセレスティの元に届いた封筒の中身は、結婚式の招待状であった。二人共通の友人である女性が、来る6月20日に結婚するというのだ。
「ドイツで結婚式をなさるんですね」
 招待状を確認しながら、セレスティはそっと呟くように言った。
「ドイツで結婚式……素敵でしょうね、セレ様」
「ええ。素敵な結婚式になると思いますよ」
 二人はそう言いあい、顔を見合わせてにっこりと笑う。
「お祝いは何がいいですかね?」
 セレスティはそう言い、封筒から出していた招待状を、再び封筒にしまった。ヴィヴィアンもそれに倣って封筒に収め、ポシェットにしまった。
「そうですねぇ……やっぱり、喜んでもらえるものがいいですよねぇ」
 ヴィヴィアンは「うーん」と言いながら呟く。二人できょろきょろと応接間の中を見渡し、贈り物のヒントを得ようとした。そして、一点で二人の目線が止まった。それは、見た目にも美しく、実用的なもの。中を開けると、綺麗な音楽が流れ、中に色々な工夫を凝らすことのできる幸せになる箱。
「……セレ様」
「ええ」
 目線の先にある宝石箱から目線を逸らさず、二人で頷きあう。気持ちは一つであった。
「アンティークでは、宝石等をちりばめ、綿密画等がかかれたものもあったそうですよ。かかれていたのは、当時の花嫁が多いのだとか」
「素敵」
 ヴィヴィアンはそう言い、うっとりと宝石箱を見つめる。頭の中には、恐らくその宝石箱が浮かんでいるのであろう。その様子にセレスティはそっと微笑む。
「今回はそれに倣い、絵を描いてもらいましょうか。確か、ヴィヴィは同じ学校でしたよね?」
「ええ。任せてくださいっ!あたし、綺麗な姿をばっちり撮って来ますから!」
 ヴィヴィアンは胸を張り、にっこりと笑いながら言い放った。花嫁とヴィヴィアンは同じ大学に通っている。シャッターチャンスは、恐らくある筈だ。
「急がないと、結婚式に間に合わなくなりますからね」
 セレスティがそう言うと、ヴィヴィアンもこっくりと頷く。
「本当にそうですね。せっかく素敵なものをあげようとしても、間に合わなかったら残念だしぃ」
 ヴィヴィアンはそう言い、ちらりとセレスティを見つめて付け加える。
「せっかく、セレ様が素敵な案を考えたのに」
 セレスティは思わず微笑む。
「私だけの案ではないですよ。ヴィヴィも、同じように思ったのでしょう?」
「そうですけど、何だかセレ様が思いついたっていう感じがするんですもの」
「そうですか?」
「ええ。だって、あたしだけじゃこんなにすぐに決まらないです。あれもいいな、これもいいなってずっと思っていそうなんですもん」
「それは、ヴィヴィが思慮深いからですよ」
「そ、そんなぁ」
 にっこりと微笑みながら言うセレスティに、ヴィヴィアンは頬を赤らめながら両手を頬にやった。じんわりとした熱をおびているのが分かる。
「ヴィヴィ、明日写真を撮って来れますか?本当に、急で申し訳ないのですけど」
 セレスティはカレンダーを見つめ、指折り数えながらヴィヴィアンに尋ねた。
「ええ、任せてくださいっ!写真を撮ったら、すぐにあたし、セレ様の元に持ってきますぅ」
 ヴィヴィアンはにっこりと笑う。
「しかも、すっごく綺麗に撮りますから!……勿論、こっそりと」
 ヴィヴィアンはそう言い、人差し指を口に持っていく。内緒、といわんばかりに。可愛らしいポーズに、思わずセレスティの顔も緩む。
「ええ、こっそりと」
 ヴィヴィアンに倣い、セレスティも人差し指を口に持っていく。その状態で暫く二人で見つめ合った後、同時に吹きだした。
「やだぁ、セレ様まで!なんだか恥ずかしいじゃないですかぁ!」
「いえいえ、いかにも内緒と言った感じでいいじゃないですか」
「セレ様ってば」
 ヴィヴィアンはくすくすと笑いながらセレスティを見つめる。そして、暫くして笑いが収まったとき、そっと呟くように言う。
「でも本当に、素敵ですね」
「結婚式ですか?」
「ええ。この広い世界の中で、たった一人の人と出会って、その人と共に歩んでいく事を決めたって事じゃないですか。それって、本当に素敵」
 うっとりと言うヴィヴィアンに、セレスティはただ柔らかな笑みだけを向けた。セレスティ自身にも、その感覚が存在していたからだ。結婚という確固たるものを踏まえていなくとも、同じような感覚を今、確かに得ていた。
 広い世界の中、たった一人の人と出会い、ともに歩んでいく事を決める。それは、セレスティにも間違いなく当てはまっていた。ただ本当に、結婚という形を取っていないというだけで。
「セレ様、宝石箱……素敵なものができるといいですね」
 ヴィヴィアンがそう言うと、セレスティはにっこりと微笑みながら頷く。
「専門家に注文しますから、きっと素敵なものができますよ」
「そうですよね!……ねぇ、セレ様。宝石箱、出来上がったらあたしにも見せてもらえますか?」
「ええ、いいですよ」
 セレスティが頷くと、ヴィヴィアンはほっとしたように微笑む。
「良かった!せっかくだから、あたしも見てみたいんです。ほら、ちゃんと確認してからあげたいしぃ」
「分かりました。では、出来上がったら二人でまず確認してから包装する事にしましょう。中をちゃんと知って、それを差し上げた方が絶対に良いですから」
 セレスティがそう言うと、ヴィヴィアンはにっこりと笑って頷く。
「なんだか今から楽しみになっちゃいましたっ!」
「ええ。まずは、ヴィヴィの写真に期待しませんとね」
「勿論ですっ!あたしのカメラ技術で綺麗に撮ってみせますから」
 ヴィヴィアンはそう言い、にっこりと笑った。それにつられ、思わずセレスティもにっこりと笑う。二人だけの秘密の共有を得たかのように。
「では、宝石箱を持って一緒に結婚式に参加しましょうね」
 セレスティがそう言うと、ヴィヴィアンもにっこり笑って頷く。
「はいっ!ああ、なんだかわくわくしますね。プレゼント、気に入ってくれるといいですね」
「ええ」
 二人で顔を見合わせ、にっこりと笑い合う。それが至極当然のことのように。
「そうだ、ヴィヴィ。ドイツに行く時は、私の自家用機で行きましょう」
「セレ様の、自家用機ですか?」
「ええ。良いでしょうか?」
「勿論ですぅ!セレ様の自家用機なんて、素敵すぎですぅ!」
 にっこりと笑うヴィヴィアンに、セレスティは少しだけ笑い、そっと声を潜める。
「ただ、一つだけ残念な事があるんです」
「ええ?な、なんですかぁ?」
 セレスティの神妙な顔に、ヴィヴィアンはごくりと喉を鳴らした。そんなヴィヴィアンに、セレスティは悪戯っぽく笑う。
「他の方も誘うので、ヴィヴィと二人きりじゃないんです」
「……も、もう!セレ様ってばぁ!」
 ヴィヴィアンは顔を真っ赤にし、テーブルに「の」の字を書く。その様子に思わずセレスティは再び微笑む。
「本当に、それだけが残念です」
「やだぁ、セレ様ってば!あたし、そんな事言われたら……嬉しいじゃないですかって……きゃー!」
 ヴィヴィアンは赤くなった頬を両手で押さえ込み、頭をぶんぶんと振った。赤く火照った顔を、冷まそうとするかのように。
「私も嬉しいです。ヴィヴィにそう思っていただけて」
「もう、セレ様ってばぁ!」
 ヴィヴィアンはそう言い、すっと立ち上がる。まだ、顔は赤い。
「あ、あたし。カメラを探さないといけないから、そろそろ帰りますね」
「送りますよ」
「いいえ!あたし、今日は歩いて帰りたい気分なんですぅ!」
 赤い顔のまま、ヴィヴィアンはそう言ってにっこりと笑った。セレスティは小さく微笑み、「そうですか」と答えた。送っていけないことは残念だが、ヴィヴィアンがいいと言っている事を強要する必要も無い。
「では、気をつけて帰ってくださいね」
 セレスティはそう言い、立ち上がって玄関先までヴィヴィアンを送っていく。ヴィヴィアンは漸くおさまってきた頬の火照りを両手で確認してから、こっくりと頷く。
「じゃあ、あたし明日はすっごく綺麗に写した写真を持ってきますから!」
「ええ。期待しています」
 互いに微笑みあい、頷きあった。二人には、妙な確信があった。これから作ろうとし、お祝いにあげようとしている宝石箱が、素敵なものになるということを。必ず喜んで貰えるのだと。
「素晴らしい結婚式になるでしょうね」
 ヴィヴィアンが出ていったドアを見つめ、セレスティはそっと呟き、微笑んだ。そうして、くるりと踵を返すとまっすぐに電話の元に進んでいった。
 お祝いにあげる宝石箱を作ってくれる専門家に、電話をする為に。

<素敵なお祝いが出来上がる事を予感し・了>