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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


天国の庭


◆1
「帰る。帰るっていったら帰るぞ、俺はっ」
 一歩後ろを歩く外村灯足の喚き声を馬耳東風に、綾小路雅は傘の下から空を見上げる。
 星の姿は見えないが、足早に流れゆく雲の切れ間から綺麗な満月が覗き見えた。
 先程まで雨傘を静かに叩いていた雨は完全に止んだようだった。
「よっしゃ。天気予報どおり!」
「おい、俺の話をきけってぇのっ!」
 嬉々として傘を畳む幼馴染の姿に、げんなりとした表情を浮かべながら灯足も傘を無造作に閉じた。
 雨上がりの後の空気は埃が洗い流され、また夜気ともあいまって、日が出ていた頃の喧騒が欠片も感じられないほどに澄んでいる。
 入梅してから蒸し暑い日々が続いていたから、涼風の中を歩くというのも悪くはない、と灯足は思う。
 悪くはないのだが。
 鼻歌さえも歌いだしそうな足取りで前方を歩く、付き合いが約20年にもなる青年の背中を、灯足は恨みがましく見つめる。
(小さな子供のユーレーだとぉ。俺がそっち系が苦手なのを知ってやがるくせに)
 そもそもことの発端は『ゴーストネットOFF』の情報掲示板だったらしい。
 雅の話によると、6、7歳の子供の幽霊が空き家の庭をうろうろ歩き回っては何かを探している、という話だった。
『チビがさ、夜中に一人っきりで、何か探してるなんてかわいそーじゃんか』
 それには灯足も頷くことは出来る。
『それにさぁ、そこまで必死に探してるモンてのが気になるじゃん』
 気にならないとは言わない。だが。
「どうして俺がおめーの道楽につきあわなきゃならねぇんだよっ」
「道楽じゃねー。調査って言え、調査って。今回の調査は、殿が居た方がぜってーいい気がすんだよ」
「根拠を言え、根拠を」
「あー、経験に基づくカンってヤツ?」
 口の端をあげてニカッと笑う雅にむかって、灯足の右ストレートが繰り出される。
「ふざけんな。そんなん宛になるかっ。俺は帰るぞ。帰る帰る帰るっ」
 灯足の拳をよけながら、雅は更に笑みを深いものにする。
「ここまで来て何をグダグダ言うかなー。ほら、もう目的地に着いちゃいましたー」
 雅が指差す方向を見ると、街灯に浮かび上がる一軒の家が目に入った。
「さー、いくべ、いくべ」
「おいっ、ミヤッ」
 灯足は楽しげな雅に引きずられるようにして、件の家の敷地内へと足を踏み入れた。


◇2
(明かりの灯らねぇ窓ってのは、やっぱり不気味だよなー)
 往生際の悪い灯足を引きずりながら、雅はその家の暗く沈んだ窓を見上げた。
 屋敷という程の大きさではないが、一般的な一戸建てよりは広い作りの建物のようだ。
 採光のためか窓が多い。
 月明かりや街灯の心もとない光の下ではあるが、建ってからそう年数は経っていないように見える。
 それなのに人の気配が全くしない。
 人のいない家、人がいなくなってしまった家は、まるで家自身が死んでしまったかのように静かで虚ろだ。
 ただ人がいないだけだというのに。
 ここで何があったのか、雅は知らない。
 けれどこの庭に出るという「少女の幽霊」が少なからず係わっているのではないかという予測くらいは出来た。
 雅は視線を広い庭へとやる。
 家屋の二倍はあるだろう広さの庭は、花壇も芝も丈の長い雑草に覆われ、小さな草原と化していた。
 月が、濡れた葉の上に柔らかな光を降り注ぐ。
 その草叢の中で、小さな子供がしゃがみ込んで土を弄っているのが見えた。
「おいっ、ミヤ」
 その子供を指差す灯足に、雅はうんうん、と頷く。
「お、見えてんじゃん」
「見えてんじゃんじゃねぇよ…」
 げんなりとした表情をする灯足をその場に残して、雅はその少女に近づく。
 子供の年齢は雅にはよく分からないが、小学校に上がるか上がる前か…その位の年齢に見えた。
『オニイチャンたち、どうしたの?』
 小首をかしげて尋ねるその姿はあどけない。
「うん? 俺らは、チビが何か探しモノをしてるって聞いたから手伝おうと思ってさ」
 笑顔を浮かべながら、怖がらせないようにと猫なで声で雅は応える。
 その言葉に少女は少し難しい顔を作る。
『あのね、あたし、ミヨちゃん。チビじゃないよ』
 小さいながらもなかなか利発だ。
「わりー、わりー。俺とあっちのは、ミヤビちゃんとホタルちゃんだ」
『ミヤビちゃんにホタルちゃん、ミヤビちゃんにホタルちゃん』
 少女は歌うように、楽しげに、二人の名を繰り返した。


◆3
 少女が楽しげにくるくる草の上を走り回ってる。
 悪いモノではなさそうだと、その姿を見て灯足は思う。
「おーい、殿。ミヨちゃんの声って、届いてるかー?」
 ミヨという名前なのかと思いつつ、灯足は軽く頭を左右に振る。
 雅の話し声は聞こえてきたが、少女の声は灯足には届かなかった。霊感のない自分にきちんと姿が見えるだけ僥倖だと思う。
「オッケ」 
 灯足の応えを聞いて雅はなにやら考え込むようにこめかみに手をやった。その次の瞬間。
『わー、ミヤビちゃんにホタルちゃん』
 鈴を転がすような可愛らしい声が、何が楽しいのか、自分たちの名前を繰り返し歌うように紡ぐのが聞こえてきた。雅の持つ、音を他者に飛ばす能力の応用なのだろう。
「どうだー? 聞こえるべ」
『聞こえるべぇー』
「こらミヨ、真似すんじゃねーよ」
『ねーよ』
 雅の語尾を真似てはきゃらきゃらと笑い声をたてる。
「聞こえる。感度良好すぎ」
 普通の子供と変わらないように見えるのに、目の前の少女はユーレーなのだと思うと、その笑顔が明るければ明るいほど、灯足の胸が少し痛んだ。


◇4
「で、ミヨ。おめぇ、この庭で何さがしてんだ?」
 雅の問いにミヨの表情が少し曇る。
『あのね、ミヨね。もうすぐ天国にいくの。だからね、おともだちをね、さがしにきたのよ』
 この子は自分がもう元の自分ではないことを知っているのだと、雅は一瞬目を細める。
「そっか、そのお友達っつうのはこの庭にいるんだな」
『わかんないー。でもね、おうちのなかにはもうなかったの。おうちのなかにはもうなんにもなかったから。だからおにわをさがしてたの』
「……そのお友達って何なんだ?」
 そこで初めて灯足が少女に向って声をかけた。ミヨの顔が嬉しげに輝く。
『お人形のアーちゃん。ミヨね、赤ちゃんのころから、からだがよわくて、ようちえんもいけなかったの。あんまりおそとにもでたことないの。だけどね、アーちゃんはいつもいっしょにいてくれたんだよ。ミヨのね、いちばんのおともだち。いちばんのたからもの。アーちゃんいないの。……アーちゃんどこいったんだろう』
 話していて悲しくなったのだろう、小さな肩が上下してミヨが泣き出す。
『アーちゃんどこー』
 雅はポンポンと少女の頭を撫でた。
「ミヨ、泣くんじゃねーよ。その、アーちゃんはな、ミヨより先に天国に行って、おまえのこと待ってんだよ。ミヨ遅いなあって待ってっから。だから泣くんじゃねーよ」
『そうかなぁ』 
「ぜってー、そうだって」
 涙で赤くなった目が雅と灯足の顔をじっと見つめてくる。
 灯足もその視線に、口元に柔らかな笑みを浮かべながら小さく頷いてみせた。
 

◆5
 ミヨの笑い声が庭中に響いている。
「ミヨ、一人でよく頑張ったな。ご褒美に俺と灯足が遊んでやる」
 そう申し出た雅の言葉に喜んだミヨが歓声を上げながら庭を駆け回っているのだ。
「じゃあ、まず鬼ごっこだ。……殿、鬼決定」
『けっていー』
 にかっと笑いを浮かべた雅が草を踏みわけ庭の隅の方へと走っていく。
「おまえら、勝手に決定すんじゃねぇよっ」
 灯足は言いながら、ミヨに向って走り出す。
『きゃー、きゃー、鬼きた、鬼きた』
 悲鳴を上げながら逃げ回る。生きている頃にはきっと出来なかったに違いないことを。
 楽しげに。自由に。


『ミヨ、そろそろ行かなくちゃ』
 そう少女が言い出したのは、二人がこの庭を訪れて2時間が過ぎたころだった。
『よばれてるから、ミヨ、行かなくちゃ』
 雅と灯足は少女のもとに駆け寄る。
「そっか。……あのな、ミヨ」
 雅はその場にしゃがみ込み、少女の目線と自分の目線の高さを合わせる。
「俺らとおまえ、友達な」
 言いながら目を細めて笑う。
『ともだち? ミヤビちゃんとホタルちゃん、ミヨのともだちになってくれるの?』
「なってくれるの、じゃねーよ。ミヨと俺らはもう友達だ。こんなカッコイイ俺らと友達なんだから、天国でも自慢できっぞ。な、殿」
 雅の言葉の細かい部分に引っかかりを覚えないわけではなかったが、灯足はああと頷いた。
「ミヨと俺たちは友達だ。──またな」
『また? また遊べるかな』
「もちろん。俺ともミヤともまた会える。俺たちだって、これからミヨが行く場所にはいつか行くんだからな。ああそうだ、ミヨ。もしあっちでな、俺のおふくろとミヤのオヤジさんに会ったら、俺達元気だぞっていっておいてくれよ」
「殿……」
『ミヤビちゃんやホタルちゃんのおかあさんやおとうさんも、天国にいるの。うん、ミヨ会ったらいうよ。 ふたりとも大すきなミヨのおともだちですって』
 雅と灯足が交互にミヨの頭をガシガシ撫でる。ミヨが楽しげな笑い声をたてる。
『ありがとう、ミヤビちゃん、ホタルちゃん。──またね』
 そうして少女は。
 満面の笑顔を二人に向けたまま、ゆっくり月光の中に消えていった。
 
 
◇6
「いっちまったな……」
「ああ」
「外で遊ぶ遊びってさ、人数いないとできないんだよな。ましてさ、人形相手じゃ出来ねえじゃん」
 ダチって大事だよな、とぼそりと雅が呟く。
 その声に内心では頷きながら、
「ミヤの経験に基づくカンってヤツ、今回は信用してよかったな」
 灯足は小さく笑った。
 二人は夜空を見上げる。
 綺麗な満月が浮かんでいた。
 
 
 
END





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 2701 / 綾小路雅 / 男性 / 23歳 / 日本画家】
【 2713 / 外村灯足 / 男性 / 22歳 / ゲーセン店長 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの津島ちひろです。
このたびはゴーストネットOFFの依頼を受けて頂きまして、有難うございました。
友人同士であるお二人の間にある絆のようなものが上手く描ければなあ、と思いつつ執筆させていただきました。
個人的には掛け合いがとても楽しかったです。
少しでも気に入っていただけると嬉しいです。
(今回個々のシナリオ分岐はありません。楽しみにされていたらごめんなさい)
では機会がありましたらまた宜しくお願い致します。
有難うございました。