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<東京怪談・PCゲームノベル>


籠のカナリア

「うさぎだ! 今日はうさぎ柄だ!!」
 健太郎を筆頭とする悪ガキどもが、すれ違いざまに蒲公英のスカートをめくり上げていくというのも、もはや珍しい光景ではない。
 そして、この蒲公英という少女、どうにもこうしたことに慣れるということが出来ないのである。
 唇をかんでうつむき、校門からぞろぞろと下校してゆく児童らの流れの中に、ひとり、立ち尽くすばかりだった。耳が赤く染まっている。
 いいかげん、周囲のものも、ああまたやっている、と思うだけで、蒲公英に憐れむような一瞥こそくれるが、結局はただそこに独りで捨て置かれている。
 やがて、とぼとぼと歩き出した。
 それでも泣き出さなかっただけ、多少は強くいられた、と云うべきだったろうか――。
「おい」
 そんな蒲公英をあとに残して、風のように下校の道をひた走る健太郎に声を掛けたものがあった。立ち止まった少年の首ねっこを掴むと、路地裏にひきずりこむ。
「小僧」
「あ、ああっ、ゲンジさん……」
 健太郎は建物の影にひそむ人物に、目を丸くした。
「生きてたの――」
「言いやがる。てめぇこそだ」
 髭づらの、こわもての男だった。
「のうのうと学校なんざ行ってんじゃねぇよ。え、健太郎?」
「だって、オレ……もう――『ギフト能力者』じゃ……」
「なんだと」
 ゲンジと呼ばれた男の目が、物騒な眼光を宿した。声がいちだんと低くなる。
「おまえ……。なにか知ってるのか。あの日、なにが起こったか――」
 ぶんぶん、と、健太郎ははげしく首を横に振った。それを見て、男の唇に残忍な笑みが浮かんだ。
「マサシ」
 路地裏の暗がりから、もうひとりの男が、すうっ、と姿を見せた。不健康な肌色をした、やせぎすの小男である。
「ま、待ってくれよ。オレ、本当になにも……」
「おまえも知っているだろうが、健太郎。マサシの『ギフト能力』――『ピーピング・トム』は、人の心の秘密を覗き込む能力だってことは」


「ただいま、かえりました」
 ……その言葉に返事はない。蒲公英が帰宅すると、父はいなかった。部屋はがらんと広く感じられる。
 夜の仕事をしている蒲公英の父親は、ちょうど日暮れの頃に家を出ていくので、学校から帰った蒲公英と、午後の時間を過ごすのが、この父娘の日課だった。しかし、週に何回かは、父がもっと早い時間に出勤するときがある。それを「同伴」といって――蒲公英はそれが意味するところを正確には理解していないが、とりあえず、せっかく帰宅しても父のいない時間を過ごさねばならない残念な日なのだ。
(――冷蔵庫にプリンある。宿題せーよ。)
 テーブルの上のメモに、ふっ、と笑みをもらした。
 言われるまでもない。蒲公英は鞄を置くと、今日の分の教科書とノートを取り出し……
「あ――」
 国語で書き取りの宿題があったこと、そして、そのためのノートがもうないことを、思い出した。
(新しいのを買わなくちゃ)
 財布の中身を確かめてから、蒲公英は帰宅したばかりの部屋を後にしたのだった。

「お嬢ちゃん――」
 低い声が呼び掛けた。
 文具店で目的の品を買い、帰途についた頃には、日はすっかり傾いていた。
 振り返ると、大柄な男が、夕陽を背にして立っている。逆光のため顔はわからなかったが、知り合いではないようだった。地面に長く影が伸び、蒲公英の足元にまでとどいていた。すっ――と、腕を広げた影法師が、そのままふわりと蒲公英を包み込んでしまうような、そんな錯覚が彼女の足をすくませる。
 平素、むしろ鈍感といってもいいくらいの蒲公英だったが……時として、妙に鋭敏な感性を見せるのは、それは身を守るすべをもたぬ小動物の性だったのかもしれない。本能的に、自分の足元に陥穽が口を開けようとしていることを知っている。しかし、知っていても、逃れることが、彼女には出来なかったのだ……。
「弓槻――蒲公英ちゃんだね……」
 なぜその問いかけに素直に頷いてしまうのか。
「おいで。おじさんはね……お父さんのお友だちなんだ」
「とーさまの?」
「そう……。お父さんがきみを呼んでいる……迎えに来たんだ」
 蒲公英は一歩を踏み出した。そして、何か言いかけて――はっ、と息を呑む。
 髭づらのこわもての男が……剣呑な光をたたえた目で、冷徹に蒲公英を見下ろしていた――。

 はっ――、と目覚めたときには、どことも知れぬうす暗い場所にいた。
 寝かされていたのは、埃のつもった床だ。天井が高い。工場跡地、といったところだろうか。
 屑鉄の山のようなものに、蒲公英をかどわかした男が腰掛け、その傍らには、もうひとり、顔色の悪い小男が、下卑たにやにや笑いを浮かべている。
 蒲公英は、半身を起こしたものの、無言で彼女をねめつける男の視線に、呪縛されたように動くことができなかった。
 ここはどこだろう。このひとたちは誰。どうしてこんなことするの。はやくうちに帰らなくちゃ。国語の宿題が……
「あの『円盤』を――」
 男が口を開いた。
「追い返したのは、おまえなんだってな」
「あ………」
「ったく」
 忌々しげな舌打ち。
「子どもじゃねぇか。ただ震えているだけのガキじゃねえか。それが大それたことしやがって……。わかってねぇんだろうな。自分が何をしちまったか。おまえのせいで、俺たちがどんな目に遭ってるか……」
「あの……わ――、わたし――」
「貴様のせいでッ!!」
 屑鉄の山から、打ち棄てられた鉄の廃材が、飛び出す。それは生き物のように蒲公英のまわりを取り囲み、ひとりでに組み上がってゆき――
 最後には、天井から降りてきた鎖が、それを吊り上げた。
「――っ」
 声にならない悲鳴。宙づりになった、鉄の檻の中に、蒲公英はいた。
「俺の『ギフト能力』――『バードケージ』は、人を閉じ込める檻をつくる能力……そこからは出られないぜ、お嬢ちゃん」
 男は言った。
「――少なくとも無傷じゃな」
 相棒の小男が、げらげらと、耳障りに笑った。
 髭づらの男――健太郎はゲンジと呼んでいた――は、鉄パイプを手に、その檻に近寄った。
「貴様が余計なことをしなけりゃ、俺たちぁ、犯罪者みたいに逃げ回るような真似をしなくてすんだんだ!」
 渾身の力で、檻を叩くと、けたたましい金属音が響く。ぐらぐらと揺れる檻に、蒲公英はしがみついた。目尻に涙が浮かぶ。
「『こわい、こわい、とーさまたすけて』」
 ふいに、マサシとかいった、もうひとりの男が、奇妙な声色を出した。
「言い忘れたが――」
 弄ぶように――事実、弄んでいるのだろうが――、ゲンジが檻を叩き続ける。
「こいつの『能力』は、人の心の中を覗きこむことだ。……丸裸にされちまうぜ。誰のことが好きかとか、どんなパンツはいてるとかもな」
「うさぎだな。うさぎ柄のパンツだ」
 男たちは品のよくない笑い声をあげた。
 檻の中で、蒲公英はただ鉄柵にしがみつき、堅く目を閉じているしかできなかった。
「シルバームーンの事業が成功したら……、俺たち能力者が世の中を支配する側に回ってたんだ。それを……こんな小娘が邪魔しやがったっていうのか」
 したたるような憎悪。
 それに呼応するように、ぎしり、と音をたてて檻が軋んだ。もとより蒲公英ひとりを収められるだけの檻が、その大きさを縮めたのである。当然、鉄柵は蒲公英の四肢に深くくいこむことになる。
「さあ、どうしてやろうか。このまま絞め殺してもいいが――」
「『いや。やめて』」
「だめだな。もっともっといたぶってからだ」
「『どうしてこんなことするの』」
「今、言っただろうが。俺たちの邪魔をするからだよ」
「『わたし、なんにもしてない』」
「なにを言いやがる。あのとき、てめぇの『能力』で――」
「『なんにもしてない。なんにもできない。わたくしには、そんな能力なんて――なにも……なにも、なにもなにもなにもなに」
「マサシ?」
 異様な気配に振り返る。
 マサシは、がくがくと膝をふるわせ、ぐらり、とよろめいた。その目がぐるりと白目を剥いて、口からは泡を吹き――
「お、おい、どうした」
「ア、アニキ……こいつ――やばい、まだ……『能力』を――」
 はじかれたように、蒲公英に向き直る。
 少女は――、意識を失ったのだろうか、ぐったりとしている。しかしその半眼になった瞳には、あやしい赤い光が炯々と灯っているのだ。
「こ、こいつ――」
 バチン――、と音がして、蒲公英を拘束する檻の一部を構成していた部品が弾け飛ぶ。男の頬をそれがかすめ、血がひとすじ、そこを伝った――。


「恐れていたことが起こってしまったというべきですかね――」
 嘆息を漏らしたのは黒服・黒眼鏡の男――八島である。
「怪我はなかったんでしょう? 犯人も捕捉できたようですし」
 同様の格好をした別の男が訪ねた。
「ええ、まあそれは不幸中の幸いというか。あの少年が機転をきかせて私に連絡をくれましたからね。一応、名刺を渡しておいてよかった」
 黒眼鏡が、きらり、と、光を反射した。
「『ギフト能力者』の残党は、まだ相当数いると思ってもいいのでしょうか」
「さて、ね。でもまあ、それは予想されたことですし、駆逐されるのは時間の問題でしょう。ただ、問題は……」
 廃工場に踏み込んだときに見た光景が、八島の脳裏に広がる。
「彼女を襲った連中の『ギフト能力』はもう失われていた」
「えっ、それって」
「蒲公英さんの『ギフト能力』ですよ――。『アンチ・ギフト』が効かなかった例はこの一例だけです。あるいは、もともとが能力者であった点が関係しているのかもしれません」
「本人の能力として定着してしまった、と――?」
 八島は肩をすくめた。
「それが他の誰かじゃなく彼女だ、というところがね。運命というものの皮肉を感じずにはいられませんよ。しかも彼女の場合……たぶん、精神的にかかる負荷のせいでしょうが、『能力』の発動前後の記憶を失ってしまうらしい」
「…………」
「今回も決定的な部分は憶えていないそうです。まだ自分でコントロールできれば使いでもあるが、いやはや、なんとも――」
 宙を見つめる。
 保護者には話したものかどうか、八島は迷った。いや、当然、話すべきではあるのだろうが――。
 再び、嘆息。
 黒革のソファーでは――、当の蒲公英が、寝息を立てている。
「ああ、そうだ」
 八島は、職員に声をかけた。
「彼女を送っていくとき、これをあげてくれませんか。……ノートを買いに出たのに、それはどさくさでなくしてしまったらしいから」
 差し出されたのは、宮内庁――という文字が印刷された、黒い表紙のノートだった。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1992/弓槻・蒲公英/女/7歳/小学生】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
NPC登場シチュノベ・ゲームノベル(?)、ご依頼、ありがとうございました!

事件は解決したというのに……いったい今度はどんな目に遭われてしまうのやら!
ちょっと不安でドキドキしているWRです(笑)。

に、しても、シナリオの展開がPCさまの“公式設定に採用”になってしまうと
いうのも面映いですね……。ですが大変、光栄に思います。
ありがとうございました。