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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で2 - 夜想曲 - 】


 見上げた空に姿を見せる月は、人の心を魅了する何かを持っている。
 今夜の月も、とても美しく、見るもの全てへ誘惑を送ったのだろう。

 結局、黙って出てきてしまった。
 悪いことだとは思ったが、彼が学校へ行っている間にそっと家を出ようと思っていたファーだったが、うっかり昨日の緊張から疲れが出たのか、眠ってしまい、気がついたら夕食の用意がしっかりとされた後だった。
 まさか、二人分ちゃんと用意してくれたのに断るわけにもいかず、せっかくなので食べさせてもらうことにした。
 彼は楽しそうに学校での生徒とのやり取りを話してくれる。
 何でも生徒から、「まきちゃん」という愛称で呼ばれ、その親しみやすさから人気があるようだ。確かに、彼は良くも悪くも教師らしくないし、その童顔から近づきやすさも感じる。
 くわえタバコをして、不機嫌な表情を見せたりでもしたら、年相応にも見られるのだろうが、料理をしているときの楽しそうな、けれどどこかに真剣が込められたような表情を見せられたら、誰だって親しみやすいと感じるだろう。
 決して悪いことじゃないではないか。
 ファーは純粋にそう思った。彼もまんざらでもなさそうに、喜怒哀楽の楽をあちこちに見せながら話をしてくれる。
 食事を終え、すっかり彼も眠りについたころ、ファーはこっそり家を出ることにした。
 明日は休日なのだ。だから、このままいたら明日もまた、帰れなくなりそうだった。
 黙って出て行くことは悪いとは思ったが、さすがにこれ以上世話になるわけにもいかないという気持ちが勝って、ファーのこの行動につながったといえる。
 遠慮がちに閉められた扉の音が完全に消えたとき、ベッドへ休めていた身体を起こすと、真輝は一言
「まったく……帰り道わかるのか?」
 つぶやきながらドアを開き、彼の軌跡を追う。リビングのドアを開いて出て行ったばかりだから、まだ玄関あたりにいるのではないだろうか。それに、玄関のドアが開いた音は聞こえなかった。
 だが、そこに――
「……おいおい、どうやって外に出たんだよ……」
 ファーの姿はなかった。

 ◇  ◇  ◇

 一瞬で姿を消したのは、人気のいない場所で「転送」を行ったから。
 自分が持っている不思議な力の一つだった。目をつぶり、行きたいと思った場所を思い浮かべるだけで、その場所へと瞬間的に移動できるのだ。
 便利だが、突然人がいなくなったり出てきたりするので、多様はできないし、使用しすぎると身体中に疲労感が広がる。
「……さて、何からするべきか……」
 やるべきことが多すぎて、何から方をつけていいものかわからないが、とにかく自分の家である紅茶館「浅葱」にいると的になるのは間違いない。
 しかし、わけもわからぬまま、このまま追われ続けるのも納得ができない。
 何とか彼女と接触を取り、話を聞く方法はないだろうか。

 窓の外から射しこむ月明かりが、店の中での唯一の照明となっていた。

 ◇  ◇  ◇

 真輝は着替えをすませて、外にでた。このまま放っておくのも性に合わないし、彼が帰るところは一つしかないと言っていたのだから、恰好の的になってしまうに決まっている。
 遠慮などせずに、うちにいればいいものを。
「……紅茶専門の喫茶店……」
 夜風に髪を遊ばせながら、記憶の紐を手繰り寄せて、何とか場所を探し当てようと努力する。
 名前を聞くのを忘れていた。だが、確かに少し変わった店員の、そんな喫茶店があると生徒が言っていたから、たぶん……
「あそこ……かぁ?」
 思い当たった一つの場所。ファーと出会った場所は自宅から遠かったが、喫茶店の位置はここからさほど遠くない。予想通りの店だったのなら。
 百聞は一見にしかず。とりあえず、行ってみる価値はあるだろう。
 真輝は足を急がせた。
 真っ暗な闇の中を、外灯と月明かりを頼りに進んでいく。夜道を歩くのが怖いという感覚は一切無いが、あまりに静寂が立ち込めていて気味の悪さは感じる。
 しばらくまっすぐ進んだ大通りを少し小路に入ると、余計に気味の悪さが増す。
 だからといって、ここで引き返しては、せっかく外に出てきた意味が無い。
 癖となってしまっているくわえタバコに、ズボンのポケットに突っ込んだ両手。真輝はしっかりとした足取りで進み、数分後、一軒の店の前で足を止めた。
 看板に書かれた文字は紅茶館「浅葱」。
 中の明かりはつけられておらず、外から見たら真っ暗な店内だが、確かにそこに彼はいる。
 根拠の無い自信がなぜだかわきおこってきて、真輝は店のドアに手をかけた。カギはかかっていないようだ。無用心この上ない。
「……ファー? いるのか?」
 控えめに上げた声に、暗闇の中で何かがうごめいた。最初に見えたのは、彼の意思を込めている真紅の瞳だった。月明かりに反射して、それだけが輝いて見える。まるで、暗闇の中にいる猫のように。
「真輝……?」
 次に見えたのは、信じられないといった表情。
「なぜここがって顔してるな。甘味好きの情報なめてもらっちゃ困るね」
「……それもあるが、どうして……」
「帰る時は「さようなら」って挨拶しろって先生に習わなかったのか?」
 いたずらな笑みと、からかうような口調。
 真輝はもう遠慮をすることはなく、ファーに近づき、カウンターに腰をおろした。
 ファーも黙って出て行って悪いと思っていたためか、うまく言葉を返すことができない。
「辛気臭い顔して、何を悩んでいたんだ?」
「別に……なにも――」
「嘘はつくなよ」
 まじめな瞳でぴしゃりと言い切られ、返す言葉を完全に無くす。言い訳もさせてもらえない。
「乗りかかった船だしって俺、言わなかったっけ? 困ってるんなら、助けるからな」
 やわらかく微笑んだ真輝に、なぜか助けがいらないとは言えないファー。
 現状として、助けが必要なことは確かだ。
 自分ではない誰かが話を聞きに行けば、あの少女も口を開いてくれるかもしれないという一つの仮定が、ファーの中に出来上がっていたのだ。
 そんなときにあまりにタイミングよく現れた、真輝の存在はまさに神にも思えた。
「ほら、ファー。言うだけ言ってみたら?」
「……助けてほしいことが、ある……」
 まさかこんなにも素直に彼が頼ってきてくれるとは思わず、どこか拍子抜けした感も味わったが、頼ってくれたという事実がその拍子抜けを喜びに変える。
 まだ出会ってさほど時間がたっていないというのに、信頼され、頼られることを嬉しいと思わない人は、いないだろう。それが、自分から頼ってほしいと思っていればなおさらだ。
「……真実を、聞き出してくれないか?」
「あの嬢ちゃんから?」
「ああ……俺が本当に彼女の言うように、人の害となる存在なのかどうか――お前に判断してほしい」
 大きなことを頼んでくれたものだ。それでは、彼のこれからを握っているのは、まるで自分じゃないか。
「害だと感じたときは?」
「……お前の手で、殺してくれるのか?」
 苦笑交じりにファーは口にした。困ったような、どうしたらいいかわからないような、複雑な表情を浮かべて。
「あの少女のに居場所を教えればいい。俺はここから動かないから」
「……そうか。じゃ、大役引き受けて、行ってきましょうかね」
 伸びを一つ、真夜中だというのに眠い様子一つ見せず、はずしたタバコをくわえなおし、真輝は紅茶館「浅葱」を後にした。

 ◇  ◇  ◇

 真輝は紅茶館「浅葱」から少々離れた場所で足を止めた。
「……鬼ごっこの嬢ちゃん、どーせ居るんだろ。出てきたらどう?」
 何も無い夜空のはずだが、そこへ向かって真輝は声をかける。一息ついて、タバコに火をつけると言葉を続けた。
「俺面倒なの嫌いだから単刀直入に聞くけど、何であいつの事を追う?」
『どこにでもある堕天使の伝説は知ってるか?』
 妙の親父臭く、関西なまりの声が彼に答える。視線を鋭くして、真輝は「さぁ?」と白を切った。
『しらんのかい。面倒やなぁ……まぁ、ええ。ファーは伝説となっとる堕天使の一人だ。こことは違う異世界に天界っつーところがあって、そこで裏切りにあい、地上に堕とされ、そして――』
「人を殺すことに快楽を覚えた」
 静かに告げたのは、突如目の前に現れた少女。真っ白な肌と深い緑の瞳だけが、月明かりの下で確認できる。
「翼を失ったのは――完全に天使として追放されたから」
『だが、なぜか片翼を取り返した。でも、もう片翼は取り返せなかった。その片翼が、今、スノーの持っとる羽根なんや』
「この羽根にはあの男が殺戮を繰り返していた時の記憶と、感覚、感情などが全て詰め込まれている」
 真輝は二人の言葉をしっかり耳にしながらも、言葉は一つも返さなかった。
「全てをこれに封じ込めた。けれど、この羽根には意志があり、主人であるあの男のもとに戻ることを望んでいる」
『それが戻ってしもうたら、封じられている全てが開放されて、殺戮者に戻ってしまう』
「だからその前に狩る。必ず彼は人の害になる」
 堕天した天使。
 強い憎悪だけを抱えて、人を殺すことでその憎悪を晴らして生きていくしかなかった。
「なるほど……ね」
 首を軽くうなずかせながら、口元に手を持っていき、くわえていたタバコを離す。
「しかし――まぁ、俺に言わせりゃその鎌の方が余程禍々しく見えるんだけど、今の話が真実だってのは誰が証明できるわけ?」
 指差された先の、大鎌。
 少女と共に声をかけてきていた――親父臭い関西弁――のはたぶん、あの鎌なのではないか。
「この羽根に封じられた力が、証明している」
 少女の真っ白な腕に見える、漆黒の羽根。そこから放たれる黒き光。
「だったら……未来をなぜ断言できる?」
 放たれた負の感情の、塊のような光に反応してか、それとも――自分の意志でなのか。
 夜風に吹かれていた髪が膝丈にのび、背に自己主張を始めた半透明の四枚の羽根。
「ファーが殺戮者に戻ってしまうと、決まったわけじゃない」
『しかしこの力の誘惑に、勝てるものなんておらんはずや』
「だったら、今の話からいくと俺も堕天使なのかね? 通常上級天使は地上には降りられないらしいからな。それがなぜか俺はここにいる」
 少女がしっかりと鎌を握りなおす仕草を確認できた。
「ある日突然翼が生えてな。俺も人に害をなす存在か? 俺だって自分の現状は理解できてない。だからな……」
 真輝がいっきに二人の距離を詰め、下手をすれば少女からの鎌が一振りで届いてしまう範囲まで入ってきた。
 近くで見た漆黒の羽根は、確かに――世の憎悪を一身に背負っているような……抑えきれない力を煌々とさせていた。
「突然わけもわからず、あんたらに追い回されるファーの気持ちは少し分かる」

 ファーはたぶん、未来に悩んでいるのだろう。
 真実を知ったらもっと、悩むに決まっている。
 人に迷惑をかけて生きていくぐらいなら。
 いつか、人の害となるのなら――

 死んだほうがいい。自分がいないほうがいい。

 そんな優しい考えを持っている存在だというのに――未来を決められるなんて、おかしい。
 未来なんて、自分自身で掴み、そして切り開いていくものだ。
 だから――まだ。

「未来は……まだ決まってない」
「そうまで言うのなら、未来を決めましょう」
 表情をぴくりとも動かさないポーカーフェイスぶりは、見事としか言いようがない。
 冷たさしか感じさせない彼女の視線が、真輝とぶつかったとき、少女は一つの提案を切り出した。
「この羽根を、彼自信が拒むのなら、未来は彼が決める」
「……拒まなかったら?」
「――未来は決定される。その死を持って」
「なるほどね……じゃ、俺が届けるから、貸してくれるか?」
 少女の手のひらから羽根を簡単に受け取り、握った翼から感じる憎悪に感覚を少々ゆがませながらも、体内の神聖さがそのゆがみを許さない。
 これはすごい……確かに、強い力に引き込まれそうになる。
 これをファーに渡したら、彼はどちらを選ぶのだろうか。

 甘美なる、絶大な力からの誘惑。けれどその先に待っている死。

 身をゆだねてしまえば楽な、誘惑への拒絶。その先に待っている――自身の未来。

 話をしたり、見守ったりすることしかできないが、多分ファーなら……
「後者を、選んでくれるだろう」
 そんな期待を胸に、真輝は紅茶館「浅葱」へと、足を急がせたのだった。


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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・真輝‖整理番号:2227 │ 性別:男性 │ 年齢:24歳 │ 職業:神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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「漆黒の翼で」シリーズ第二話の発注、ありがとうございました!
ライターのあすなと申します。真輝さんに再びお会いできて光栄ですv

展開部ということもあり、少々急ぎ足で詰め込み気味は話の内容となってしまい
ましたが…。真輝さんのかっこよい部分を全面に出したくて、仕草や表情、台詞
などに特に気をつけました。そして、プレイングでいただいた台詞をちりばめさ
せ、うまく話を流せていたら大成功かなぁと思います。

最後まで、お付き合いいただけると、大変光栄です。
最終話の発注、心よりお待ちしております。どうぞ、よろしくお願いいたします。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。


                           あすな 拝