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【 漆黒の翼で - 序曲 - 】
ぞっとした空気を感じ取ったときにはすでに遅かった。何かにぶつかった感覚が身体中を駆け巡る。その何かが――尋常ではなかった。
「……あなた……わたしの姿が見えるのですね」
この世のものとは思えない身体の冷たさ。死人――いや、そんなはずはない。
しかし、表情を一つも変えずに告げられた言葉には、通常のものの目では見ることができないという風に受け取ることができる。
だとしたら、自分がぶつかったこの人物は一体なんだ?
人間なのか。
それとも――
「あ、ああ……見えるが……」
追われていることも忘れ、ファーはじっと、目の前の存在を凝視した。
自分と良く似ている。
漆黒の髪に真紅の瞳。そして何より、髪と変わらぬ色をした対の翼。自分は片翼しか持たないが、もし対として翼を持っていたのなら、彼女のようになるのだろう。
かもし出されている雰囲気は冷たいもの。自分を追ってきている少女と、どこかにている。
もしかしたら――仲間か。
そんな仮定が生まれるが、もし仲間だとしたら、目の前の彼女はすぐにでも襲ってきているはず。こんなにものんびりと、ファーの背中から生えている片翼を見つめる仕草など、決して見せることは無いのだろう。
「……あなたも、死神?」
「――自分では、少しおかしな人間だと、思いたいところだが」
「それは無理ですね……。背中の翼は、人間には生えぬもの」
そんなこと、自分が一番よくわかっている。
このまま大通りにいては通行の邪魔になってしまうと思ったファーは、警戒を緩めることなく、今まで歩いてきた小路に身体を押し込んだ。
よく見ると彼女は大きな鎌を手に持っている。やはり追ってきている少女の仲間だろうか。少女も同じく鎌を持っていた。
「……あんたは、死神なのか?」
「禁忌を犯してこの通り、封じられてはいますが」
じゃら。
鎌を持っていない、空いている手を動かすと重々しい音が響く。
しっかりと枷をはめられた首、両手首、そして両足首。罪人を思わせる鎖が、彼女を封じていると言うのだろうか。
「……警戒しなくても……大丈夫です」
「他の人間には姿が見えずに、重苦しい鎖に鎌持って、翼が生えてるものを警戒するなと言うほうがおかしいと思うが……」
そこまで言ってからファーは、
「俺も、そうだが……」
思い出すように付け加えた。自分も片翼生えている。
「死の影が近づいています……」
「死の、影?」
首をかしげるファーをよそに、言葉を続ける彼女。
「しかし、その死の影は――死を確定していない」
「……どういうことだ?」
彼女は先ほどよりも、いっそうじっとファーを見つめ、何かを感じ取っている様子だった。
死の影が近づいている。
その死は確定されたものではない。
彼女の言葉が意味するものが一体なんなのか。ファーには理解ができなかった。
「わたしはメルディナ。……あなたが立たされている危機の理由は、一体なんですか……?」
「っ!」
ファーは一言も彼女――メルディナに、自分が追われているとは言っていない。確かに急いではいたし、そのせいで彼女とぶつかってしまったが、まさか自分が危険な状態であることを気づくとは。
驚愕の動揺を隠せないながらも、ファーは自分をしっかりと保ち、彼女に言葉を投げかける。
「追われている」
「……なぜ?」
「自分でもよくわかっていない。どうも、俺が――」
刹那。
「人間の害になります」
冷たい声がこだました。大きな声を上げたわけではない。しかし、しっかりと、怖いぐらい耳に残る――少女の声音。
「ちっ!」
「……あれは……?」
「あれが、俺を追ってきている奴だ」
頭上から間合いを確実に詰めてくる少女から逃げるように、ファーは駆け出した。大通りではなく、もと来た道――小路のほうへと。
自分としては小路ではなく、大通りに出て人にまぎれてしまえばと思ったのだが、それを許さなかったのは駆け出したファーの背中を押した、メルディナの存在。
「……そっちへ」
「もと来た道を戻れというのか?」
「人気の無いところへ行きましょう……匿うことはできませんが……」
彼女の意としていることは、ファーには理解できなかった。
「人の害となる存在、なのですか? あなたは」
「そんなつもりはないが」
「……死の影は、彼女に追われていることだったのですね……」
ファーが追っ手を撒こうと必死に駆け抜けるが、一向に彼女との距離が遠くならない。
このままでは、いつか追いつかれてしまうのではないか。
そんな心境が胸を支配する中、冷静に状況を判断し、足の方向を決める本能に感服する。
息一つ乱す様子なく、ついてくるメルディナも大したものだ。さすが、死神と自分を称するだけはある。
「お前、本物の死神……みたいだな」
「……信じられませんか?」
「いや、今信じた」
「そうですか」
ファーは自分を納得させるように、横を走る彼女を死神だと認識する。死神に助けられるなんて、たしかに、自分は人間に害を与えるのかもしれない。
苦笑を胸裏で一つ。
背後から迫ってくる殺気にもなれ、完全にあたりに人気を感じなくなったそのとき。
メルディナは足を止め、それにあわせるようにファーも足を止めると振り返った。少女も二人が止まったことを見て、距離を置くように動きを止める。
「なぜ、その男に力を貸すのです……」
静かに淡々と告げられた言葉に、温度は感じられない。
「……あまり浮世に干渉するつもりはありませんが……死が確定していない魂が狩られることを、捨て置くことは出来ない性分なもので……」
そんな少女へと返した言葉は冷静そのもの。二人とも表情にも声音にも心を感じることはできない。
一瞬の静寂を感じたかと思った刹那。
二人が動いた。ファーはその一瞬を目でしっかりと追う。
自分も何か加勢しなければいけない。そう思う気持ちはいっぱいあるのだが、うまく身体動いてはくれず、結果、見守るという形になってしまった。
「まだ生きていてよいもの。死の影は、死の確定では無い」
「あの男は人の害となる存在。害となる前に、狩らなければいけない。どんなに確定されていない死であっても」
少女が鎌と共に踊る。メルディナは軽く受け流す。しなやかでスピード感あふれる動きの中に見える力強さ。
鎌を振り下ろす少女の数歩先を行く、メルディナの行動は、まさに未来でも見えているかのように性格に、少女の攻撃をことごとく受け流した。
少女は動揺を一つも表面には見せないが、動きを一瞬止めたことで――
「……先読み、している?」
「そう、わかっていながら、動きを止めたあなたの負け」
メルディナの大きな鎌がしっかりと少女の腕を捕らえた。思わず、少女がその手の中から鎌を落とす。
滴る血を抑えながら、少女は静かな眼差しでじっとメルディナを見つめるが、何も言葉は紡がない。
続いてファーとも目を合わせる。
「……どんな邪魔が入ろうと、危険であることには変わり無い。ダークハンターは人の害になるものを狩る……」
ダークハンター。
少女は自身をそう称した。
「なぜ俺が、人の害に――」
問いかけをしようとしたそのときはすでに、彼女の姿は見当たらなかった。また、どこからか自分を監視し、命を狙ってくるのだろう。
空を見上げ、少女の影を探そうとしたファーに、メルディナが一言。
「……数日は時間が稼げるでしょう……」
そう告げると、彼女もまた、歩き始め、
「……助けたいと願っても、匿うことはできません。せめて、これくらいは……」
礼の一つも言わせてくれぬ間に、メルディナは立ち去ってしまった。
「……ただ死に逝く運命にあるものなど、放っておけばいいものを……」
死が確定されていない。
ただそれだけの理由で、力を貸してくれたメルディナ。
彼女の心が一体何を考え、なぜ、このようなことをしたのか。
ファーには理解ができなかった。
できなかったが――
「助かった……」
その背に一言、聞こえぬ礼を投げかけた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖死神・メルディナ‖整理番号:3020 │ 性別:女性 │ 年齢:999歳 │ 職業:禁忌を犯しし死神
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、死神・メルディナさん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。
メルディナさんは、無口ということもあり、なかなか会話が弾まない二人でした
が(苦笑)おせっかいであるという少しお茶目で、かわいらしい点をうまく表現
できていれば嬉しく思います。プレイングでいただいた台詞を使用させていただ
きながら、話を展開させることができたかと思います。
楽しんでいただけたら、大変光栄です。
また、第二話目への参加、心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。
あすな 拝
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