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<東京怪談・PCゲームノベル>


スキンケア特別講習in宮内庁・地下300メートル

「いないの? ……ったく」
 百合枝はかるく舌打ちをすると、手荷物に目を落とした。
 ほんのりとまだ温かいショコラケーキだ。我ながらよくできたと思う。そこで、“抜き打ち”で妹の部屋に来てやったのだ。
 しかし、チャイムを何度鳴らしても、妹の返事はなく、念のために携帯電話にかけてみたが、これも電波の届かない地域にあるか電源が入っていない模様であった。
 やむをえず、残念さを全身ににじませて、きびすを返す。
 こうして、いったい何度目を迎えたのかわからない“抜き打ち”は、不発に終わった。
 しかし――。
 百合枝は気づくことはなかったが、そのとき、ドア一枚をへだてた部屋の中では、彼女の妹が、黒スーツの男と一緒に、じっと息を殺していたのである。そしてその腕の中では、緑の髪の少年が、口をおおわれて、声が出せないようにされ、じたばたともがいていた。スーツの男が鋭敏に、百合枝の訪問を察知しなければ、かれらは姉を受け入れざるを得なかっただろう……。



「こんにちは」
 声を掛けられて、書類から目を上げる。黒眼鏡の上の眉が、片方だけ、ぴん、と跳ねた。
「これはこれは、藤井さん。いらっしゃい」
 そう言った言葉が、どこかしら、微妙によそよそしい感じがしたのは気のせいか。
「その後どう? いろいろ世話になっちゃったわね」
「いえいえ。『ギフト』事件ももうだいぶ片付いてきましたし――」
「それもそうだけど、こないだの高峰温泉……」
「藤井さんがいてくださったおかげで、『ギフト』事件も無事、解決できたようなもので」
「……もしかして、蓬莱館の一件はなかったことになってる?」
「……そんなことありませんよ」
「別に、のぞきの件は怒ってないわよ?」
「……あの……目がぜんぜん笑ってらっしゃらないんですけど」
 何も言わずに、百合枝はケーキの箱を、八島のデスクに置いた。
「お礼がわりに。ショコラケーキだけどよかったら」
「ああ、ありがとうございます。まあ、どうぞ、お坐り下さい」
「まあ、いろいろ事情もあったようだしね」
 ソファに腰を下ろして、脚を組む。
「まったく、教授のおかげでひどい目に遭いましたよ」
「そう……、その『教授』だけど」
 可笑しいことを思い出したように、百合枝はくすくすと含み笑いをもらした。
「不思議な人ね。神聖都学園の教授だっていうのはホントなの?」
「一応は」
「八島さんとは昔から知り合いだって言ってたけど」
「残念ながらそのとおりです」
「具体的にはどういう知り合いなの?」
「……聞かないで下さい」
 八島は言葉を濁した。
「ふうん……まあ、いいけど……」
「彼もあれでいろいろと後ろ暗いところのある人間ですしね。神聖都で教鞭をとる立場にあるというのも青少年の教育上どうかと思うのですが、在野で野放しになっているよりは、まだ象牙の塔で大人しくしてもらっているほうが世の中のためにはいいかもしれませんし。――」
 ふいに、八島が言葉を切った。
「青少年の教育が何だって?」
「教授!」
 百合枝が振り返ったところに、当人が立っていた。胸に咲いた紅い薔薇がまぶしい。
「こんにちは、百合枝さん。相変わらず知的でお美しい」
「ど、どうも……」
 河南創士郎は百合枝の隣に腰を下ろした。
 普通、そんな簡単に出てこないだろうと思う賛辞は、しかし、決して嘘いつわりでないことが、百合枝にはわかる。しかし、だからといって、言葉通りに受取っていいものかどうかは迷わしい。一切がポーズに過ぎないのだけど、そのポーズを彼自身が信じ切ってやっているような、奇妙な感じが、彼の言動にはつきまとっているのだ。
「今日の用向きは?」
「あれ。用がなきゃ来ちゃいけないの?」
「…………」
 白人めいたハンサムな顔立ちをうっすらと微笑で覆い、河南はソファでくつろいだ姿勢を取った。
「その後、お肌の調子はどうです? 『蓬莱館』の化粧品、使ってるんでしょう?」
「そう! それがね。確かに持って帰ったと思ったのに、家についたら消えちゃってたのよ……」
「おやおや」
「売店で買ったお土産はそんなことないんだけど」
「あそこも意地が悪いな。お代をいただかないものは、なにも持ち出せないとは。従属異界のくせに、『マヨイガ』を見習ってほしいものですね」
「従属――?」
「異界というのは、それ単体で存在できる独立異界と、ある世界に依存する形で存在するものがあります。『蓬莱』はわれわれの世界があってはじめて存在できるのですから、従属異界にあたります」
「へえ……。――それでね、ちょうどよかったわ」
 百合枝は鞄から、なにやら大小さまざまな容器を取り出し、応接スペースのテーブルに並べた。
「いろいろ試供品を集めてるんだけど、どれがいいかわからなくて。妹に聞こうかと思ったんだけど、なんかそれもしゃくだし、あいつ、自分だって大して化粧っけないくせに人のことはうるさいのよね……」
「んん、でも、失礼ですが、百合枝さんも淑女なお歳ですから、化粧品はよく選ばれたほうがいいと思います」
「やっぱり? ねえ、どれがいいと思う」
 にわかに――、
 『調伏二係』のオフィスの一画は、デパ地下の化粧品売り場もかくや、の様相を呈し始めていた。
「いいですか、若いうちは肌に力がありますから、わりとどの化粧品を選んでもそれなりに使えたりします。でも、20代のツケは30代に回ってきますからね。今、手を抜かないことが、30代の美しさを左右すると言っても過言ではないでしょう」
「なるほど」
「ああ、このソープ、『至高堂』の新製品ですね。今はどこのをお使いですか」
「え……。フツーの洗顔石鹸だけど……」
「石鹸!?」
「な、なんかシンプルでいい気がするのよ!」
 河南が批難するような眼差しをむけたので、百合枝は弁解するように言った。
「まあ、それが合ってるならいいですけど、これ試してごらんなさい。天然鉱石配合で、肌の電子バランスを整えてくれるそうです」
「電子……?」
「活性酸素対策になります。呼吸した酸素の2%が活性酸素になって、肌の細胞を破壊してるんですよ、知ってました? それと、紫外線で肌も痛みやすい季節ですから、美容クリームで肌の栄養補給を欠かさないほうがいいと思います。……『クダランス』のなんかどうです? 7万くらいしますけど」
「7万!? 冗談!」
「自分に対する投資を惜しんではダメです。株は下がってもまた上がりますが、人は老化していく一方なんですから」
「はあ……。でも……そうよね。そうかもしれない」
 やり手の美容部員さながらのトークに、洗脳じみた効果があらわれているようだった。
「お金か手間のどちらかはかけないとダメですね。せめて週末だけでも、スチームパックとか、なさったらどうです」
「なにそれ、どうやるの」
「いいですか、まず、クレンジングで洗顔しますよね……。そうだ――実際にやってみればいいんです。八島クン、洗面器あるかな?」
「宿直室のほうに、たしか」
 すっかり呆れたようになって、仕事に戻っていた八島が、気のない様子で返事をした。
「キミも一緒にどう?」
「何をです」
「八島クン、オイリー肌だから、これからの季節は皮脂コントロールやらなきゃだめだよ。それにその剃刀負け……、ちゃんとアフターシェーブローション使ってる?」
「私のことはどうでもいいでしょうが! なんで私の肌質のこととか把握してるんです!? それに髭剃りあとがひりひりしたら軟膏つけるからいいんです」
「軟膏!! 軟膏って何だい、それ!?」
 河南は、大袈裟に天を仰いだ。
「ダメだ。やっぱり、キミもこっちに来なさい。さ、百合枝さんも」
「あ、ちょっと、教授!?」
 河南は八島の首ねっこを掴んでひきずっていった。
 そして――

「八島さん! 係長!?」
 職員のひとりが、どたばたと、廊下を走ってきた。
「たった今の通報で、江戸川区のほうで大規模な……地縛霊の……暴走が…………」
 宿直室、と書かれた部屋のドアを開けた職員が見たものは、目と口と、鼻の穴だけ残して、パックで顔面を覆った3人の男女の姿だった。正確にいうと、八島はそれでもなお、サングラスはかけていた。――それは、かなり妙な光景であった……。



「はい、『二係』。……ああ、藤井さん。ええ、お姉さんですね。いらしてましたが、もう出られましたよ。教授とデパートに……あ、いえ。よく、ここだとわかりましたね。おみやげ? ええ、ケーキを持ってきてくださって。ちょうど、これからいただくところで――(ぱくり)」



「こちらのお色は新色でございますよ」
「だって。どうかしら」
「こっちのほうがいいんじゃないですか」
「あら。いいわね。でもちょっと派手じゃないかな」
「派手くらいがちょうどいいんです! さあ、塗ってみて」
「あ、お客様、それは私どもが――」
「えー、やっぱり、濃いわよ」
「今のファンデと合ってないからですよ。これはどうです」
「そうねえ……」
「お、お客様――」


the End...?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1873/藤井・百合枝/女/25歳/派遣社員】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
NPC登場シチュノベ・ゲームノベル(?)、ご依頼、ありがとうございました!

ちょっと妙〜なテイストのノベルになってしまいました。
ヤマなし、オチなし……、世間話ノベル(笑)? 新境地かも(笑)。