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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


アスラの黒い罠


 社長室を出てからの忍の足どりはいつも軽い。ここまで来て言われることといえば、おおよそ戦うことに限定されるからだ。行く時はそれほど期待を持たずに歩くが、帰る時はいつも満足げな表情をして歩く。無論、今もそうだ。途中で他のメンバーと別れ、忍はひとりでその廊下を歩く。自然と足が早くなる……あの変身形態へと変わる時間がいつも惜しい。なんとかしてその時間を縮めたい。その気持ちが忍の背中を押す。今回の戦いは激しさを増すだろう……そんな予感がしていた。
 彼に与えられた任務、それは適当に暴れて来いというシンプルなものだった。簡単すぎてインターホンで伝えてもなんら支障のない話だったが、その命令に至るまでの経緯は相当なものだった。忍でさえ、そのあまりにも緻密で壮大な作戦を聞いて社長の思惑を推測してしまうほどである。その計画の一角を担うために彼は強化服を着て適当に暴れ、そしてやってくる敵を叩きのめす必要がある……その言葉が何度も耳の中で木霊した。
 久々にやってきた戦いの時間を誰にも邪魔させまいと誓った彼はある注文をつけた。それに社長はいとも簡単に頷く。忍は一応「知らねぇぜ」と冷やかし気味に忠告するが、その場にいた皆がそれを笑うだけだった。

 道の先にある地下への直通エレベーターに乗り込むと、中に設置されたスピーカーから声が響く。いつも装着に携わる係員の慌しい声が聞こえてくる。忍が到着する頃にはその準備は終わっているだろう。それはいつものことだ。だが今日は忍の方からある注文をつけた。近くにあるマイクが彼の声を拾って装着準備室に転送する。
 「おい、その辺にある警察署の配置図を用意しておいてくれ。」
 「は、はい……け、警察署ですね。高千穂さん、またアスラで無茶するんじゃ……」
 「お前らが心配するな。証拠が残らないように全部消しておく。ちょっと遊んでくるだけだ。」
 恐ろしい計画を現実のものとするために、忍はエレベーターが止まるのを心待ちにしていた。


 警視庁にけたたましいサイレンが鳴り響く。しかし、その音はある一角にしか流れなかった。それは警視庁超常現象対策班が使用する部屋にだけ流れる緊急通報なのだ。中にいた所員たちはすぐに持ち場につき、その内容を確かめようとキーボードを巧みに操作する。すると、目を疑うような文字が画面を彩った。思わず絶句する通信員。
 「葉月くん、出動準備……」
 自分の机で書類に目を通していた葉月は手にそれを持ったまま立ち上がり、通信員の彼女の近くまで歩み寄った。サイレンの音で自分の出動を覚悟していた葉月だが、その一方で具体的な内容を報告しない彼女に疑問を感じていた。だが彼女の側に行ってはじめてその理由がわかった。彼女は言わなかったのではない……言えなかったのだ。コードネーム『アスラ』が付近の警察署を手当たり次第に襲っているという内容は、そう簡単に大声で言えるようなものではない。葉月も言葉を失った。
 「またあいつか……目的はわかってる。この僕と戦うことなんだ。だからってこんな無法ばかりして……くそっ!」
 「葉月くん、今度からあの白銀の悪魔のサーチデータも用意できたから安心してね。もし追撃される時は通信機でちゃんと連絡するから。」
 「ありがとうございます、それじゃFZ-00の装着に行きます!」
 万全のバックアップ体制を聞いた葉月は安心して廊下へと駆け出す。その時、目の前にいつもの研究員が細い手で彼のがっしりした肩をつかむ。
 「今回は前みたいな状況とは違う。こちらも万全を期した。FZ-00専用バイク『トップストライダー』の後ろに荷電光子霊波ライフルを積んだし、今までの各種装備もそのまま搭載した。滅多なことはないと思うけど、十分に気をつけて!」
 「はい、わかりました!」
 葉月が元気な声で返事するのを聞いて、研究員は静かにその背中を叩いて送り出した。その顔は満足げだった。走り去っていく葉月を見送る彼に向かって通信員の娘が話しかける。
 「フル装備の指示を出して、もうご満悦ですか?」
 「冗談言わないの。まだ始まったばかりじゃないか。葉月くんが帰ってくるまでが出動なんだから、不謹慎なこと言わないの。」
 「そうですね、すみません。けど、なぜ警察署を狙って……?」
 「弱いものいじめするのがよっぽど好きなんだな、ホントに腹立たしいよ。いったいどこの誰がこんなことをするのかな。」
 アスラの不可解な行動を考え出すと、ふたりも頭を抱えるばかりだ。いったい何の目的で毎回事件を起こすのか……そればかりが脳裏をよぎる。だが今回に限って、彼らの頭の上を飛び越えるような計画が実行されているとは誰も考えなかっただろう。もちろん廊下を走っている葉月にもそれを知る術はない。乾いた靴音が地下へと降りていく。


 FZ-00に身を包み、戦士となった葉月は襲撃を受けたという警察署に急行する。遠くから見てもその建物とおぼしき場所から黒い煙が狼煙のように立ち昇っている。行く手には交通整理する警官が複数おり、高速で飛ばすトップストライダーのために道を開けて敬礼で見送る。それを左手でサインして返す葉月。事件現場まであと少しというところでは車も歩行者も誰ひとりいない寂しい風景が広がった。
 葉月は襲われた警察署を正面からチェックする。建物は黒い煙を吐きはするものの、サーモセンサーから目立った反応が見られない。本来なら近くまで消防車や救急車がやってくるべきなのだろうが、今の状況を考えればそれは不可能だ。そんなことをすれば片っ端からアスラの餌食になってしまう。通信員がすでにこの管区に警告を出しているのだろう。ここには人っ子ひとりいない。葉月はその通信員から少し離れた場所にバイクを止めるように指示された。爆発によって窓ガラスが飛んだりすると集中が途切れたりするかもしれないといった配慮から生まれたものだった。だが彼はその言葉を振り切って、破壊された入り口に向かってバイクを走らせる!
 『葉月くん、どうしたの! これは命令よ!』
 「あいつが外に出てくるのはすべての警官を叩きのめしてからだ。それを黙って見ているわけにはいかない! 突入する!!」
 そう言いながらバイクをウイリーさせる葉月は敵であるアスラの性格を読み切っている自分を笑った。自分でも驚くほど適確な読みをしたと思いながら、バイクで突入する!

  ガシャーーーーーン!!

 舞い散るガラス片があたりを彩る……そして指示とは違う入り口にバイクを止めて敵を待つ葉月。この音はすでに奴の耳にも届いているはずだ。葉月はトップストライダーに搭載されている高周波単結晶ソードを手に取った。それを構えようとした葉月の耳に足音が響く。埃が舞う警察署内部からやってくるのは緑の戦鬼・アスラだった!
 「来たな、はづ……と。なんだ、ダンタリアンじゃないのか。」
 アスラが口にした名前はふたりが共通して認識しているものではない。葉月は彼の発音に近い名称の物体を知っており、それが何を意味するかはある程度わかっていた。そう、それは不思議な強化服『ダルタニアン』を意味している。褐色の強化服はここではない『ある機関』でその構造と使用方法を解析している最中だ。彼はあえてそのことに口出しをせず、相手の出方を待つ。反応の薄い葉月を驚かすように、アスラは恐ろしいことを口にした。
 「そうか。すると奴らが向かった方が本命か……」
 「なっ、なんだと! まさかこの攻撃は囮だったのか……!」
 「その声は葉月だな、そうだろ。まぁいい、いつものように俺を楽しませてもらおうじゃないか……」
 同時攻撃……悪魔の知恵にはまってしまった葉月は激しく後悔する。しかし事件が起きてしまったものは仕方がない。葉月は剣を構え、その場に立った。相手も銃を二丁手に持って楽しそうに振り回している。いつもと同じ戦いが始まろうとしている。
 葉月にとって、FZ-00での実戦はこれが初めてだ。性能テストは順調だったが、このボディに衝撃が走ったらどうなるかまではわからないがやるしかない。それが苦難の道であろうとも……葉月の覚悟は決まった。その時、号砲のようにアスラの銃があらぬ方向に打ち鳴らされる! そう、それはトップストライダーに向かってのものだった!

  チュイーーーン! チュチュイイーーーーン!!

 「バイクまでパワーアップか……いいもん持ってるじゃないか。」
 「お前……僕と戦うためにこんな酷いことを。許せない!」
 「お前と戦えるなら、神にだって背くぜ。そりゃああぁぁっ!!」
 今度こそFZ-00に向かって銃口を向け、さらに銃弾を発射するアスラ。対するFZ-00は剣をコンパクトに振ることで迫り来る凶弾を叩き落し、そのままアスラの胸元へ潜りこむ。そして下から上へと剣を振り上げた! 反射的にバックステップするアスラだが、FZ-01の頃の太刀筋を意識してしまったため、一瞬反応が遅れてしまい大きな火花が煙の中で咲き乱れる!

  ギィィィーーーーーン!

 「うおあぁぁぁ、しまった……俺としたことが!」
 口では自分のミスを語っているが、事実は違っていた。これはすべてアスラのミスだ。銃弾を叩き落とすまでの力を発揮できるようになったFZ-00、走力や瞬発力の面で大きな進化を遂げたFZ-00。目の前にいるのは葉月でありながら葉月でない。新しく生まれ変わり、さらにパワーアップした戦士であることを彼自身が感じていた。アスラはいつものように人差し指で銃を回すポーズを見せるが、その体勢は隙がない。その姿こそはアスラの焦りとも言える。そう、彼は自分の強化服との力の差を思い知ったのだろう。だから自分でも驚くほど真剣な姿を敵に見せているのだ。
 一方、葉月はFZ-00で自分の力を十二分に発揮できることをこの一撃で知った。そして、そのまま剣を振るいながら奥へ奥へと追い詰めていく。アスラはそれを読んでいたかのように今度は大きく後ろにジャンプし、身をよじりながらも二丁の銃でFZ-00を狙う。その弾は自分の破壊から生み出された地面の起伏を利用した跳弾も含まれており、すべてを避けるのは困難だった。上下左右から襲いかかる銃撃にただ立ち尽くす葉月……次の瞬間、一歩だけ下がって剣を自らの目の前で構えたままじっとしていた。銃弾のほとんどはボディに命中すると思われた。だが、弾のほとんどは地面や天井にめり込み、唯一FZ-00を適確に狙ったものも剣身に弾かれてどこかに飛んでいった。ことごとく攻撃を避けられ、アスラは驚きの声を出す。
 「バカな……一発も、一発も当たらないとは!」
 「もうお前に好き勝手はさせない。確保だ、アスラ!」
 力の差を想像ではなく現実にさせられたアスラは銃を構えたままじっとしていた。グラスホッパーの力を合わせても太刀打ちすらできないパワーとスピード。ここでFZ-00を止めるのは文字通り『命がけ』となるだろう。性能の差を思い知らされて考え事をしているのか、それとも何も考えられないのか……そんなアスラの目の前に苛電光子霊波ライフルを構えたFZ-00が立ち塞がる! その銃口からは青白い光がこめられ、今まさに発射されようとしていた!
 「はっ、しまっ……」
 「食らえーーーっ!!」
 周囲の煙や埃を消し去るほどの風圧と威力を秘めた一撃がアスラに襲いかかる! 細い廊下であることが災いし、アスラは逃げることができない。ただむやみに銃をエネルギーに撃ち込むが、そんな小さな弾では止められない……そしてついにアスラの装甲に恐ろしいほどの衝撃が貫く!

 「うごおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ! ぐあああああぁっぁぁぁぁーーーーっ!!」

 アスラの断末魔の叫びが響く……すさまじいエネルギーが彼を襲い、そしてゆっくりと消えていった。その光に照らされたFZ-00は装備していたライフルを外した。センサーにも緑色の文字で『命中』の文字が踊る。それだけで十分だった。勝負は決した、葉月はそう判断したのだろう。それにしても恐るべきはこの強化服の力だった。あのアスラを圧倒的な力でねじ伏せるほどの威力を秘めていたとは……彼は素直にそれを喜べなかった。この強大な力に飲みこまれないようにしなくてはと謙虚な姿勢を貫く。FZ-00は前の自分なら装着すら認めてもらえなかったパワーの持ち主なのだから。この強化服を使うことはあっても使われることはあるまいと誓う戦士がそこにいた。
 すべての輝きが消える頃、FZ-00はライフルを元の場所に収めて歩き出した。目の前には装甲が剥がれ落ち、ボロボロになっているアスラがそこにいる。おそらく彼は立っているのがやっとなのだろう。その身は大きく震え、両手もだらしなく垂れていた。自慢の拳銃は消え去り、もはや戦えないことは誰の目にも明らかだった。あのダメージを受けた後で誰も動けやしない……葉月はそう信じていた。だからこそ彼は『アスラ確保』のために前へ進んでいる。そして手を伸ばせば届くあたりまで近づいたその時、アスラの首が上を向いた。
 「た、大した性能……じゃねぇか。だが残念だったな、失うものが大きいのはお前たちの方だ。今頃は奴らがダンタリアンを奪回してる頃だぜ……」
 「し、しまった。そのことをすっかり……!」
 「じゃ、じゃあな。この借りは……必ず返すぜ。とぉりゃあぁぁ!!」
 アスラに指摘されて事の重大さを思い出した葉月。その事実をうまく利用したアスラは機能の死んでいない装甲から小型ミサイルを天井に向けて発射する! 天井はさっきの一撃でもろくなっており、ミサイルが天井までの通路を作り上げるのは容易なことだった。そこを大きくジャンプしてFZ-00の目の前から逃げ去るアスラ!
 「とぉわああっ!」
 「待て、アスラ……」

 『ダンタリアンを奪回してる頃だぜ……』

 「はっ、そうだった。」
 葉月はそれを追おうをしたが、またあの言葉を思い出して自重した。そして急いでトップストライダーの元へ駆け出す。その間、彼は通信を行った。
 「FZ-00装着員・葉月、敵の情報確認のため科学警察研究所に向かいます!」
 『了解、ちゃんと本部長からの許可も出てるわ。今、別チームがそっちの情報確認をしてるところだから待って!』
 トップストライダーのエンジンをかけ、アクセル全開で警察署から出ていくFZ-00。彼の向かう場所は科学警察研究所だ。あそこにあるのはダルタニアンだけではない。信頼すべき仲間がいる。大事に至らなければいいが……そんな心配とともにサイレンを鳴らしながら道路を走る葉月だった。戦いは、続く……