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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ずっとあなたの側に


 ――プロローグ


 まず首を絞めた。
 白い首を絞めた。ぎゅう、ぎゅうと力を込める。なにが起こっているのかわからなかった。
 ただおれはこの首を絞めなければならない。この真っ白い顔をした若い女を絞め殺さねばならない。くそうと、口の中で呟いたが誰も聞いていない。もしかしたら、誰か聞いているのではないか。
 もしかしたら? 辺りを見回す。あり得ない、ここはおれの家のベランダではないか。女はもう息絶えている。ああ、また死体になった。死体は隠して捨てなければならない。なぜ、人は死ぬと死体になどなるのだろう。こんなに邪魔なモノになるのか。

 そしてまた今日、死体が一体。妙子の死体が一体ある。この妙子の死体をおれは風呂場へ持ち込んで、手足をもいで首を落とし胴体を切り刻んだ。これでもう二度と死体になどなれないだろう。どうして、切り刻まれたものがまた元の人間の形に戻れるというのだ。
 おれは、はははと笑った。おかしくなり、大きな声で笑った。笑いは風呂場のすみずみまでいき渡り、おれは自分の哄笑に酔いながら妙子の部品をゴミ袋へ捨てた。そしてゴミ収集車へ出してやった。ははは、ああおかしい。死体はもう戻ってこない。

 そうしてまた今日、妙子の死体が一体ある。それも、おれの切り刻んでやった全ての物を繋ぎ合わせた状態できれいな死体が転がっている。おれは、死体を見て今度こそこの死体をなくならせなければと強く決意した。
 おれは妙子の死体を風呂場でまた切り刻み、頭は大鍋を買ってきて中へ沈め他の部分は鉄板へ載せてじゅうじゅう焼いた。草が焼けるような匂いがした。肉は驚くほど早くに焼け、おれはそれを食らった。
 おれは妙子を食らった。
 肉も目も髪の毛も、骨までもおれは食らった。食っているうちに、突き上げてくるような嘔吐感に襲われたがおれは食べた。食らってしまえば、食らってしまえば妙子はもうどこにもいなくなるのだ。もう妙子はおれの元へなど戻ってこれないのだ。妙子はこれで死ぬのだ。死んでしまえ、おれの糞になってしまえ。

 また今日、妙子の死体があった。
 途方に暮れたおれは、もう見なかったフリをして死体の横でコーヒーを飲み始めた。妙子は笑いながらおれを眺めている。おれのコーヒーを持つ手が震えている。妙子が戻ってくる、妙子が帰ってくる。妙子が、また殺されるためにくる。
 これはまさに、怪奇現象だ。
 『怪奇探偵またお手柄』
 おれの目に怪奇と共に飛び込んできた男は、若作りの眼鏡をかけた男だった。草間武彦……怪奇探偵だ。
 おれは妙子を横目で見た。妙子は、ニタリと口許を笑わせたように見えた。
 
 
 ――エピソード
 
 怪奇探偵事務所は、大盛況だった。
 もっとも、ほとんどが雨宿りで訪れたのだけれど。
 そういうわけで、草間探偵はイライラしていた。草間という男は人口密度が高くなると、不快感を現すのだ。現したところで、なにかあるわけではない。
 零とシュライン・エマが談笑しながらお茶を淹れてくる。
 探偵事務所はやわらかい紅茶の香りで満たされる。そこにいる草間を除外した三人の男が、お茶を盆に載せたシュラインを見た。
「お手数お掛けします」
 と桐崎・明日がシュラインを労う。草間に対しては、どちらかいうとそっけない男だが、シュラインに対しては明日はとても好意的だ。シュラインに限らず、女性には紳士的なのだろうか。
 明日は薄暗い蛍光灯の光を銀色の瞳に反射させて、儀礼的に笑んだ。
「わーい、紅茶? なにアッサム?」
「アールグレイよ。嫌いな人がいないといいけど」
 明日の隣にちょこんと納まっていた瀬川・蓮が満面の笑顔で、手を叩く。シュラインが小さな子供に向けるような優しいまなざしで蓮へ微笑んだ。
 蓮は金色の髪をした黒い瞳の少年だった。もう、十二にはなっただろうか。草間は子供が苦手だったので、例外はなく蓮も苦手だった。特に理由があるわけではない。ある種のワガママが、少し手に余るという感じだ。
 明日と蓮はまだ少年と言える年齢の並びだった。その前の席に、白衣をまといバンダナで頭を覆ったリオン・ベルティーニが座っている。リオンは二十半ばに届く男だ。
 零がクッキーを持ってやってきたのに、ニコリと笑って迎えた。
「こんな日も仕事なんて難儀だねえ」
「そんなことないですよ」
 零が答える。リオンは「そうなんだ」と和やかに答えて安物のソファーで姿勢を正した。
 
 
 草間が思いつく。
 さっきの依頼人の元へ誰かを連れて行ったら、早急に事件は解決するかもしれない。むしろ、自分が動かずに解決、依頼料はイタダキという一石二鳥な考えだった。
「マンション最上階に立つ幽霊に興味がある人」
 シュラインは草間の言葉に苦笑した。草間の意図が伝わったのだろう。少し申し訳なさそうに全員を見渡す。


 蓮は皿のクッキーをパリンと齧った。
「おいしいねえ」
 草間の台詞は宙ぶらりんだった。零が嬉しそうに笑って、蓮へ説明する。
「駅前のデパートで見つけたんです。外国のおかしだから、ちょっと高いんですけど」
「うん、とってもおいしい」
 パクパクと一枚クッキーを平らげてしまい、蓮はクッキーを摘んでいた手を舐めた。
「いいよ、草間さん。手伝ってあげる」
 十以上離れた相手に言われ、草間は眉根を寄せた。
「クッキー代ぐらいはしなくちゃね。そのかわり零ちゃん、クッキーの名前教えてよ」
 零は白いリボンを揺らしてクスクス笑って
「危ないことなんてしなくったって、教えてあげますよ。メモに書いておきましょうか」
「うん、ありがとう」
 蓮につられてか、リオンがクッキーに手を伸ばした。口の中へ放り込みながら、リオンは草間越しの窓を見上げて言った。
「雨やんだなあ、じゃあ、俺はここらで行きますね」
 紅茶のカップを取って、液体に鼻を近づけて香りを嗅いだ後リオンはお茶をグビグビと飲み干した。それから立ち上がり、興信所に集まっている連中に片手をあげ、シュラインと零に向かって
「アールグレイよりレディグレイの方が好きなんですよ、俺」
 いらぬ催促をして外へ出て行った。


 雨も上がったことだし、リオンにはやることがあった。
 雨の日には仕事をやらないとか、そういうくだらない基準をリオンは持っていた。だから、雨が上がったから仕事をすることにしたのだ。
 大した仕事じゃない。簡単に言えば、掃除屋だ。リオンは薄ぼんやりとした不安を感じている。掃除屋なのだから、いつか自分の知人を掃除することになっても、そうするしかないのだろうなあという、切迫した不安だった。
 元々、火薬や薬物のニオイが好きなので、そういった輩と知り合いになることも多い。
 自分以外の掃除屋に知人が殺されるのは、嫌だと思う。ただ、自分が殺したいとももちろん思わない。人とはそういうものかなと、リオンは最近思っている。
 雨だったので、どこへ行く気もせずあの草間・武彦をからかうのがいい案だと思いついたのが朝ご飯をモゾモゾ食べているとき。からかいに行ったら千客万来で、相手をしてもらえなかったのが昼過ぎ。
 思い出すのはシュラインと零のことぐらい。シュラインはちょっときつめの美人で、零は国民的美少女といったところか。草間なんていう朴念仁が、どうして美女に囲まれているのかわからない。
 そんなことを言っても、草間は案外に好い男なのだとリオンは知っている。
 なので、それほど猛烈に羨ましいわけではない。
 美人のことを考えながら、国道をひた走る。自宅から一度横山の家には行ったことがあった。下見である。けれど、草間の事務所からでは道順が違う。東京の道路の作りは本当に無駄が多くて、閉口させられる。
 好んで買った中古のビートルは、案の定すぐに渋滞に捕まって、リオンは動けなくなった。
 まあいいか、急ぐ仕事じゃなし。もっとも、暗殺者であるリオンはやはり闇に紛れて仕事をするから、結局夜中まで時間を潰すしかないのだ。


 横山の家から五分ほど走った駅前の駐車場に車を停めて、一度マンションを見ておこうとマンションへ向かった。この辺りは、大きな邸宅が多い。横山のマンションの値段も、高いのかもしれない。
 リオンは国直属のスパイだった。だから、金に困ったことはない。今も、五つもある部屋を持て余しているところだ。
 横山は新しい覚醒剤を使用しているようだ。その覚醒剤が、キナ臭いらしい。どういうわけか知らないが、そういう理由でリオンは横山を殺すことになっている。たぶん、どこかの戦争狂の国の兵士が公用で使用しているとか、そういう理由だろう。絶対に洩れてはならないものだから、知っている者を殺せというのだ。
 どんな殺し方をしたって、警察はほとんど動かないだろうから構わない。
 今日もホルスターにはワルサーを持ってきている。サイレンサーもあるから、付近住民に知れることもないだろう。
 マンションを見上げる。ベージュのタイルの貼ってあるマンションだった。高層マンションというもので、三十階まである。その最上階に住んでいる横山は、相当金を持っているのだろう。
 金持ちと覚醒剤。切っても切れない関係かもしれない。
「リオン、なにやってんだ、こんなとこで」
 さっき聞いていたばかりの声がする。
 ギクリとして声の方を見ると、金髪で背の低い少年の瀬川・蓮と草間・武彦の二人だ。
 草間は訝しげにリオンを睨んでいる。
「ありゃ? そっちこそ」
 嫌われてるなあと思いながら、リオンはぽかんとしてみせた。蓮を見ると、黒い瞳をクルクルさせて大きな目を瞬きさせた。
 草間は言った。
「ここだ、ここ」
 どうやら蓮に言っているらしい。リオンはつられてマンションを見た。
「ふーん」
 蓮が鼻から感嘆詞を洩らす。
「なに、ここって。さっきの幽霊の話?」
 リオンがなんだか嫌な予感に襲われながら草間に訊いた。草間はあからさまに顔を歪めた。
「守秘義務」
「お堅いこと……ヨコヤマ?」
 突然問う。ニヘラと笑って頭の上で両手を組むと、草間は眼鏡がずれるほど慌てた様子でまくし立てた。
「なんでお前はそんなこと知ってるんだ? 俺んちに盗聴器でも仕掛けてるんじゃないだろうな」
 やっぱり。どうして、草間の依頼とリオンの依頼は重なるのだろう。なんだか暗い気分になって、思わず額に手を当てる。横山を殺してしまったら、また草間がうるさくまとわりついてきて、そしてまた草間に嫌われてしまうだろう。
 リオンとしては、草間という男が嫌いではないのだが。
「あんたの事務所の会話聞いたって面白いだけだろ。嫌な予感がしただけさ」
「予感?」
「俺も、ヨコヤマに用事があったからねえ」
 仕方がないか。暗殺者は孤独なものだ、とリオンはおとなしく諦めることにした。
 じっと大きな目で見ている蓮へ視線を移して訊いてみる。
「ご一緒してよろしい?」
「いいよ」
 草間達と行動を共にすることになった。
 
 
 横山のマンションは広々としていた。それなのに、裏手の自転車の駐車場から中へ簡単に入ることができる。オートロックとは名ばかりの場所だ。草間が横山のルームナンバーを押して横山に玄関口の自動ドアを開けてもらった。エレベーターに乗って、最上階まで上がる。
 横山の幽霊騒ぎ……これはきっと、例の覚醒剤の幻覚なのではないか。そうリオンが考えるのは当然だろう。
 横山は玄関から出て待っていた。髪は少し乱れているものの、どちらかと言えばいい男の部類に入るだろう。目の下に隈が刻まれている。相当幽霊いや幻覚に参っているようだ。
 草間は、蓮の小さな身体を肘でつついて訊いた。
「なにか感じないか、霊がいるとか」
「……うーん、特にはわかんないよ」
「全然わからん」
 リオンが蓮に続いて言うと、草間は「お前には訊いてない」とリオンの顔を見上げて言った。
 横山に導かれて、三畳ほどの簡素で近代的な玄関を抜け、大きなリビングダイニングに入った。そこからは、多くの建物を見渡せる。
 蓮がたっと駆けて行って、ベランダの窓へ近寄る。
「いい眺めだねえ」
 かわいらしい声で、ぴょんぴょん跳ねそうな様子だった。
 そこへ、横山が強張った声で言った。
「そこですよ」
 蓮が目を丸くして振り返る。
 草間はソファーに腰をかけて、「そこ」と言われた蓮のいるベランダの方を見ていた。
 リオンは廊下とリビングを分けているドアに片手を添えて、注意深く部屋を観察した。観葉植物、カウンターキッチン、ガラステーブル、深緑色のソファー。フローリングのつるつるした床。リビングについた二つのドア。一つはリオンのいるところ、もう一つはどこへ繋がっているのだろう。
 廊下を振り返る。四つドアがあった。
 草間の声がする。
「たしか、同じ時刻に幽霊は現れるんですよね」
「ええ、夜中の十二時に」
 少し動揺した声色で横山が答えた。
 しかし、本当に覚醒剤を打った際の妄想ならば、探偵など呼ぶだろうか。考えてみれば変な話だ。横山には、後ろ暗いところがある筈なのだ。それでも、例えば本当に幽霊が出るのらばどうだろう。
 本当に?
 リオンは素早く決断する。そうだろう。俄然、興味がわいてきた。
 リオンはリビングの端にあったテーブルタップをチラリと見た。テーブルタップの蓋が、少し開いている。誰かが、開けたのだ。
「その幽霊見ないと祓えないんじゃないかな」
 リオンはソファーの会話に口を出した。
「え、ここを祓えばいいんじゃないんですか」
「だって、幽霊と話し合って来ないでくれって交渉するわけでしょ。幽霊がいなくちゃ、話にならないじゃない」
 草間が近付いて行ったリオンの白衣を引っぱる。
 リオンは草間を見やって訊いた。
「違います?」
 草間は隣に座っている蓮を見た。蓮はミルクをたっぷり入れたコーヒーを美味しそうに飲みながら、小首をかしげて言った。
「幽霊って言うのはね、すごく強い想いの現われなんだよ。ちゃーんと話し合わないとダメだもの。だから、ボク達はその幽霊に会わないと「殺さないで」って言えないでしょ」
 横山は、蓮の言葉に黙り込んだ。
 草間の見ている前で、横山は思いつめた顔になり頭をガリガリとむしった。それから、思いついたように訊いた。
「死体を見つけると、罪になりますか」
 草間は「?」を浮かべながら答えた。
「発見者は、そりゃあ罪にはなりません」
 横山は、少し安堵の表情を浮かべた。
 

 時計はもうそろそろ十二時を差す頃合いだった。
 横山がトイレへ立ったので、リオンはテーブルタップを素早く解体して中に盗聴器を発見した。横山が盗聴されている? 情報が少なすぎて何を指しているのかわからない。
 テレビがついている。リオンは、十一時半から始まった夜の連続ドラマを観ている。
 ドサリ、とベランダで物音がした。それはかすかな音だったので、一瞬テレビの雑音に紛れて聞き逃すほどだった。横山がベランダを見たので、つられるようにしてベランダを見た。ベランダには、大きなものが落ちていた。
 横山が、腰を上げる。それから、キッチンまで勢いよく後退する。横山は錯乱した様子で、声を荒げた。
「し、死体。また、妙子の死体!」
 三人は立ち上がって、ベランダまで行った。リオンはベランダの窓を開けて、そっと落ちてきたものに触れてみた。カサカサしている。蓮がリオンの腕をぬうようにして、ベランダへ出た。リオンと同じように、落ちてきたものに触れる。
「嬉しいのに、悲しい……これは、二人の想いだなあ」
 よくわからない。
 蓮はリオンの顔の前で、人差し指を空へ向けて立ててみせた。
「上から落ちてきたよね」
 言われてようやく、現実に引き戻される。こんなものを見せられたから、昔話の中に入ったのではないかと錯覚してしまっていた。
 リオンと草間は目を合わせた。二人とも大きくうなずく。
 横山の悲痛な叫び声がする。
「た、妙子……」
 三人はバタバタとリビングを抜け広い玄関で靴を履いた。
 草間がぶつぶつ呟いた。
「上に、藁人形を落とした犯人が……」
「上杉妙子ってのは、誰だ」
 パタパタと足音がする。蓮が大人の早足に駆け足で追いかけてきているからだ。
「横山さんの婚約者が、六年前に行方不明になっている。これは当人が言っていた。その女性の名前が上杉妙子さんだ。妙子さんには捜索願が出ていて、出したのは兄の上杉京助さんだ。これは警察の名簿で確認した。横山さんと上杉京助は捜索活動をあれこれやっているが、見つからなかったようだ」
 リオンは説明を聞いても理解できず、草間に訊いた。
「なんで、藁人形が上杉妙子に見えてるんだ? 横山は」
「そんなこと俺にだってわからん」
 屋上へ上る非常階段の前で立ち止まる。蓮が、少し息を荒くしながら言った。
「『いつも一緒にいられて幸せです。殺しやがって許さない。あなたに幸せになって欲しいです。のうのうと暮らさせてやるものか。もう私達は離れません。妙子をかえせ。ずっとあなたの側に』」
「え?」
 リオンも草間も蓮を凝視した。
「たぶん、あの藁人形を作った人の念と妙子さんの念が混じっちゃったんじゃないかなあ。でも、妙子さんが殺されたのは間違いないだろうね」
 蓮が情報を公開したので、リオンも草間にポケットの中の物を渡した。
「……盗聴器?」
「横山の家にあった」
「どういうことだ?」
 知らないことを聞き返されて、リオンは両手を上げてみせた。
 すると、蓮が答えた。
「バッカだなあ、草間さん。京助さんだよ」
「なんだってえ?」
「だって、藁人形なんて誰かが作らないとこの世にないし、誰かが落とさなきゃベランダに出現しないし、今のところ横島さんの次に妙子さんを思ってそうなのは京助さんでしょ?」
 そうなると、その京助はなにが目的で盗聴をしていたのだろう。
 横島が妙子の死体を見て、苦しむ様を聞く為に?
 
 
 屋上へ上がると、びゅうと湿気でしめっている風が吹いた。
 まず草間が飛び出し、蓮も続いて出て行った。リオンは、どうにも藁人形が人間に見える心理が理解できず、出遅れた。
 凛とした声が、響いた。
「動くな、武彦」
 草間の後姿は見えない。蓮の小さな影が見える。
「動くな、蓮」
 リオンの目の前に、不自然な形で固まった草間と蓮がいる。
「動くな、リオン」
 リオンは言われてギクリとはしたものの、動くことができた。
 右手の人差し指と中指を立てた格好で、白いシャツと黒いズボンを着た男がリオンをギョロリと睨んだ。強面など見飽きるほど見てきているので、リオンは動じなかった。
 草間と蓮は、なにがあったのかピクリとも動かない。
 リオンは、これが呪いというやつかと一寸感心した。それから、右足でコンクリートを蹴った。呪いも、掛けた本人が死んでしまえば無効になるだろうと思った。つまり、リオンは目の前に現れた男を殺そうと思った。
 ひゅうい、という音がして頬が切れた。カマイタチに遭ったような気がする。リオンは京助であろう男に組みつき、後ろに回って首に腕を回した。くい、と締める。
 術が切れたのか、草間が声を上げた。
「バカ、殺すな!」
 リオンは腕の力をゆるませながら、草間と蓮を見た。夜中だったので、鮮明には見えない。けれど、たしかに二人は動いていた。
「……なぜ、邪魔をす……る」
 京助を解放すると、彼は最初にそう言った。
 草間が短く答える。
「依頼人だからだ」
 蓮が気の毒そうに京助に訊いた。
「妙子さんの声、聞こえないの?」
 蓮は思い出すように空を見て、つらつらと告げた。
「『いつも一緒にいられて幸せです。あなたに幸せになって欲しいです。もう私達は離れません。ずっとあなたの側に』これは、横山さんの家の妙子さんの望んでる言葉だよ。ボクには少なくとも、呪っているようには聞こえないけどなあ。つまり、妙子さんはこんなこと望んじゃいないんだよ」
 それから蓮はリオンを見上げて不思議そうに目を瞬かせた。
「ねえ、キミ。どうして術にかからなかったのさ」
「さあ? あれは、どういう仕組みなの?」
「人は名前によって縛られて生きているから、無意識下に刷り込むようにして命令をされるとその命令に従っちゃうんだよ」
 リオンは素直に納得する。
「へえ……じゃあ、俺はかかんないわ」
 草間は京助の片腕を締め上げながら
「なんでだ」
 とリオンを見やった。
 リオンはニカリと笑い
「俺、名前偽名なんだよ」
 
 
 横山は藁人形の解体を終えたところだった。
 リオン達が風呂場を覗くと、ギラリと光る包丁を向けた。風呂場へ草間が身体を滑り込ませ、回り込んでおぼつかない横山の腕を叩いた。カツン、と包丁が風呂場へ落ちる。
 蓮はくだらないものを見るように、横山を見据えた。
「また妙子さんの首を落として。何度目なのさ」
 そうか。京助は何度も藁人形を落としていたのか。だから、横山は死体に見える藁人形を何度も死体だと思って処理してきた。
 横山が喉の奥で「ひい」と言って後退る。バスタブにぶつかって、その後空のバスタブへ入った。
「妙子さんはね、キミの側にいて、殺す機会を窺ってるってさ」
「……妙……子」
「明日も明後日もずーっと先まで、眠ったら取り殺される」
 蓮はずいとバスルームへ入って、座り込んで小さくなっている横山を一瞥した。
「覚悟はしてたんだろ、最初に殺したときから」
 横山が目を見張る。
 蓮は、汚いものを流すようにシャワーの蛇口をひねった。
 サーと音がする。バスルームで草間が立ち尽くしている。リオンはバスルームと脱衣所の間に立っていた。
 タエコ、タエコ。横山が念仏を唱えるように言った。
 蓮はきびすを返した。
「妙子さんなら、隣にいるよ」
 横山が「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。
 バスルームの床に、注射器が落ちている。……どうやら、リオンの目的も果たさなくてはならないようだ。


 ――エピローグ
 
 草間の顔を立てて、警察には渡してしまった。
 リオンは急いでマンションを降りて、隣のマンションの屋上へ向かった。まだ増築予定のマンションは、十階建てだった。屋上へ上がって、ホルスターからワルサーを抜く。
 ゴタゴタしているマンションから、警官に引き連れられた横山が出てくる。続いて草間と蓮が出てくる。二人ともキョロキョロしていた。おそらく、リオンを探しているのだろう。
 リオンは口許だけで笑い、横山の頭を狙った。
 シュ。
 横山の頭が破裂する。ぐにゃりと身体が落ちる。警察官が、ただ呆然としている。リオンはすぐにマンションの屋上を降りた。
 これで、リオンの仕事は終わった。
 
 
 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1790/瀬川・蓮(せがわ・れん)/男/13/ストリートキッド(デビルサモナー)】
【3138/桐崎・明日(きりさき・めいにち)/男/17/護衛屋兼元解体師】
【3359/リオン・ベルティーニ/男/24/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】

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■         ライター通信          ■
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「ずっとあなたの側に」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。

プロットを曲げずに、プレイングも叶えるという変な芸当にチャレンジいたしました。
精一杯書いたつもりです。
もし皆様のご期待に添えるものが書けていたとしたら、またご参加いただければと思います。
では、次にお会いできることを願って。

 リオン・ベルティーニさま
 
 とても奇抜で大胆なプレイングをいただきましたのに、活かしきれなかったのが残念です。申し訳ありません。また、今回もちょっととぼけたキャラクター。憎まれ役として書かせていただきました。
 ご希望に添えていれば幸いです。
 ご意見がありましたら、お気軽にお寄せください。
 
 文ふやか