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<東京怪談ノベル(シングル)>


屋台の前の渡り鳥?

『…どこにいくんだい?』
『…人の恋路を邪魔すんなよ。』

「う〜〜ん、何時見てもカッコいいのじゃ。男はやっぱりこうでないといかんのじゃ♪」
かちゃり。
ビデオがデッキから取り出されると、頬を摺り寄せて本郷・源は呟いた。
たまたま知り合いがくれた古いビデオの中にそれはあった。先に受けた依頼の影響もあってなんの気なしに見たのだが、それは思いもかけず彼女のツボに嵌った。
「月活和製西部劇はやっぱり最高なのじゃ。」
彼女にとっては下手したら祖父よりも年上かもしれない年代だが、そんなことは気にしない。
ブラウン管の彼らの台詞に一喜一憂しながら見ることそろそろ3桁。ぼちぼちテープもヤバイかも…。
「一度でいいからこういうカッコいい台詞をいってみたいのじゃあ。」
人は何かに嵌る時、好き→憧れ→投影→同化のプロセスを辿るという。
そうだとしたら彼女はぼちぼち第3期から4期へと指しかかろうとしていた。
「一度でいいから、あんなカッコいい【決闘】をしてみたいのお…。(うっとり)」
なにやら考えていた源は、ふと立ち上がり手を叩く。
「そうじゃ!いいことをおもいついたのじゃ♪嬉璃殿に遊んでもらうとしよう♪」
考えただけでわくわくして来た。
スキップしながら彼女は部屋を出る。
その直後…あやかし荘、薔薇の間は不思議な空間を作り始めていた。

「なんぢゃ?これは…。果たし状?」
あやかし荘、管理人室にひらり舞い落ちたものがある。
嬉璃はそれを何の気なしに拾い上げた。ゴミではないようだが…。くるり裏返してみると名前が書いてある。
『コルトの源』
「源め…一体何を考えておる?」
封をきり、ぱさり広げる。中に書かれた文は短いが嬉璃の妖怪アンテナはピンと立った。
「銘菓 あじさい?」
『果たし状 麗しの銘菓あじさいは預かった。この美女を手に入れるのは誰か、相応しきものを決めるために決闘を申し込む。薔薇の間にて待つ。  コルトの源』
「ふむ。」
こんなもの無視するのは簡単だが、銘菓あじさいには心惹かれる。食べたくて買いに言ったが今日は見事に売り切れだったのだ。
それが源のところにあるというのなら、行って見ても損は無いかもしれない。
「どうせ暇じゃ。付き合ってやるとするか…。」

さて、あやかし荘は基本的に和室が原則である。中には独自の内装をしているものも無いではないが敷金その他の関係やモラルの問題もあり、大掛かりな改装はされていないと思われていた。
だが…
「なんじゃこれは?」
嬉璃は流石に足を止めた。
自分が呼ばれきたのはあやかし荘薔薇の間のはずである。
しかしあやかし荘標準装備のはずの障子、もしくは襖扉はそこに無い。
あるのは木製の押し扉。まるでどこぞの西部劇のBarにでもあるような。
そんな風情に似合うかのように、ひゅうるり流れる春の風。梅雨時のはずなのに乾いたその風は嬉璃の髪を軽く揺らして目元をに流れた。
カタン…。
殆ど力を入れていない。差し伸べた嬉璃の手に押され軽い音を立てて扉が開く。
中は…流石に薔薇の間のままだった。
だが、和室には不似合いなおでん屋台がドン!と鎮座している様子は、流石に、流石に普通とは違いすぎる。
(こんなところを見たら、あいつが…。)
「源!おんし一体なにをしておるのぢゃ!屋台を部屋の中に入れるなぞ!」
がなりたてる嬉璃に呼ばれた本人は、慌てる様子をまったく見せない。屋台の影からひゅるりと姿を見せた。
いつもの和服にテンガロンハット。帯の上のガンベルトに袖口で軽く磨くはコルト○○
背後に流れるBGM。懐かしいサウンドに嬉璃の目がパッと見開いた。奇妙なデジャヴ…。
(こ、これは…。)
「よう、そこの姉さん。何かお探しかい?大事な人、お宝?それとも、人を引きつけてやまないこの美女か?なのじゃ!」
カッコよく決めているはずが、いつもの口調でどこか決まらない。
だが、彼女のコルトの指す先に笹屋特製6月限定 銘菓あじさいが白い皿にその姿を美しく輝かせて佇んでいた。
「おお!」
「さて、姉さんよ。あんたがこの子にご執心なのは知っておる。だが彼女をもとめるのは、あんただけじゃあない。珍しく【わしが】招いて来て頂いたこの美女。ここはひとつ、己の腕と、これ一つで、誰が彼女を手に入れるか決めるってえのはどうだい、なのじゃ!」
これと、源が叩いたコルトに嬉璃はデジャヴの元を思い出した。こう見えても齢999年とうん日。日本映画の実は生き字引なのだ。
「…良かろう。おんしに、格の違いと言うものを見せてやろうぞ。」
嬉璃の腰にもガンベルト、そして拳銃が握られる。
ヒュ〜〜〜ルル。
二人の間に砂塵を巻き上げる乾いた風が吹きぬけた…。
(…ここは室内のはずなんだけど?…)

「さて、どう決着をつけるのじゃ。源よ。」
「ただの源じゃあないのじゃ。今はコルトの源。それに相応しい決闘と言えば…やはりこれにきまっているのじゃあ!」
ちゃっ!拳銃が引き抜かれた。
コンマ0.65秒、嬉璃に向けられた拳銃は、真っ直ぐに自分に向けられた筒先と顔を見合わせる。
「人に拳銃を向けるものではないと、おふくろさんに教わらなかったのか?」
「ふっ!腕は鈍っておらぬようじゃな。だが、世界早撃ち第3位、このコルトの源に敵うと思うてか?」
細い指がピンと10円硬貨を空に弾く。軽やかに飛んだコインが、まるでワルツを踊るように不規則な動きをして…そして源の手のひらへ落ちた。
「どうじゃ!この腕。素直に負けを認めるなら、美女にキスを贈ることくらいは許してやろう…。」
コルトの弾6発、全て硬貨を弾き、空へと吸い込まれた。
(だから、ここは室内!だ、というツッコミを誰も気にはしないのだろうが…。)
湯飲みのようにU型に曲がったコインを手に勝ち誇る源に、嬉璃はチッチッチッ!と唇に当てた指を降った。
「早撃ち世界第3位か…正確さも大したものよ。だが…世界じゃおんしは所詮3位でしかないのぢゃ。」
「…じゃあ、一体誰が一番だと言うのじゃ!」
「ふっ…。」
答えの変わりにコインが再び空へと弾かれる。地上から放たれた6発の弾丸。
だがコインは1度だけ大きく空を舞うと、まっすぐに地上に落下した。
「ふん、一発しか…ん!こ、これは…」
手に吸い込まれるように落ちたコインにかすかに鼻をならした源は、愕然として膝をつく。
コインの中央に穿たれた穴。それは…6発全てが吸い込まれた…証。
テンガロンハットを指で軽く持ち上げた嬉璃は、にっこりと微笑んだ。
「この…わしじゃ。」
その笑みが、笑みの奥の旋律が源を駆り立てた。
「…まだ!まだ、終わってはおらん!!1対1の決闘じゃ!」

ヒュ〜〜。
元障子のあった扉の向こうから月光のシルエットが二人の影を長く映し出す。
時が止まったような永遠の静寂の後…源のコルトが先に動いた。火を吹いた。
ドウッ!!
二つの音が劈けんばかりに耳を撃った直後…。カラン!拳銃が一つだけ地に落ちる。
「…くっ、わしの…負けじゃ。」
「解ったかい?お嬢ちゃん。おんしが〜わしと肩を並べるのには、まだ…そうさな、990と2年ばかり足りないかもなのぢゃ…。」
この上も無く優しく囁く。
敗者には、それすら悔しくて、手を突いたまま顔を背けた。
「今日限り、おぬしのことは忘れるぜ…。」
「源…。」
「敗者には、何も言わぬが世の情け。さらば、なのじゃ…。」
遠くに時報を告げるサイレンの音が聞こえる。二匹の猫を肩に乗せ、屋台を引きながら源は夜空の下へと去っていった。
残されたのは嬉璃と、美しき銘菓あじさい。
月の光を浴びたその頬にキラリ弾いた光は…涙だったのか。
…それは、誰にも解らない。

勝者は美女の口付けの甘い味を味わいながら、小さく呟く。誰も聞くことの無い囁きを…。
「人に頼られ呼び止められる。それがいやでまた流れ、そこでまた人に呼び止められる。それが渡り鳥の哀しささよ〜。」
「あっ!ご飯前にお菓子なんか食べて!まあいいわ。嬉璃、ご飯できたの。みんな呼んで来て〜〜。」
「わかった。…やれやれ、わしが渡り鳥になれるのはまだ、先のようじゃのお。」
凛とした目で彼女が見つめた先にあるものは、一体何なのか。知る者はただ、風のみだった。

さてと去りゆき消えた敗者。
その後どうなったかは語るに野暮というものだが…ほんの少し覗き見る。
夢から醒めたか、はたまたリベンジに萌え、いや燃えるか?

「う〜〜ん、日本人はやっぱり時代劇なのじゃ!」

やはり語らない方がいいのかもしれない。