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在り行く中で……
「紹介して欲しい?忍者を?」
素っ頓狂な声を上げ、草間 武彦は目の前の人物を見詰めた。
もう既に冬は終わったと言うのに、パーカーのフードを目深に被り口元をマフラーで完全に隠した人物は、まだ少年のあどけなさを残した顔付きであった。
「僕は、射撃戦ならば多少出来ますが、近接戦と成ると全然駄目なんです……だから……」
くぐもった声で喋る少年、幻・―(まぼろし・ー)は何処か悔しげに俯き黙り込む。そんな幻を見ながら、草間はやれやれと言った風であったが、不意に身を乗り出すと低い声で言う。
「知ってる事は知ってるが、そいつはかなり厳しいぞ?それでも良いのか?」
確認する様に、鋭い視線を向ける草間を見やり、幻は静かに頷いた。草間の視線と、幻の視線が交錯する……どれ位そうしていたか?不意に、草間が溜息を吐くとソファーに背を預け言う。
「……分かった。どうやら覚悟は本物の様だしな。ちょっと待ってろ」
徐に机に向かうと、草間は何やら書き始めたが、4〜5分も待たずして筆を置いた。
「紹介状だ。後、あいつが居る場所の地図だ。ま、無理しすぎるなよ?」
そう言いながら草間は、幻に二枚の紙を差し出した。幻は黙って受け取ると、パーカーのポケットに仕舞い込む。
「有難う、草間さん……」
ペコリと御辞儀をして、幻は踵を返すとドアへと向かい、そのノブに手を掛けると静かにその場を後にした……
鳥達の囀りが心地良い森の奥へと続く道を、今、幻が歩いている。地図によると、目的の場所までもう直ぐなのだが、同じ様な景色ばかりなので近付いている実感は然程無い。時折地図を確認しては居る物の、既に山中である為ほぼ意味はないと言えた。
「この辺りで合ってるのかな……」
ポツリと幻が呟いた瞬間!
ヒュッ!
空を切り裂く音がその耳に聞こえて来て、幻は咄嗟に飛び退いた!
「くっ!?」
『遅いな……』
その背後には、一人の男が立っていた……その手に持った忍び刀を幻の首に当てて……
「こんな所に、観光でもないだろう?一体何をしに来た?」
鋭く剣呑な声に、身動きすら出来ない幻は両手を挙げると口を開く。
「貴方に教えを請いたくて来ました。僕のポケットに、草間さんからの紹介状が入っています。御見せしますので、刀を引いて頂けませんか?」
草間と言う言葉に反応したのか、その男は刀を引くがその素振りは未だに警戒を解いては居ない。幻は、ポケットから紹介状を取り出すと、ゆっくりと振り向き紹介状を差し出した。
幻の目の前には、黒の忍者装束を身に纏い、乱れた髪に無精髭の男が立っている。鍛え抜かれた体からは、殺気とも言うべき気配が漂っている為、幻はそれ以外の行動を起こせないで居た。
男は黙って幻から紹介状を受け取ると、その場で開き読み始める。読み終えた男は、紹介状を破り捨てると、ジッと幻を見詰めた。
「……希望は分かった。だが、お前に覚悟はあるのか?そう容易い物ではないぞ?」
少しだけ弱まったその殺気染みた気配に、幻は安堵しながらもその問いに応える。
「覚悟は、出来ています。僕に必要な物だから……」
真っ直ぐに見詰め返した幻の視線と、男の視線が交錯し……男は口元に笑みを浮かべた。
「良いだろう……付いて来い!」
言うが早いか、男が走り出す!幻も咄嗟に追いかけ駆けるが、その差はどんどん開くばかり。出会った場所から、20分程走っただろうか?男が暮らす山小屋へと辿り着いた時、幻はその場にしゃがみ込んでいた。
「この程度でばててどうする?さぁ、荷を置け。早速始めるぞ」
冷淡に響く男の声……だが、幻は頷くと震える膝を押え付け、立ち上がった……
二週間と言う日々が過ぎ去っていた……夜、男と幻は焚き火を前に向かい合い、黙したまま火を見詰める。
この二週間、様々な過酷な鍛錬を幻に与えたが、幻は必死に喰らい付きその全てをこなして行った。まだまだ動きは未熟と言わざるを得ないが、それでも確実に上達はしていた。だが、男にはそんな幻の成長に驚くよりも、もっと大きな疑問を抱いていた。
「幻……お前は何故そこまでするのだ?何故そこまで、怪事に首を突っ込みたがる?」
沈黙を破った男の言葉に、火を見詰めていた幻が男に視線を向ける。
教えを請う理由を聞いた時、確かに幻は言った――
『僕の周りに起こる怪事件を解決する為に、力が必要だから……』
と……
男は、その理由を知りたかった。そうまでして、この少年が目指している事を……
「……分かりません……」
何処か自嘲的な笑みの色を見せる目を見せて、幻は呟く様に答える。
「分からない?何故だ?」
「漠然と、為さなければ成らないと……そんな思いがあるんです。これが、僕の意思なのかどうか……僕には分かりません。今ある僕の気持ちが、本当に自分の物かどうか自信が無いんです……でも、この思いがあるから僕は頑張れる。この思いがあるから、僕は居られる……そう思っています」
フッと夜空を見上げ、少し寂しそうに目を細めた幻を見ながら、男は罰の顔をする。
「済まなかったな……」
「いえ……気にしていませんから、貴方も気にしないで下さい。大丈夫です、僕は居ますから……」
微笑の色を見せる目を見詰め、男はフッと口元を緩めた。
「そうか。じゃあ、もう寝ろ。明日も早いぞ」
「はい」
静寂に包まれた夜の中、焚き火の音が心地良く、幻の心に響いていた……
一ヵ月後、幻は山から下りて来た。男に教えてもらった体術と多少の忍術を引っ提げて……幻は再び自らが戦うべき場所へと、帰って来た……
了
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