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<東京怪談ノベル(シングル)>


着ぐるみ注意報発令?

ある日のことである。
海原・みなものもとに、とある友人から急に電話がかかってきた。
それも、妙に掠れた鼻声で。
そんな今にも死にそうな声で『急いできてくれ』と言われ、大慌てでその友達の家に言って見ると…。
…友人が、ベッドの中でぐったりとしていた。

話を聞いてみると、どうやら前日暑くて布団を蹴飛ばして寝ていたら、腹を冷やして風邪をひいてしまったらしい。
お約束と言うかなんというか…ある意味貴重なことをする少女である。

「…それで、なんであたしを呼んだんですか?」
額の濡れタオルを氷水につけ直して友人の額に乗せ直しながら不思議そうに問いかけるみなもに、友人はずずず、と鼻を啜りながら喋りだした。
「…実は、私、明日の朝からバイトが入ってるの」
「…え…それは、大変ですね」
「でしょぉ!?
 しかもそのバイト、内容の割に給料良いのよー!!!」
困ったように同意するみなもに、友人は嬉しそうに身体を起こして詰め寄る。
それを慌ててベッドに押し戻すみなもを熱で潤んだ目で見つつ、友人はがしっ…とみなもの手の平をがっちりと掴んだ。
「……あの…?」
戸惑うみなもにしっかりと目線を合わせ、友人は縋るように問い掛ける。

「…みなも。私達…友達よね?」

…緩やかに頭を過ぎる嫌な予感。
しかし否と言ってしまえるほど仲の悪い相手ではなく、相手の様子から見て冗談でもなさそうだ。
ここで迂闊に「ううん」と言ってしまえば、大事な友情にヒビが入ること必死。
みなもが瞬時にそこまで打算的なことを考えたかは別として、みなもは大慌てでぶんぶんと顔を立てに振る。

「もちろん!あたし達は友達です!!」

そう言って微笑んだ瞬間―――友人の口元が、にやりと持ち上げられた。
友人の考えにようやく気づいてはっとしするが、時既に遅し。
友達はダルそうに身体を起こすと、みなもの手を自分の手で包んでぎゅっと握り…にっこりと微笑んだ。

「――――それじゃあ、代わりにバイト、行ってくれるわよね?」

……やられた。
その事実にようやく気づいたみなも。
だが、抗議しようと口を開きかけた時には友人は既に代理の連絡などを滞りなく済ませてしまっており、とてもじゃないが逃げられる状況じゃなくなってしまっていた。
時として、友情が私欲のために利用されることもあるのだ。

***

…翌日の早朝。
夜中に起きて大急ぎでバイトの場所に行ったみなもは、確認を受けていた。

「えーっと、海原みなもさん。年は16。現在高校1年生…で、あってるね?」
「は、はいっ!」

書類を読み上げる今回のアルバイトの担当者の言葉に、みなもはやや焦り気味に頷いた。
本来、みなもはまだ中学生だ。
中学生がバイトをやってはいけないのは、勿論知っている。
しかし何時の間にか決められてしまっていたのだから、仕方有るまい。
流石に中学生としてバイトに行ったらバイト先の人の方が困ってしまうだろうことはわかっているので、みなもは敢えて年齢を水増しすることにした。
まぁ、元々が大人しく大人っぽい雰囲気の持ち主なので、多少の年齢の誤魔化しなら利くというのもあるだろう。

「じゃあ、今回のバイトの内容を改めて確認するよ」
「はい」
内容は前もって友人から聞いてはおいてあるが、こうやってもう一度確認してもらえると有り難い。
予定表が書いてある紙を見ながら、みなもは前に立つ担当者の男の話を聞いた。

「今回はアニメのキャンペーンで、主人公の傍らにいる黒猫の着ぐるみを来て座ってるだけでいい。
 期間は1泊2日。
 まぁ、着ぐるみを着て猫っぽくしててくれればいいからそれほど難しいものじゃない」
「はぁ…」
猫っぽく…きちんとできるか、ちょっと心配だ。
しかし友人のバイト料もかかっているわけだし、投げ出す訳にもいかない。
「…が、頑張ります!」
「よし、その意気だ!!」
満足そうにみなもの肩に手を置いた男は、二カッと白い歯を輝かせながら笑って見せた。
…ちょっと筋肉質で、気持ち悪かったのはみなもの中だけの秘密だ。

***

「うわぁ…凄いなぁ…」
自分が着ぐるみを身に纏った姿を見、みなもは思わず声を上げた。

もこもこふわふわの真っ黒な毛が所狭しと生えていて、顔の中心には毛と同じ色の大きな瞳が鎮座している。
身体は四つん這いになるように作られていたので、着る時も膝を曲げて着なければならなかった。
それ故にみなもは人の手を借りなければならなく、結構手間取ったのは記憶に新しい。
それもあって、手足の動きは限りなく不自由に近い。
なんだか猫って言うよりも赤ちゃんになった気分だ、とみなもは密かに思った。
ちなみに髪は邪魔にならないように1つに纏めた上、頭をタオルでぐるぐるまきにしてがっちり固定してある。
どちらにしても、自分は僅かに穴が空いた猫の口部分が何とか手を開いたまま出せるくらい空いている程度で、みなも自身の視界は限りなく狭い。
何時転んでも可笑しくない状況だが…。
…なんというか…ちょっと、スリリングで面白いかも。

「みなもちゃん、出番だよー」
「あ、はーい!」
ほんのり危ないことを考えながら着ぐるみに覆われた自分の手を見ていたみなもは、スタッフに呼ばれて大慌てで部屋を出た。
…ただし、移動方法は高速ハイハイだったので…見る者によっては、相当怖い光景だっただろうが。

***

「はい、一旦休憩に入りまーす!」

その声で、周りに群がっていたカメラ小僧…もとい、カメラおにーさん達は一斉に散った。
ずっとフラッシュの中心に立たされていた主人公のコスプレをした少女が安心したように溜息を吐く。
隣で毛づくろいをするフリなどをして必死に猫っぽい行動をとっていたみなも(in黒猫の着ぐるみ)も安心したように溜息を吐いて力を抜いた。
素早くハイハイで舞台裏に回り、楽屋に滑り込む。

「ご苦労様」
待ち構えるように立っていた着替えを手伝ってくれたお姉さんが、笑顔で出迎えてくれた。
「あはは…思ったより、辛いですね…四つん這いのまま、って…」
苦笑しながらお姉さんに背を向けると、お姉さんは屈み込んで背中のファスナーに手を掛けながら笑う。
「普段はしない姿勢だから仕方ないけどね。
 ま、頑張って頂戴な」
「はい」
こくりと頷いたみなもに小さく微笑みながら、お姉さんはファスナーを引き降ろした。

ジジジ…ぶちっ。
……『ぶちっ』?
不穏な音とともに、お姉さんの手の動きが急に鈍る。
かちっ…がちがちっ…。
ファスナーからは、なにやら不安を掻き立てる音響が…。
「……あ、あら…?」
がちっ、かちがちかぢっ!
お姉さんは冷や汗をかきながら上へ下へとファスナーを動かすが、下に行こうとするとどんなに頑張っても中途半端なところで変な音を立てて止まってしまう。
「…どうしたんですか…?」
様子こそ見えないが嫌な予感が頭をよぎったみなもが問いかけると、お姉さんは口元を引き攣らせ、ぽつりと呟いた。

「……着ぐるみの毛が、ファスナーに噛んじゃったみたい…」

「………………え゛?」

―――こうして、みなもの大変な1泊2日が始まったのである。

***

着ぐるみが脱げなくなってしまったことで、舞台裏は大騒ぎだ。
このまま休憩の時も寝るときもずっとこの着ぐるみのままとは…結構キツイ。
しかし着ぐるみを着るにしてもこの着ぐるみのスペアは用意しておらず、イベントを失敗させたくないと言う関係者達からの懇願もあり。
みなもは、渋々残り約1日半を、着ぐるみのままで過ごさねばならなくなってしまった。

「…とほほ…」
とんでもないことになったとがくりと肩を落とすみなもだが、カメラおにーさん達はそんなこと知ったこっちゃない。
こっちを向けだのどうこうそんなポーズを取れだの、随分と注文が多い。
それに対応する為四苦八苦していくうちに、あっという間に夕方になってしまった。
今日は此処までです、と言うアナウンスに反応して、カメラおにーさんたちは名残惜しげにしつつも一斉に去って行く。
それにほっとしたみなもは、急に身体がぶるりと震えるのを感じた。

―――――ヤバイ。

本能的にそれが何かを察知したみなもは、大急ぎでハイハイして走り出す。
「みなもちゃん!?」
足元を高速で走り(ハイハイして)去って行く黒い猫の着ぐるみに驚く面々を無視し、みなもは急ぐ、急ぐ、急ぐ。
行き先は――――トイレ。
みなもは死にものぐるいでトイレの個室の中に飛び込んでから、ふとあることに気づいた。

――…着ぐるみでトイレって、どうやればいいんだろう…?――

当然、着ぐるみにトイレをするための穴などあけられていない。
しかし自分はトイレがしたい。物凄くしたい。
だからと言って着ぐるみを切り裂くワケには行かない。
だけどトイレはしたい。
「あわわ…と、トイレ…!?」
段々頭の中が『トイレ』で埋め尽くされていき、みなもは半分混乱状態に陥ってしまう。
そんなみなもの心境を知って知らずか、トイレの欲求はどんどん高まっていく。
じりじりと迫ってくるその感覚に耐えていたみなもだったが…ついに我慢できなくなってしまった。

「もうダメです――――――ッ!!」

…みなもの叫びが、トイレの個室に木霊した。

***

みなもはトイレを後にして、とぼとぼと歩いていた。
別に漏らしてショックを受けているわけではない。
ちょっと…自己嫌悪しているだけで。

「うぅ…でも、水が扱えてよかったです…」

みなもは半分泣きそうな声で、そうぽつりと呟いた。

…『水』……?
……。
…………。
…………………あ。

…いや、此処は彼女の名誉の為にも、黙っておいた方がいいのだろう。
まぁ、解る人は…解ってしまうだろうけど。

「まぁ、唯一の救いは、飲み物と食べ物をなんとか運べる隙間があることですよね…」
自分の視界を半分ほど狭めている猫の口を内側から眺めながら、みなもはぽつりと呟いた。

ハイハイで黙々と楽屋に向かって進んでいたみなもは、十分近くかけてようやく楽屋に戻ることができた。
そして机の上に食べやすいようにと用意されていた御飯をもそもそと食べた。
とてもじゃないが、食堂で皆と一緒に食べれるような格好ではないからだ。
スペースも取るし、猫の口の部分から手を伸ばして食べる格好なんて、あまり人に見られていいものではない。
あったかい御飯を口に含みながら、みなもは無性に泣きたくなった。

食事が終わった後は、着ぐるみ故に風呂に入ることも出来ないので大人しく就寝。
その時にもトイレに行ったが…そこは、あえてオフレコの方向で。
腕と膝の形が固定されているので腕も足も自由に動かす事が出来ない上、着ぐるみは密封された空気が熱を持って身体を包む。
寝苦しい事この上ない。勘弁して欲しい…。
しかしみなもは湿気を大量に含んだ空気の水分を外に逃がすことで、なんとか蒸し暑くなることだけは避けていた。
今日は散々な1日だった。
あぁ、でも明日もその1日が半分くらい続くんだった…。
そう思うと、みなもは憂鬱でならなかった。

***

翌日、起床。

「ん…」
ぼんやりとした頭。
身体を起こせば、妙に重い。
疲れているのかな、と思ったみなもは目を擦ろうとすると…柔らかい手の代わりに触れたのは、もこもこの毛皮だらけの猫の手。
一瞬それを見て叫び声をあげかけたみなもだったが、すぐに昨日のいきさつを思い出して大慌てで口をつぐんだ。
…やっぱり夢じゃなかった。
何だか無性に凹む。気分が限りなく深くに沈んでいく。

「みなもちゃん、起きてる?」

コンコン、と控えめにノックされたドアから現れたのは、昨日着替えを手伝ってくれたお姉さん。
手には、朝食が乗ったトレイを持っている。
「あと半日で終わりだから、頑張ってね?」
「……はい……」
ことん、とトレイをテーブルに置きながら苦笑するお姉さんを見ながら、みなもは力なく頷く。
そして朝食も着ぐるみの口の穴から頑張って手を伸ばして取る、と言う大変な作業を通じてとらなければならなく、みなもは朝から妙に疲れた気がした。

***

そしてまたイベント開始。
魔女の隣で四つん這いになりながら疲れきった笑みを浮かべるみなもに、カメラおにーさんたちは何か感じたようだ。
『頑張って』とか『もっと笑顔でいなきゃ』とか、励ましっぽい言葉を投げかけてくれる。
それは隣に立つ魔女を引き立てていないからか、それとも純粋な心配なのか。
どちらかは解らなかったが、みなもには何よりも嬉しい言葉だった。

―――更に数時間後。

『…これにて、今回のイベントを終了致します』

その声に、ざわざわとざわめきを起こしながら去って行くカメラおにーさん達。
入り口付近では、暑苦しく固まって撮った写真の交換会なんてものをやってる人たちもちらほら存在している。

―――しかしみなもは、それどころではなかった。
終了します、と言う言葉と同時に、大急ぎでハイハイをして楽屋へ帰っていく。
そして楽屋のドアをがりがりと爪(プラスチック製)で引っ掻くと、苦笑気味のお姉さんが出迎えてくれた。
「…お疲れ様。
 さ、中に入って?」
「はいっ!!」
みなもはそれはもう嬉しそうに頷くと、足取り軽やかに中に入っていく。
そこには、大きな裁ちばさみを持った男が仁王立ちして待っていた。
一瞬怯んで硬直したみなもだったが、お姉さんが笑いながら肩に手を置くのを感じて力を抜く。

「…もう、終わりですよね…?」
「ええ、終わりよ。
 本当に有難う。感謝してるわ」

疲れたように問いかけるみなもに笑顔を向け、おねえさんはさぁ、とみなもの背を押した。
みなもはその動きに後押しされるようにぺたぺたと男の方に近寄ると、背を向ける。
――――ジャキン。
背中の辺りから、布がハサミで切り裂かれる音がした。


こうしてみなもの大変すぎるアルバイトは、ようやく幕を閉じたのである。


***

「ひぃ、ふぅ、みぃ…。
 …みなもってばすごーいっ!
 本来の給料よりいっぱい貰ってるじゃない!!」
「…あ、あはは…」
お金を数えて大喜びする友人を見て、みなもは引きつった笑みを返す。

友人の風邪はそれほど酷いものではなかったらしく、みなもが帰って来る頃にはこの前のは仮病じゃないのかと疑ってしまうほど元気になっていた。
しかも帰ってきて第一声が、
「ご苦労様♪代理ありがとうねーvv」
というやけに明るい出迎えだったのだから、みなもの苦労も浮かばれてるんだか浮かばれてないんだか。
まあ、唯一の救いといえば、迷惑をかけてしまったからと言う理由で、アルバイト料を水増ししてくれたことぐらいか。

「それにしても大変だったわよね。
 まさか着ぐるみに毛が噛んで外れなくなっちゃうなんて」
手に入ったバイト代に頬擦りしながら呟く友人に、みなもは真面目な顔でこくりと頷く。

「本当に大変でした…。
 いつも何気なくしていることがどれだけ大切なことか、身に染みましたし…」
そう言ってふぅ、と溜息を吐くみなもに苦笑を浮かべた友人は、持っていたバイト代から幾らか引き抜いて、それをみなもに渡す。

「…あの、これ…」
「手伝ってくれた御礼と迷惑料よ。
 なんか、私の代わりに大変な目に会ってくれたみたいだし」

そう言って肩を竦める友人に、みなもは思わず苦笑する。
まぁ、これはあくまで好意だ。
ならば好意は素直に受け取っておくに限る。
これを使えば、夕飯の買い物代も浮くわけだし、悪い事は何もない。

「…じゃあ、ありがたく受け取らせて貰いますね」
「えぇ、そうしてちょうだい」
にこりと微笑んだみなもに満足そうに笑みを返す友人。


―――しかしその笑みは、一瞬にして、悪戯っ子のような微笑みに変わる。


「…ねぇ、みなも。
 実は明後日にも着ぐるみのバイトが入ってるんだけど…」


――――――代わりにやらない?


…ちょっと自分の交友関係を見直した方がいいかもしれない。
みなもは、今この瞬間、心の底からそう思った。


終。

●ライターより●
こんにちは。暁久遠で御座います。ご発注いただき、まことに有難う御座いました。
遅くなりまして大変申しわけ御座いませんでした(汗)
詳細はお任せと言う事で結構自由に作ってしまいましたが…よろしかったでしょうか?
なんというか…気づけば友達との掛け合い部分が妙に多いという謎の結果に…(爆)みなもさんの台詞が少なくて申しわけないです…(汗)
文章が無駄に長くて申しわけ御座いません。こんな文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらお会いしてやって下さいませ。