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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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座興
[ 序 ]
「さて…、こいつは弱ったね。」
珍しく、そう本当に珍しい事であったが蓮はわずかに困ったような表情を浮かべて、店内を歩き回っていた。 今から数日前、アンティークショップ・レンから一体の人形が消えたのである。店の、店の主人の、あるいは店に置かれた品の選んだ人間しか店に辿り着く事が出来ない。それゆえの油断があったのかもしれない。ともあれ、壊れた機巧人形が一体、消えたのである。
消え去ったのか、盗まれたのか分からない。普通の品であれば、良くも悪くも警察に届を出して終わりという所あった。
しかし、人形が置かれていたのはこのアンティークショップ・レン。全ての品が曰く付き。ご多分に漏れず、その人形も曰く付きの品だった。
人形が消えてから、一つの噂が蓮の耳に届いた。
街のとある歩道橋で事故が頻発するようになったのだと。歩道橋の階段の上、階段を転落する人が増えたと言う。
事故に遭った人々はあれは事故ではないと、何者かに突き落とされたのだと口を揃えた。しかし、事故の目撃者は人影などなかったと言う。相反するふたつの情報に人々も警察も困惑した。
それだけであれば、レンとは関係ないと思われた。けれど、事故に遭った、あるいは事故を目撃した者の中に、人形の姿があったという者がいたのだ。
和人形のような、あるいは唐子のような人形であったと言う。
「やっぱり、あの子かねぇ?」
「間違いないでしょうね」
わずかに溜息交じりで吐き出した蓮の言葉に、男の声が返った。
「ずいぶんあっさり言ってくれるじゃないか。でも、ま、仕方ないかね。今回はあたしの手落ちだ。
…で、どうする?」
「このままにする訳には…。回収。あるいは、破壊ですか」
「ま…そんなところかね。いいや。後は、任せる事にしようかね」
無責任にさえ取れる言葉を小さく吐き出すと、蓮は誰に助力を請おうかと思案をはじめた。
[ 1 ]
じめっとした湿気を伴う不快指数が高い陽気の中、相生・葵は出勤途中にあった。すでに昼などとうに過ぎ、日が長くなったとはいえそろそろ夕刻と呼ぶ時間帯に差し掛かっていたのだが、それでも、葵にとっては充分早い出勤といえた。
なぜなら、葵は夜の世界に生きる人間だからだ。いわゆる、水商売と称される職業。
馬鹿にする者もいるが、所詮は容姿に自信がない者の強がりだ。女性達と楽しく話をして、酒を飲んで、金がもらえる仕事はそうはない。まさに、天職。葵自身ははそう考えていた
ともあれ、いつもより時間の余裕があったからか、葵は普段気に留めることなく通り過ぎているはずの一軒の店に興味を引かれたのだった。
どこか古びた作りの店である。ショーウィンドウには時代かかった品が飾られている。普段の葵であれば、辛気臭いと黴臭いと切って捨てていそうな店構えであったにも関わらず、なぜか気になって仕方がなかった。
『ま、時間にも余裕があるしね』と、葵は重厚な樹で出来た扉をそっと押し開けた。
ドアを押し開け、薄暗い店内を見回す。骨董屋だ。例えば、それが単なる質屋であったなら、葵にとって身近な場所ではあったのだが、いかんせん古いものばかりが集められたこの店には、自分は似つかわしくないように感じられた。
「よく来たね。待っていたよ」
店に入ることなく、そっとドアを閉めようとした葵を呼び止めるような声。
どこかけだるげな女性の声を聞いて、葵は店の中へと足をすすめた。
「どちらにいらっしゃるのかな? まるで僕が来るのが分かっていたような。
あなたと出会うことが、運命付けられていたのでしょうか」
多少の身振りを交えながら、再び愉快そうな女性の声が店内を歩く葵の耳に届く。
「くっくっく。いやいや、最高だね。
ああ、そうさ。運命だよ。あんたは、あたしに出会うように決められていたのさ」
と、不意にそばで声がして葵が振り向くと、そこには大胆なスリットの入ったチャイナドレスを着た女性が立っている。
「あたしは蓮。この店…アンティークショップ・レンの主さ。
あんたが来てくれるのを首を長くして待っていたよ」
葵とは初対面のはずの蓮は、いきなり助力を乞うた。しかも、にわかには信じがたい怪奇事件の解決に関する物だ。
馬鹿にしているのかと怒ってもおかしくない状況で、しかし葵は、二つ返事で引き受けた。
「困っている女性を放っておける訳がない。それは男として当然の事。
安心して、僕に出来る事なら何でも…」
天性のホスト体質。次から次と女性が喜びそうな言葉が口から飛び出る。頼んだよと軽くあしらいながらも、愉快そうな蓮の表情。
内心では満更でもない事は、経験上葵はよく心得ていた。
[ 2 ]
さて、件の歩道橋である。
何の変哲もない歩道橋である。ぬぺっと一色で塗られた鉄骨の橋は、国道を跨いでいる。
かなりのスピードで通る車から守り、人々を安全に反対側まで送り届けるためのものである。駅近くのそれは、なかなかに人通りが激しい場所といえた。
次の日、その場所を訪れた葵は、歩道橋周辺をぐるりと回って人形が隠れるような場所がないかを調べる。いくつか、小さな人形であれば隠れてしまえば目立たないであろう場所はあったものの、果たしてそこに隠れたりするのかは葵自身にも分からない。
では、聞き込みでもと事情を知る女性がいないかと葵が辺りを見回すと、自分と同じように歩道橋を見つめる男の姿を発見した。
店からの帰り際、後3人ほど今回の件に協力してもらっていると蓮がいっていた事を思い出し、葵はお仲間かと納得する。
『野郎では、ちょっと味気ないなぁ』
声かけるのもなんだしと、女性に対する積極さの100分の1も見せることなく、あっさりと別行動に決めた葵は、いそいそとこの歩道橋をよく利用する主婦らしき若い女性の姿を認め声をかけた。
「すいません、教えていただけませんか?」
キャッチセールスと間違えられないように、先に教えて欲しいと断りながら葵は声をかけた。聞く者の耳に心地よいテノールと普段から絶やさない微笑み、それに何より、仕事柄鍛えられた軽快な話術で、すぐに女性の警戒心を解く。
残念ながら階段から落ちた当人からは話しを聞くことが出来なかったが、それでも充分といえる収穫。だいたい、事件が起こっているのは朝と夕方。駅へとあるいは駅からの人通りが多い時間帯である。人の少ない深夜と昼間は皆無という事だった。
急いでいる人が足を滑らせたのかと思ったけど、あまりに続発している事、それにみな一様に突き落とされたといっているので怖いと、葵の前で怯える女性。心細そうな姿に、青いが解決を請け負った。
「ここは世の女性達のためにも、僕が一肌脱ぐしかないかな」
待てど暮らせど、人が落ちる。いや、人形が姿を現す気配は感じられない。
時刻が夕刻をまわり、学生や帰宅途中のサラリーマンの姿が増え始める。先程得た情報
誰かを犠牲にし、その間に人形を捕まえる事も可能かもしれない。けれど、それをするでは、もし、今日人形が動くのであれば、この帰宅ラッシュの時間しかあるまい。にはどこか気が引けて、葵はゆっくりと歩道橋の階段を上り始めた。
長身の葵は、とても目立つ。人波にあっても、頭一つ分程度抜きでている。なにより、その華やかな容姿も、人の目を引いた。
おそらく僕は目立つ。その場にいる誰よりも。
それゆえにターゲットとして格好の的であるはずだった。
[ 3 ]
夏が近づき、日没までの時間は長い。
帰宅ラッシュの時間帯になっても、日はまだ落ちてはいない。まぶしいまでのオレンジ色の光があたり一帯を照らしていた。
家路を急ぐ人々の中、どこかゆっくりとした動きで歩道橋を渡る一人の男の姿。細身でありながら長身のその体躯。そして、何より甘いマスク。
その男の姿は衆人の目を引いた。通り過ぎた女性が、振り返る程度に。
と、男が階段を下ろうと一歩足を踏み出したその時、大きくその体が揺らぐ。
『落ちる!!』
それは誰の目からも明らかであった。
と、予測出来なかったのはその後の男の動き。『危ない』と声が上がると同時に男は後ろを振り向き、手にしていたミネラルウォーターの入ったペットボトルを投げ捨て、蓋の外れていたそのペットボトルから、水が零れた。
男、いや葵はペットボトルから零れた水に集中する。水はまるで意思を持った生き物のようにうねり、その触手を何者かに伸ばす。
そう、そこには人形があるはずだ。突き落とされる瞬間、その気配を感知した葵は人形を捕らえるべく、水の網をめぐらせたのだった。
しかし、それゆえに自らの受身を取るのがおろそかになってしまった。
このままでは地に激突するのではと思われたその時、葵の身体をふわりと何かが包み込む。
「まったく無茶をする」
葵が振り返るとそこには自分と同じように歩道橋を調べていた鮮やかな金髪の男が、自らの眼鏡に手をかけながら立っていた。
逆光だからゆえか、それは以前やはりこんな厄介ごとに巻き込まれた時に知り合った女性の顔に似ていた。思わず漏れる名前。
その何、男の表情に意外そうな色が浮かぶ。
男…ケーナズ・ルクセンブルクが落下した葵を守るために何かしたのであろうか。
自体がよく飲み込めなかったものの葵は短く礼を告げる。
「それは後だ、まだ終わっていない。人形の姿が見えないが…」
「見えなくてもある。確かに感触が…」
空中に浮かぶ水の網。それはいまだに葵の意識化を離れたわけではない。押さえ込んでいる感覚が確かにあった。
ケーナズは、人形の姿を確認する事は出来ないが、空中に不自然に浮かぶ水の網が確かに何者かを捕らえている事を知ると、そちらに向かって集中する。
みしりと軋む音。後少し力を入れれば、破壊出来る。
「その人形を破壊してはいけません!!」
ケーナズがさらに力を込めようとしたまさにその時、鋭どい声があたりに響いた。
[ 4 ]
「ダメです!その人形の中には、水銀が入っているんです」
セレスティ・カーニンガムと共に、歩道橋にたどり着いた向坂・愁は歩道橋の上で水に捕らわれた人形の姿を視認する。その人形と相対している葵とケーナズの姿に、愁は珍しく声を張り上げた。
蓮の話では、機巧の一部に水銀を使用しているという。こんな街中で水銀を撒き散らす事など出来る訳がない。
水銀…?
あらゆる水を支配下に置く事が出来る、葵は一瞬水銀を自分の支配下に置く事が出来ないかと集中する。
しかし、それはどれ程葵が集中したところで、反応する事はなかった。
液体といえど金属はダメか…。ともかく、人形を捕獲しなければ…。けど、人形自体が見えやしない。
首を振る葵の前で愁は自らの両手を中空にかざした。
愁の持つ浄化の力を発動させているのだ。これでかの人形が持つ力を打ち消す事が出来るかもしれない。
きらりと光を受けてきらめいた。風に乗りあたり一帯に広がる、浄化の力。
4人の、いやみなの目の前で空間が揺らぎ、着物をまとった胡粉塗りの人形が姿を現す。
それは、いまだ葵の放った水の網に抑止されていた。
体勢を崩したままの葵の肩を、ケーナズはぽんと軽く叩くと軽やかに階段を駆け上がり、人形を手を伸ばした。
今まで人を突き飛ばしていたのがこの人形だとは想像もつかないくらいに小さな人形は水に束縛されたままケーナズの手の中に納まる。
「確保したぞ」
ケーナズがそういうと、周囲から安堵を含んだ溜息が漏れる。
ゆっくりと階段を下りる。その途中ケーナズは衆人の視線が、自分達4人に注がれている事に気が付いた。
階段を下りたケーナズは、服に付いたほこりをパンパンと払う葵に向かって、小さく『まずい…』とだけ呟く。一瞬、事態が飲み込めずに『は?』と聞き返した葵は、ケーナズにみなに見られていると聞くと、軽く微笑む。
次の瞬間。
「撮影にご協力ありがとうございました〜」と、白々しく大きな声でそういうと。自分達を見つめたままの人々に向かって会釈をする。
あまりにもベタなごまかし方にケーナズと愁は目をむいたが、ただ一人セレスティだけが『いいですね。撮影ですか』と微笑んだ。
穏やかな微笑ではあったがセレスティの持つバックボーンを知るケーナズは、本気で『本当の撮影』にしてしまいそうな気さえする。
「本気じゃないですよね」
そう訊ねたケーナズに、セレスティはいつもの穏やかな表情で曖昧に微笑んだ。
ぱらりぱらりと散っていく人々。
それらを確認した後、愁の「…いったん、レンに戻りましょうか」との提案に異論を唱える者は一人としていなかった。
[ 終 ]
「お帰り…。無事に連れてきてくれたんだね」
ありがとうよ。と、ぞんざいではあったが蓮の労いの言葉一同は、ようやく終了したというとばかりに溜息をついた。
「それで、この人形はどうするのですか」
人形を捕獲は出来たものの、根本からの解決はしていない。このままでは、またレンを抜け出し、同じ事を繰り返す事もあるかもしれなかった。
「壊すべきだろう。どんな理由があれ、人を危険に晒したのは変わりない」
ペットである犬でさえ、その牙で人を危険に晒した時は始末されるのだ。人形が許され道理もなかろう。
「僕もその通りだと思うよ。そりゃ、蓮さんが望むなら返してあげたいけどね。
けど、同じ事を繰り返されたら困っちゃうしね」
蓮に会えるのはうれしいけど、そのたびに階段から落ちたり、呼び出されたりしたら身がもたないしね。と、付け加える。
「この人形が、人を突き飛ばし始めたのは…自分が壊れてしまったからですよね?
ならば、修理すればそれもなくなるのではないですか?」
セレスティは二人に一応の反論をしてみたものの、自らの言い分が可能性に過ぎないことを重々承知していた。
「僕もちょっと可哀想な気はしますけどね。
このまま壊してしまうのもなんだし、死に水代わりに一回だけ願いをかなえてからってのはどうです?
一度修理してから壊すっていうのは、二度手間になるだけかもしれないですけど」
カウンターに肘を付き、4人の話を聞いていた蓮は煙管を大きく吸い込み、ぷかりと白い煙を吐き出した。
「よし、こいつは壊そう。というか、分解しよう。
パーツとしては残すけど、人形としては…壊す。それでどうだい?」
ぶち壊すにも、こいつの心臓は厄介だしね。と苦笑する。
「ただし、今回ばっかりはあたしの手落ちだ。
こいつを早々に修理してやってればこんな事にはならなかったかもしれない。
……で、だ。こいつを分解する前に一度修理しようと思う」
人の注目を集めたかった、注意を引きたかったみたいだし、そん時はもう一度集まってくれるかい。と、蓮は四人を見回す。
それに対しては、四人ともうなずいたものの、ケーナズは再度食い下がった。
「分解するだけで、本当に大丈夫なのか」
「大丈夫でしょう。部品単位になってまで動いた人形を私は知りません」
店の奥、商品として店に並べられる前の品がどっさりと置かれた部屋の奥から、一人の男が姿を現す。
「はじめまして、こちらで人形の修理を担当させていただいているものです」
男は一度頭を下げると、再び人形に話を戻す。
「部品単位になってまで、人形としてあるものはまずありません。
同じ部品を使っていても、頭を挿げ替えてしまえばそれは別の人形となるように…」
「…という訳だ。問題はないかな?」
「……ええ、その人形が今後問題を起こさないというのであれば」
再度念押しをするようにケーナズはそういってから頷く。
「じゃあ、決まりだね。
修理でき次第、連絡を入れるよ。楽しみに待っていておくれ」
重い木製の扉を開き、四人はアンティークショップ・レンを後にした。
とはいえ、またすぐここに集う事になるだろう。人形の最後を見守るために。
完全に幕が引けたわけではなかったが、人に危害が加わる事がないというのであればそれもいいだろう。
何より、余計なおまけはあるものの、また蓮に会えるのだ。
無論、仕事上では様々な女性の同伴などの予定が入っていたが、こうしてプライベートでも面白い女性と会えるというのはいい事だと、葵はうんうんと頷いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
1072/相生・葵/男性/22歳/ホスト
1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/25歳/製薬会社研究員(諜報員)
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2193/向坂・愁/男性/24歳/ヴァイオリニスト
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■ ライター通信 ■
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まずは納品の遅れた関し、深くお詫び申し上げます。
誠に申し訳ありませんでした。
改めまして、新人ライターのシマキと申します。
この度はご参加ありがとうございました。
引き続いての遅延のお詫びになってしまう事、とても心苦しく思っております。
この度は本当に申し訳ありませんでした。
もしよろしければ、他の方の文章にも目を通していただけたら幸いです。
一つで完結するように作ってはおりますが、おそらく明かされていないことも出て来ると思います。
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