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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


丸いサイコロ


 ――プロローグ

 キュピン、耳鳴りに近い音と共に仮想都市渋谷に身体が現れる。
 ネットカフェの店長の指示によって、雫はもう自分の身体を手に入れていた。小柄な身体、チェックのセーラー服、頭の上のピンクのリボン。
 ここは、VRS(ヴァーチャルリアリティースコープ)の世界だった。仕組みはよく知らないが、頭に装着しただけで仮想都市東京へ入ることができ、キヨスクへ行けば手頃なテキスト(物語)をもらえる。
 ここへ入る度に、どういう仕組みで自分が動いているのか気になる。入ってきた仲間の誰かに訊こうと思うのだが、遊んでいる間に忘れてしまう。
 テキストの中には、怪奇現象を扱った物もあったからそれなりに楽しめた。
 もちろん、バグなのかエラーなのか、イレギュラーの怪奇現象もあった。雫のお目当ては、いつもイレギュラーの物だった。用意されたテキストは、月並みなオバケ屋敷の粋を出ない。

 やはりHPで手に入れた情報では、今この世界で死神がうろついているという。
 普通死んだプレイヤーのキャラクターは、消える。プレイヤーの目には、ゲームオーバーの文字が映る。だが、死神に殺された者は死なない。キャラクターは首を刈られ、運が良ければ(悪ければ)道路の上から首のない自分の全貌を見ることができる。
 死神は殺人鬼の類だが、この首の落ちたキャラクターは正に怪奇現象だった。

 別に本当に人が死んでいるわけではない、と思う。
 思うとしか言い切れないのには、理由がある。東京では今、本当に首切り少女殺人事件が頻発していた。
 VRSの死神の仕業だというもっぱらの噂だった。
 実際、プレイヤーが死んだわけではない。(確率論的に、プレイヤーがいなかったわけでもない)
 ただ、死神に殺されたキャラクターは一度死んでしまうと、保存データごと逝ってしまうらしい。友達リストも、ブックマークした家々も、お気に入りの公園のデータも、ともかく一度ぶっ飛んでしまうのだ。
 ある世代に言わせると、ドラクエでのファミコンやスーパーファミコンのセーブデータが逝ってしまう現象に似ているそうだ。残念ながら、雫にはわからない。雫はプレイステーションの世代、どちらかというとFF世代の女の子だ。そして現在、VRSなどというハイテクなオモチャを使いインターネットTOKYOで遊んでいる。

 今日は目的があった。

 死 神 が ア ク セ ス してきたのだ。

 たとえメモリーカードのデータが全部吹っ飛んだとしても、死神に会わない雫ではない。
 死神からの新着メールがVRSの管理側に削除されなくてよかったと思う。死神は雫のHPを知っており、雫の活動を知っている。死神は、雫に『話がある』というのだ。
 実際のヴァーチャル状態の雫にどんな危害があるだろう。
 雫が心配なのは、死神が怨念だった場合だけだ。もちろん、怪奇現象は『楽しみ』だが自分が呪われてしまったら元も子もない。
 だから、雫は仲間に打診をしておいた。
 今日死神に会うこと。その死神は、首切り少女殺人事件に関係あるかもしれないこと。一応、除霊のできる友達も呼んである。
 三時にハチ公前。
 内密でもなんでもなく、HPの日記に書いておいた。井戸端会議みたいなもののつもりだった。
 死神は誰かを連れてくるなとは書いていなかったし、雫にアクセスしたということはきっと公表したいことがあるのだろう。
「こんにちは」
 ハチ公前で、知らぬ短髪の青年に声をかけられた。
 雫がダブルクリックの要領で瞬きを二度すると、黄色い長袖のTシャツを着た青年ごしにデータが見られる。

 ▽サイコロ
 男・21歳・趣味パソコン・悪人□□□□■善人

「シズクさん、いつもROMってるサイコロです。はじめまして」

 ▽シズク
 女・14歳・趣味怪奇現象探し・悪人□□■□□善人

「はじめまして☆ 今日は、日記を見て来てくれたんですかぁ」
 悪人や良人の状態は、こなしたテキストの成果によるものだった。道案内をしたり、人を助けたり、泥棒を捕まえたりして上がる。最初の状態は真ん中だ。
「ネカマじゃなかったんですね、あ、失礼なこと言っちゃった、すいません」
 サイコロは気の弱そうな顔を歪めた。雫はもうっとふくれてみせ、怪奇現象なんていう怖いと思われているジャンルに女の子である自分が不釣合いなのを実感していた。
 雫は舌を出して言った。
「ネカマかもしれませんよ」


 ――エピソード

 そこへ、どたどたと渋谷駅の改札から会社員風の男が現れた。
「雫ちゃーん、ごめん、遅れたあ?」
 横髪を軽く固めただけの、冴えない顔をした男だった。切れ長の目をしている。怪奇事件で知り合った陰陽師で、足立・道満という。
「遅れてないよ、ぴったり」
「よかった。仕事抜けてきた」
 人の良さそうな顔をふにゃりと曲げて、道満はほっと溜め息をついた。
 雫は少し不服そうな顔でサイコロと道満を見比べて、
「インターネットって希薄だよね、せっかく日記で書いたのに人が全然集まってないもん」
 サイコロが苦笑し、道満が「まあまあ」とフォローする。
「死神なんて物騒だし。実際、あんまり人が集まったらヤバイと思ってたから、丁度いいよ」
 雫が口を尖らせる。
「ともかく、指定場所の池袋西口公園へ行きましょ」


 夏野・影踏は雫達がハチ公前に集まっているのを遠目に眺めていた。雫はHPで感じるよりとても幼い感じの女の子だった。あれだけカウンターの回っているHPだから、もっと人が集まってもいいものなのに。影踏は素直に思った。
 影踏は少し雫が心配になった。
 一見した、サラリーマンの男はもしかしたらロリコン趣味かもしれないし、いかにもネットオタクぽいもう片方の男だって、女の子を襲わないとも限らない。インターネットの中っていうのは、それなりに危険なんだ……というのが影踏の見解だった。
 じゃあ、それに居合わせた自分の立場は?
 ちょっと考えて、やっぱり雫が心配になる。
 今日はあの死神に会いに行くと言っていたし、それにロリコン趣味の二人が一緒ではどうなるかわかったもんじゃない。
 これはきっとまずいぞ、まずいんじゃないか。
 少し三人に近付いてみる。すると、「指定の場所の池袋西口公園」と聞こえてきた。その瞬間に三人がシュピンと音を立てて消えてしまったので、影踏は慌てて瞬きを二回してウィンドを開いた。
 公園のリストの中から西口公園を選択して、同じように西口公園へ向かった。
 
 
 公園には人がいなかった。
 一人、二人いてもいい筈なのに。雫は小さく思った。
 そこへ、シュピンと音がして男が現れる。黒髪の青年だった。少し、間の抜けた顔をしている。
 彼は開口一番に言った。
「雫ちゃん」
「はい?」
「俺、影踏って言います。あの、さっきハチ公前で……」
「ああ、HP見てくれてたんですか〜」
 嬉しそうに雫が笑う。「そうそう」と影踏が合わせるように答えた。
 雫はパチパチと目を瞬かせ、データを出した。
 
 ▽カゲフミ
 男・22歳・趣味インターネット・悪人□□□■□善人

「ここで、死神さんと会えるんですよ」
 アルタ前でタモリに会うみたいに雫が言ったので、影踏は苦笑した。
 雫はサラリーマン風の男を指して、
「陰陽師のドーマンさん。こちらは、サイコロさん」
「ドーマンさん?」
 影踏は口の中で呟きながら、サラリーマンのドーマンを見た。ドーマンは苦笑いをして、手を振ってみせる。
「足立、みちみつです」
 影踏は一瞬黙って、頭の中に漢字を思い描いた。道満で、ドーマンになるわけだ。雫は道満をあだ名で呼んでいるのだろう。
 なんだ、別に怪しいロリコン趣味のサラリーマンじゃなかったのか。
 よくよく見ると、気の弱そうな顔をした男だった。普通より、少しは整っているだろうか。だからと言って、影踏のお眼鏡に適うほどではない。ネットゲームの世界なのだから、本当の容姿はわからないか……影踏は考えた。
 池袋西口公園はそんなに広い公園ではない。ベンチがあちこちに置いてあり、大きなトイレもあった。植物が公園を囲うようにして置かれていた。
「……あのおー」
 後ろから声を掛けられる。振り返ると、黒装束をまとった眼鏡の男が立っていた。
「ここで、なにしてらっしゃるんですか」
 ずいぶんゆっくりと話す男だった。
 どこでなにをしていてもいいと思うのだが。一瞬過ぎらせるが、なんとなく口に出すのははばかられて、影踏は雫を見た。
 雫は小首をかしげて聞き返した。
「どうしてです?」
「神宮寺・旭と言います。ちょっと……用事があってここに来ました」
 神宮寺は眼鏡を片手で直し、すっきりとした顔をにっこりと笑わせた。
 いくつぐらいなのだろう。影踏は、なんとなく好みだと感じた。
「あまりよくないことが起きると思います。だから……その、あまり人がいて欲しくないのです」
 神宮寺は雫を見て両手を広げてみせた。
 雫は目をぱちくりと瞬かせ、困った顔をした。
「でも、約束があるんです」
 雫の言葉に続いて、道満が渋い顔をした。
「よくない感じはする。……雫ちゃん、帰った方がいいよ」
「なに言ってるんです。ドーマンさんが嫌な感じってことは、怪奇のニオイでしょ!」
 道満は無駄口を利いたと、口をつぐんだ。
 神宮寺が、おや? と眉を上げて道満を眺める。
「どう見てもサラリーマンの方にしか見えませんが。霊感をお持ちで?」
「……いえ、副業でお祓いを……ちょっとだけ」
 道満が答える。神宮寺はオーバーリアクションでパンと両手を打ってみせ、まるで旧知の友人にあったような口調で言った。
「そりゃあ奇遇だ、私もそういった副業なんですよ。いや、奇遇だ。仏教? イスラム教? あー待ってください。きっとあなた、アフリカ密教のお祓い師でしょう」
「……残念ながら神宮寺さん。僕は、ただの陰陽師ですよ」
 神宮寺は残念そうに顔を歪め、
「ああ、陰陽師さんだったんですか。それはそれは、失礼しました」
 と笑った。
「じゃあ、あなたは黒魔術を?」
 決め付けるように振られて、影踏は一瞬呆気にとられた。ぽかんとした間の後、小刻みに首を横に振って否定する。
「栄養士です」
「それはいい! 私、なにか足りなさそうなものがありますか? ほうれん草とか……バナナとか」
 影踏は面食らったまま答えた。
「お嫌いなんですか?」
 神宮寺は影踏から顔を背けるようにしてから、くっくっくと笑いそしてまた影踏を見やった。
「そうなんです」
「……嫌いな物の他の物で補えていれば問題はないと思いますけれど」
 そこへ、イライラしたサイコロが口を出した。
「今から死神が出てくるんですよ! そんなことどうだっていいじゃないですか」
 神宮寺が確認するように口の中で呟く。
「し、に、が、み……」


 まるで合図を受けたかのように、死神が空間を歪ませた。写真に渦加工をしたかのような映像が見え、死神は西口公園の公衆トイレの上に姿を現した。
 真っ黒なローブを身につけている。ローブの裾は、急に吹き出した風にあおられて舞っていた。道満が身構えるのが伝わってくる。雫が、コクリとツバを飲んだ音が聞こえた。サイコロを見ると、懐かしい者を見るような眼差しで死神を見つめていた。
 影踏は、異質な者に違和感を覚えた。
 死神は大きな鎌を持っている。顔はすっぽり被ったローブで暗くて見えない。

 ▽死神
 ―・―――・――――・――――――
 
「知るべき者。知っているか、外の死神を」
 神宮寺が、かすかに動いた。ただ、どうしてだか体制を崩して立っている。
 構えていた道満も、声を聞いた瞬間にやる気をなくしたように、身体を真っ直ぐにした。雫とサイコロだけが真剣な眼差しで死神に見入っている。影踏はというと、あまりにもお決まりな死神のスタイルに、少しばかり拍子抜けしていた。
「連続少女殺人犯について?」
 雫が呟くように言った。
 死神はじっと影踏達を見回すようにして、そうしてから言った。
「内の死神、外の死神。その差は歴然。知恵者よ、それを証明せよ」
 空間がまた歪む。ぐるりと視界が回る。影踏は両足を踏ん張った。
 
 
「神宮寺さん」
「……はい?」
 道満が言った。神宮寺はとぼけた顔で、道満に向き直る。
「あれには確かに悪い念は憑いていますが、私達みたいな者が退治する対象ではないようです」
「たしかに」
 神宮寺は眼鏡の優男で、神父の格好をしていた。
 影踏は理解できずに、二人に訊いた。
「どういうことなんです?」
 道満が、少し考え込むようにして、言葉を選びながら説明してくれた。
「たぶん、あれはコンピューターのバグか誰かがハッカーで入り込んだ状態のものだ。たしかに、擬似の人間の首を落とすという行為をしてしまっているが為に、悪い念に憑かれている。言ってしまえば、それだけのことなんだ」
 言葉を切った道満の後を、神宮寺が継いだ。
「念というのは、憑かれてしまったものです。そして、死神はその程度のものだったということです。悪霊だとか怨念の類が具現化した状態のものではない。死神さんに関しては、祓ってあげないと後々悪いことが重なり出すかもしれませんがね」
「へぇ、そういうもんなんですか」
 二人にもっともらしく説明され、影踏が納得しかけると、サイコロが声を荒げた。
「違う」
「え?」
「死神は本当に死神なんだ。だから、首を落としたっていいんだ」
 神宮寺と道満がサイコロを見る。サイコロは、雫へ主張した。
「シズクちゃんも信じるでしょう? 死神が首を落として……死神が特別だってこと」
 雫は押されて、こくりとうなずいた。
 
 
「……じゃあ、これでお開きなわけなんだけど」
 道満が眉根を寄せて訊く。
「ぼくは、死神について調査しなくちゃなんだよ。ぶっちゃけ、本当は死神にもう一度会って、もう二度とやらないように説得する役目なんだよね。それで、死神に殺されたPCの新規登録名のリストがあるから、聞き込みで回らなくちゃでさ」
「手伝ってほしいの?」
 雫が端的に言ったので、道満はバツが悪そうに頭をかいた。
「こういう世界は全然わからないから、お願いしたいんだけどなあ」
 影踏は、なんとなく情けなく見える人の良さそうな道満に好感を持っていたので、二つ返事で了承した。
「いいですよ。俺、手伝いますよ」
 雫も、ちょっと消化不良な顔をしながらうなずく。
 そこへ神宮寺も言った。
「私も……ご一緒して、よろしいですか」
 道満が「へ?」と間抜けな顔で静止する。
「いやぁ、私、どちらかと言うと連続少女殺人犯に興味がありまして……」
 尚更わからなかったので、サイコロを含めて四人は顔を見合わせた。
「殺人犯が死神を模倣しているのは事実です。ならば、死神の行く先に犯人がいたこともあった筈なのでは、ないかと思いまして……」
 影踏は、大きく納得した。
「言われてみれば、そうかもしれない」
「わかりました。なら、えと、サイコロさんでしたっけ? あなたも行きます?」
 サイコロは、目を細めたような睨むような顔で、うなずいた。
 
 
 ▽ラスコーフニコフ
 男・19歳・趣味漫画・悪人□■□□□善人
 
「死神! ホントどうにかしてほしいぜ。マシンがクラッシュしなかったのが不思議なぐらいだ」
「首を切られてどうでした」
 道満が話を聞いている間、神宮寺が影踏の身体を突いてきた。つん、つんと突くので、何事かと思って見ると、不思議そうな顔で影踏を見つめている。
「どうしたんです?」
 神宮寺は突くのはやめて、
「いいですか?」
 と訊いた。影踏はわけがわからず、眉根を寄せた。すると、神宮寺は影踏の頬へ手を伸ばしいきなりつねった。
「いたっ」
「あーれー、やっぱり痛いんですねえ」
「さっきから、あなた何がやりたいんですか!」
「いやだって、ここは五感が生きてますよねえ。それなのに、死神に首を切られても死なないなんておかしいじゃないですか」
 影踏はゲーム雑誌で立ち読みしたことを思い起こして答えた。
「だって、実際俺達はゲームの中にいるわけだから、関係ないじゃないですか」
「そうではなくて……例えば、私があなたの首を絞めたら、苦しいですよね」
「そりゃ、そうですよ」
「それなのに、死なない」
 む? 影踏にも神宮寺の言いたいことがおぼろげながら伝わってきた。
 会話を終えたらしい道満が戻って来て答えた。
「ショック死の可能性は否めませんから、感覚は色々な場所で制御を受けています。実際ゲームをやりこむと、少し物足りなくなる程度のものだそうです。だから、模造品なんかで、もっと五感を効かせたものも出てきているようで……。つまり、そういうカスタムな物は、制御が利いていないから、ショック死の確立も出てくる」
 雫がびっくりした声で言った。
「ドーマンさん詳しい!」
「僕は会社から依頼されてるからね。ちゃんと講義を受けさせられた。だから、死神が問題視されてるんだよ。カスタムモデルを使っている人の首を、たまたま死神が落としたらその人はショック死する。会社側としても、こればっかりはマズイ」
「そういうことかあ」
 その瞬間、ふっと意識が遠くなる。影踏は、慣れた感覚に前世返りなが起ころうとしているのを知った。


 影踏の姿は、十代の少女になっていた。呆気にとられた道満は、言葉を失って立ち尽くした。ただそれは一瞬のことで、少女はすぐに影踏の姿を取り戻し、影踏は目覚めるというより、元よりその場にいたような顔で立っていた。
「か、かげふみくん?」
「あ、すいません。戻っちゃいました」
 雫が不思議そうに呟く。
「もどっちゃった?」
「戻っちゃったって?」
 道満が頭を振る。すると、神宮寺はぽんと手を打った。
「わかった。きっと、影踏くんは世を忍ぶ仮の姿で、実はジャンヌダルクだった!」
「違います」
 さらりと、しかしきっぱりと否定する。
 どうやら神宮寺は、好きなように現実を捻じ曲げる癖があるようだ。
「あれなんですよ、前世返りって言うんですかね、まあ、よくある発作です」
 軽く影踏が言い切ると、陰陽師のくせにやけに常識人の道満が
「ないない、よくない」
 と言って首を横に振っていた。


 ▽ナッチ
 女・16歳・趣味香水集め☆・悪人□□□■□善人

「あたし見たよ。あたしの死体をまじまじと見てた奴」
 八人目の証言者がそう言った。
 影踏は、まさか本当に殺人犯の証言だろうかと驚いた。そして、ナッチは嫌そうな顔をして指差した。
「その人だよ」
 道満の肩を抜けた指は雫の頭の上を通り、神宮寺の隣を通り抜け、影踏を差しているようだった。影踏は、「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。全員が影踏をじいと見ている。影踏は慌てた末、仕方がなく後ろを見てみた。影踏の後ろには、真顔のサイコロが立っていた。
 サイコロは突然影踏の身体を引きずるように掴み、ポケットからジャックナイフを取り出して影踏の首へ当てた。
 影踏はもの凄い力で首を押さえつけられていた。ナイフの冷たい感覚が首に当たっている。びっくりして逃げようと思っても、身体が動かない。
「……ここはヴァーチャル空間だよ。影踏くんには悪いが、傷ついたってリセットすれば全て終わりだ」
 道満が言う。神宮寺は、ひどく冷たい顔でサイコロを見つめている。
「さっき言ってただろ。こいつの使ってるマシンがカスタムモデルなら、ショック死だ」
 サイコロが叫ぶ。
 道満が嫌そうな顔をする。すっと懐に手を入れた。その動作を、神宮寺が制する。
 
 それから、一瞬だった。サイコロの力が抜けたのを確認する方が早かったかもしれない。
 影踏の前には死神が現れて、そして影踏とサイコロの間で器用に鎌を振り、サイコロの首を切り落としたのだ。
 神宮寺は小さな声で道満へ言った。
「殺人犯の身元確認、身元捕獲を警察へ」
 コクリとうなずいた道満がシュピンと消える。
 影踏はゆっくりと死神を振り返った。死神は、首の落ちたサイコロと死神を凝視する三人をおかしそうに振り返った。
 死神に顔はなかった。ただ、黒い空洞があるだけだった。
 一瞬、影踏はぞっとしてその場にへたりこんだ。
 
 神宮寺が小さな声で死神に言う。
「どうして仲間を殺したんですか」
「……仲間?」
 死神が答えた。思わず、口に出してしまったようだった。
「そうでしょう? 考えてもみてください。あなたがいなければ、サイコロくんはきっと首切り殺人はやらなかった」
 死神は無言だった。
 神宮寺は、続けた。
「あなたがいなければ、少女達は死ななかった。あなたにとっては遊びだったかもしれない。しかしその遊びのせいで、少女達は殺されることになりました。言い換えれば、あなたが殺したも同然だ」
 死神は、ローブをはためかせて消えようとしている。神宮寺は、手に持っていた本を開いて口の中で何かを唱えた。すうと光が走り、妖艶な女性が死神の前に立ちはだかる。そして死神に近付いて行って、神宮寺の出したものは消えた。
「この世界は人間の脳内で作り出されたものです。あなたの頭に、妖魔を放ちました。あなたはそれを覚えていることです。私はあなたの居場所を察知できます。あなたは始終私に監視され、妖魔に監視されることになりました。
 残念ながらお遊びは終わり、チェックメイトです」
 よろよろとよろけるようにして、死神は消えた。
 
 神宮寺は影踏に駆け寄った。影踏を助け起こして、笑いながら言った。
「あなた、前世返りできるって言いましたね。もしかして、始祖鳥にもなれるんですか?」
 神宮寺の言うことは、的外れもいいところだった。
 それでも影踏は少し笑って、力なく答えた。
「俺の前世に、始祖鳥がいれば、なれるかもしれません」
 くすくすと、二人は笑った。


 ――エピローグ
 
「サイコロさんは捕まったそうですよ」
 道満がハチ公前で言った。影踏、神宮寺、雫もいる。
「なんだか、この世界は僕に合ってないような気がする。どうにも、文字盤がない時計というか」
 道満が苦笑しながら言ったので、影踏は後を引き継いだ。
「丸いサイコロというか」
「? そうですかあ?」
 雫はわからない顔で答えた。
 それから、神宮寺が訳知り顔で言った。
「ファンタのピーチ味みたいなもんですね」
 全員、神宮寺の的外れな言葉には答えなかった。
 擬似都市東京に、人が集まり始める。
 

 ――end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2309/夏野・影踏(なつの・かげふみ)/男性/22/栄養士】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27/悪魔祓い師】

【NPC/足立・道満(あだち・みちみつ)/男性/30/会社員兼陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして「丸いサイコロ」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。

新しい世界観に挑戦ということで、色々と不備があったかと思います。ご容赦ください。
もし皆様のご期待に添えるものが書けていたとしたら、またご参加いただければと思います。
では、次にお会いできることを願って。

 神宮寺・旭さま
 
 改めまして、はじめまして文ふやかです。
 旭さまのご指示された妖魔を、きちんとした形で出せずに申し訳ありませんでした。
 少しでもご希望に添えていれば幸いです。
 ご意見がありましたら、お気軽にお寄せください。
 
 文ふやか