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<東京怪談ノベル(シングル)>


The Hermit
 手にしていたグラスの中の氷がとけて、からん、と涼やかな音を立てる。
 黒髪の少年――神威飛鳥は、静かにため息をついた。
 どういうわけだろう、なぜか、今日はやけに昔のことが思い出される。特になにかがあったわけでもないというのに。
 もしかしたら、この暑さのせいかもしれない。飛鳥は思った。
 あまりにも暑すぎると、思考能力が鈍くなる。そのせいで、昔の記憶が浮かび上がってくるのかもしれない。今を認識することよりも、既に整理された昔の記憶を反芻する方が、ずっと楽なことだから。
 自分の瞳のようにあざやかな、赤い色をしたオレンジジュースに口をつけながら、飛鳥はふと、あの夜のことを思い出す。
 そう、あの夜――
 なにもかもがいやになって、家を飛び出したあの夜。
 あの夜のことはきっと、ずっと、忘れられそうになかった。

 ゆくあてもなく家を飛び出した飛鳥は、深い竹林の中をひたすらに走っていた。
 時刻は夜。月はなく、足もとは暗い。
 だが竹林は、見通しが悪いように見えて、実は意外と見通しがいい。明かりがないため足場は悪く危険だが、竹は木に比べれば細いから、追っ手が陰に隠れるということができないという利点がある。
 だが、それは、逆に考えれば、飛鳥も隠れることができないということでもあった。
 そのため飛鳥は、周囲に注意を向けながら走っていた。
 と、そのとき、目の前に人影が立ちふさがる。
「なっ……!」
 まさかいきなり目の前に人間があらわれるとは思わず、飛鳥は驚いて足を止める。
 成人にしては少し小さい。女にしてはがっしりしている。
 どうやら、相手は老人のようだ。
 だが、その顔をまじまじと見つめて、飛鳥はふと、相手が人間ではないことに気づく。
「なんだよ、くそジジイ」
 飛鳥はぼやいた。
 そう、目の前にいたのは、飛鳥が幼い頃に亡くなった祖父だった。
 邪魔をしに来た、ということだろうか。
 飛鳥は懐から縛流を出し、祖父に向けて構える。
 幽霊相手には通常、銃は無意味だが、縛流は違う。あやかしの能力を封印した道具から力を引き出すときに使うその銃は、幽霊相手には必殺の武器といってもいい。
「まったく、人の話くらい聞け」
 祖父はあきれたように首を振った。いきなりなにを言うのかと、飛鳥はむっとしながら祖父を見つめる。
「カードを出せ」
「カードを……?」
「いいから、出せ」
 いったいどうしてカードを出す必要があるのかわからなかったが、飛鳥はしぶしぶカードを出す。
 すると祖父が、カードに向けて手をかざし、聞き覚えのある呪言をつぶやきはじめる。
 なにをする気なのかと飛鳥が問い返す前に、既に祖父は呪言を終えている。祖父の身体から光がはしって、カードの中へと吸い込まれていく。
「餞別だ。持っていけ」
 封印を終えると、短く、祖父が言った。
「頑張れよ」
「ジジイ……」
 飛鳥はじんとして、カードを見つめる。
 神威流封術では、特定物に、なにがしかの能力を封じることができる。そして、神威流封術継承者はそれを使って戦うのだ。
 死んだあとにまで、こうして気遣ってくれる祖父に、飛鳥は一瞬感動した。
 だがふとカードを見ていて、飛鳥は気づく。
 封印されているのは掌底技――祖父が生前、一番嫌っていた技だった。
「ふざけるなっ……!」
 飛鳥は顔を上げて抗議しかけたが、もはや、目の前には誰もいない。
 飛鳥は舌打ちした。
 まったく、食えないにもほどがある。
 自分がいらないからといって、孫に押し付けていくとは……。
 だが、一度封じてしまったものは仕方がない。なにかの役に立つこともあるだろう。
 飛鳥はしぶしぶ、カードを懐に収めた。
 そして深呼吸すると、ふたたび、竹林の中を駆け出した。

(獲得能力)9/HERMIT:IMPACT・錬武掌