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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


革命たる天啓

●序

 このまま、消えてしまいたい。
 辞書や教科書が山のように入っている鞄を持って、漸く下駄箱に辿り着いたら、また上履きがなかった。いつもの事だから、そっと鞄の中から上履きを取り出した。辞書や教科書なんて、置いて帰ればもっと鞄は軽くなる。だけど、そんな事をしたら辞書や教科書まで使い物にならなくなる。一度置いて帰ってしまい、もう一冊買う羽目になったのだから。あれは痛い買い物だった。
 教室に入ると、いつもの通りに机に落書きがしてあった。消えちゃえ、だって。分かってないな、私はいつだって消えてしまいたいって思っているのに。くすくすと笑う声が聞こえる。笑いたいなら笑えばいい。こんなに辛いなんて、知らないから笑えるんだろうから。
 屋上の風は涼しく、ほんの少しだけ肌寒かった。そっと下を覗き込むと、驚くほど高いことに気付く。ああ、このまま。このまま飛び降りればどんなに楽になるだろうに……!
『勿体無いよ』
 ふと耳に響く、少女の声。私と同じくらいかしら?誰かいるのかと思って周りを見回すが、誰もいない。空耳だろうか?
『勿体無いよ、飛び降りなんて。それよりも……』
 私はそっと微笑む。ああ、これは神の声だと。私を助けに来た、神様の声なのだ。


 草間興信所に訪れた女子高生は、福田・芽衣(ふくだ めい)と名乗った。ガタガタと震えつつも、キッとした目で草間を軽く睨む。
「嘘だと思っているんでしょう?だけど、本当なのよ!次は……次は私なんだわ!」
 芽衣によると、クラスメイトの堀田・逸美(ほった いつみ)と植木・淳子(うえき じゅんこ)の二人が、順に突然意識不明になり、病院に運ばれて入院してしまったのだという。一週間に一人ずつ、金曜日の6時間目なのだと。
「……嘘だとは思わんが、それだけきっぱりと言うからには心当たりがあるんだろう?そいつを聞かないことには、何ともいえないんだが」
 草間が言うと、芽衣はそっと俯き、唇を噛み締めてから口を開いた。
「……あいつを、神垣・洋子(かみがき ようこ)を私達三人が苛めたから。だって、あいつむかつくんだもの!いつもちらちら陰険臭い目でこっちを伺うように見てさ、いかにも苛めてくださいって言わんばかりでさ!」
「自業自得としか思えんのだがな」
 きっぱりと草間が言い放つと、芽衣はキッと草間を睨みつける。
「もうしないわよ!しないから……助けてよ!」
 草間は大きく溜息をついた。そしてちらりとカレンダーを見つめた。彼女の恐れる金曜日は、明日に迫っていた。


●苛

 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は草間の話をただじっと聞いていた。青の目で草間を見つめ、纏め上げている黒髪から髪がはらりと落ちてくるのも構わずに、ただじっと聞いていた。
「……こういうわけだ、シュライン」
 草間がそう締めくくると、シュラインは大きな溜息をついた。何と形容していいのか分からない、そんな溜息である。
「何て言っていいのか、分からないわね」
 それが、シュラインの素直な感想だった。芽衣を含める三人は、洋子を苛めていた。おそらく、洋子は毎日芽衣たち三人を恐れていた筈だ。だが、今は立場が逆転して洋子を芽衣が恐れている。ただ、それだけの事なのだが、何となく釈然としない思いがシュラインの中にある。
「まあ、俺自身もどう言っていいのか分からない部分もあるしな」
 草間はそう言い、煙草を一本取り出して口にくわえて火をつけた。一瞬煙草の先が赤く燃え、それから白い煙を吐き出した。
「自業自得、因果応報……そういう言葉ばかりが俺の中で出てきてるよ」
「そうね。……私も似たようなものよ。だけど」
(それでは、何の解決にもならないわ)
 シュラインは再び溜息をついた。苛めた相手に復讐しているかのような、洋子。一瞬陽子の仕業ではないかもしれないという可能性も考えたが、洋子を苛めていた三人のうち二人が次々と意識不明に陥っている事を考えると、その可能性は否定されるに値する。洋子が復讐をしていると考えた方が、自然なのだ。
「武彦さん、私は……」
 やっている事は間違っているのだと、本当に胸を張って言えるのかをシュラインは考える。そして、不安になる。どちらが間違っていて、どちらが正しいのかなんて判断しかねる状況なのだ。
 草間は暫く白煙を吐き出してばかりいたが、そんなシュラインの様子に未だ長さの残る煙草を灰皿に押し付けた。
「シュラインはシュラインの思うようにすればいいじゃないか」
「え?」
 顔をあげて草間を見つめるシュラインに、草間はにやりと笑う。
「らしくないな、シュライン。シュラインはシュラインがしたいようにすればいいじゃないか。正解なんて、何処にもないんだぜ?」
 草間の言葉に、思わずシュラインは吹き出した。草間は「失礼だな」と言って苦笑したが、シュラインはただ笑うだけだ。
(本当に、この人は……!)
 一通り笑い、シュラインは一つ息を吐き出す。溜息とは違う、決意を秘めたものだ。
「じゃあ、明日行ってみるわ」
「おう」
 草間の笑みに、シュラインは笑みで返す。胸を張って堂々と、自分らしく事件に関わる為に。


●目

 金曜日、芽衣の学校に6人の男女が集まっていた。学校内は既に朝のHRが始まっているのか、しんと静まり返っている。
「ともかく、早めに洋子さんと接触してみたいわね」
と、シュラインはそう言った。皆をぐるりと見回しながら。
「そうだね。なるべくなら、早めに決着をつけてあげたいし」
と、金の髪を風に揺らしながら蒼王・翼(そうおう つばさ)は青の目で皆を見ながら言った。
「私は先に福田嬢にお会いしたいですね」
と、一つに束ねた金の髪を風に靡かせながらモーリス・ラジアル(もーりす らじある)は緑の目を細めてにっこりと笑って言った。
「あ、俺も先に会っておきたい」
と、茶色の髪をくしゃりとかきあげながら守崎・啓斗(もりさき けいと)はそう言った。緑の目は果てしなく、冷たい。
「兄貴兄貴、俺も俺も」
と、啓斗に良く似た茶色の髪を揺らしながら守崎・北斗(もりさき ほくと)は青の目を輝かせながらそう言った。
「あたしも先に会いたいわね。……色々、言っておきたいし」
と、長い髪を風に靡かせながら田中・緋玻(たなか あけは)はそう言った。青の目で学校を見上げ、小さく苦笑する。
「本当に、普通の学校なのね」
 緋玻はそう言い、それから皆を見回す。皆、同じような事を思ったようで、小さく頷く。
「ともかくでは、先に福田さんと接触しましょうか。そうしないと、神垣さんがどの人かも分からないし」
 シュラインはそう皆に提案した。皆異論は無いようで、こっくりと頷きあう。
「じゃあ、行きましょうか。確か、彼女のクラスは2年C組でしたか」
 モーリスはそう言い、校舎に向かって歩き始めた。
「学校休んだんだから、きっちり解決だけはさせてもらうからな」
 北斗は小さく呟き「うん」と頷く。
「こんな形で学校に来るとは思わなかったがな」
 啓斗は小さく呟く。こちらは、誰にも聞こえないような小さな声だ。
「……風が……」
 ぽつりと、翼が呟いた。学校に吹いている風は何故だか妙に悲しい気分にさせるかのような、そんな風であった。

 朝のSHRが終わったのを見計らい、とりあえず学生に見える翼が芽衣を呼び出す事となった。他のメンバーは屋上で待つ事となった。
 屋上は当然のように誰もおらず、ただただ風だけがびゅう、と吹きぬけていく。
「結構高さがあるわね」
 フェンスから下を見下ろしながら、シュラインが感心したように言った。
「こんなもんじゃねーの?俺らの学校も、こんなもんだぜ?」
 北斗は「なぁ」と言いながら啓斗に向かって言い、同意を得ようとしたが、啓斗自身は暫く考えてから小さく「多分」とだけしか答えなかった。
「よく、分からないからな」
 啓斗はそう言い、フェンスに寄りかかる。北斗は苦笑し、小さな溜息をついた。
「高校、という場所自体が不思議な空間ですね」
 ぽつり、とモーリスが漏らす。
「不思議な空間?」
 緋玻が首を傾げながら尋ねると、モーリスは小さく頷きながら口を開く。
「こう、閉鎖されたような印象を受けませんか?唯一外部と繋がっているのは校門だけで、あとは全てこの学校という檻の中に収まっているかのようです」
 モーリスの言葉に、一同は校庭を見下ろす。周りをぐるりと塀に囲まれている高校は、確かに閉鎖的な空間に見える。特殊ともいえる空間の中では、何が起こってもおかしくないかのような印象を受けるから不思議だ。
「ああ、でもそれは何となく分かるな。こういう場所だからこそ、溜まるものもあるし、淀むものもある」
 緋玻はそう言い、ぐるりと屋上を見回した。微かにだが、何かしらの力を感じ取ったのだ。
「……なんだか、こう……何かがいたような気がする」
 緋玻の言葉に、皆が注目する。
「それって……神垣嬢に関係のあるんでしょうか……?」
 モーリスが尋ねると、緋玻は「うーん」と唸りながら息を吐き出す。
「そこまでは分からないけど、割と新しいものなのは間違いないね」
「じゃあ、ここ近年で亡くなった人を探してみるのも手かもしれないわね」
 シュラインはそう言って、口元に手を当てて考え込む。
「やっぱり、神垣洋子にも話を聞いてみなければいけないようだな」
 ぽつりと啓斗が漏らす。その言葉に、皆が頷いた。まずは芽衣に話を聞くとして、次に洋子に話を聞くべきなのだと。
「もうすぐ福田って奴来るんだよな?俺、そいつ見たらすっげーむかつくかも」
 北斗が両手を頭の後ろで組みながら言うと、シュラインは苦笑し、他のメンバーはただ小さく笑ったり頷いたりした。皆の心は妙に一つになっていた。
 福田芽衣に対して、良い感情を抱いているものは、誰一人としていなかったのだから。


●苦

 屋上に、芽衣が翼に連れられて現れた。皆の見る目は、何故だか冷たい。
「あんたが福田芽衣か。……ふーん」
 北斗はそう言い、じろりと芽衣を睨む。芽衣はかっとして叫ぶ。
「な、何よ!もう今日なのよ?ちゃんと私のこと、守ってよ?」
「何故?」
 心底不思議そうに啓斗が尋ねる。芽衣は顔を真っ赤にし「何故って……!」と言いながら顔を歪める。
「因果応報、ですよね?どうでしょう。いっその事、意識不明に陥って神垣嬢を満足させるというのは」
 モーリスがにっこりと笑いながら提案する。芽衣は「ちょっと!」と言いながら睨みつける。
「そうそう。甘んじて罰を受けたらどう?同情の余地なんて全くないし」
 言い捨てるかのように緋玻が言う。芽衣は顔を真っ赤にしたまま「冗談じゃないわよ」と唸るように呟く。
「そこら辺にしてあげなさい、皆。……そんな事よりも、聞かないといけない事があるでしょう?」
 シュラインが嗜めるように言うと、それに翼も便乗する。
「彼女を責めるよりも、彼女を守ることをしなければいけないと思う。彼女も、もうしないって約束したし」
「もうしない、か……」
 啓斗が意味深に呟き、じろりと芽衣を睨みつける。相変わらず、目は冷たく光っているままだ。
「な、何よ!私の言葉を疑ってるとでも言いたいわけ?」
 芽衣がキッと啓斗を睨みつけながら言うと、啓斗は小さく溜息をついて頷く。
「そんな言葉を言って全てを帳消しに出来るとでも思っているのか?それに、二度としないなんぞ言っても、その同じ口の下で同じ事をやる奴が多いんだよ」
「なっ……」
「そうおす。小学生じゃねーんだからさ、ばっかみたいなことやってんじゃねーよ」
 言葉に詰まる芽衣に、北斗が追い討ちをかける。芽衣は完全に顔を赤くしたまま、わなわなと震えることしか出来なくなってしまった。
「依頼は依頼だから、ちゃんと守るようにはするわ。少なくとも、私はね」
 シュラインは苦笑しながら芽衣に言う。
「僕も、ちゃんと守るよ。……もうしないと言った君の言葉、僕は信じるから」
 翼もそう言い、芽衣に向かって微笑みかける。安心させるかのように。
「……でも意識不明になった方が、都合がいいような気がするんですけどね。私なら死なせる事だけはしませんし」
 ぽつり、とモーリスが漏らす。
「……そうよね。いっそのこと、意識不明に陥った方がちゃんと反省する気がするし」
 ぽつり、と緋玻が便乗する。
「ねぇ、芽衣さん。ここ近年で、自殺した人とかいたという噂が流れていたりはしていない?あと、屋上に関する噂だとか」
 シュラインはそう尋ねると、芽衣は暫く考えてから口を開く。
「そういえば……屋上から飛び降りた奴がいるって聞いた事がある」
 皆が顔を合わせる。緋玻は自らが感じ取っていたものを、確信へと変える。そんな真剣な眼差しに気付き、芽衣は慌てて手を振る。
「ああ、でもあくまで噂よ?全然信じてなんて無いんだからさー」
 けらけらと笑いながら芽衣は言う。だが、皆の顔は真剣そのものだ。
「それ、もっと詳しい話はねーのかよ?」
 北斗が尋ねると、芽衣は「だからぁ」と言って噂を否定しようとしたが、皆の睨みで口を噤む。
「……屋上には昔苛められて飛び降り自殺した子がいて、その子が仲間を増やそうとしているっていう噂」
 不満そうに芽衣はそう言い、大きな溜息をつく。
「それ以上の情報は無いのか?」
 啓斗が睨みつけながら尋ねると、芽衣は「無いわよ」と不貞腐れながら答えた。
「じゃあ、神垣嬢を呼んでいただけますか?」
 にこやかにモーリスが言うと、芽衣は「はぁ?」と不服そうに眉間に皺を寄せる。
「あんた、馬鹿じゃないの?何で私があいつを呼ばないといけないのよ?」
「不自然だからよ。あたし達が呼びに行くよりも、あなたが呼んだ方が自然でしょう?さっき、翼さんがあなたを呼んだだけでも、充分目立ってはいるから。これ以上不自然さを強調したくないの」
 冷めた目で淡々と緋玻はそう言った。ぐっと芽衣の言葉が詰まる。
「わ……私のことは守ってくれるんでしょうね?」
 確認するかのように、すがるかのように芽衣は皆に向けて言う。皆顔を見合わせ、シュラインと翼だけがこっくりと頷く。芽衣は二人を見てから手を強く握り締め、屋上から出ていった。洋子を呼びに行く為に。
「もう少し、優しくしてあげてもいいんじゃない?」
 シュラインが苦笑しながら言うと、四人は顔を見合わせて首を横に振った。
「もう少し、信じてあげてもいいんじゃないか?」
 翼が苦笑しながら言っても、やはり四人は顔を見合わせて首を横に振るだけだった。


●神

 芽衣に連れてこられた洋子は、おどおどしながら屋上に入ってきた。緩く二つに結ばれた長い髪に、少し小太りの体、分厚いレンズの眼鏡。常に目線は下で、顔をあげない。苛めのせいでそうなってしまっているのか、元々そういう性格なのかは分からない。洋子を連れてくると、芽衣は逃げるように洋子から離れた。
「あなたが、神垣洋子さんね?」
 シュラインが確認するかのように言うと、洋子は俯いたまま頷く。シュラインはにっこりと微笑みかける。
「今まで、よく頑張ったわね。今まで、ずっと耐えてきたのよね。だけど、もう大丈夫なのよ。自分の好きなことを、興味のあることをやればいいのよ」
「……私、私……」
 ぽつりと、洋子は言葉を口にした。そしてじり、と後ろに一歩下がった。
「なぁ、お前……」
 北斗が洋子に向かって尋ねようとしたその瞬間だった。洋子が急に顔を上げて皆を見回したかと思うと、睨みつけながら叫んだのだ。
「放っておいて!」
 ばしん、という大きな音が屋上中に鳴り響く。静電気のような感覚である。
「結界か」
 ちっと小さく啓斗は舌打ちをし、小太刀を握り締める。
「私の事は放っておいて!……もうすぐ……もうすぐ全てが終わるんだから!」
 洋子がそう叫ぶと、屋上はビリビリと振動に包まれた。そしてゆらりと、陽子の後ろに人影が出てきた。洋子や芽衣と同じ制服を着た、彼女らと同じ年ごろの少女である。
『放っておいて……もう少しなんだから。もう少しで、全てが解放されるんだから』
 少女はそう言い、にっこりと笑いながらちらりと芽衣を見る。芽衣は目を見開き、小さく「ひい」と声を上げた。
『あんたのせいで、洋子は死のうとしたのよ。可哀想に……そんな勿体無いことはさせないわ。もっと有意義なことがあるもの』
「君が、植木さんや堀田さんを意識不明に陥らせたの?」
 翼が尋ねると、少女が小さく微笑む。
『洋子が望んだから、私はちょっとだけお手伝いしただけよ』
「それはそれは……どうしてそんなお手伝いを?」
 モーリスが尋ねると、洋子は俯き、少女はくすくすと笑った。
『私と同じ状況にいる洋子を見たからよ。……私もねぇ、苛められてここから飛び降りたの。でも、後で気付いたの。勿体無かったってね』
「勿体無い?」
 緋玻が尋ねると、少女はにっこり笑いながら頷く。妙に冷たさを含んだ笑みだ。
『私一人が死んで、原因である人たちが生きているのって勿体無いなって。本来なら、どっちが死ぬべきなのかなって思ったのよ』
「……神様」
 ぽつりと洋子が呟く。少女はそっと微笑み、洋子の頭を撫でる。
『大丈夫よ、洋子。私は選別しているわ。誰が死ぬべきかを、誰が生きるべきかを』
「だけど、責任は神垣に押し付けてるじゃねーか」
 ぽつりと北斗が呟く。少女と洋子が、同時に北斗の方を見る。
「手伝っているだけだって言ったよな?願っているのは神垣だって。それは自分がやってねーって言いたいんだろ?神垣の責任だって言っているじゃねーか」
『……分かったように言わないでよ』
「勿体無いって言っていたけど……」
 緋玻はそっと口を開く。
「こんなのに復習する為に、時間と労力を使うのも勿体無いんじゃない?」
 こんなの、と言いながら緋玻は芽衣をちらりと見る。芽衣は何かを言いかけ、ぐっと言葉に詰まる。
『……だけど、これは必要な事なの』
「植木さんと堀田さんは、意識不明に陥っている。未だに目は覚めていない。……これを、君は本当に望んだの?」
 翼はじっと洋子に向かって語りかける。後ろにいる、少女ではなく。
「君が受けた苦しみや悲しみや痛みは、福田さんを傷つける事で癒されるの?本当に、それでいいの?」
『煩いわよ。洋子は癒されるわ、絶対に!』
「……あ」
 少女の声に混じり、洋子が小さく声を発した。
「お前もあの三人と同じになりたいのか?お前がやろうとしていることを、よく見てみるんだな」
 啓斗は小太刀を握り締めながら洋子に向かって言う。
「自分に日が無いと思っているなら、そのまま突き通しても構わない。尤も、それが出来ないのが人間だが。感情の生き物だから、容易く見誤る。其処を付け入られる。感情の生き物だからこそ……」
 啓斗はそう言いながら黙る。黙り、小太刀を強く握り締める。異変に気付き、北斗が啓斗の肩を掴む。
「兄貴、駄目だ。……まだ、人のままがいいだろ?」
 北斗はそう言い、そっと啓斗の握り締めている小太刀を緩める。そして、キッと洋子と少女に向かって睨みつける。
「大体なぁ、そういうのって誰かに言われてするもんじゃねぇだろ?自分でやるもんじゃねぇの?」
『煩いって言ってるじゃない……!』
 少女はそう叫ぶと、屋上が大きく揺れた。地震などではなく、少女の力によって屋上だけが揺れているようだった。芽衣は「きゃあ!」と叫ぶと、フェンスにしがみ付いた。
「……助けを、求めてもいいんですよ?」
 モーリスがぽつりと漏らし、洋子の目の前に立つ。
「あなたも、福田嬢のように周りに助けを求めてもいいんです。どうしても福田嬢を意識不明にしないと気がすまないというのなら……止めないですけど」
『助けなんて……助けなんて、私が……!』
「助け……」
 少女の声に混じり、再び洋子が呟いた。
「あのね、他人って結構自分の鏡みたいな所があるの。自分が一番突かれたくないところを人に見つけると、攻撃してしまう人が案外多いの」
 シュラインはそう言い、そっと洋子に向かって微笑む。
「だから、何か一つでも虎の威ではなく自分の力で得て知っているとか得意な事とかってあると、自信がつくのよ。だから、何か自分の好きなことをしてみましょう?」
『放っておいて。そっとしておいて。あと少しなんだから……あと一人なんだから!』
「私は……望んで、ない」
 洋子の言葉に、少女の顔が歪む。洋子は顔をあげ、少女をじっと見つめる。
「確かに、私は私を苛めてくる三人を憎いと思っていた。消えてしまえばいいと思っていた。だけど……こんな状況は望んでなかった」
『洋子?どうして……』
「消えてしまえばいいと思ったけど、本当に消えなくてもいい。私は、あの人たちとは違うんだから」
『洋子……洋子まで、私を……私を拒絶するの?』
 少女が叫ぶ。恐らく少女は苛められ、クラス中から拒絶され、存在すらも拒絶されたような感覚に陥って亡くなったのだ。悲痛の叫びが、胸に刺さる。
「拒絶じゃないわ。ただ……気付いただけよ」
 シュラインがそう言うと、少女は皆を睨みつけ、見下すように芽衣を睨み、すうっと消えてしまった。どうなったのかは分からない。ただ、姿だけを消してしまった。
「逃げたか」
 小さく啓斗は呟いた。皆同じように思ったのか、少女が消えてしまった場所を見つめ、溜息をついた。
「もう、神様は……いないのね」
 ぽつりと洋子が呟く。
「神様なんて、元々いなかったんだ」
 翼はそう言うと、そっと洋子の額に手をかざす。すると、洋子はその場に崩れてしまった。翼はそっと目を閉じてから皆の方を振り返る。
「ここ数日の記憶を消させて貰ったんだ。……神様という存在は、彼女には必要無いだろうから」
 皆、頷く。確かに、自分のせいで意識不明に陥らせたという事実は、洋子には重過ぎるであろうから。
「大丈夫よ。もう、いじめなんてしないでしょうし」
 悪戯っぽくシュラインは芽衣を見て言う。芽衣は決まりが悪そうに顔を顰めた。
「もし再びしたら、因果応報の恐怖を再び味わうだけですけどね」
 モーリスはにこやかに言った。にこやかに言いつつも、目は本気だ。
「もうしないって確かに聞いたからね。嘘は、つかないだろう?」
 翼は至極真面目に芽衣に言う。芽衣はそれに対し、自棄になりつつ「しないわよ」と言った。
「もう一度くらい、自業自得を味わってもいいと思うけどねぇ」
 緋玻はちらりと芽衣を見て、くすくすと笑う。
「ま、尤も俺はもうあんたの顔なんて見なくてすむんだからどうだっていいけどさ」
 北斗はそう言い、冷たく笑った。そして、一同は屋上を後にした。最後に啓斗は屋上から出かけ、小さく呟いてから出ていった。誰にも聞こえぬように、そっと呟きながら。


●結

 シュラインはそっと空を見上げる。いつもと変わらぬ夕日がそこにある。
「私らしく、できたかしら?」
 シュラインはそう呟き、小さな溜息をついた。少女の行き先は結局わからなかったが、とりあえずは洋子の方は決着がついた。それだけでも良かったと思わねば。
「胸を張って、私らしくできたっていえるかしら?」
 シュラインは小さく呟き、空を見上げた。赤い空はシュラインに胸を張れといっているかのようにも見える。シュラインは思わず苦笑し、そっと歩き始めた。
 赤く燃えているかのような夕日は、自らの体に染み込んでいくかのようであった。

<夕日の中で感慨にふけながら・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2240 / 田中・緋玻 / 女 / 900 / 翻訳家 】
【 2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者 】
【 2863 / 蒼王・翼 / 女 / 16 / F1レーサー兼闇の狩人 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「天啓たる革命」にご参加いただき本当に有難う御座いました。いかがだったでしょうか?
 シュライン・エマさん、いつも参加してくださって有難う御座います。今回は調査の時間が少なかった為に、情報収集が足りなくてすいません。洋子への言葉、優しさに溢れていて嬉しかったです。
 今回も少しずつですが個別の文章となっております。少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。