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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢喰いの鳥 〜空箱より〜



<序章>

「箱が盗まれた」
店に飛び込んで来た途端、そうまくしたてる客に蓮は眉をひそめた。
自分の領域であるこの店で騒ぐ客は大嫌いなのに、その上。
……あんた今、商品をなぎ倒したね。
「箱だよ、箱! アンタんとこで買ったやつが盗まれたんだ!」
「がなりたてなくったって聞こえてるよ。騒々しいね、全く」
 額に汗を浮かべ、太目の体を怒りに震わせる中年の男。
対照的に蓮はあくまで冷静だ。半ば演技で、煙管の煙をゆっくり吐き出し、ふぅっ、と顔に吹きかけてやると、禿げた額まで真っ赤にして男は怒鳴った。
「そ、それが客に対する態度か! 煙管なんて吸ってないで、さ、さっさと取り返しに行ってこい!」
「あんたはもう客じゃないよ。あんたが品物を選び、あたしがその対価を受け取った時点で取引は終了してる。
アフターケアは料金に含んでないね」
「な、何だと!」
「大体、盗まれたのはあんたが悪いんだろ、それをこっちに責任をなすり付けるってのはお門違いだと思うけどね。
そんなに悔しいなら、自分で取り返しにいったらどうなんだい」

 と、その言葉に男の震えがぴたりと止まった。みるみるうちに血の気が失せ、赤から青、白へと顔色が変わっていく。
……なんとまあ、ゆでダコがしぼんじまった。
「お、おれだってそうしたかった。いやそうしたんだ! しかし、あんなものを見せられては……」
「あんなもの?」
「幻に、食われ、た」
「幻?」
 鸚鵡返しに蓮は問うたが返事はなく、男はへなへなとうずくまり、恐ろしい恐ろしい、と呟くばかり。
「あんなことが現実に起こるものか! 今だって信じられん……!」
 ……埒があかない。
「分かったよ、なんとか手を打とうじゃないか」
その言葉にぱっと顔を上げた男に向かって、ただし、と蓮は初めて笑ってみせた。
「追加料金だよ。ああ、あんたがさっき倒した商品の料金はまた別にいただくからね」




<夢喰いの鳥  〜綾小路雅 編〜>


「あ、なぁなぁ姐さん、晴れたっす!」
見上げた空は梅雨の合間。蒸し暑い空気をかき分けるように、ねっとりとまとわり付くような暑い日の光が降ってくる。
 綾小路雅は、肩越しに背後を振り返った。クロムハーツの銀の指輪がはまる右の人差し指を空に向けたまま。
努めて明るく言ったつもりだった。俺様にしちゃぶっ飛ぶくれぇ友好的じゃねーノ? ……なんて思ったのに。
 彼と背中合わせのような格好で立っていたシュライン・エマはそんな雅を冷たく一瞥。じっと切れ長の瞳で見つめていたかと思うと、返事はせず向こうを向いてしまった。
 雅はなおも食い下がる。
「あ、えっと……今日も暑いッスね!」
「…………」
「いやー、いつになったら依頼人のオヤジ来るんスかね。 もう2時間近く待ってるっつーの。いっそ、俺たちもブッチして帰っちまいますー?」
 やはりシュラインの返事はない。
 ばつの悪さに、雅は未だ上がっていた右手で頭をかいた。ちぇ、と半ば拗ねるような舌打ちも、シュラインに届いたかどうか。
 パッパーと、クラクションを鳴らしながら目の前をトラックが横切る。暑いせいか、排気ガスが一際気に障ってしょうがない。不審そうな視線を送ってくる行き交う人々にガンを飛ばしながら、雅はイライラと足踏みをする。
 だいたい、こんなスクランブル交差点の前にいつまで立ってりゃいいんだか。
 
 ……あーあ、つまんネ。
 雅は噛んでいた風船ガムをぷく、と膨らませる。
 あーの蓮サマが持ちかけてきた話なんだから、もっとデッケー、こうウヒョーっとかヒェーっとかってぶっ飛んじまうよーな事件だと思ったのによー……。

 ――どうして同行の彼女は、何もしゃべろうとしないのか?
 



 時は3時間分ほど遡る。
「おい、テメー」
雅の声に、その少年ははっとした表情で振り向いた。
 そこはアンティークショップ蓮。事件の匂いをかぎ付けた雅はヒマでヒマで死にそう……ではなく、自主休業中の画業の傍ら、そこへと足を向けていた。
 その店の入り口を塞ぐようにして少年は立っていた。この蒸し暑いのに学ランをキッチリと着込んだ彼は、まるで店の中を伺っているかのように、扉に耳をつけている。
 ……ンー? こいつぁあやしーんじゃねーノ? 間違い無い。
「テメー、何やってんだ、アァン?」
喧嘩を売る口調で話しかけたつもりだったが、しかし少年ににっこりと微笑まれて雅は面食らってしまった。
「すいません。どんなお店か興味があったんですが、ちょっと勇気が出なくて」
「あぁ……まー確かに蓮サンの店はヤバ系ってカンジだしな。そらしゃーねー」
思わず雅が相槌を打ってしまうと、その少年は笑って身をずらし、どうぞ、と雅に道を譲る。
「ところで貴方は、ここにいらしたお客さんですか?」
「アァン? いや、客ッつーかひやかしっつーか」
「なら、もしかしたら、またお会いするかもしれませんね」
 それでは、ともう一度軽く頭を下げた後、雅が呼び止める間もなく少年は走り去っていく。
「……なんだアリャ」
なんとなくその後姿をしばし見送ってから、雅は薄暗く込み合う店内へ踏み入った。


「よーぉ、蓮さーんゲンキー? 蓮さーん、蓮サマってばー。もしかしてもうくたばっちまったぁ?」
 急に薄暗い所に分け入りなれない目をこすっていると、やがてカウンターで煙管をふかしている蓮が見えてきた。
――青い目の人形や由来の知れぬ曇った鏡。薄闇の中で見やれば、どれもこれも首をすくめたくなるものばかりだ。
どう使うか全く見当もつかない、天井まで雑然と積みあがった古道具の奥に鎮座まします彼女を見ていると、ほとんど応挙の幽霊画だよなァ、などと雅は思う。こっそりと。
 と、彼女は電話中だったようだ。西洋アンティーク調の受話器を肩にはさみつつも煙管を離さない器用さにはむしろ感心する。
「……分かってるじゃないのさ。おかげさんで面倒に巻き込まれてるよ。ウチもあんたのとこを真似して、怪奇ショップを名乗った方がいいかねぇ……何言ってんだい、本家本元はそっちだろ? ……」
 相手はどうやら気心のしれた仲のようだ。早い口調でぽんぽんと会話を交わしていたが、つとその表情を真剣なものに変えた。
「ああそうかい、シュラインが来てくれるんだね。そうだね……じゃあ」
と、そこで蓮は初めて雅を見た。
 いや、最初から雅には気づいていたのだろう。その視線の鋭さに雅が思わずたじろぐと、蓮は妖しくニヤリと笑う。
「こっちからも一人寄越そうじゃないか。まあ役立たずなドラ息子だけど、弾の盾ぐらいにゃなる」
「……おいおいおいおい! 蓮サマ〜ぁ、ドラ息子って俺のことッスかー?」
 蓮の言い草に思わずカウンターへと駆け寄ると、彼女はフン、と鼻を鳴らして受話器を置いた。
どうやら電話は終わったようだ。
「他に誰がいるんだい騒々しい。大体暇人が贅沢言うんじゃないよ」
「ヒマじゃねェ! 蓮サマが元気してるか気になって気になって駆けつけたんだっつーの」
「暇で暇で仕方ないって顔に書いてあるよ。……ま、そんなことより」
 そこで深々と煙管を吸った蓮は、次の瞬間勢い良く肺の煙を雅に向かって吹きかけた。
途端咳き込みだす雅をおもしろそうに眺めやってから、明るい口調で続ける。
「今日は特別だ。この店の商品、何かあんたに貸してやろうじゃないか」
「え!」
 あまりにも意外すぎるその言葉に目を輝かせた雅だったが……すぐに明後日の方向を向いてしまう。
「い、いやイイっす……だってこの店の商品どれ見ても胡散臭ェしよ……」
「なにぶつぶつ言ってんだい、ほらとっとと選びな!」
 力ない反論は蓮の耳に届かなかったらしい。どこか焦っているような様子の蓮に、雅はピンと来る。
「ははァン……俺に何押し付けよってんスか蓮さん」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。ちょーっとだけ、今持ちこまれたやっかいごとを頼もうってだけじゃないか」
そういうのを押し付けるって言うんすよ蓮サマ……と思わず雅は天を仰ぐ。
「あっちからも頼りになる奴が来てくれることになったしね。ま、くれぐれも邪魔しないよう気をつけるがいいさ。
……ああ、ちょいとお待ち。あんたと『奴』なら、コレを持っていくといい」
 と、蓮はカウンターの奥から古びた本と薄汚れた袋とをそれぞれ取り出した。
「こっちは目標の場所を割り出せる遠見地図。ま、今風に言や『レーダー』だね、ほら開いてみな」
「……開けた途端に食われたりしねェ?」
 ここは化け物屋敷かい、と蓮は呆れる。
 それは手帳の大きさほどの本だった。開くと、小さな水色の玉が宙にぷかりと浮き上がり、どこかの情景を映し出している。
「念じるとターゲットの周りの情景が映し出されるからね。上手く使いなよ」
「へぇーおもしれージャン。んで、こっちは?」
 もう一つの袋を指差した雅だったが、蓮はぷかぷかと煙管を吹かすばかり。
「……あのー、蓮サマ?」
「そっちは見りゃ分かるシロモノさ。ああ、使う時は思いっきりやるんだよ」
「思いっきりィ? なんスかそりゃ」
「見りゃ分かるって言ってんだろ。ほれ、話は済んだよとっとと行きな!」
「ちょ、ちょっと蓮さん、行くってどこ行きゃいいんスか!」
「依頼人が商品を盗まれたって場所さ。調べりゃ何か手がかりがあるかもしれないだろ。いいかい、そこで『奴』と落ち合うんだよ。依頼人のタコオヤジもそこに行くことになってる。あたしの名を出しゃ話は通じるはずさ、分かったね!」




 そうして、街中のスクランブル交差点の前で落ち合った雅とシュラインだったが、初対面から3時間弱。
その間全く話そうとしないシュラインに困り果てている雅、という図がすっかり出来上がっていた。
 多分、話せない訳ではないのだろう……と雅は思う。だが、なぜ話さないのかその理由が雅には分からない。
 大人な雰囲気のシュラインは、ハッとするような迫力があった。オマケに男の自分より背が大分高いのだ。
その鋭い視線を頭上から投げかけられると、どうもうまく話せなくなってしまう。
 雅は口から生まれてきたような性格、しゃべれないとなると苦しいことこの上ない。依頼人は姿を見せる気配すらないし、気まずさをごまかす意味もあって、雅は先ほどから意味も無い独り言を繰り返しているのだった。


「姐さーん、そんでさ」
 名が分からないので、雅はシュラインのことをそう呼んでいた。
「さっき説明したコレっすけど。さっきからずっと眺めちゃいるんスけど、どう見てもこの場所なんスよ、ホラ」
蓮のところで借りた不思議な書物を雅が開く。
そしてその手元をシュラインも覗き込んだ。
 ――確かにその中には、鏡の情景かのように、目の前の景色がそっくり切り取られている。
「壊れたんスかねー。手がかりも何も、ここの風景映してどーすんだっつーの!」
 とんとん。
 ぶつぶつ言う雅の肩を、シュラインの長い指が叩く。振り仰いだ雅はその指が示した方へと視線を下げ……。
彼女が指差していたのはもう一つの借り物である、古びた深緑色の袋だった。
「あ、この袋ッスか! これも蓮さんトコから借りてきたんスけどー。なーに出てくるかコエーってカンジで、まだ袋開けてなかったじゃん……」
言いかけた雅が袋の口に手をかけた瞬間だった。


 その袋を食い破るようにして炎が噴出した。……否。だが雅にはそう見えた。
 一瞬にして世界が凍結する。あれほど不快だった蒸し暑さも、街中の喧騒も、雅の意識野から消えうせる。

 袋から吹き出るようにして現れたのは、炎を身にまとった鳥だった。
 こんな小さな袋になぜこんな巨大な存在が潜んでいられたのか。広げた翼は大きく、雅の身長をはるかに超えている。
突然の事態に固まる雅をギロリと翡翠色の瞳が睨む。赤い炎の中ちらつく鋭い眼光は、一瞬にして雅を萎縮させるに充分。
 はためいた翼から沸き起こる熱風が、雅の髪をちりちりと焦がした。
 
 ――その熱さに、雅ははっと我に返った。
「ややや、ヤベェっ!」
 風をうならせ火の鳥は飛び立った。盛る火と熱を翼にまとわせ一瞬にして天に昇ったかと、瞬時に方向を転換させ雅に向かって突き進んできた。
咄嗟に、手身近なところにあった鉄製のゴミ箱を蹴飛ばす。わずかだが鳥がひるんだところで、雅は常に持ち歩いている玩具の銃を取り出した。
「これでも食らえっつの!」
 念を込めて空圧を数発。当たったか?
 ……当たった、だが空気の玉が炎に対しなんの効力を持つというのか。
進路を変えることなく、火の鳥はまっしぐらに雅に向かって突き進んでくる。
「だだだだ、だーから蓮サマのところで借りんのヤだったんだべ!」
地面を転がって雅はその鳥から身を守る。と、その体すれすれに車のタイヤが通り抜けて、文字通り雅はぞっとした。
 ――そうだった、ここは往来のど真ん中。
「コエー!! あ、姐さん姐さん!」
 雅は思わず連呼した。……が、気がつけばシュラインの姿が見えない。
決して人通りは少なくないはずのこの場所、振り返れば往来さえ途絶えている。――ま、まさか喰われた?
「……だーぁ! 気合だ気合! どうにかすっべー!」
 体を走る震えを追い払うかのように、雅は天に向かって叫んだ。
 
 と。
 地面に袋が落ちているのが見えた。蓮が雅にと手渡し、鳥が現れたその袋は、なぜか口を閉じたまま転がっている。
 開けたはずではなかったのか? そうちらりと思ったが、起死回生の手がかりを求め、ほとんど藁にもすがる思いで雅はその袋に飛びつく。
 再び、その背中を炎がかすめる。おののきながら雅は急いで袋を開けた。そして。

「……んだコリャ」
 そこに入っていたのは、ラッパ、だった。ピストンも何もなくただ管を巻いているのみの、いわゆる進軍ラッパと呼ばれている代物に見える。 
 あまりの唐突さに雅は口をあんぐりと開けてしまう。誰がこの非常事態に、ラッパが入っていると想像出来るのか。
「だ、だめジャン……」
 再び迫り来る気配。半ば自棄になって、雅は立ち上がると思い切り息を吸い込んだ。
「ふざけんじゃネーってんだよアァーーーーン!!」
 そして胸一杯の酸素をあらん限りにつぎ込んで、雅はそのラッパを吹いた。


 そして。
 高らかに、けたたましく。そのラッパの音はビルの谷間に鳴り響いた――。

 
「……きゃああ!」
 返って来たのは女性の悲鳴だった。見ればいつの間にか、雅の前にシュラインが両耳を塞いでへたりこんでいる。
「あ、あれ? 姐さんどこに行ってたんよ?」
「え?」
呆然とするシュラインに手を貸そうとして、雅は自分が腰を抜かしていることに気がついた。
鼓膜がひどく痛む。頭を振るが、脳内をかき乱すけたたましい音は消えそうにない。
 そこでようやく、自分自身までラッパの音にやられたことに気がついた。
「流石蓮サマ……ただで済むわけがネェってか……」
「雅くん、正気に返ったの!」
「は?」
 言葉の意味を問いただす前に、シュラインは突然顔を上げた。その表情は険しく、道路の向こう側を見据えている。
何を見てるんだ? ――その疑問を口にする前に、雅も彼女の視線を追い、顔をそちらに向けた。

 そこには、呆然とした表情の少年が立っていた。学生服を着込んだ、高校生ぐらいの年頃だろうか。
 彼もまた左手で耳を抑えている。そして右手に抱えるようにして持っているのは……
 小さな箱。
 
 はっとした時、お互いの間にあった信号が青になった。
調子外れの『とおりゃんせ』と共に、人々が一斉に道路の横断を始める。
それが合図になったかのように、少年は身をひるがえした。あっという間に人ごみの中に姿を埋もれさせてしまう。
 

「アイツ、さっき店の前で会ったヤツじゃん」
記憶と見比べたの姿は、確かに数刻前見かけたものと同じ。
 追いかけるため立ち上がろうとしつつも、情けない顔で再び地面にへたり込む雅を、周囲の人々は不審そうな目で遠巻きに見ていた。

 
 
 
 

「……なんか、俺まだ騙されてる気がするんスけどォ」
 雅が口を尖らせると、シュラインは苦笑いした。
「だからゴメンって言ってるじゃない」
「そうだよ。こうしてあんたたち二人ともたいした怪我なく戻って来れたんだ。それで満足するんだね」
 蓮が全く慰めになっていない言葉を、煙管の煙と共に吐く。

 
 ――場所は再びアンティークショップ蓮。
時は、さらに時計の長針が2回転ほどした後だ。高かった日も既に暮れ、西の空に三日月が昇っている。

 雅とシュラインの二人は、事件解決の報告と借り物の返還のために店へと戻って来ていた。
 ありがとうございました、と折り目正しいシュラインの言葉に、蓮は満足そうに頷く。
「どうだい、たまにはあたしの店の品物も役に立つだろ」
「どこがだっつーの連サン!」
雅の鋭いツッコミも蓮はどこ吹く風だ。
「……それにしても、あのハゲ親父自体が幻だったとはねぇ」
してやられた、といった観で蓮はしみじみと呟く。
「んで? やっぱり犯人はその中坊だかなんだかってことかい」
蓮の問いかけに頷いたのはシュラインだ。
「ええ、そうですね。武彦さんが言ってたことで大体合ってると思います。
 ……その少年は私たちに幻を見せ、欺こうとした。中年の男性の姿をとってここを訪れたのを考えても、最初から図られていたことなんでしょうね。そしてそれは、手に入れた箱の効力を試すため」
「結局盗まれたどころか、最初からテメーんとこにあるんじゃねーかって話かよー。ちぇっ、結局イイことなんかひとっつもねーべ!」
「全く煩いねあんたは」
「だいたい、姐さんも人が悪いっつーの。話せねェ理由を最初から言ってくれりゃ良かったんだよォ」
「だって、あなた自身が罠じゃないという自信がなかったんだもの」
 シュラインは苦笑する。
 
 ――犯人と推測されていた人物の能力。それは『幻を見せる』こと。
 ただしこれまでに言葉を交わしたことのある人物のみに限られるそうだ。
そこで、幻に飲み込まれないよう、シュラインはあらかじめ口を開かぬようにしていたらしい。その洞察力には舌を巻くが、正直雅は水クセェじゃん、と思わないでもない。
 
 ――そして、シュラインがまとめてくれた事件の全容はこうだ。
 箱を手に入れた少年は、その効力を試そうとした。
 そこで、『盗まれた』と称して箱を手に入れた蓮の店に再びやってきた。
姿を偽っていたことを考えて、最初から騙すつもりだったのだろう。
 そして、やってきた雅とシュラインを罠にかけ幻に引きずりこもうとし、果ては同士討ちさせようとした。が、ラッパの音に二人が我に返ってしまったためそれが果たせなかった少年は、結局姿をはっきり見せないまま箱と共に去ってしまった……。
 

「んじゃ、俺が見た『鳥』は、姐さん見なかったんスか? なんでェ」
「それはあんたが既に幻に堕ちていたからだって言ってるじゃないか」
「つまり、あなたはその犯人と既に言葉を交わしていたってことね」
 俺だけかよォ! と雅は叫ぶ。
「ガッデム! やっぱ蓮サマのとこなんか来るんじゃなかったべ!」
「そう悲嘆することもないだろ。ほら、あんたたちに貸したもう一つの方もどうやら役に立ったようじゃないか」
「あのラッパがー? どこがだよ!」
「そのラッパの音はね、あんたたちみたいに『音』に感応力をもつヤツにしか聞こえないのさ。
おかげであんたも正気に返ったんだろ?」
「正気どころか、今もまだ耳がイテェんすけどー」
「それは単なる力入れすぎ。全力で吹くバカがどこにいるんだい」
「思い切りやれって言ったんは蓮サマだべ!」
「まあまあ。……その節はどうもご迷惑を」
割って入ったシュラインは申し訳なさそうに頭を下げる。
「私も焦ってたせいか、大分冷静さを欠いてたようです。犯人が少年だっていうから、最初から雅くんのこと疑っちゃったし、しまいには攻撃してしまう有様で……」
「姐さんキツいっすよー」
情けない顔をした雅は、瞬時に得意げな表情に切り替わる。
「ま、この俺様だからこそ、この通り平気の平左だったっすケド?」
「はいはい、バカはほざいてな」
「蓮サマ〜! つれネーっす!」



 無事に帰還した二人を見やりながら、蓮はふと考えていた。
 ――それにしても、あんな箱使って何するつもりなんだろうね、その子は。
 
 言葉にしない疑問に答えは無い。長く吐き出した白煙は輪となり、ゆっくりと宙に浮かんでかき消えていった。
 
 
 
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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【2701 / 綾小路 雅 / 男 / 23 / 日本画家】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

(受注順)

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          ライター通信           
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綾小路さま、初めまして。つなみと申します。
この度はご発注いただき誠にありがとうございました。

大変お待たせいたしました! 今回は少々長文傾向になってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
今回雅さまと、ご参加いただいたシュラインさまは偶然にも『音』に関する能力を共にお持ちでしたので、このような「不思議アイテム」(笑)をお持ちいただきました。
いかがでしたでしょうか? 期待にお応えできたものであることを願っております。
それと、今回「幻にかかった側」と「そうでない側」とわけて描写しております。機会がありましたら、もう一方の納品作もチェックしてただけるとより面白いかも、なんて思います。

雅さまの意外と「シャイボーイ」な面がうまく表現したいな、と思いながら書かせていただきました。
設定に書かれた事柄やその表現方法等がすごく素敵だな〜と思ったのですが、プレイングも含め、それらを全て書き込めなかったのが残念です。その分、選りすぐって魅力を書き込んだつもりですが、さていかがでしたでしょうか?


もし気がついた点などありましたらぜひお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。

いつか再びお会い出来ればいいな〜、なんて楽しみにしております。
機会がありましたらまたご参加いただけるとうれしいです。それでは、つなみりょうでした。