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<東京怪談ノベル(シングル)>


破滅に至る病 〜騙すもの〜



 世の中には、騙される方が悪い、というものがいくつかある。
 この投資は絶対儲かる、とか。
 我が宗派に入信すれば必ず幸せになれる、とか。
 あなただけが好きよ、という言葉とか。
 まあ、最後の例は男と女の恋愛絡みなので、騙されるのも醍醐味のひとつだろう。それに、男女のことでどちらか一方だけを被告席に座らせるのはフェアではない。
 むろん、事が刑事事件であれば、話は異なってくる。
 最初の例などは、法律的には詐欺にあたるのだ。
 当然、騙した方が悪いに決まっている。
 決まっているのだが、日本という国は犯罪被害者に優しくないので有名だ。
 ものを盗む人間は泥棒。
 ものを盗まれる人間は、ベラボウ。
 そんな言葉すらあるほどだ。
 ようするに、危機管理ができていなくて隙があるから盗まれるんだ、という意味である。
 自分が被害者になったとき同じことが言えるか、けっこう興味深いが、ようするに対岸の火事なら痛くも痒くもないから、好きなことが言えるというわけだ。
 じつに立派な国民性だろう。
 ずいぶん昔の事になるが、女子高生コンクリート詰め殺人事件というものがあった。
 高校生の少女を監禁したあげく殺し、死体をコンクリート詰めにして埋めた、という残忍きわまりない事件だったのだが、主犯格には当然のように死刑が言い渡された。
 その事件について被害者の同級生がインタビューに答え、
「学校で禁止されているバイトなんかするから、こんな事になるんだ」
 と言った。
 なるほど、つまりこの同級生にとって、アルバイトをするということは、死に等しいほどの罪らしい。
 同級生の論法を借りれば、学校で禁止されていることをすれば、たとえそれが喫煙や飲酒という些細な事であっても、死に値するというわけだ。
 こういうのを、事の軽重をわきまえない、という。
 罪には、相応しい罰というものがある。
 それがたとえ、人間の定めた法でなくとも。


 詐欺事件は、あとを絶たない。
 むしろ手口は巧妙になり、悪質になっている。
 ただ、老人が狙われることが多いという状況だけは、昔も今もかわらない。
 悪質商法の被害に遭うのも、ほとんどが老人だ。
 これは若者に比べて老人の方が判断力に劣るから、という理由ではない。
 実際には若い人だってけっこう騙されている。では、老人の方が欲が深いから騙されやすいのかといえば、そういうことでもない。
 結論からいうなら、あるていど以上の年齢の人の方が弱点が多い、というのが正解である。
 二〇歳の青年は将来のことなど考えないが、五五歳くらいになると老後のことを考えるようになる。
 一般的にいうならそういうことだ。
 まあ、息子や娘、孫などがいると、オレオレ詐欺などに引っかかる可能性も出てくる。
 心理的な弱点を突かれてしまうから。
 そして、そういう悪徳商法をおこなう連中というのは、人間の心理についてかなり研究している。
 その情熱をもっと他のことに使えば、いろいろな業績を残せるのではないか、というくらい研究熱心である。
 人を騙すには、それなりの技術が必要だ、ということなのだろう。
「だから勉強しろっていってんだよっ」
 男の濁声。
 同時になにかをぶつけるような音が響く。
「小道具も使うんだよっ お手玉でもおはじきでもいいからっ」
 男が怒鳴っている。
 ビルの一角。健康食品の会社だ。
 彼らもまた悪質商法に手を染めている者たちだった。
 扱っている健康食品に効果などない。べつに害のある代物ではないが、かといって益もない。
 それを一セット数十万円という価格で売りつける。
 ターゲットはお年寄り。とくに女性層だ。
 そのために見た目の良い男性スタッフに営業をさせる。ホストのような格好良さではない。もっと純朴そうで、田舎から出てきた若者ののように、朴訥で実直で信頼のおける外見、話し方、服装。徹底的に叩きこまれたスタッフだ。
 この商売を何十年も続けられる、とは社長も考えていない。
 自殺者が出たという噂もある。
 せいぜいが、あと二、三年で限度だろう。
 だからこそ大量に売りさばかねばならないのだ。事が公になって、そのほとぼりが冷めるまでの数年を遊んで暮らせるだけの金を稼がなくてはいけない。
 手下どもにハッパをかける声だって、荒くなるというものだ。
「可哀相だとか、気の毒だとかおもってんじゃねぇぞっ」
 がしがしと机を蹴る。
 最近の若い連中は、妙に親切になって困る。
 どうせ老い先短い婆ぁどもだ。金はあの世まで持っていけないのだから、必要な人間に還元してもらうのが筋というものだ。
 この不景気な時世、若い女をソープランドに沈めるより、小金持ちの老人からむしった方が効率が良い。
 金儲けってのは、効率よくやるものなのだ。
 罪悪感など持っていたら、儲けられるものも儲けられない。
「いいかぁ。俺たちは騙してるんじゃねぇぞ。夢を売ってるんだ。誰からも相手にされねぇ哀れな婆ぁによ」
 商品にどういう効果があるとか、それはまったく関係ないのである。
 去っていってしまった息子や孫たちに代わって、楽しい時間を提供する。
 数十万という代価は、その時間に対する報酬のようなものだ。
 いっそ見事なほどの開き直りだ。
 商人ならば自分の売っている商品に責任を持つべきなのだが、彼らはそもそも商人ではなくて詐欺師である。


 スタッフどもの尻を叩き、やめたいなどと抜かす根性なしの襟首を締め上げて根性をたたき直してやったのち、社長は帰宅した。
 白金の高級住宅街。
 豪勢な邸宅が並ぶ街には、善良な市民ばかりが住んでいるわけではない。
「なんだ?」
 玄関のドアを開けようとしたとき、なにかの音を聞いたような気がした。
 きょろきょろと見回す。
 ‥‥リィン。
 はっきりと聞こえた。
 鈴の音だ。
 なにか得体のしれぬ恐怖を感じ、社長は懐に手を入れる。
 取り出されるナイフ。
 人から恨まれるおぼえは掃いて捨てるほどある。だかせこうやって護身用にナイフを持ち歩いている。
 ある意味、それは罪の証だろう。
「だれだっ! でてこいっ!!」
 闇に向けて怒鳴る。
 怒鳴りつけることと殴りつけることが、彼の処世術なのだ。
 やがて、紅い影がぼんやりと浮かぶ。
 それが和服をまとい、鞠を持った少女だと判るまで、数秒の時間を要した。
 闇に溶けるように黒髪。
 あまりにも意外すぎる光景だったから。
「なんだてめぇはっ!!」
「おばあちゃんをかえして」
 誰何には応えず、少女の口から舌足らずな声が紡がれた。
 自殺したという被害者の家族だろうか。
 社長の頭を、不意にそんなことがよぎったが、
「何のことだっ!?」
 むろん、とぼけるしかない。
「おばあちゃんをかえして」
 繰り返し、少女が近づいてくる。
 なにか途方もない恐怖が社長の背筋を突き抜ける。
「うわぁぁぁっ!!!」
 彼は、自分の腕がナイフを振りかざしているのを自覚した。
 肉に刃物がめり込む嫌な感触が伝わる。
 何度も。
 何度も。
 少女の小さな身体を刺す。返り血を全身に浴びながら。
「しゃ‥‥ちょ‥‥」
 声。
 はっとする社長。
 彼の目の前に、少女はいなかった。
 いたのは、自分の会社のスタッフである。
 彼が呼んだのだ。
 売り上げの良いスタッフを自宅に招く。
 そう。会社でもそういった。
「なん‥‥で‥‥」
 崩れ落ちる若い男。
 その瞳は、理不尽なものを見るかのように見開かれていた。
「あは‥‥あははははは‥‥」
 うつろな、社長の笑い。
 両手を血に染めて。
 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。
 近隣の住民が通報したのだろう。
 りぃん‥‥と、鈴の音。
「騙されなければ、騙されたものの痛みは判らぬもの」
 歌うような呟き。
 血のように紅い裾が翻る。
 くすり、と、九耀魅咲が笑った。
 罪の香りを含んだ夜風がながれる。
 ゆっくりと。












                       おわり