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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - きらきら、きらきら - 】


 からん、からん。

 軽快に鳴り響くカウベルに顔を上げると、タバコを咥えた口元をそっとあげて微笑む姿が目に入る。「よっ」と言わんばかりに上げた手をそのままタバコに持って行き、ファーがある言葉を言う前に口からはずしてしまった。
「店は全席禁煙、とは、言わせないぜ」
「先に言われて、残念だ」
 いたずらな笑みを浮かべながらのからかうような言葉に、平然と返してみせるファーの反応に少々物足りなさを感じながらも、店に入ってきた男――真輝はカウンターに腰をおろした。
「どうした? 何か厄介ごとでも持ってきたのか?」
 グラスを拭きながら、ファーは腰をおろした真輝に声をかける。しかしかぶりを振られて、きょとんと真輝を見つめてしまった。
「何か、あったのかと……」
「何もなきゃ、きちゃまずいのか? この店は。大体お前、厄介ごと押し付けられるの嫌いだろうが」
「いや……お前の頼みなら、聞いてもいい」
 さも当然のように、ファーは言ってのける。
「もし、時間があるなら、これからどこかへ行くか? それとも、店でゆっくりと話でもするか?」
 珍しいこともあるものだ。
 ファーが真輝に止まることなく声をかけてくる。内容はともかく、その光景があまりに珍しくて、真輝が今度はきょとんとする番だった。
「あ、いや……よかったらで、かまわないんだが……お前と一緒にすごせたらいいなと、思ってな」
 そこで耐え切れなくなって、真輝はため息一つ、
「お前と一緒にすごせたら、なんて……お前、そーゆー事は女に言えっつーの」
 苦笑交じりに吐き捨てると、言われている意味がよくわからないのか、ファーは首をかしげて「……すまない」とりあえず謝っておいたという雰囲気を見せた。
 これだから、感情が欠落してる人間は困る。
 普段はそんなに自分から言葉をつむぐことをしないと言うのに、珍しく口を開いたかと思ったらこれだ。
「野郎二人つるんで出かけて楽しいか?」
「楽しくないのか?」
「……さぁ、どうだろうなぁ……」
 思わず遠い目。
 あぁ、そうだ。ファーにとっては女といる時間も、男といる時間も関係ない。
 自分が親しく、心開いている人間と一緒にいる時間が「楽しい」のだろうから、多分これから、二人で出かけても「楽しい」と感じるのだろう。
 そこまで、真輝に心を開いていてくれていれば、という大前提つきだが。

 まぁそうだな……偶にゃいいか。

「俺が行きたいトコはだな、ずばり「お前が行きたい所」だ! さあ言え!」
 満面にいたずらな笑み。けれど、真剣さがどこかに感じられて、いやな雰囲気はかもし出されていない。
 ファーは思わず、持っていたグラスを落としそうになりながら、何を言いだしたのかと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で真輝を見た。
「俺だって興味あるんだよ。ファーがどんな所に行きたいのかとか、どんな事がやりたいのかとか」
「俺が……?」
「そ。お前が」
 自分から自らを語ろうとしない、この感情が欠落した男の、人間らしい感情を見てみたい。驚いたり、喜んだりさせる方法は大体つかめてきたが、どうも、欲求というものが感じられない。
 だったらその欲求を引き出してみたい、と思ってしまうのは仕方が無いことだろう。
「行きたいところ……行きたいところ……」
 眉間にしわを寄せて、必死に探しているファー。そこまで必死になって探さないと、見つけられないほど、この男は欲求がないのだろうか。
 例えば海とか、あるだろうと、真輝が思い浮かぶが、すぐに、男が二人で行く場所じゃないなと否定する。
「真輝は、ないのか?」
「だから、俺の行きたいトコはお前の行きたいところだっつーの」
 納得していないようなファーの表情が面白くて、思わず噴出しそうになりながら、
「俺はね、学校や妹どもから解放されれば大概の厄介ごとも無くなるの」
 彼を諭すようにこぼしていく本音。
 兄で遊ぶとんでもない妹と、どうも教師扱いされていない学校での生活が嫌いなわけではないが、もしやらなくていい、投げ出していいと言われれば、喜んで投げ出したくなるときはある。
 そんなときはこうして、ゆっくりとした時間がほしいのだ。
 この場所――紅茶館「浅葱」――は、そんな真輝に、ほしい時間をくれる場所。
 だから。
「じゃあ、お前のしょく……――」
「俺の職場に行きたいってのだけは勘弁してくれよ」
「今、言おうとしたところだった……」
「ざぁんねん。今日は俺が先手」
「……そうだな」
 差し出されたティーカップを受け取り、注がれている暖かな紅茶の香りを楽しみながら、ファーの答えを気長に待つことにした。

 ◇  ◇  ◇

「しっかし、まぁ……傍目から見りゃきっとカップルだか何だかに思われてるんだろうなぁ……」
 遠い目をしてぼやいた真輝。
 あれから。ファーの答えが出たのは、真輝が紅茶を三杯も飲み終わったころだった。考えすぎだと、即座に突っ込みを入れたが、本人、本当に真剣に悩んだようで、不機嫌な声音で「そういう欲求がないのだから、しかたがないだろう」とどこかふてくされた様子を見せたのだった。
 結局二人が向かっているのは、ファーが夏に向けて何か新しいメニューを増やしたいと言うので、近くのデパートの地下だった。
 大型のデパートの地下には、様々な食べ物屋がそろっている。よくチェックを入れる真輝は、今の流行を掴みたいのならここがいいとファーを案内することになった。
「カップルは、男女じゃないのか?」
 素朴な疑問を口にするファー。
「俺、女顔だろ?」
「……言われれば、そうかもしれないな」
「どーしてこうも母親似に生まれたかな、三兄妹して」
「妹たちも母親似なのか?」
「そ。だから女顔なんだろうなぁ……」
 自分の容姿がそうとう気に入らないのだろうか。
「おまけに背は妹どもの方が高いし……俺が何したってんだ」
 確かに、ファーと並んで歩いていれば、頭一つ分はゆうに違うし、本人が言うように真輝は整った顔立ちから、少々幼く、そして女性的に見える。
 そんな中性的な彼と、顔つきも体つきも男らしいファーでは、カップルに見えないことも無いかもしれない。
「生徒にゃ「まきちゃん」呼ばわりされる……教師の威厳も何もあったもんじゃない」
「いいじゃないか。慕われているのだし」
「まぁ……そうなんだけどな」
 そこで真輝はふと気がついた。
「って愚痴ばっかになっちまった。お前の話を聞かないと、いつもと変化もなにもないっつーの」
 嘲笑を自分に送って心機一転。
「ファーの話も聞かせてくれよ」
 見上げた先の真紅の瞳に笑いかけ、真輝はファーの話を促した。
「そんなに面白い話はできないが……俺は、甘いものが好きじゃなくてな、あの店を任されたとき、本当に嫌だった」
「任されてるってことは、オーナーか何かがいるのか?」
「そんな感じだ。拒否したかったが有無を言わさず、店員をやることになってしまって。恩人からの頼みというか命令だったからな。どうせ、断ることもできなかったが……」
 空に昇っている太陽が、やわらかな光で人々を照らしている。
 今日はすごしやすく、いい陽気だ。文句なしの快晴とはいえないが、雲も綺麗に空にかかっており、風に吹かれて気持ちよさそうにしている。
「本当に甘いものが嫌いで」
 ファーの口もとから、苦笑がこぼれる。
 信じられなかった。あんなにおいしいデザートを作り上げるファーから、甘いものが好きじゃないなんていう言葉が出てくるとは思ってもいなかったから。
「そりゃぁ、よく、やっていけたな」
「ああ……紅茶はいい香りがして好きなんだが、どうしてもクリームの甘い香りが苦手だった。しかしある日、母親と一緒に来た小さい女の子がパンケーキを注文して」
 いつもどおり、嫌な顔をしながら焼いていたパンケーキ。幼い子がパンケーキを注文したときは、なるべく動物をかたどったり、装飾を可愛くしてみたりと、手を加えていた。
 その日も変わらず、ウサギをかたどったパンケーキ。
 少女は満面の笑みを浮かべて、運んでいったファーに「ありがとう、お兄ちゃん」と怖がる様子一つなく、おいしそうに食べ始めたのだ。
「人を笑顔にさせることは、俺の役目では無いと思っていたが……そのとき初めて、俺は俺の手で、他人を笑顔にさせることができた」
「それって、かなり、嬉しいんだよな」
「ああ……驚くぐらい胸の奥が熱くなって、それから、いろいろと新商品を考えるようになった。甘いものを作って、食べてもらって、笑ってもらうのも悪くないと、思えるようになったんだ」
「いい話しじゃねーの」
 やわらかい微笑みをこぼすファーの背中をぽんと、叩き、同じような笑顔で真輝はファーを見た。
「……この話には、続きがある」
「ん? どんな?」
「その女の子は、少し前に亡くなっている子だった」
 思い出をかみ締めるように、ファーは微笑みを絶やさなかった。
「後で母親が手紙で、教えてくれたのだが、どうしても病気で食べれなかった甘いものが食べたくて、天に昇る前に、この店にきたそうだ。母親は霊感が強くて、彼女の願いを叶えたと……」
 目が思わず点になる。
 もう、この世のものではなくなった者に、食べさせた一つのパンケーキ。
 食べてくれた少女が変えた、ファーの心。
「今でも時々、遊びに来ることがあるんだ。その女の子」
「へぇー。そりゃまた、遊びにきたときはにぎやかになるんじゃないのか?」
「ああ。今度、真輝も会いに来るといい。本当に素直でまっすぐな子だから」

 ファーにとっては大きな意味となっている、日常の中に埋もれた一瞬は、輝きを放つのだろう。

「に、しても、その嬢ちゃんは、良く食えたな。ウサギのパンケーキ」
「実際に食べたのは、母親だ。母親がおいしいと感じたものを、女の子もおいしいと感じた」
「なるほど」
 
 それがやわらかな光なのか、煌々と輝いているのかは、ファーの心の中だけの話になってしまうが。

「さほど、面白い話じゃ、なかっただろう?」
「そんなこたぁ、ない。また、お前のことに詳しくなった」

 これからの輝く日常の中が――

「今度は、真輝の話も、詳しく聞かせてくれ。お前は面白い話をたくさん持っているからな」
「そりゃ、どういう意味だ」
「そのままの意味だ」

 真輝の安らげるゆったりとした時間と、同じものとなったのなら。


 きっと、毎日……きらきら、きらきらと、輝きだすのだろう。




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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・真輝‖整理番号:2227 │ 性別:男性 │ 年齢:24歳 │ 職業:神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」とのシチュエーションノベルとなる、「閑話休題」の
発注ありがとうございました!
真輝さん、またまたお会いできて光栄です〜。
まきちゃん先生とファーとのやり取りを再び描けるかと思うと、わくわくで、
胸がいっぱいです。いただいたプレイングから、二人の「日常」をテーマに、
何の変哲も無い毎日の中のワンシーンを書かせていただきました。楽しんでいた
だけたら、大変光栄に思います。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。

                           あすな 拝