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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


雨の街

【オープニング】
 しとしとと雨の降り続く午後のこと。
 草間興信所に来客があった。
 二十代半ばと思しい黒髪の美女は、雨宮瞳子(あまみや とうこ)と名乗り、言った。彼女の家に代々伝わる家宝の笛《村雨》を探し出してほしいのだと。
 一週間ほど前、それは彼女の父の書斎の金庫の中から盗まれてしまったのだ。他に入っていた通帳やカード、現金や宝石などにはいっさい手がつけられておらず、犯人の狙いは最初から《村雨》だったらしいと瞳子は言う。そして、彼女は続けた。
「《村雨》が戻らなければ、雨宮の街を包む雨も止みません。どうか、お願いします」
「待って下さい。それは、どういうことですか?」
 草間が、思わず問い返す。瞳子は、一瞬きつく唇を引き結んだ後、笛にまつわる不思議な話を語り出した。
 それによれば。《村雨》は、吹くことによって自在に天候を操ることができるのだという。ただし、誰でも吹けるわけではなく、笛が奏者と認めない者がそれを手にした場合、《村雨》によって守られている地域は、降り続く雨に見舞われる。更に、笛の認めない者が吹けば、街は嵐に包まれ……過去に一度壊滅しかけたことがあるというのだ。
 草間は、単なる伝説の類かとも思った。だが、瞳子は真剣なまなざしで、伝説でもなんでもない、事実だと断言した。そして、彼に向かって深々と頭を下げる。
「お願いします。笛を取り戻して、街を救って下さい。このとおりです」
 そこまでされては、断るわけにもいかない。とりあえず引き受けたものの、草間は彼女が帰った後、小さく溜息をついた。
(さて。引き受けてくれる奴が、いるかなあ……)
 胸に、そう呟きながら。

【1】
 あたりを、銀色の雨の膜がおおい尽くしていた。
 降り続く雨の音は、まるでずっと耳の中で鳴り続けているもののように、今では気にならなくなってしまっていた。
 斎黯傳(いつき くろもり)は、家々の軒先や雨の当たらない塀の上などをたどって、笛の波動を追う足をふと止め、路地裏に降り続く雨を黒い濡れた瞳で眺めやる。
 人間を補佐し、導く役目を持つ「お守り役」の猫である彼は、すでに三百年以上を生きている。とはいえ、その外見は見事な光沢を持つ黒い毛皮と自慢の長くすらりとした尻尾、黒い目を持つ猫でしかない。人語を解し操ることもできるし、その気になれば、人の姿を取ることもできた。だが、今はこの姿の方が調査には向いていた。
 彼がこの依頼を引き受けたのは、単に草間から頼まれたためだ。本来彼は、あまり活動的な方ではない。どこかの家の屋根や塀の上や軒先で、だるだると寝そべって日がな一日を過ごすのが好きなのだ。ましてや、雨は体がだるくなるので、あまり好きではない。東京は晴天続きだというのに、わざわざ一週間も雨の降り続いている所へ出向くなど、冗談ではなかった。が、好物の鯵をちらつかせられた上に、依頼人が女性と聞いては、重い腰を上げるしかなかったのである。
 そして彼は今、東京から車で二時間ほどの場所にある雨宮市に来ていた。
 といっても、一人ではない。同じように依頼を引き受けたシュライン・エマ、香坂蓮、海原みなもの三人と一緒だった。
 この街にやって来た彼らを何より驚かせたのは、その街が文字どおりすっぽりと雨の膜に包み込まれてしまっていることだった。
 来る途中の峠の頂上からは市が一望できたのだが、他は青空が広がっているというのに、雨宮市の上空のみ真っ黒な雲におおい尽くされている。しかもその雲は、一向に動く様子さえなかった。その異常さは更に、彼らの乗る車が市への入り口にさしかかった時に際立った。真っ直ぐに続く道が、途中の標識を境に、雨のカーテンによって真っ二つに隔てられてしまっていたのだ。
 これでは特別な力など何もなくても、この天候はおかしいと誰もが感じることだろう。
 そんなこんなで、彼らは驚きに目を見張りながら、依頼人である雨宮瞳子の家へと到着した。
 瞳子の自宅は、市の海側に近い付近にあって、市の観光スポットの一つでもある雨宮天満宮のすぐ傍にあった。「屋敷」と呼ぶにふさわしい邸宅で、来る前に聞かされた雨宮家がこの街の名士だという話も、あながち嘘ではないだろうと彼らに感じさせた。
 黯傳たちを出迎えてくれたのは、依頼人である瞳子自身だった。
 彼女によって上品に整えられた応接間に案内された黯傳たちは、そこで彼女から《村雨》の由来他の詳しい事情を聞いた。
 そもそも、盗まれた笛《村雨》は、雨宮家の祖先である時人(ときひと)が、奈良の葛城山の山中で役行者(えんのぎょうじゃ)よりもらったものだという。
 奈良時代の末、笛の名手として名高かった時人は、その天候を操ることのできる不思議な笛のおかげで更に名を馳せた。が、力づくでそれを奪おうとする者もおり、命の危険を感じた彼は、妻と共に当時はまだ辺境だった関東へ逃れた。
 その彼が居を定めたのがこの雨宮市で、当時は小さな村にすぎなかったようだ。
 温厚で博識な時人は村人の崇拝を受け、次第に村の中心人物となって行くが、若くして病に倒れ、結局、妻と二人の子供を残して他界してしまう。
 その後、彼の妻は役行者のお告げを受けて、小さな祠を建てて水神を勧進し、《村雨》を奉納して毎日祭った。それが、現在の雨宮天満宮の始まりで、当時は「雨宮さま」と呼ばれて村人だけが手を合わせていたのだが、いつしか霊験あらたかだと噂が立ち、近在からも人が参拝に訪れるようになったらしい。やがて後に時人と、菅原道真が合祀され、「雨宮天満宮」となったという。
 そして、この天満宮を代々祭るのは雨宮家の女の役割であり、その宮司となるための条件が、《村雨》の奏者となることなのだという。
「雨宮の家の者にとっては、神職の資格を持つこと以上に、《村雨》の奏者であるか否かは、宮司となるためには重要な条件なのです」
 黯傳たち三人と一匹を前に、瞳子はそう語った。
「では、今の笛の奏者は……?」
 思わずというように問うたのは、シュライン・エマだった。
 二十六歳になる彼女は、すらりとした長身にワインカラーのパンツスーツをまとい、長い黒髪を後ろで一つに束ねていた。胸元には、薄い色のついたメガネが揺れている。本業は翻訳家だが、草間興信所で事務員のバイトをやっていた。バイトといってもずいぶん長く、興信所の古株といってもいい。
 彼女の問いに、瞳子は言った。
「私です。慣例どおり、天満宮の宮司も務めさせていただいております」
 彼女が言うには、先代の宮司兼笛の奏者は彼女の祖母で、その人が病に倒れた時、彼女はその二つの資格を譲られたのだった。
 ちなみに、笛のことやその由来などは、誰もが知っていることのようだった。
 というのも、それらは天満宮の縁起として、市の観光用パンフレットやホームページなどにも載せられており、天満宮内にもその説明の札が置かれているというのだ。だけではない。笛は、天満宮内にガラスケースに入れて説明つきで展示されているという。
「今は、飾られているのはレプリカですけれど。昭和の初めごろに、一度盗難に遭っているんです。それ以来、天満宮の方にはレプリカを展示して、本物はこの屋敷に保管するようになりました」
「その時は、どうやって取り戻したんだ?」
 付け加える瞳子に問うたのは、香坂蓮だった。
 彼は、シュラインより二つ年下で、本業はヴァイオリニストだ。長身の体に半袖のシャツとズボンというすっきりしたかっこうをしている。直ぐな黒髪と青い目を持つ美青年だった。
「警察が、捕まえました」
 瞳子は、ためらうことなく答える。
「その時の犯人は、古美術品を狙った泥棒だったんです。《村雨》の力についても、伝説だと考えていたようで……好奇心から《村雨》を吹いてみようとしたとか。ですが、常習犯だったことと、担当刑事が祖父の友人で《村雨》の力も信じていましたから、当時の警察としてはできる限り迅速に動いてくれました」
「それでも、街は壊滅しかけた……と」
 シュラインがたしかめるように問うと、瞳子は黙ってうなずいた。
「笛そのものの価値は、どのぐらいのものなんだ?」
 シュラインの隣で、ふと興味を持ったというふうに、蓮が問う。が、瞳子は小さく首をかしげた。
「さあ……。鑑定などしていただいたことがないので、私にはなんとも……。ですが、その時の泥棒は、いくばくかの価値があると考えていたのだとは思います」
 答える彼女に、蓮は新たな問いを投げかける。
「笛を盗んだ人間に、心あたりはないのか? たとえば、雨宮家やおまえ、おまえの父親らに恨みを持っているような人間とか」
「他に笛を吹けそうな人や、雨を降らせる理由のある人、という場合もありますよね。そういう人にも心あたりはありませんか?」
 蓮の問いに付け加えるように、海原みなもが言った。
 みなもは、青い髪を長く伸ばし、青い目をした愛らしい少女で、十三歳――中学生だった。今日の彼女は、初夏にふさわしい水色の格子柄のキャミソールに白いレースのボレロをまとい、コルク底のサンダルをはいていた。
 そして、黯傳は先程からずっと、その彼女の膝の上におさまっている。依頼人を驚かさないために、今は普通の猫のふりをして、ただじっと瞳子と他の三人の会話に耳を傾けていた。ちなみに、なぜみなもの膝の上なのかといえば、単にその膝が三人の中で一番居心地がよく、好ましい匂いがしていたためだった。
 二人に問われて、瞳子は一瞬撃たれたようにそちらを見やり、目を見張った。が、すぐに小さく唇を噛みしめ、うなだれてしまう。ややあって、ぽつりと言った。
「私は、妹が盗んだのではないかと思っています」
「妹?」
「はい」
 蓮に問い返されて、瞳子はうなずく。そして、うつむいたままぽつりぽつりと話し始めた。
 彼女には、二つ年下の月子という妹がいるのだという。この妹は、ずいぶんと夢見がちな性格で、子供のころから《村雨》をまるで魔法の杖かシンデレラのガラスの靴のように考え、その奏者になることに憧れていたのだそうだ。
 先代の奏者である彼女たちの祖母が床に就いた時、二人はその祖母の枕元に呼ばれて《村雨》を吹き競った。その結果、《村雨》の奏者は瞳子に決定したのだが、月子はそれが不満で家を飛び出し、その後消息不明なのだという。
「実際のところはどうだったんだ? 妹はおまえより笛の奏者として劣っていたのか?」
 蓮が無遠慮に訊いた。
「腕は、互角だったと思います。ただ祖母が私を後継者としたのは、私の方がより現実的だったからでしょう。《村雨》の奏者となるということは、妹が考えているような楽しいだけのものではありません。その力を信じない者はもとより、信じている者からも、崇拝や憧憬だけではなく、妬みや時には恨みをかうことさえあります。その上に、宮司の仕事もありますから……『夢』だけではとうていやってはいけません」
 冷静に答える瞳子の言葉には、すでにその地位にあって現実を受け止めている者のたしかな実感がこもっていた。
 彼女は、黯傳たち三人と一匹を見やり、すがるように言った。
「今回の盗難については、まだ警察にも連絡していません。でも、この不自然な雨に、《村雨》の力を信じている人々は、すでに不審に思い始めているようです。ですから、どうかお願いします。人々が騒ぎ出す前に、《村雨》を取り戻してほしいのです」
 そして彼女は、深々と頭を下げるのだった。

【2】
 その後、彼らは笛が収められていたという金庫を見せてもらった。
 金庫は、どこにでもあるような耐火性の強いもので、小さな冷蔵庫ぐらいの大きさがあった。鍵はダイヤル式のものと鍵穴に鍵を差し込んで回すものとの二種類が併用されていたが、雨宮家では鍵穴式の方しか掛けていなかったという。なんでも、当主の和人(かずひと)が、ダイヤル式の数字を覚えるのが苦手だとかで、昔からそうしていたらしい。が、それを知っているのは家族――和人自身とその妻の加代子、そして瞳子と月子の四人だけだったという。そもそも、使用人さえこの書斎には入らせない習慣だったようだ。
 盗まれた時、ドアはこじ開けられた様子もなく、明らかに鍵を使って開けられたようだったと瞳子は言った。それはつまり、犯人が鍵の場所を知っていたということでもある。更に、家の玄関や窓にもこじ開けた痕跡がなく、金目のものも盗まれていないとなれば……たしかに瞳子が身内、それも今この家にいなくて、笛を欲しがる理由のある人間を疑うのも無理はなかった。
 シュラインは、何か他の可能性を考えているのか、雨宮家の周辺で最近体調を崩したり、入院している人間がいないかどうかを瞳子や和人に尋ねていた。が、二人ともそんな人物に心当たりはないという。
 なんにせよ、警察に通報すれば、指紋などからもっと詳しい手掛かりも得られるのだろう。
 月子が犯人だとして、もしもこの街にいるとすれば、立ち寄りそうな所や宿泊施設などを調べるのも、警察ならばお手のものだ。
 だが、瞳子はそれはしたくないという。
「私は、妹を犯罪者として公に晒したくないんです。今ならまだ、《村雨》を返してもらって、何もなかったようにできます。この降り続く雨だって、異常気象のせいにしてしまえます」
 そう黯傳たちに告げる彼女の顔は、どこか痛々しくさえあった。
 黯傳は、思い出して小さく溜息をつく。
 金庫の検分を終えたころにはちょうど昼時で、彼らは昼食を取り、それぞれ部屋を割り当てられた。といっても、猫の姿の黯傳には個室はない。それに彼は、家の中でじっとしているつもりもなかった。霊を見ることのできる彼は、金庫の周辺に残っている笛の波動と匂いを追って、外に出て来たのだった。
 匂いの方は、雨のせいで雨宮家から少し離れると消えてしまったが、波動の方は、ずっと続いている。黯傳は、ひたすらそれを追っていた。といっても、まったく知らない土地のことだ。時おり出会うこの街の猫たちから、情報を収集することも忘れてはいない。
 彼は、降りしきる雨から視線を逸らし、再び波動を追って移動し始める。
 だが、次第に人家は少なくなり、やがてとうとう雨に濡れないで移動できる軒先のあるような家はなくなった。彼の目の前には、両側に街路樹のある歩道を持つ道路が広がっている。建物はあるものの、それは軒先も塀も持たない四角いビルばかりだ。
 それを見やって黯傳は、どうしようかと思案する。なるべくならば、濡れたくなかった。濡れた毛皮が体中に張りつく感覚は、人間には想像ができないほど気持ちの悪いものだったし、体も重く動き辛くなる。が、波動は道路の先にまで続いているのだ。かといって、他の三人と連絡を取る方法も、この姿では存在しない。
 その時だ。
「黯傳さん」
 歩道の端の、かろうじて街路樹の陰になっていて濡れない根方に座り込み、思案にくれていた黯傳の頭上から、ふいに思いがけない声が降って来た。顔を上げて、彼は驚く。そこに立っていたのは、みなもだった。
 猫に徹している黯傳は、みなもたち同行者ともずっと人語で会話はしていない。そのせいで、彼らは黯傳が人語はわかるが、話せないと思っているようだった。それでもみなもは、自分を見上げる彼の目の中に、どうしてここにいるのか、という問いを読み取ったようだった。
「あたしは、水の大本……この雨を降らせている力の源を探してみようと思って、瞳子さんの家を出て来たんです。黯傳さんは?」
 俺も似たようなものだ、という意味を込めて一声鳴いた後、黯傳は器用に顔をしかめてから鼻先でしゃがめとみなもに指示する。高いところから人を見下ろすのは好きだが、見下ろされるのはしゃくにさわる。
 みなもにも、その意志は伝わったのだろう。
「あ……。すみません」
 素直に謝って、彼女は指示されたとおりにその場にしゃがみ込む。そして、小首をかしげて訊いた。
「黯傳さんは、霊を見たり、その気配を感じることもできるんだと、草間さんから聞きました。……もしかしたら、その能力で笛の気配を追って来たんですか?」
 そうだという印にまた鳴いてみせる黯傳に、彼女は続けて問う。
「その気配は、ここで途切れているんですか?」
 今度は、黯傳はそうではないとかぶりをふった。
 更にいくつかの問いと、仕草と鳴き声によるやりとりがあった後、みなもは、彼がどうしてここで立ち往生していたのかを理解したようで、言った。
「なら、ご一緒しませんか? あたしの感じている雨を降らせている力の源も、この道路の先にあるようなんです」
 提案はありがたかったが、彼女の言うことは、黯傳には幾分理解できない部分がある。こんな依頼を引き受けたからには、外見どおりの中学生ではないだろうが、それにしてもいったいどんな能力を持っているのだろうか。
 彼が不思議がっているのが伝わったのだろうか。みなもは小さく笑って言った。
「あたしは、南洋系の人魚の末裔なんです。だから、水に関してなら操ったり、大本を感じたりすることができるんです」
 みなもの答えに、黯傳は軽く目を見張る。が、おかげで彼女の匂いをなぜ好ましいと感じたかに、合点がいった。
(……魚だったからか)
 我ながら、なんとミもフタもない事実だろうと内心に溜息をつく。それでもとりあえず、人間の姿をしている以上は、どこかにかじりつくというようなことは、さすがにないだろう。
「それで、どうしますか?」
 再度問われて、黯傳は尊大にうなずいた。
 わかった。一緒に行ってやる――という意志を込めて。
「はい」
 みなもはしかし、怒るそぶりも見せずに笑顔でうなずき、そのまま彼を片手で抱き上げた。一方の手には傘をさしているので、しかたないといえばそうなのだが、彼女の思いがけない腕力に、黯傳は少しだけ目を見張る。が、みなもはそんな彼の驚きにも気づいていないようだ。そのまま彼を抱えるようにして、歩道を歩き出した。
 そうやって彼らがたどり着いたのは、この地区のはずれに広がる林の入り口だった。「時人の庵」と書かれた観光客用の案内板が立っており、その傍は駐車用のスペースなのか、広く開けられていた。といっても、さすがにこの雨では、停まっている車は一台もなかったが。
 みなもが、器用に傘を黯傳を抱えている側の手に持ち替え、肩からかけていたポシェットの中から、雨宮市の観光用パンフレットを取り出した。それは、瞳子に何かの参考になるかもしれないと、彼女たちが一人ずつもらったものだった。
 彼女が広げたそれを、黯傳も覗き込む。そこには、今彼らがいる場所もしっかり載っていた。この林の向こうにあるのは、雨宮家の祖先・時人がこの地でくらした家を復元したものだという。雨宮市の観光スポットの一つのようだ。
 それを見やって、みなもは少し考え込んでいる様子だった。が、やがてそれをポシェットに戻すと、かわりに携帯電話を取り出した。
「シュラインさんと香坂さんにも、ここのこと連絡しますね」
 そう断って、電話をかけ始める。
 うなずいた黯傳が首を伸ばして見上げていると、彼女が電話した相手は、シュラインの方だったようだ。
「シュラインさん。今あたし、この雨を降らせている力に、とても近い所にいるんですけれど、どうしましょう? 黯傳さんも、同じ方向から何かを感じているらしいんですけれど」
 みなもが、相手にそう話しているのが聞こえる。いくつか言葉をやりとりした後、彼女はこの場所を相手に教えているようだった。
 やがて、通話を終えて携帯をポシェットに戻すと、彼女は黯傳を覗き込んだ。
「シュラインさんと香坂さんも、こちらへ来るそうですから、それまで待ちましょう。あたしたちだけで行って、もし犯人に逃げられたりしたら、申し訳ありませんから」
 言われて黯傳は、小さく目をつぶった。
 ここへ来る道中、みなもが話してくれたところによると、彼女には水を操る力があるらしい。とすれば、これだけ周囲は水だらけなのだ。相手がかなり凶暴だったとしても、自分と力を合わせれば、捕えることも不可能ではないと黯傳は思った。が、例によって彼は、あまり動き回りたくない。水だらけで元気一杯ならしい彼女と違って、彼は湿気のせいでだるくてしようがないのだ。
(ま、ここは本来の役目どおり、俺は補佐に回らせてもらって、人間どもにがんばってもらうとするか)
 そんなことを胸に呟き、彼は了解の印にそんな仕草をしてみせたのだった。
 むろんそれは、みなもにも通じたのだろう。彼女はにこりと笑って、軽く彼の体に頬をすり寄せた。

【3】
 シュラインと蓮が車でやって来たのは、それから間もなくのことだった。
 駐車用のスペースに車を止め、傘をさして降りて来るシュラインと蓮に、黯傳を抱いて傘をさしたまま、みなもが駆け寄った。
「みなもちゃん。それで、力の源っていうのはどこ?」
「この林の奥です」
 シュラインに問われて、みなもが林の方をさし示す。黯傳も、そうだと一声鳴いた。
「行ってみましょう」
「はい」
 促すシュラインに、みなももうなずいた。
 やがて彼らは、雨の中を歩き出す。そこから林の中までは、石畳を敷き詰められた遊歩道が真っ直ぐに続いていた。
 林の中に入ると、落ちて来る雨の量は少なくなった。といっても小降りになったわけではなく、木々の枝に遮られて、地面に落ちる雨の量が減ったのだ。
 歩きながら黯傳とみなもは、シュラインと蓮からかわるがわる、手にした者が笛に魅入られてしまう可能性があるらしいことや、笛を盗んだのが月子ならばすでに魅入られてしまっている可能性のあることを聞かされた。
「もしも笛に魅入られてしまっているとしたら……月子さんはどうなるんでしょう?」
 不安げに問い返すみなもに、蓮が肩をすくめた。
「さあな。……過去の記録どおりなら、あんまり楽しいことになりそうにないが」
「そんな……」
 一瞬目を見張るみなもに、彼女の腕に抱かれた黯傳は思わずなだめる声を上げた。今更、人語を話すのも相手を驚かせるだけなので自制したが、本当は言葉に出して言ってやりたかった。まだ、単なる泥棒の仕業だという可能性もあるだろうと。
 まるで、そんな彼の胸の内を代弁するかのように、慌てた口調でシュラインが言った。
「みなもちゃん、まだそうと決まったわけじゃないわ。以前のような本物の泥棒の仕業っていう可能性もあるんだから」
「そうですよね。あたしったら……。決めつけちゃ、いけませんよね」
 小さく笑ってうなずくみなもに、黯傳はうんうんとうなずいた。とはいえ彼も、本気でそんなことを思っているわけではない。犯人が以前の時のような本物の泥棒ならば、こんな所に一週間も隠れていないで、とっくにこの街を離れているはずだ。そんな不自然さが、かえってそこにいるのが月子だと示しているような気が、黯傳にはした。
 そうしたことは、みなもを慰めた当人であるシュラインも、そして蓮もわかってはいるだろう。が、誰もそれを口にはしない。
(犯人が、月子って女じゃないことを、願いたいよな)
 黯傳はふと、胸に呟いた。
 そうこうするうち、彼らは時人の庵の前へとたどり着いていた。
 庵というよりも、小さなお堂のような建物だ。むろん、奈良時代後期のものではなく、昭和になってからそういう名目で建てられたものである。そのあたりに時人が居を構えていたこと自体は本当らしい。パンフレットには、現在のものは過去の記録や当時の建築技術を参考に復元したものだとあった。
「この中から、力の源を感じます」
 みなもが、低く囁くように言った。黯傳も、再び同意の鳴き声を上げる。実際、お堂の中からは、笛の波動が驚くほど強く漂って来ていた。
「犯人が誰であれ、笛はここにあるということだな」
 呟いたのは、蓮だった。彼はお堂の軒先に足を踏み入れると、傘をたたんだ。
「中へ、入ってみよう」
「ええ」
 彼に言われて、シュラインもうなずき、軒先に入って傘を閉じる。ここまで来たのだ。躊躇していてもしかたがない。黯傳が尋ねるように見やると、みなももうなずき、二人の後に続いた。
 観音開きの扉に手をかけたのは、シュラインだ。それは、かすかに蝶番のきしむ音を立てながら、外側に向かって開いた。中は真っ暗だった。
(人間には、少し暗すぎるかな)
 シュラインと蓮に続いて中に足を踏み入れたみなもの腕の中で、黯傳はふと考える。時間的にはまだ、さほど遅くはない。彼らが雨宮家に到着したのが午前中のことで、それから話を聞いたり金庫を見せてもらったりした後、昼食を取ってそれぞれの行動に移ったのだ。おそらく晴れていれば、充分に明るいに違いない。が、雨のせいで外はすでに夕方のように薄暗い。お堂の中も、暗くて当然だった。
 とはいえ、猫の目を持つ黯傳には、まったく不自由がない。軽く鳴き声で促すと、みなもは彼をそっと床に下ろしてくれた。
 黯傳は、自由になってあたりを見回す。
 お堂の中はさほど広くはなく、床は板張りで、さすがに埃が積もっているようなことはなかったが、がらんとしている。奥の方に几帳台とおぼしいものがあり、その手前には、藁座(わろうざ)と呼ばれる藁で編んだ丸い小さな座布団が置かれていた。
 そして、その几帳台らしいものの影に、誰かがうずくまっているのが見えた。
「月子さん?」
 シュラインが、そっと呼びかける。うずくまった人物の肩が小さく震え、こちらをふり返った。
「誰? 姉さんなの?」
 細い声が返り、その人物はおぼつかない足取りで立ち上がった。そのまま、彼らの方へと歩み寄って来る。
 やがて、彼らの目にも、その人物の姿がはっきりとわかるようになった。半袖のブラウスとGパンというかっこうの、二十歳前後の女性だった。直ぐな黒髪は短かったが、その顔立ちは、瞳子を思わせる。
 女性は、黯傳たちを目にすると、失望したように肩を落とした。それへシュラインが代表するように尋ねる。
「雨宮月子さんですね?」
「そうよ。あんたたちは何?」
「俺たちは、おまえの姉の瞳子から笛を取り戻してほしいと頼まれた者だ」
 女性――月子の問いには、蓮が答えた。
「へぇ。……もしかして、姉さんってば、警察に連絡しなかったんだ。それで、代わりに金を使って、あんたたちみたいなのを雇って、私を探させたってわけ」
 嘲るように言って、月子はきつく唇を噛みしめた。
「私は、姉さんが自分で探しに来るかもって思ってたのにな。……姉さんなら、真っ先に私がここにいるって気づくかもって思ってたのに……」
 半ば自嘲するように呟く彼女に、黯傳は思わず首をかしげる。彼女のその呟きは、まるで瞳子に自分を見つけてほしかったかのように聞こえた。そして黯傳は、ふと思い出す。金庫を見せてもらった時、瞳子が月子と昔、よくここで遊んだと話していたことを。
(本当にそうなのか? 瞳子に見つけてほしかったから、一週間も街を離れず、こんな所に隠れていたのか?)
 思わず胸に呟き、彼はまじまじと月子を見上げた。
 長く生きて来た経験で、人間は時に本当の思いとは逆のことを口にする存在だということを、彼も充分理解してはいる。嫌いだと、憎いと叫び、傷つけていた相手を実は誰より好きで愛していたなどというのは、よくあることだ。もしかしたら、この女もそうなのだろうかと、黯傳は思う。笛の力を手に入れたいわけでも、その奏者に選ばれることで不随する権威がほしいわけでもない。むろん、金のためでもなく……ただ、姉に自分の複雑な胸の内を知ってほしいだけなのか。
 もしもそうならば。笛を介在させずに、姉妹がちゃんと向き合い、互いの本心を語り合えば、和解できるかもしれない。そう黯傳は思う。だが、そのためには、月子と笛を切り離さなければならないだろう。シュラインと蓮が得た情報が正しいならば、笛と共に長くあれば月子は本心を見失ってしまう可能性がある。
 彼は、なんとか笛を奪う隙をうかがうことに決めて、一人静かに暗闇の中、その時を待って身構えた。
 そんな彼の目の前では、シュラインが説得を試みようとしていた。
「月子さん、瞳子さんは……」
 彼女が一歩そちらへ踏み出して言いかける。が。
「来ないで!」
 ふいに鋭い声で月子は叫ぶ。
「《村雨》は返さないわ。これは、私のものよ。お祖母ちゃんは、姉さんの方が長女だからって、後継者を姉さんに決めたけれど、本当は私の方が奏者としては勝っていたわ。だから、これは私のものなの。誰にも渡さないわ!」
 彼女は言うなり、片手に持っていた笛を、錦の袋から取り出した。袋を床に投げ捨て、口元で構える。そうして、一呼吸、笛を吹いた。
 高く、周囲の空気を切り裂くような鋭い音があたりに響く。
 途端、黯傳は全身の毛が逆立つのを感じた。音と共に、凄まじい霊気――いや、すでに妖気と呼んでもいいようなものが、笛からほとばしる。
(これが、この笛の力にして、正体ってとこか?)
 黯傳は、思わず喉の奥で低くうなりながら、胸に呟いた。が、彼のうなり声は、その場の誰の耳にも聞こえてはいなかっただろう。なぜなら。
 その直後。お堂の頭上でふいに凄まじい音が轟き、建物が小さく振動した。
「な、何?」
 声を上げたのは、シュラインだったろうか。しかし、黯傳にもそしてみなもや蓮にも、それに答える余裕はなかった。彼らはただ、目を見張り、体を硬直させたまま、そこに立ち尽くすばかりだ。
 と。窓にあたる蔀戸(しとみど)は全部下ろされているにも関わらず、一瞬あたりはまぶしい光に照らし出され、次の瞬間には、再び轟音が頭上で響いた。今度は、音の正体が彼らにも理解できた。雷だ。信じられないほど近くで、雷が鳴っているのだ。
 同時に静かに降り続いていた雨は強さを増し、風が出てお堂の入り口を激しく叩き始めた。
 月子は、にやりと笑うと、もう一度笛を吹いた。
 途端、風雨は更に強さを増し、雷は間を置かずに建物の上で閃き、轟音をはじけさせる。まるで、このお堂を狙っているかのように。
 いや。おそらく狙っているのだろう。月子が笛によってこれらを操っているに違いない。
「おまえ……俺たちを雷で殺すつもりか」
 蓮が、青い瞳に鋭い光を浮べて、月子をねめつけ問うた。
「私の邪魔をするならね」
 月子は、薄い笑みを口元に浮べて返す。
「そして、姉さんにもわからせてやるわ。誰が《村雨》の本当の奏者なのかを」
「やめなさい。あんたはただ、その笛に魅入られてしまっているだけよ!」
 シュラインが叫んだ。
「そうです。どうか、目を覚まして下さい。瞳子さんは、月子さんのことを、とても心配していました。だから……」
「だからどうだっていうの?」
 みなもの言葉を、月子は激しく遮る。
「姉さんはいつもそうなのよ。周囲には、夢見がちで世間知らずなバカな妹をかばう『いい姉』のふりをするの。あんたたちも、それに騙されているだけよ!」
 叫んで彼女は、再度笛を口元に持って行こうとした。
 その時だ。
 彼らの背後で、ふいに激しい音を立てて、扉が開かれた。

【4】
 一瞬、誰もが弾かれたようにそちらをふり返る。そこには、ずぶ濡れになったまま、肩を喘がせながら立ち尽くす瞳子の姿があった。おそらく、使用人からシュラインと蓮の行き先を聞いて、慌てて駆けつけてきたのだろう。
「姉さん……」
 打ちつける風雨の音以外何もしなくなった堂内に、ポツリと月子の弱々しい呟きが響く。
「月子、もうやめて」
 そんな月子を真っ直ぐに見据えて、強い口調で瞳子が言った。
「《村雨》がそんなにほしいのなら、あげるわ。だから、もうやめて。これ以上、街を犠牲にしないで。……私たちの役目は、この街を守ることなのよ」
「姉さん……」
 瞳子を呆然と見返す月子の唇から、再び低い呟きが漏れる。笛を持つ手が、だらりと脇に下がった。
 黯傳は、その瞬間を逃さなかった。
(今だ!)
 鋭い声を上げてそちらに飛びかかった。
「あっ!」
 ふいをつかれて月子はよろめき、笛を取り落とした。床に軽く尻餅をついて、彼女は目を見張る。そちらへ静かに歩み寄り、笛を拾い上げたのは、蓮だった。彼は、手にしたものならばなんでも浄化の力を宿すことのできる能力を持っていた。その能力を笛に対して使うと、戸口に佇んだまま目を見張っている瞳子の傍まで行き、そちらへ笛を差し出した。
「浄化の力を付加した。吹いてみろ」
「あ……。はい」
 わずかにとまどったものの、瞳子は彼の青い瞳に見据えられ、笛を手にした。そして、言われるままに吹き始める。
 彼女の奏でる曲は、黯傳にもみなもにも、シュラインや蓮にも聞き慣れないものだった。もしかしたら、既存のものではなく、今ここで心に浮かんだ曲をそのまま奏でたものなのかもしれない。しかしその曲は、ひどく静謐で優しく、心の隅々までが洗われて行くような、そんな曲だった。
 彼女が奏していたのは、さほど長い時間ではなかった。だが。その音色は次第に驚くほどに澄み渡り、やわらかなものへと変わって行く。
(……あの凄まじい妖気が消えたぞ)
 黯傳は、思わず目を見張って胸に呟く。同時に、外の激しい風雨の音が消えていることにも気づいた。
 やがて瞳子が演奏をやめ、月子の方を見やる。床に座り込んだままの月子の頬には、白く涙が筋を引いていた。
「月子……」
 そのことに驚いたのか、瞳子が軽く目を見張る。
「姉さん」
 低く呼んで、月子は立ち上がると瞳子の方へと歩み寄った。そうして、こらえきれなくなったかのように、彼女の胸に声を上げて泣き伏した。
「月子」
 瞳子は、そんな妹を優しく抱きしめ、背を撫でた。彼女の目もわずかに潤み、涙をこらえるように唇を引き結んでいる。
 そんな二人を見やって、黯傳たちは互いに顔を見合わせた。みなもが、来た時と同じようにそっと彼を抱え上げた。そのまま、二人を残してそっと外に出て行くシュラインと蓮に続く。
 お堂から出た途端に、みなもが思わずというように低い歓声を上げた。が、それも当然だった。外はすっかり雨が上がり、空をおおい尽くして低くたれこめていた黒雲も嘘のように消えていた。かわりに、太陽の光が木々の梢を縫って降り注ぎ、あたりを渡って行く風は乾いて心地よい。
「どうやら、最悪の結果はまぬがれたようね」
 頭上に揺れる木々の葉と木漏れ日を見上げながら、シュラインが呟いた。
「ああ。だが、これで《村雨》はもうただの笛だ」
 言ったのは、蓮だった。
「どういうこと?」
 シュラインが、不思議そうに訊いた。
「あの笛は、自分自身を浄化したんだ」
 蓮がそれへ返す。
「つまり、天候を操る力は、一種の妖力だったということですか? だから、魅入られた人がおかしくなったりしたということなのでしょうか」
 小首をかしげて、みなもが横から問うた。
「まあそういうことだな。その妖力を、俺が付加した力で《村雨》は自ら浄化した。笛の正当な奏者だった瞳子は、その意志に応えたというところだろう」
 蓮もうなずき返して言う。
 そのやりとりを聞きながら、黯傳は心の中で深くうなずいた。まさに、あの笛は妖力のこもったものだったのだ。もともとそうだったのか、長い年月の間にそうなってしまったのかはわからない。だが、もしかしたら笛自身も浄化されることを願っていたのかもしれなかった。
(ともあれ、これで依頼は完了だな)
 黯傳は胸に呟き、ふと自分を抱いているみなもの体から香る潮の香(か)に、褒美に約束された鯵を思い出して、頭をみなもの胸にこすりつけた。

【エンディング】
 翌日。
 黯傳は、約束どおり鯵にありついていた。
 事務所の奥の台所の一画で、零が彼のために焼いてくれたのは、厚い白身にほどよく塩の効いた鯵の開きである。皿に乗せられたそれを、はぐはぐと夢中で食べる。もちろん、猫の舌に合わせて、それは焼いてから少し冷ましたものだ。
(ああ……幸せ……)
 うっとりと、口の中でその歯ざわりやほのかな香り、味を楽しみながら、思わず胸の中でひとりごちる。
「今回は、ご苦労さまでした。ゆっくり味わって食べて下さいね」
 そんな彼に言って、零は彼の頭をやわらかな手で撫でた。
 雨宮瞳子が、草間興信所を訪れたのは、黯傳たちが依頼を完了して、一週間後のことだった。小雨が降っていたこともあり、黯傳はその時、事務所の片隅で居眠りを決め込んでいた。が、聞き慣れた声と匂いに刺激され、ふと目を開ける。
 事務所のソファには瞳子が腰掛けており、シュラインが応対していた。
 瞳子は、雨宮市で対面した時よりも明るく華やいだ雰囲気をまとっている。
 彼女はシュラインに、笛が本当に力をなくしてしまったことを告げてから言った。
「ですが、雨宮家、ひいては天満宮と市の宝であることに、変わりはありません。これからも、伝承と共に《村雨》は守り続けて行きたいと思います」
「月子さんは、どうしてますか?」
 シュラインの問いに、明るい笑顔が返って来る。
「家に戻って、天満宮の仕事を手伝ってくれることになりました。二人で家と天満宮を盛り立てて行こうと」
「そう。よかったわね」
「はい」
 シュラインが安堵したように言うのへ、彼女は大きくうなずくと、深々と頭を下げた。そうして、他の者にもよろしくと言い置いて、事務所を立ち去って行った。
 そのやりとりを、普通の猫のふりして聞いていた黯傳は、雨の上がって来た気配に身を起こす。鍵のかかっていない窓を勝手に開けて外に出て、屋根から屋根を伝って行こうとして、ふと足を止めてふり返った。日が射して来た空に、虹が出ていることに気づいたのだ。道路の方を見やると、瞳子も立ち止まってそれを見上げている。
 黯傳は、それへ一声、エールがわりに小さく鳴いて、しなやかに身をひるがえした――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3317 /斎黯傳(いつき・くろもり) /男性 /334歳 /お守り役の黒猫】
【1252 /海原みなも(うなばら・みなも) /女性 /13歳 /中学生】
【0086 /シュライン・エマ(しゅらいん・えま) /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1532 /香坂蓮(こうさか・れん) /男性 /24歳 /ヴァイオリニスト】

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■         ライター通信          ■
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●斎黯傳さま
はじめまして。ライターの織人文です。
今回は、私の依頼に参加いただき、ありがとうございます。
動物のキャラクターさんを書かせていただくのは初めてで、
苦労しつつも楽しく書かせていただきました。
最後は、爽やかな雰囲気に仕上げてみたつもりですが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、また機会がありましたら、よろしくお願いします。