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雨の街
【オープニング】
しとしとと雨の降り続く午後のこと。
草間興信所に来客があった。
二十代半ばと思しい黒髪の美女は、雨宮瞳子(あまみや とうこ)と名乗り、言った。彼女の家に代々伝わる家宝の笛《村雨》を探し出してほしいのだと。
一週間ほど前、それは彼女の父の書斎の金庫の中から盗まれてしまったのだ。他に入っていた通帳やカード、現金や宝石などにはいっさい手がつけられておらず、犯人の狙いは最初から《村雨》だったらしいと瞳子は言う。そして、彼女は続けた。
「《村雨》が戻らなければ、雨宮の街を包む雨も止みません。どうか、お願いします」
「待って下さい。それは、どういうことですか?」
草間が、思わず問い返す。瞳子は、一瞬きつく唇を引き結んだ後、笛にまつわる不思議な話を語り出した。
それによれば。《村雨》は、吹くことによって自在に天候を操ることができるのだという。ただし、誰でも吹けるわけではなく、笛が奏者と認めない者がそれを手にした場合、《村雨》によって守られている地域は、降り続く雨に見舞われる。更に、笛の認めない者が吹けば、街は嵐に包まれ……過去に一度壊滅しかけたことがあるというのだ。
草間は、単なる伝説の類かとも思った。だが、瞳子は真剣なまなざしで、伝説でもなんでもない、事実だと断言した。そして、彼に向かって深々と頭を下げる。
「お願いします。笛を取り戻して、街を救って下さい。このとおりです」
そこまでされては、断るわけにもいかない。とりあえず引き受けたものの、草間は彼女が帰った後、小さく溜息をついた。
(さて。引き受けてくれる奴が、いるかなあ……)
胸に、そう呟きながら。
【1】
あたりを、銀色の雨の膜がおおい尽くしていた。
しっとりと濡れた空気がその雨と共に肌にまといつき、普通の人間ならばずいぶんと不快に感じるところだ。だが。
海原みなもは、その濡れた空気を心地よいとさえ感じながら、横断歩道の端に立ち、信号が青に変わるのを待っていた。
青い髪を長く伸ばし、愛らしい顔立ちに青い目をした彼女は、十三歳――中学生である。今日の彼女は、初夏にふさわしい水色の格子柄のキャミソールに白いレースのボレロをまとい、コルク底のサンダルをはいていた。
南洋系の人魚の末裔である彼女にとっては、水のある場所は乾いたそれよりもずっと居心地がいい。たいていの人間が嫌がる梅雨も、彼女はけして嫌いではなかった。一応傘をさしてはいるが、これは単に服を濡らさないためだけのものだ。
そんな彼女がこの依頼を引き受けたのは、降り続く雨に迷惑をこうむる人がいるなら、なんとかしてやりたいと思ったからだった。
そして。彼女は今、東京から車で二時間ほどの場所にある雨宮市に来ていた。
といっても、一人ではない。同じように依頼を引き受けたシュライン・エマ、香坂蓮、斎黯傳(いつき くろもり)の三人……いや、二人と一匹と一緒だった。
この街にやって来た彼女たちを何より驚かせたのは、その街が文字どおりすっぽりと雨の膜に包み込まれてしまっていることだった。
来る途中の峠の頂上からは市が一望できたのだが、他は青空が広がっているというのに、雨宮市の上空のみ真っ黒な雲におおい尽くされている。しかもその雲は、一向に動く様子さえなかった。その異常さは更に、彼らの乗る車が市への入り口にさしかかった時に際立った。真っ直ぐに続く道が、途中の標識を境に、雨のカーテンによって真っ二つに隔てられてしまっていたのだ。
これでは特別な力など何もなくても、この天候はおかしいと誰もが感じることだろう。
そんなこんなで、彼女たちは驚きに目を見張りながら、依頼人である雨宮瞳子の家へと到着した。
瞳子の自宅は、市の海側に近い付近にあって、市の観光スポットの一つでもある雨宮天満宮のすぐ傍にあった。「屋敷」と呼ぶにふさわしい邸宅で、来る前に聞かされた雨宮家がこの街の名士だという話も、あながち嘘ではないだろうと彼らに感じさせた。
みなもたちを出迎えてくれたのは、依頼人である瞳子自身だった。
彼女によって上品に整えられた応接間に案内されたみなもたちは、そこで彼女から《村雨》の由来他の詳しい事情を聞いた。
そもそも、盗まれた笛《村雨》は、雨宮家の祖先である時人(ときひと)が、奈良の葛城山の山中で役行者(えんのぎょうじゃ)よりもらったものだという。
奈良時代の末、笛の名手として名高かった時人は、その天候を操ることのできる不思議な笛のおかげで更に名を馳せた。が、力づくでそれを奪おうとする者もおり、命の危険を感じた彼は、妻と共に当時はまだ辺境だった関東へ逃れた。
その彼が居を定めたのがこの雨宮市で、当時は小さな村にすぎなかったようだ。
温厚で博識な時人は村人の崇拝を受け、次第に村の中心人物となって行くが、若くして病に倒れ、結局、妻と二人の子供を残して他界してしまう。
その後、彼の妻は役行者のお告げを受けて、小さな祠を建てて水神を勧進し、《村雨》を奉納して毎日祭った。それが、現在の雨宮天満宮の始まりで、当時は「雨宮さま」と呼ばれて村人だけが手を合わせていたのだが、いつしか霊験あらたかだと噂が立ち、近在からも人が参拝に訪れるようになったらしい。やがて後に時人と、菅原道真が合祀され、「雨宮天満宮」となったという。
そして、この天満宮を代々祭るのは雨宮家の女の役割であり、その宮司となるための条件が、《村雨》の奏者となることなのだという。
「雨宮の家の者にとっては、神職の資格を持つこと以上に、《村雨》の奏者であるか否かは、宮司となるためには重要な条件なのです」
みなもたち三人と一匹を前に、瞳子はそう語った。
「では、今の笛の奏者は……?」
思わずというように問うたのは、シュライン・エマだった。
二十六歳になる彼女は、すらりとした長身にワインカラーのパンツスーツをまとい、長い黒髪を後ろで一つに束ねていた。胸元には、薄い色のついたメガネが揺れている。本業は翻訳家だが、草間興信所で事務員のバイトをやっていた。バイトといってもずいぶん長く、興信所の古株といってもいい。
彼女の問いに、瞳子は言った。
「私です。慣例どおり、天満宮の宮司も務めさせていただいております」
彼女が言うには、先代の宮司兼笛の奏者は彼女の祖母で、その人が病に倒れた時、彼女はその二つの資格を譲られたのだった。
ちなみに、笛のことやその由来などは、誰もが知っていることのようだった。
というのも、それらは天満宮の縁起として、市の観光用パンフレットやホームページなどにも載せられており、天満宮内にもその説明の札が置かれているというのだ。だけではない。笛は、天満宮内にガラスケースに入れて説明つきで展示されているという。
「今は、飾られているのはレプリカですけれど。昭和の初めごろに、一度盗難に遭っているんです。それ以来、天満宮の方にはレプリカを展示して、本物はこの屋敷に保管するようになりました」
「その時は、どうやって取り戻したんだ?」
付け加える瞳子に問うたのは、香坂蓮だった。
彼は、シュラインより二つ年下で、本業はヴァイオリニストだ。長身の体に半袖のシャツとズボンというすっきりしたかっこうをしている。直ぐな黒髪と青い目を持つ美青年だった。
「警察が、捕まえました」
瞳子は、ためらうことなく答える。
「その時の犯人は、古美術品を狙った泥棒だったんです。《村雨》の力についても、伝説だと考えていたようで……好奇心から《村雨》を吹いてみようとしたとか。ですが、常習犯だったことと、担当刑事が祖父の友人で《村雨》の力も信じていましたから、当時の警察としてはできる限り迅速に動いてくれました」
「それでも、街は壊滅しかけた……と」
シュラインがたしかめるように問うと、瞳子は黙ってうなずいた。
「笛そのものの価値は、どのぐらいのものなんだ?」
シュラインの隣で、ふと興味を持ったというふうに、蓮が問う。が、瞳子は小さく首をかしげた。
「さあ……。鑑定などしていただいたことがないので、私にはなんとも……。ですが、その時の泥棒は、いくばくかの価値があると考えていたのだとは思います」
答える彼女に、蓮が新たな問いを投げかける。
「笛を盗んだ人間に、心あたりはないのか? たとえば、雨宮家やおまえ、おまえの父親らに恨みを持っているような人間とか」
「他に笛を吹けそうな人や、雨を降らせる理由のある人、という場合もありますよね。そういう人にも心あたりはありませんか?」
続けてみなもも問うた。
それは彼女が、この依頼の内容を聞いた時から、瞳子に問い質してみたいと思っていたことだった。笛の存在を誰もが知っているというのは意外だったものの、雨が降ってはいても嵐になっていない以上、今笛を手にしている人間も、それを扱えるのではないかと彼女は考えたのだ。それと、もう一つ。盗んだ人間には、雨を降らせる理由があるのではないかとも、彼女は考えていた。たとえば、晴れが続くと困るとか、あるいは龍神のような水系の神に呪いをかけられた人間であるとかいったような。
そんな彼女の膝の上には、光沢のある黒い毛皮と黒い目の猫が乗っていた。
が、猫は彼女のペットではなく、今回の同行者の一人だ。人間を補佐し導く役目を持つ「お守り役」の猫、斎黯傳である。人語を解することも、人間の姿になることもできるのだが、本日は猫の姿で、依頼人を驚かさないために人語などまったく解さない普通の猫のふりをしているようだ。
ちなみに、シュラインも蓮も猫は嫌いではないようだが、なぜか黯傳はみなもが気に入ったらしく、ここへ来るまでの道中でもずっとその傍から離れなかった。みなも自身も猫が嫌いなわけではなかったので、なつかれるままにこうして膝に乗せている。
二人に問われて、瞳子は一瞬撃たれたようにそちらを見やり、目を見張った。が、すぐに小さく唇を噛みしめ、うなだれてしまう。ややあって、ぽつりと言った。
「私は、妹が盗んだのではないかと思っています」
「妹?」
「はい」
蓮に問い返されて、瞳子はうなずく。そして、うつむいたままぽつりぽつりと話し始めた。
彼女には、二つ年下の月子という妹がいるのだという。この妹は、ずいぶんと夢見がちな性格で、子供のころから《村雨》をまるで魔法の杖かシンデレラのガラスの靴のように考え、その奏者になることに憧れていたのだそうだ。
先代の奏者である彼女たちの祖母が床に就いた時、二人はその祖母の枕元に呼ばれて《村雨》を吹き競った。その結果、《村雨》の奏者は瞳子に決定したのだが、月子はそれが不満で家を飛び出し、その後消息不明なのだという。
「実際のところはどうだったんだ? 妹はおまえより笛の奏者として劣っていたのか?」
蓮が無遠慮に訊いた。
「腕は、互角だったと思います。ただ祖母が私を後継者としたのは、私の方がより現実的だったからでしょう。《村雨》の奏者となるということは、妹が考えているような楽しいだけのものではありません。その力を信じない者はもとより、信じている者からも、崇拝や憧憬だけではなく、妬みや時には恨みをかうことさえあります。その上に、宮司の仕事もありますから……『夢』だけではとうていやってはいけません」
冷静に答える瞳子の言葉には、すでにその地位にあって現実を受け止めている者のたしかな実感がこもっていた。
彼女は、みなもたち三人と一匹を見やり、すがるように言った。
「今回の盗難については、まだ警察にも連絡していません。でも、この不自然な雨に、《村雨》の力を信じている人々は、すでに不審に思い始めているようです。ですから、どうかお願いします。人々が騒ぎ出す前に、《村雨》を取り戻してほしいのです」
そして彼女は、深々と頭を下げるのだった。
【2】
その後、彼女たちは笛が収められていたという金庫を見せてもらった。
金庫は、どこにでもあるような耐火性の強いもので、小さな冷蔵庫ぐらいの大きさがあった。鍵はダイヤル式のものと鍵穴に鍵を差し込んで回すものとの二種類が併用されていたが、雨宮家では鍵穴式の方しか掛けていなかったという。なんでも、当主の和人(かずひと)が、ダイヤル式の数字を覚えるのが苦手だとかで、昔からそうしていたらしい。が、それを知っているのは家族――和人自身とその妻の加代子、そして瞳子と月子の四人だけだったという。そもそも、使用人さえこの書斎には入らせない習慣だったようだ。
盗まれた時、ドアはこじ開けられた様子もなく、明らかに鍵を使って開けられたようだったと瞳子は言った。それはつまり、犯人が鍵の場所を知っていたということでもある。更に、家の玄関や窓にもこじ開けた痕跡がなく、金目のものも盗まれていないとなれば……たしかに瞳子が身内、それも今この家にいなくて、笛を欲しがる理由のある人間を疑うのも無理はなかった。
シュラインは、何か他の可能性を考えているのか、雨宮家の周辺で最近体調を崩したり、入院している人間がいないかどうかを瞳子や和人に尋ねていた。が、二人ともそんな人物に心当たりはないという。
なんにせよ、警察に通報すれば、指紋などからもっと詳しい手掛かりも得られるのだろう。
月子が犯人だとして、もしもこの街にいるとすれば、立ち寄りそうな所や宿泊施設などを調べるのも、警察ならばお手のものだ。
だが、瞳子はそれはしたくないという。
「私は、妹を犯罪者として公に晒したくないんです。今ならまだ、《村雨》を返してもらって、何もなかったようにできます。この降り続く雨だって、異常気象のせいにしてしまえます」
そうみなもたちに告げる彼女の顔は、どこか痛々しくさえあった。
みなもは、それを思い出して小さく吐息をつく。
金庫の検分を終えたころにはちょうど昼時で、彼女たちは昼食を取り、それぞれ部屋を割り当てられた。が、みなもは部屋でじっとしているよりも、水の大本――この雨を降らせている力の源を探してみようと決め、雨宮邸を出て来たのだった。一般的には、雨を降らせるのは雨雲であり、水の大本とはその雨雲の源のことだ。が、この雨は自然現象ではない。水の大本はおそらくその笛――いや、笛の持つ力であるはずだ。つまり、この雨の水の大本があるところに、笛もまたあるはずだと彼女は考えたのである。
信号が青に変わった。
みなもは、横断歩道を渡り始める。片手には、この街の簡易地図が握られていた。雨宮邸を出て、最初に目についた土産物屋で買ったものだ。観光地図だが、かなり細かいものなので、初めて来た街を、水の力の気配だけを頼りに追って行くのには、充分役に立つ。
しばらく歩くうちに彼女は、両側に街路樹のある歩道を持つ広い道路へ出た。今まで歩いて来た道には、民家や喫茶店、商店なども並んでいたが、その道路の周辺は背の高いビルばかりだ。
みなもは、その歩道に足を踏み入れて、ふと街路樹の一つの根方に、見覚えのある黒猫がしゃがみ込んでいるのに気づいた。黯傳だ。どうしたのだろうと怪訝に思いながら彼女は、手にしていた地図を肩からかけたポシェットにしまって、そちらに近づいた。
「黯傳さん」
彼女が声をかけると、黒猫は驚いたようにこちらをふり仰ぐ。その黒い目は驚いたように見張られ、どうして彼女がここにいるのかと問うていた。
「あたしは、水の大本……この雨を降らせている力の源を探してみようと思って、瞳子さんの家を出て来たんです。黯傳さんは?」
みなもは言って、問い返した。黯傳は、俺も似たようなものだというように、一声鳴いて器用に顔をしかめた。そして、鼻先をしゃがめというかのように動かす。自身は話さなくとも人語を解する黯傳にとって、こうして上から見下ろされるのは、あまり楽しい状況ではなかったのかもしれない。みなもは、そうと察して、素直に謝る。
「あ……。すみません」
そして、示されたとおり、その場にしゃがみ込んだ。そのまま、小首をかしげて問う。
「黯傳さんは、霊を見たり、その気配を感じることもできるんだと、草間さんから聞きました。……もしかしたら、その能力で笛の気配を追って来たんですか?」
黯傳は、そうだというようにまた鳴いた。彼女は続けて問う。
「その気配は、ここで途切れているんですか?」
ここで立ち往生していたのは、気配が途切れたせいかと彼女は思ったのだ。が、黯傳はそうではないとかぶりをふった。
更にいくつかの問いと、仕草と鳴き声によるやりとりがあった後、みなもは、彼がどうしてここで立ち往生していたのかを理解した。つまり彼は、どうやったらこの先を濡れないで進めるかを思案していたのだ。
たしかに、見れば彼の毛皮は、湿気を帯びてはいるものの濡れてはいない。それはおそらく、ここに来るまでは家々の軒下などを通ったからだろう。考えてみれば、今も雨がかからないようこの街路樹の根方にいたわけだ。が、この先にはわずかな軒先もない。街路樹と街路樹の間はけっこう距離があって、その間にはまったく雨を遮るものがないのだ。
水を心地いいと感じるみなもには、今一つ理解しにくいことだったが、おそらく黒猫である黯傳にとっては、雨に毛皮が濡れて張りつくことはあまり気持ちの良くないことなのだろう。もしかしたら、行動も鈍ってしまうものなのかもしれない。
そうしたことを理解して、彼女は提案した。
「なら、ご一緒しませんか? あたしの感じている雨を降らせている力の源も、この道路の先にあるようなんです」
が、黯傳はそれには答えようとせず、不思議そうな目で彼女を見詰めている。それがおそらく自分の今の言葉の内容と能力を訝っているのだろうと察してみなもは、小さく笑って言った。
「あたしは、南洋系の人魚の末裔なんです。だから、水に関してなら操ったり、大本を感じたりすることができるんです」
黯傳は、驚いたように軽く目を見張る。だが、それは初対面でしかも初めて聞いた話なのだから、当然の反応だろうと考え、みなもは再度問うた。
「それで、どうしますか?」
今度は黯傳もうなずいた。が、その頭の動きは、どこか尊大で、まるで「わかった。一緒に行ってやる」とでも言っているかのようだった。
が、みなもは気にしない。
「はい」
笑顔でうなずいて彼女は、傘をさしていない方の手で彼を抱き上げた。それなりに重量はあるが、先祖から受け継いだ力の一つである人並以上の怪力を持つ彼女には、さほど苦痛ではない。彼女は、そのまま彼を抱えるようにして、歩道を歩き出した。
そうやって彼女たちがたどり着いたのは、この地区のはずれに広がる林の入り口だった。「時人の庵」と書かれた観光客用の案内板が立っており、その傍は駐車用のスペースなのか、広く開けられていた。といっても、さすがにこの雨では、停まっている車は一台もなかったが。
みなもは、器用に傘を黯傳を抱えている側の手に持ち替え、ポシェットの中から雨宮市の観光用パンフレットを取り出した。それは、瞳子に何かの参考になるかもしれないと、彼女たちが一人ずつもらったものだった。
彼女が広げたそれを、黯傳も覗き込んで来る。そこには、今彼女たちがいる場所もしっかり載っていた。この林の向こうにあるのは、雨宮家の祖先・時人がこの地でくらした家を復元したものだという。雨宮市の観光スポットの一つのようだ。
それを見やってみなもは、少し考え込んだ。彼女の感じている水の大本は、すでにずいぶんと近くなっている。もしかしたら、この時人の庵に笛を盗んだ犯人は潜んでいるのかもしれない。だとしたら、自分たちだけで行って大丈夫だろうか。たしかに、これだけ水が充満していれば、いざという時には彼女はそれを操って、犯人を足止めすることもできるだろう。相手が本当に、瞳子の言うようにその妹の月子ならば、大立ち回りにはならないだろうとも思える。だが。万が一ということもあった。
彼女は、心の中でうなずくとパンフレットをポシェットに戻して、かわりに携帯電話を取り出した。
「シュラインさんと香坂さんにも、ここのこと連絡しますね」
黯傳にそう断って、電話をかけ始める。相手はシュラインだ。
シュラインは、さほど待つことなく電話に出た。
「シュラインさん。今あたし、この雨を降らせている力に、とても近い所にいるんですけれど、どうしましょう? 黯傳さんも、同じ方向から何かを感じているらしいんですけれど」
思わず急き込んで言うみなもに、シュラインの冷静な声が返る。
『黯傳さんも、一緒なの?』
「はい」
みなもがうなずくと、電話の向こうでシュラインは言った。
『わかったわ。私たちが行くまで待って。今、どこにいるの?』
問われて彼女は、自分たちが今いる場所を告げる。シュラインの手元にも、同じパンフレットがあるはずだから、これだけですぐに場所はわかるだろう。
確認しているのか、しばらく間があってから、シュラインの声が返って来た。
『わかったわ。じゃあ、後でね』
「はい」
うなずいて通話を切ると、みなもは携帯電話をポシェットに戻し、黯傳を覗き込んだ。
「シュラインさんと香坂さんも、こちらへ来るそうですから、それまで待ちましょう。あたしたちだけで行って、もし犯人に逃げられたりしたら、申し訳ありませんから」
言うと黯傳は、了解したというように小さく目をつぶってみせる。自分に水を操る能力があることは、彼女もここへ来る道中で黯傳に話してあった。が、慎重にすべきだという思いは、ちゃんと伝わったのだろう。
みなもは、了解してくれた彼に笑いかけ、感謝の印に軽く彼の体に頬をすり寄せた。
【3】
シュラインと蓮が車でやって来たのは、それから間もなくのことだった。
駐車用のスペースに車を止め、傘をさして降りて来るシュラインと蓮に、みなもは黯傳を抱いて傘をさしたまま、駆け寄った。
「みなもちゃん。それで、力の源っていうのはどこ?」
「この林の奥です」
シュラインに問われて、みなもは林の方をさし示す。黯傳も、そうだというように一声鳴いた。
「行ってみましょう」
「はい」
シュラインにうながされ、みなもはうなずいた。
やがて彼女たちは、雨の中を歩き出す。そこから林の中までは、石畳を敷き詰められた遊歩道が真っ直ぐに続いていた。
林の中に入ると、落ちて来る雨の量は少なくなった。といっても小降りになったわけではなく、木々の枝に遮られて、地面に落ちる雨の量が減ったのだ。
歩きながらみなもと黯傳は、シュラインと蓮からかわるがわる、手にした者が笛に魅入られてしまう可能性があるらしいことや、笛を盗んだのが月子ならばすでに魅入られてしまっている可能性のあることを聞かされた。
「もしも笛に魅入られてしまっているとしたら……月子さんはどうなるんでしょう?」
不安になって問い返すみなもに、蓮が肩をすくめた。
「さあな。……過去の記録どおりなら、あんまり楽しいことになりそうにないが」
「そんな……」
みなもは、一瞬目を見張る。彼女は、笛を盗んだ相手にもきっとなんらかの切羽詰った事情があるはずだと考えていた。だから、その相手と瞳子双方の事情を考慮し、妥協点を探してみんなが幸せになれるような結末をみつけたいと思っていたのだ。だのに。
シュラインも蓮もはっきりとは語らないが、二人が見つけた過去の記録は、ずいぶんと陰惨なものだったらしい。もしも、今笛を盗んだその人もその過去の人々に習うとしたら、当然みんなが幸せになれる結末など、あり得ないだろう。
そんな彼女に、腕の中から黯傳がなだめるような声を上げた。その声は、「大丈夫、心配するな」と言っているように、彼女には聞こえた。
傍からシュラインも、慌てた口調で言う。
「みなもちゃん、まだそうと決まったわけじゃないわ。以前のような本物の泥棒の仕業っていう可能性もあるんだから」
それに励まされ、みなもは笑ってうなずいた。
「そうですよね。あたしったら……。決めつけちゃ、いけませんよね」
黯傳もうんうんとうなずく。
その毛皮の感触を手のひらに感じながら、みなもは胸の中で思っていた。まだ目にしていない事実を思いわずらうよりも、ともかく自分の感じたこの力の先に、笛と共に誰がいるのかをたしかめようと。「その先」を考えるのは、それからだ。
それでも、彼女は月子が犯人ではないことを、願わずにはいられなかったけれども。
そうこうするうち、彼らは時人の庵の前へとたどり着いていた。
庵というよりも、小さなお堂のような建物だ。むろん、奈良時代後期のものではなく、昭和になってからそういう名目で建てられたものである。そのあたりに時人が居を構えていたこと自体は本当らしい。パンフレットには、現在のものは過去の記録や当時の建築技術を参考に復元したものだとあった。
「この中から、力の源を感じます」
みなもは、低く囁くように言った。黯傳が、再び同意するような鳴き声を上げる。
「犯人が誰であれ、笛はここにあるということだな」
呟いたのは、蓮だった。彼はお堂の軒先に足を踏み入れると、傘をたたんだ。
「中へ、入ってみよう」
「ええ」
彼に言われて、シュラインもうなずき、軒先に入って傘を閉じる。ここまで来たのだ。躊躇していてもしかたがない。みなもは、尋ねるように見上げて来る黯傳にうなずき、二人の後に続いた。
観音開きの扉に手をかけたのは、シュラインだ。それは、かすかに蝶番のきしむ音を立てながら、外側に向かって開いた。中は真っ暗だった。
(懐中電灯とか、持ってくればよかったですね)
シュラインと蓮に続いて中に足を踏み入れたみなもは、ふと思う。時間的にはまだ、さほど遅くはない。彼女たちが雨宮家に到着したのが午前中のことで、それから話を聞いたり金庫を見せてもらったりした後、昼食を取ってそれぞれの行動に移ったのだ。おそらく晴れていれば、充分に明るいに違いない。が、雨のせいで外はすでに夕方のように薄暗い。お堂の中も、暗くて当然だった。
と、みなもの腕の中で、黯傳が小さく鳴いた。下ろしてくれと言っているらしい。彼女はそっと黯傳の体を床に下ろした。そうして、再び身を起こしあたりを見回すようにしていると、しばらくしてやっと目が慣れて来た。
お堂の中はさほど広くはなく、床は板張りで、さすがに埃が積もっているようなことはなかったが、がらんとしている。奥の方に几帳台とおぼしいものがあり、その手前には、藁座(わろうざ)と呼ばれる藁で編んだ丸い小さな座布団が置かれていた。
そして、その几帳台らしいものの影に、誰かがうずくまっているのが見えた。
「月子さん?」
シュラインが、そっと呼びかける。うずくまった人物の肩が小さく震え、こちらをふり返った。
「誰? 姉さんなの?」
細い声が返り、その人物はおぼつかない足取りで立ち上がった。そのまま、彼女たちの方へと歩み寄って来る。
やがて、彼女たちの目にも、その人物の姿がはっきりとわかるようになった。半袖のブラウスとGパンというかっこうの、二十歳前後の女性だった。直ぐな黒髪は短かったが、その顔立ちは、瞳子を思わせる。
女性は、みなもたちを目にすると、失望したように肩を落とした。それへシュラインが代表するように尋ねる。
「雨宮月子さんですね?」
「そうよ。あんたたちは何?」
「俺たちは、おまえの姉の瞳子から笛を取り戻してほしいと頼まれた者だ」
女性――月子の問いには、蓮が答えた。
「へぇ。……もしかして、姉さんってば、警察に連絡しなかったんだ。それで、代わりに金を使って、あんたたちみたいなのを雇って、私を探させたってわけ」
嘲るように言って、月子はきつく唇を噛みしめた。
「私は、姉さんが自分で探しに来るかもって思ってたのにな。……姉さんなら、真っ先に私がここにいるって気づくかもって思ってたのに……」
半ば自嘲するように呟く彼女に、みなもは思わず首をかしげる。彼女のその呟きは、まるで瞳子に自分を見つけてほしかったかのように聞こえた。そしてみなもは、ふと思い出す。金庫を見せてもらった時、瞳子が月子と昔、ここでよく遊んだと話していたことを。
(本当にそうなんですか? 瞳子さんに見つけてほしかったから、ずっとここに隠れていたのですか?)
思わず胸に呟き、みなもは月子を見やった。
女性が月子だとわかった時、みなもは少なからずショックを受けた。彼女が笛に魅入られてしまっている可能性が、脳裏をよぎったからだ。だが、もしも彼女が瞳子に見つけてほしくてここにいたのだとしたら……それはまた、別の可能性を示しているようにみなもには思えた。
(もしかしたら、月子さんには瞳子さんに何か言いたいことがあるのかもしれません。だとしたら、ちゃんと話し合えれば、きっと……きっと最悪の事態は避けられます)
みなもは、そう胸に呟いた。
そんな彼女の目の前では、シュラインが説得を試みようとしていた。
「月子さん、瞳子さんは……」
彼女が一歩そちらへ踏み出して言いかける。が。
「来ないで!」
ふいに鋭い声で月子は叫ぶ。
「《村雨》は返さないわ。これは、私のものよ。お祖母ちゃんは、姉さんの方が長女だからって、後継者を姉さんに決めたけれど、本当は私の方が奏者としては勝っていたわ。だから、これは私のものなの。誰にも渡さないわ!」
彼女は言うなり、片手に持っていた笛を、錦の袋から取り出した。袋を床に投げ捨て、口元で構える。そうして、一呼吸、笛を吹いた。
高く、周囲の空気を切り裂くような鋭い音があたりに響く。
途端、みなもは全身に逆巻く奔流をぶつけられたかのように感じて、思わず小さくよろめいた。音と共に、凄まじい力が笛からほとばしったのだ。
(これが、この笛の力……? でもこれは、水の力だけではないです。まるで、まるで妖気のような……)
彼女はぞっとして、自分で自分の肩を抱いた。
その直後。お堂の頭上でふいに凄まじい音が轟き、建物が小さく振動した。
「な、何?」
声を上げたのは、シュラインだったろうか。しかし、みなもにもそして黯傳や蓮にも、それに答える余裕はなかった。彼らはただ、目を見張り、体を硬直させたまま、そこに立ち尽くすばかりだ。
と。窓にあたる蔀戸(しとみど)は全部下ろされているにも関わらず、一瞬あたりはまぶしい光に照らし出され、次の瞬間には、再び轟音が頭上で響いた。今度は、音の正体が彼らにも理解できた。雷だ。信じられないほど近くで、雷が鳴っているのだ。
同時に静かに降り続いていた雨は強さを増し、風が出てお堂の入り口を激しく叩き始めた。
月子は、にやりと笑うと、もう一度笛を吹いた。
途端、風雨は更に強さを増し、雷は間を置かずに建物の上で閃き、轟音をはじけさせる。まるで、このお堂を狙っているかのように。
いや。おそらく狙っているのだろう。月子が笛によってこれらを操っているに違いない。
「おまえ……俺たちを雷で殺すつもりか」
蓮が、青い瞳に鋭い光を浮べて、月子をねめつけ問うた。
「私の邪魔をするならね」
月子は、薄い笑みを口元に浮べて返す。
「そして、姉さんにもわからせてやるわ。誰が《村雨》の本当の奏者なのかを」
「やめなさい。あんたはただ、その笛に魅入られてしまっているだけよ!」
シュラインが叫んだ。みなもも、黙っていられなくなって言い募る。
「そうです。どうか、目を覚まして下さい。瞳子さんは、月子さんのことを、とても心配していました。だから……」
「だからどうだっていうの?」
しかし月子は、彼女の言葉を激しく遮る。
「姉さんはいつもそうなのよ。周囲には、夢見がちで世間知らずなバカな妹をかばう『いい姉』のふりをするの。あんたたちも、それに騙されているだけよ!」
叫んで彼女は、再度笛を口元に持って行こうとした。
その時だ。
彼女たちの背後で、ふいに激しい音を立てて、扉が開かれた。
【4】
一瞬、誰もが弾かれたようにそちらをふり返る。そこには、ずぶ濡れになったまま、肩を喘がせながら立ち尽くす瞳子の姿があった。おそらく、使用人からシュラインと蓮の行き先を聞いて、慌てて駆けつけてきたのだろう。
「姉さん……」
打ちつける風雨の音以外何もしなくなった堂内に、ポツリと月子の弱々しい呟きが響く。
「月子、もうやめて」
そんな月子を真っ直ぐに見据えて、強い口調で瞳子が言った。
「《村雨》がそんなにほしいのなら、あげるわ。だから、もうやめて。これ以上、街を犠牲にしないで。……私たちの役目は、この街を守ることなのよ」
「姉さん……」
瞳子を呆然と見返す月子の唇から、再び低い呟きが漏れる。笛を持つ手が、だらりと脇に下がった。
その瞬間。黯傳が鋭い声を上げてそちらに飛びかかった。
「あっ!」
ふいをつかれて月子はよろめき、笛を取り落とした。床に軽く尻餅をついて、彼女は目を見張る。そちらへ静かに歩み寄り、笛を拾い上げたのは、蓮だった。彼は、手にしたものならばなんでも浄化の力を宿すことのできる能力を持っていた。その能力を笛に対して使うと、戸口に佇んだまま目を見張っている瞳子の傍まで行き、そちらへ笛を差し出した。
「浄化の力を付加した。吹いてみろ」
「あ……。はい」
わずかにとまどったものの、瞳子は彼の青い瞳に見据えられ、笛を手にした。そして、言われるままに吹き始める。
彼女の奏でる曲は、みなもにも黯傳にも、シュラインや蓮にも聞き慣れないものだった。もしかしたら、既存のものではなく、今ここで心に浮かんだ曲をそのまま奏でたものなのかもしれない。しかしその曲は、ひどく静謐で優しく、心の隅々までが洗われて行くような、そんな曲だった。
彼女が奏していたのは、さほど長い時間ではなかった。だが。その音色は次第に驚くほどに澄み渡り、やわらかなものへと変わって行く。
(……笛の力が、消えたのでしょうか?)
妖気といってもいい力を感じなくなって、みなもは思わず目を見張り、胸に呟く。同時に、外の激しい風雨の音が消えていることにも気づいた。
やがて瞳子が演奏をやめ、月子の方を見やる。床に座り込んだままの月子の頬には、白く涙が筋を引いていた。
「月子……」
そのことに驚いたのか、瞳子が軽く目を見張る。
「姉さん」
低く呼んで、月子は立ち上がると瞳子の方へと歩み寄った。そうして、こらえきれなくなったかのように、彼女の胸に声を上げて泣き伏した。
「月子」
瞳子は、そんな妹を優しく抱きしめ、背を撫でた。彼女の目もわずかに潤み、涙をこらえるように唇を引き結んでいる。
そんな二人を見やって、みなもたちは互いに顔を見合わせた。みなもは、床の上の黯傳をそっと抱え上げる。そのまま、二人を残してそっと外に出て行くシュラインと蓮に続いた。
お堂から出て、みなもは思わず低い歓声を上げた。外はすっかり雨が上がり、空をおおい尽くして低くたれこめていた黒雲が嘘のように消えていたのだ。かわりに、太陽の光が木々の梢を縫って降り注ぎ、あたりを渡って行く風は乾いている。
「どうやら、最悪の結果はまぬがれたようね」
頭上に揺れる木々の葉と木漏れ日を見上げながら、シュラインが呟いた。
「ああ。だが、これで《村雨》はもうただの笛だ」
言ったのは、蓮だった。
「どういうこと?」
シュラインが、不思議そうに問うた。
「あの笛は、自分自身を浄化したんだ」
蓮がそれへ返す。
「つまり、天候を操る力は、一種の妖力だったということですか? だから、魅入られた人がおかしくなったりしたということなのでしょうか」
小首をかしげて、みなもは横から問うた。そこには、自分の感じた力について、確認する意味もあった。
「まあそういうことだな。その妖力を、俺が付加した力で《村雨》は自ら浄化した。笛の正当な奏者だった瞳子は、その意志に応えたというところだろう」
蓮もうなずき返して言う。
それを聞いてみなもは、改めて安堵の吐息を胸についた。力が消えたと感じたのは、自分の錯覚ではなかったのだ。
(きっとこれで、月子さんも瞳子さんも、幸せになれますね)
胸に呟き、彼女は自分の胸に頭をすりつけて来る黯傳の背を無意識に撫でながら、ふとお堂の方をふり返った。ちょうど、瞳子と月子の姉妹が、手を取り合うようにして出て来るところだった。互いに涙に濡れた目で、笑顔を交し合う二人の姿に、彼女は先程の胸の呟きを確信に変えて、小さく微笑んだ。
【エンディング】
一週間後。
梅雨入りした東京は、今日も今日とて朝から小雨がぱらついていた。それでも、午後には小降りになり、今はすっかり止んでいる。みなもは、買ったばかりの品物が入ったビニールバックを手に、家路をたどっていた。
と。肩からかけたポシェットの中の携帯電話が鳴り出した。立ち止まり、携帯を取り出して通話ボタンを押した。
相手は、シュラインだった。草間の事務所かららしい。なんでも、雨宮瞳子が事務所に礼に訪れたのだという。
『彼女、ずいぶん明るい、華やいだ雰囲気になってたわ。《村雨》は、やっぱり天候を操る力をなくしたみたいね。でも、天満宮と市の宝として大事に守って行くつもりだって言ってたわ。それに、月子さんも家に戻って天満宮の仕事を手伝うことになったそうよ』
電話の向こうでシュラインが、うれしそうな口調で告げた。
「そうですか。……あの後、どうなっただろうって気になってましたから、よかったです」
みなもは、ホッとして言った。あの姉妹が幸せなれるだろうことを、疑ってはいなかったけれども、気になっていたのも本当のことだ。
『そうね。……さっき、蓮くんにも電話したんだけど、彼もやっぱり気にしてたみたい。私も気になってたから、安心したわ』
シュラインも、電話の向こうで言って、小さく笑った。
『じゃ、切るわね』
「はい。わざわざ知らせてくれて、ありがとうございました」
みなもが礼を言うと、いいえと答えて電話は切れた。
携帯電話をポシェットに戻して歩き出そうとして、みなもはふと顔を上げ、目を見張る。
そこには、すでに半分ほど消えかけていたものの、虹が出ていた。
『虹は、神様の祝福の印』
どこで聞いたのかはさだかでない、そんな言葉が彼女の脳裏をふとよぎる。その口元に、自然と笑みが浮かんだ。
その目の前で、虹はゆっくりと消えて行ったが、彼女の笑みは消えなかった。
(きっと、神様が瞳子さんと月子さんを祝福して下さっているんですね)
彼女は、そっと胸に呟いて、軽い足取りで再び家路をたどり始めるのだった――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 /海原みなも(うなばら・みなも) /女性 /13歳 /中学生】
【0086 /シュライン・エマ(しゅらいん・えま) /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1532 /香坂蓮(こうさか・れん) /男性 /24歳 /ヴァイオリニスト】
【3317 /斎黯傳(いつき・くろもり) /男性 /334歳 /お守り役の黒猫】
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■ ライター通信 ■
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●海原みなもさま
こんにちわ。ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
梅雨時ということで、最後はできるだけ爽やかな雰囲気に
仕上げたつもりですが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、また機会がありましたら、よろしくお願いします。
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