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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - 君が運ぶ幸せ - 】


「こんにちはー!」
 カウベルよりも元気のよい声が店の中に響き渡って、作業をしていた手を休めたファー。
 顔を上げて確認しなくても、声で来客者はわかるが、ファーはしっかりと声の主の顔を見て「いらっしゃい」と声をかける。
 アッシュグレイの髪に黒い帽子。その肩に乗った、白く小さな存在。
 あの日と変わらない姿で彼女――如月縁樹と、彼女の小さなナイトであるノイがまたこの店に顔を見せてくれたのだ。
「久しぶりだな」
 幸い店に他の客はいない。ゆっくりと話ができていい。
「少し、待っていてくれ」
 ファーはカウンターから出て、ドアにかかっているプレートをひっくり返した。
「今日は、どうかしたのか?」
「いえ、ファーさんのお茶とお菓子をいただきにきたんです。ね、ノイ」
『……さぁな』
 ふてくされたようにそっぽを向いて、縁樹の肩に乗った小さな存在は、頬を膨らませている。そんな様子に思わず微笑みながら、「何を食べるんだ?」とカウンターに戻ったファーは注文を促した。
「ファーさんのお勧めでお願いします」
「わかった」
 すっかり違和感のなくなった三人での会話が、心地よくて仕方が無い。今までファーにはなかったものを、胸にくれる。
 ノイもああは言っているが、きっと素直じゃないだけで、ファーに会えることを嫌とは思っていないのだろう。ファーは「親友」と称してくれたノイに会えるのが、楽しみで仕方が無いのだから。
 さっきまで縁樹の肩でふてくされていたはずのノイだが、いつの間にかカウンターの上に立ち、覗き込むようにファーの動きに注目している。
「ん? どうかしたか? ノイ」
『器用だな、ファーは』
「そうでもない。慣れ、だろうな。ノイもやってみるか?」
『い、いい!』
 勢い良く首をぶんぶん横に振って、慌てた様子で否定するノイ。興味があるのかと思ってそう言ったのに、大きく断られてしまって、ファーはどこか残念そうに作業に戻った。
「ノイ、やりたいんなら、やらせてもらえばいいのに」
『べ、別に、ボクはやりたいわけじゃないし、それはこいつの仕事だから、とったらまずいし』
「確かにそうだけど、ファーさんがやってもいいって誘ってくれてるから、いいと思うよ」
 縁樹の笑顔には弱い。とことん弱い。
 だから、縁樹に笑顔で「やらせてもらいなよ」と言われては、やりたい気持ちを抑えることができなくなってしまうどころじゃなく、どんどんやりたい気持ちが盛り上がってきてしまう。
「ほら、こっちきて、これだけやってみろ」
 そんな様子をしっかり見ていたファーは、ノイをひょいと持ち上げて、持っていた生クリームの搾り機の下のほうをノイに握らせて、パフェの上に連れて行く。
『……これ、握ればいいのか?』
「ああ。あまり強く握りすぎると、たくさん出るから、良く考えて握れよ」
『んなこと、わかってるっ!』
 パフェの最後を飾る生クリームが少しゆがんでいるが、縁樹に取ってはこの上なく嬉しいパフェが、目の前に出されたのだった。

 ◇  ◇  ◇

「あ、そうだ。少し遠くに行ってきたのですが、お土産があるんです」
「土産?」
 ノイの背中から、袋に入れられたちょうど手のひらぐらいの大きさの物を取り出すと、「どうぞ」と縁樹は差し出した。
 ファーは無言で受け取ろうとしたが、ノイの厳しい視線に気がついて、
「すまない」
 と口にした。しかしそれでも納得しないノイの視線がさらに厳しいものとなって、
『ファー』
 憤りを感じた声音が飛ぶ。
「……ありがとう」
 照れくさそうにやっと礼を口にできたファーを見て、満足そうに大きくうなずいたノイ。
 唯一、ファーの照れた表情が見れるのは、「ありがとう」と口にさせるときだけなのだ。礼を言うのが本当に苦手なファーは、その言葉を必ずためらう。
 変わりに謝ることはたくさんするというのに。
「ノイ。ファーさんが嫌がること、やらせないの」
『謝られたんじゃ、せっかくの土産も泣く』
「でも……」
 縁樹はとくに、ファーのそんな癖を気にしていなかった。人には得て不得手があるのだし、ファーは今まで人と深く接していなかったのだから、そのような感情をうまく表わせなくても仕方が無いと思うのだ。
 ただ、自分たちにだけは、少しでもいいからファーの違った一面を見せてほしいと言う気持ちも、どこかにあるが――
「いいんだ、縁樹。基本的に言葉の足りない俺が悪いからな」
 苦笑まじりに言葉にしながら、ファーはもらった土産を大切そうに開いた。
 中から顔を出したのは、ネクタイピン。
「……これは……?」
 ファーにとっては初めてみるものだったのか、珍しそうにタイピンを、いろいろな角度からみる。
「正式な場に出るときに、ネクタイをするじゃないですか。そのときにシャツとネクタイとを止めるピンです」
「……なるほど」
 今までそういった機会がなかったためか、ネクタイを締めたことも無いが、いつかそう言った場面は必ずくるのだろう。
「それから、その石は……」
『幸運を運ぶんだとよ』
 いつの間にかファーの肩でくつろいでいるノイが、耳元でぼそっとつぶやいた一言。
「幸運を?」
「はい、そうなんです。今回行ってきた土地の迷信で、その石は幸運を運んでくるんだそうです。ファーさんにも、幸運が運ばれてくればと思いまして」
「そうか……」

 幸運。
 
 今まで生きてきた中で、幸運だと感じられる場面があっただろうか。

「縁樹は、幸運が運ばれてきたと、思った一瞬を感じたことあるか?」
「僕ですか? そうだなぁ……」
 縁樹は半分以上食べ終わったパフェに、持っていた長めのスプーンを入れると、肘をついた手にあごを乗せて、真剣に今までを思い返す。
 そして見つかった、一つの答え。
「ファーさんと、会ったこと……かな」
『え、縁樹っ?』
「え? なに? ノイ」
 気持ちを偽ることなく、まっすぐに言葉をくれた縁樹。ノイはどこか慌てたような様子を見せたが、ファーにとっては嬉いことこの上ない縁樹からの答えだった。
「おいしいお菓子とお茶があって、すごくゆっくりできて、楽しくお話できる。そんな時間と空間をくれるファーさんと出会えたことは、本当に僕にとって幸運なんだと思います」
 気がつけばこの姿で、この世に立っていた縁樹。
 自分のことは何一つわからない。だからこれから作っていけばいい。世界の迷子とも言える縁樹の「これから」で出会った幸運の一つ。
 安らぎの時間と場所をくれたのは、ファーだ。
 ここにくれば、おいしいお菓子とお茶に、旅の話を真剣に受け止めて聞いてくれる人がいる。
 大げさかもしれないが――
「帰る場所って、こんな感じじゃないかなって、思うんです」

 帰る場所。
 それはつまり――家。
 そして、待ってくれている人がいるという感覚。

「ね、ノイ」
『……ボクは知らない』
「素直じゃないんだから」
 縁樹は笑顔で、ファーの肩にいるノイに軽いでこピン一つ。
「本当は、この町に帰って来るといつも、ファーさんのところに行こうって言うの、ノイなんですよ。お土産も、ノイが選んだんだよね」
『ばっ、バカ縁樹! そんなこと無いからなっ! 誤解すんじゃねぇーぞ! ファー!』
 大慌てのノイは、ファーの肩でばたばた両手足を動かしながら、必死に否定する。そんな姿が余計に、今の縁樹の言葉を肯定しているように思えた。
「ファーさんにとっての幸運が運ばれてきたって、思う瞬間は、どんなときですか?」
「そうだな……縁樹とノイが、店に入ったとき、かもしれない」
 ファーも包み隠さず、素直な言葉を二人に送る。
「お前たちがしばらく旅に出て、また戻ってきて、あのドアが……カウベルが聞こえなくなるぐらいの元気な声と一緒に開かれると、本当に、嬉しいと思うんだ」
 それを幸運と呼ぶのかどうかはわからない。
 けれどファーにとっての幸運は……きっと――

「俺にとっての幸運は、たぶん……お前たちが運んでくるのだろう」

 旅の話を聞かせてくれたり、お茶やお菓子をおいしいと微笑んで食べてくれたり。
 憎まれ口を叩きながらも、こうして肩に乗って声をかけてくれたり。

 今まで知らなかった「胸が温かくなる」感覚をくれるのは、間違いなく縁樹であり、ノイ。

『まったく、縁樹もファーも……』
 大きなため息をついたノイは、ファーと縁樹を交互に見つめると
『鈍感すぎだっての』
 一人、気が気じゃない気持ちで胸がいっぱいになった。


 他愛ない会話が繰り返される、昼下がりの午後。
 穏やかな時間の中に運ばれる幸せは、確かに互いが運んでくるものなのかもしれない。

 こんな毎日がすぎていけば、きっと、幸せで胸がいっぱいになるのだろう。


 願わくば――



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖如月・縁樹‖整理番号:1431 │ 性別:女性 │ 年齢:19歳 │ 職業:旅人
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」とのシチュエーションノベルとなる、「閑話休題」の
発注ありがとうございました!
縁樹さん、そしてノイさん、またお二人にお会いできて本当に嬉しいです!
感情欠落状態で、鈍感きわまりないファーと、恋愛感情がわからない縁樹さんの
きわどい会話を聞いて、気が気でないノイさんの図が、すごくお気に入りですv
やり取りがぽんぽんと進み、どこか会話の多い話となりましたが、楽しんでいた
だけたら大変光栄です!
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。

                           あすな 拝