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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - 一番大切なもの - 】


 表通りから少し裏道に入ったところにある、紅茶館「浅葱」からは、今日も紅茶の香りと、お菓子の甘い匂いが漏れて風に運ばれていた。
 今日はその香りに誘われたからではなく、頼みごとを抱えてこの場所を訪れていた。
 けれど、ドアの前で悩むこと、はや、数十分。
「……こんなこと頼んで良いのかな?」
 それでもまだ悩みを心の中に残しながら、二十は紅茶館「浅葱」のドアを開いた。
 からん、からん。
 軽快なカウベルの音が必要以上に鳴り響いているような気がして、店の中を見渡してみると、客が一人もいないことに気がついた。いいタイミングだ。これなら、頼みやすい。
 カウンターにいるはずの店員の姿もないのが気になったが、カウベルの音に気がついて、きっとすぐに顔を出すだろう。
「いらっしゃい」
 ほら、思ったとおりだ。
 カウンターの奥にある厨房から顔を出したのは、この店、唯一の店員――ファーだった。
「あ……」
 彼は入ってきた客の顔を見るとすぐに、「久しぶりだな、二十」と声をかけてきた。
「立っていないで腰をおろしたらだろうだ? 席はどこでも空いているしな」
「あ、の。実は、今日は、頼みたいことがあって……」
「ん? 頼みたいこと?」
 水音がとまり、ファーがしっかりとカウンターまで出てくる。二十もゆっくりとカウンターに歩み寄った。
 けれど話をするのを戸惑っているのか、ファーが首をかしげながら、二十からの言葉を待っても、なかなか返って来ない。
「どうかしたのか? 厄介ごとでもなんでも、お前の頼みなら聞くが?」
「……あの、その……ユーンにプレゼントを贈りたくて……ケーキを焼こうと思ったんです」
「ケーキを?」
「はい。でも、本とかを見てもよくわからなくて……ファーさんに教えてほしいな、と」
「なんだ、そんなことか。ずいぶん深刻そうな顔をしていたから、何か大変なことでもあったのかと思ったが、たやすい用だ」
 ファーがやわらかい微笑みを見せると、二十は安心したようで、ほっと胸をなでおろした。
「それで? どんなケーキにするんだ?」
「……あ」
 問われてはっとする。ケーキ、ケーキとは思ったが、何ケーキにするか考えていなかった。世の中にはいろいろなケーキがあるのだ。すっかりと忘れていた。
 さりげなくユーンに好みを聞いておけばまだよかったものを、それもしていない。いや、ユーンは特に好みはないから、どんなケーキでも大丈夫だろう。
 だったら
「ファーさんの得意なケーキで」
「俺の得意な?」
「はい」
 それが一番いい。ファーが得意なのだから、一番おいしいだろう。
「それじゃ、シフォンケーキでいいか? 紅茶の」
 シフォンとはフランス語で絹などやわらかくて薄い織物のこと。その語源からもわかるように、ふんわりとしていて柔らかく、きめの細かいスポンジで口当たりのいいケーキだ。
 甘さを抑えることもできるし、紅茶の葉で香りをつけることによって、いっそう食べやすくなるとファーは思っていた。
「焼きあがってから約一日ほどねかせたころが一番うまいと言われているから、今日作って帰って、明日贈ればちょうどいいだろう」
「はい! それでお願いします!」
 ぱっと目を輝かせた二十は、大きくうなずいてみせた。

 ◇  ◇  ◇

「あ、れ? うまくできない……」
「下にボールを置いて、割った殻を使ってこうすれば……」
 エプロン姿がどうも様になっておらず、初めてのお料理といった雰囲気をかもし出している二十。ファーが慣れた手つきで卵の卵白と卵黄と分けてみせるが、どうもうまくいかない様子だ。
「殻が入っちゃうんですね。うーん」
「殻は後から取れるから、とりあえずもう一回やってみろ」
「はい」
 素直に返事をし、真剣に作業に取り掛かる二十。
 「ユーンへの贈りもの」と言っていたか。
「ところで二十。ユーンというのは……?」
「いつもお世話になっている人です」
「では二十は、そのユーンへと、作ったケーキを贈るのか?」
「はい。ユーンに」
 だから真剣そのものなのか。ファーは納得をした。
 二十が「ユーン」というものの名を口にするとき、ふと、柔らかい表情を見せるのだ。
「手作りのケーキじゃなくても、贈るものはいろいろあっただろうに」
「でも、心がこもっていいかなと思ったんです」
「確かに、そうだな」
「ユーンは、大切な人だから……」
 その声を聞けばよくわかる。本当に大切なのだろう。
 話をしている間もその瞳は真剣さを失わず、卵白と卵黄を分ける作業に集中している。
 用意してあった全部の卵を卵白と卵黄に分け終えたようで、「ふう」とため息混じりに大きく呼吸をして、ファーを見た。
「それじゃ、次に砂糖を入れて……」
 取り出された泡だて器で混ぜて見せた。
「こうやって、白っぽくなるまで混ぜる」
「はい!」
 この作業は、先ほどのよりも面白そうだ。二十はファーからボールと泡だて器を受け取って、丁寧に卵黄をかき混ぜ始めた。
「ファーさんには、そういう大切な人がいると思う」
 ボールに視線は送り、一生懸命に手を動かしながらの二十の言葉。
「俺にも、大切な人が?」
「その……雰囲気が柔らかいから。その、上手く言えないのだけど……」
「……そう、かもな」
 二十のように、真剣になれない手つきでケーキを作って、あげようなんて思えるほど、大切といえる存在がいるかどうかはわからないが。
 いるのかもしれない。
 しっかり目を開き、求めようとすれば大切な人は、すぐそこにいるのかもしれない。
「そうでなければ……この前のように、優しい答えに、行きつかないと思うんです」
「……指輪の、ことか?」
「はい」
 それは、二十とファーが出会うきっかけとなった、あの事件のこと。
 二十は、ファーが残酷な答えを出し、そうすることで全てを解決させるのだと思っていたが、結局それは、全てが「幸せの嘘」で包み込まれる結果となった。
 嘘がときに、人を幸せにすることもある。
 ファーはそんなことを言った。
「あの指輪、どうしたんですか?」
「まだ、ちゃんと持っているさ。捨てるわけにもいかないし、だからと言って、あの子に渡したら本末転倒になってしまうからな」
 ファーはオーブンの準備をすると、しっかり混ざった卵黄を見て、サラダ油とバニラエッセンスを入れた。そしてまた少し混ぜるように指示を出す。
 そのうちに次に使うものをぽんぽん用意していく。手際が良い。
「でも、少し時間が経ったら、渡してもいいんじゃ……?」
「指輪から離れていった意識が戻ってきそうなうちは、ま、無理かもしれないが……いつか、彼女が忘れたころにそっと贈ることができたら、いいかもしれない」
 混ぜ終わったボールをファーに差し出すと、今度はそこへ牛乳を入れ、
「しっかり混ぜろよ」
 と念を押した。ということは、ここはしっかり混ぜないといけないポイントなのだろう。よりいっそう、二十の手に力がこもる。
「幸せになった後の、彼女の元に贈るんですね」
「そうだな……もし届けられるとしたら、それしか無いだろうな」
「でも、最期のプレゼントですから、届けたい」
 二十の気持ちはよくわかる。
 贈ることができなかった最期のプレゼントなのだ。こんなところではなく、あるべきもののもとへ返してやりたいと思うのが当たり前だろう。
 今はまだその時期ではないが、いつか――贈ることができたら。
「よし、次はこの粉をふるいながら、全部いれるんだ」
「こうで、いい?」
「そう。なるべく細かく動かして……」
 黄色の上に白い粉が雪のようにかぶっていき、終いにはボールの中は真っ白になる。それをまた、泡だて器で混ぜていく。
「綺麗に混ざったら、今度は卵白に砂糖を入れて、メレンゲにする」
「はい」
 卵白をあわ立て、角がしっかり立つまでにすると、少しずつ卵黄のボールに入れては混ぜる指示を出し、ちょうどメレンゲが半分になったとき、ファーは二十にゴムベラを渡した。
「今度はこれで、なじませるようにメレンゲを混ぜていくんだ」
「撫で付ける感じでいいのかな?」
「そうだな、そんな感じだ。あと、メレンゲの塊がなくなったら、紅茶の葉を淹れる。いい香りがするから、アールグレイの葉にしよう」
「はい」
 言われたとおりにきちんと二十は生地を作っていく。
「二十は、大切な人からの最期の贈りものをもらえず、しかしそれはどこかに存在するとしたら、ほしいと思うか?」
「……ほしいです」
「そうか……もし、逆の場合は? 届けられなかったら? どうしても届けたいと、思うか?」

 例えば今、必死に作っているケーキをユーンの手に届けることができなかったら。

「――届けたい、ですね」

 当然といえば、当然かもしれないが。二十はしっかりと答えた。
「ケーキは絶対に、届けたいです」
「そうだな。せっかく大切な者のために作ったものだ。その者の手に渡らなかったら、意地でも届けたいと思う」
 紅茶の葉を生地にくわえ、しっかりと混ぜ終わったところでファーに見せると、「大丈夫だ」とうなずく。
「この型に流し込んで、空気を抜くために……」
 生地が流し込まれた型を持ち上げて、そのまま落とす。
「これを十回ぐらい繰り返すんだ」
「こんなことしても、大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫だ」
 二十は恐る恐るファーのマネをして型を空中からテーブルへと落とす。
「中身はこぼさないようにな」
 おっかなびっくりやっていると、斜めで落としてしまうこともあるから、気をつけろよと肩を叩くと、ファーはオーブンの様子を見に行った。
 そのうちに、二十は空気抜きをしっかりとやっておく。
「終わったかー?」
 オーブンの前から、ファーの声が飛ぶ。
「あ、はい! 終わりました!」
「じゃあ、持ってきてくれ」
 二十はそっと型を持ち、ファーがいるオーブンの前まで足を運んだ。それを余熱してあったオーブンに入れて、後は待つだけ。
「……これで、しっかりケーキになりますか?」
「ああ。間違いなく、紅茶のシフォンケーキになるぞ」

 ◇  ◇  ◇

 待つこと二十分ほど。
「うわぁ! いい香り!」
 焼きあがったシフォンケーキを覗き込むように見つめて、歓喜の声を上げる二十。
 どこか幼い印象を受けるが、一生懸命作ったのだ。嬉しいに決まっている。
「冷めた後に型から出して、グラニュー糖を振れば完成だ」
「すごい、すごい」
 紅茶の香りがして、でもケーキらしい甘い香りも漂っていて、本当においしそうだった。
 まさかこれを、自分が作ったとは思えないほど、完成度の高いものだった。
「さすが、ファーさんですね」
「これが仕事のようなもの、だからな」
 じっとケーキを見つめていた二十の瞳がふと、ファーに向けられ、じっと捉えて離さない。
「……二十?」
「ファーさんも、大切な人からの最期の贈りもの、ほしいですか?」
「……ああ。ほしいな。本当に最期というのなら、どうやっても手に入れたいと思うだろうな。だが――」
「だが?」
「それが本当に最期ではないのなら、俺は贈りものよりも、大切な人をほしいと思うだろう。その人がいれば、贈ることも贈られることも、いつだってできるのだから……」

 一番大切にしなければいけないのは、多分――

「ファーさん……」
「二十はその「ユーン」を、大切にしろ。一番大切にしなければいけないものを、決して見失わないように、な」
「……はい」


 「大切な人」そのもの。
 最期を迎えてしまうのであれば、その一瞬までは、一番大切にしなければいけない。

 だからそれまでは見失わないように。
 いつまでも、大切な人を、大切に。





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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖風見・二十‖整理番号:2795 │ 性別:男性 │ 年齢:13歳 │ 職業:万屋
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」とのシチュエーションノベルとなる、「閑話休題」の
発注ありがとうございました!
二十さん、こうしてまたお会いできて光栄です〜。
父の日の贈りものにファーと作るケーキを選んでいただけて嬉しいです〜。なん
だかんだ言って、頼みごとに弱いファーですし、自分の得意なケーキ作りで二十
さんの大切な「ユーン」さんへの贈りものの手伝いができて、すごく喜んでいる
と思います。ケーキが「ユーン」さんに喜んでいただけること、願っております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
ぜひまた、紅茶館「浅葱」へお越しください。いつでもお待ちしております。

                           あすな 拝