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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で - 序曲 - 】


 どうしてあの人はいつもそうなのか。
 いらだちながら街中をうろうろとするが、その影がどこにも見当たらない。
 雇い主であるお嬢さんの家庭教師と護衛人を務めてはいるが、務まっているのかそうでないのか、よくわかっていない。
 もし務まっているとするのなら、こんな風に脱走されることも無いのだろうから――そうは思いたくないが、後者なのだろう。
 早く見つけ出して、早くつれて帰らなければ。
 しかしまた、面倒なところに逃げられた。

 ここは大通り。

 人通りの激しいこの場所で、雇い主である彼女を探し出すのは少々手間がかかる。
 どのような恰好で飛び出したのかもわからないし、同じ背格好の女性なんて、彼女と同じ年頃のであれば多い。
「はぁ」
 一つ、ため息が漏れた。
 そんなとき。
「ぐふっ!」 
 ため息で息を吐いたところに、左わき腹にクリーンヒットするなにか。
「す、すまない」
 すぐに謝りの声が聞こえたので、多分左手に見える小路から、周りを見ずに何かが飛び出してきたのだろう。
 声からして男。しかも、幼くない。しっかと声変わりを終えている、青年の低い声が響いたのだから。
「ちょうど肘がわきのあたりに……」
「問題ない」
「あ、いや、ずいぶん痛そうな音がしたのだが……」
「それは俺の口からでたものだから、気にしないでくれ」
 今はどこの誰だか知らない、しかも突然ぶつかってきた無礼な男に付き合っている暇など無い。
 どんなにその男が切羽詰っていて、慌てている様子を見せていたとしても。

 ……まるで、何かから追われているかのような、血相……

 いや。気にしている暇は無い。早く雇い主を見つけて、勉強させなければ。
 そうだ。気にしなくていい。
 放って置け。
 どうでもいい。
 そう、心に言い聞かせた刹那。
「ちっ!」
「なっ!」
 男の舌打ちと共に感じたのは、信じられないほどの殺気。
 真っ黒な感情を押し付けるように、相手へ恐怖を与えるための殺気。
 これほどあたりの空気を凍らせるほどの感情を飛ばせるのだから、わざわざ見せつけなくたっていいだろうに。
 ぶつかってきた男へ、わざと感じさせているというのだろうか。
「あぶないっ!」
「ぐはっ!」
 男が今度は首に腕を当て、二人の身体を伏せさせる。
 すると、今まで二人がいた場所に「何か」が通ったように見えた。
 そう――鎌のような、何かが。
「おい」
 とっさの行動だったため、受身をとるのが精一杯だったが、何とか背中への衝撃は抑えることができた。
 しかし、ちょうど喉につまった男の手が痛い。
「……あ、すまない」
「いいからどけてください」
 言われて慌てて腕をどかす男。はっきりと見えた端正な顔立ちに、真紅の瞳と漆黒の髪。
 それから――
「――翼……?」 
 髪と同じ色をした翼のようなもの。
「それは、一体?」
「……説明している暇はない。とにかくにげ……」
 男の言葉を途中で中断させたのは、先ほどと同じような凍った空気。すぐさま飛び退き、こちらに背を向けた。
 それではっきりした。
 背から生えているのは、確かに「翼」のようだ。片方しかないが、間違いない。色こそ漆黒ではあるが、天使をイメージさせる翼だ。

 殺気の正体も、この男の正体も、気になるが。
 今の自分の任務は、雇い主を連れて帰り、勉強をさせることだ。
 おせっかいで彼に関わることじゃない。
 だから、彼の言葉通りここは人ごみに紛れ――逃げる。
 いや、逃げるわけじゃない。
 もともとこの殺気に狙われているのは、自分じゃないのだから。
 自分じゃ――

 翼の男が見すえる先から見えた影が、手に持っている「何か」を大きく振る。
 まさかそんなところから振って、何かが届くとでも言うのか。
 答えは――否。
 もともと人影は「何か」を振ったのではない。
 投げたのだ。
「なっ!」
 動揺する男の声。
 このまま男が避ければ、大通りを行く人々が被害を受ける。怪我をするどころじゃすまないだろう。
 明らかに――殺そうとしている殺気だ。
 わかる。
 自分は今まで、そう言った仕事を何度もしてきているから――この殺気は理解できる。
 大衆に被害が出ようが出まいが自分にとっては関係ないが、もしその中に雇い主――お嬢さんがいたら困る。
 動揺する男をよそに、一歩前に出た。
「何をっ?」
 男はさらに慌てたような声を上げるが、気にせず飛んでくる「何か」の正面に立ち、目をこらす。
 「何か」の正体は大きな鎌だ。禍々しい雰囲気をかもし出している、鎌の柄を見つけると、すばやく移動して刃に触れぬように鎌を掴む。
 そしてすかさず、次の動作で持ち主へと投げ返した。
「……お前……一体?」
「その言葉は、そっくりそのまま、あなたへ返します。翼の生えてる人間なんて、初めて見ましたよ」
 男が一瞬、表情を凍らせる。
「殺気の主は?」
「俺を追っている、少女だ」
 少女?
 それは幼い女の子を表わす言葉だ。
 少女と称するほどの女の子に、これほど空気を凍らせることができるというのか。
「なぜ、追われている?」
「……わからない」
 わからない?
 わからずに、命を狙われているというのか。
 それともこの男が、知ろうとしなかったのか。
「昼すぎに、突然襲われ、話を聞こうとしたが、問答無用で……この通りだ」
 簡単に説明をする翼の男。
 詳しく話を聞きたいところだが、今はそれどころじゃないことは百も承知だ。
 だったら、今は男のその言葉でいいとするしかない。
 正しいか、偽りかもわからないが――
「……殺気は、ただものじゃない」

 自分と同じ――臭いがする。
 顔色一つ変えずに、人を殺す者の臭いが。

「言い分を聞かず何も答えず攻撃してくる輩には何を問う必要も無い、何故ならそれは血に飢えた唯の発狂者だからだ。それなら殺して差し上げよう、少女の目的が何であろうと私には初めから関係ないのだから」
 一般大衆を巻き込もうとした時点で、感情が欠落していると言っても過言では無い。
 そのまま投げ返した鎌を握り、少女――と翼の男が言った殺気の主は、間合いを詰めてくる。一気にではなく、徐々に。ここでもやはり、恐怖を与えるかのように。
「……あなたの名は?」
「ファー、という」
「私は魏幇禍。人探しの最中に、巻き込まれました」
「別に俺は、巻き込んだつもりは……」
「あの鎌が大通りの一般大衆に向けられた時点で、もう巻き込まれたも当然。私も大通りの一般大衆の一人なんですから」
 確かに彼――幇禍の言っていることに間違いは無い。むしろ正しい。
 翼の男には鎌を避けることはできなかっただろうが、もし避けてしまっていたら、どれほどの一般大衆が巻き込まれていたことか。
 その一般大衆の中に、幇禍がいただけだ。
 ファーが巻き込んだわけじゃない。
 この殺気の主が、自分を巻き込んだのだ。
「銃は?」
「……それなりに、使えるが」
「ではこれを」
 幇禍はスーツの下から銃を取り出し、斜め後ろにいたファーへと投げると、「援護を」と一言つぶやき、それがファーへと届いているかどうかも確認せぬまま、殺気との間合いを詰める。
 しっかり見つめると、確かに正面から歩いてきているのは、ファーの表現に間違いは無く、少女だった。
 幇禍が投げ返した禍々しい大鎌を手に持ち、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……投げ返したのは、あなた?」
 少女の顔が確認できる距離真で近づくと、淡々とした声音が響いた。温度を感じない、その声。
「あの男を、なぜ助けるのですか?」
 少女の質問を、
「あの男を、なぜ狙っているのですか?」
 幇禍はそっくりそのままではないが、まるでわざと似せたように返す。
「私はダークハンター……。彼はいつか、人に害をもたらす。だから……狩ります」
「……人の害?」
 引っかかった言葉を聞き返すが、聞く耳を持ってはいないようだ。
「――邪魔をするのなら、あなたも狩ります」
 返ってきたのは残酷なほど冷たい台詞。その言葉に恐れを感じることは無いが、間合いはいっきに詰められた。
 しかし、幇禍にとっては好都合な間合いだ。
 自分から飛び込むことなく――相手の懐に入り込めたのだから。
 背中から響く銃声は、ファーのものだろう。それなりになどと言っていたが、この距離で幇禍ではなくダークハンターと自称する少女をしっかり狙っているのだから、いい腕を持っている。
 銃弾に気をとられている隙に、延髄に上段蹴りを狙った。
 鈍い音と共に、確かにきまった、悪くない感触。
 だが。
「――甘いですね」
 少女の冷たい視線を一身に浴び、幇禍は慌てて飛び退いた。
 信じられない。しっかりと延髄にきまっていたのに、眉一つ動かさないなんて。
 少女だからといって力を抜いたなんてことは無い。しっかりと、一撃で骨を折るぐらいの勢いだったが。
「人間じゃない……ですね」
「ええ」
 冗談のつもりの一言は、振り下ろされた鎌と共に肯定される。
 まさに――冗談じゃない状況。
 右肩すれすれでその鎌をかわし、バックを取って今度は中段――ちょうどわき腹の辺りに蹴りを一発。
 次の行動ですばやく背骨を狙った突きを一つ。
 完全に捉えていた二つの攻撃も、先ほどと感触に変化が無いということは――効いていない証拠。
 背後から幇禍のニ撃と、正面からのファーの狙撃だが、少女がどこかに傷を負っている様子が一切感じられない。
「――ちっ」
 弱点が見えない。
 振り返りながら少女が鎌を振る。
 そこで、幇禍が一つ、思いついた。
「――鎌をっ!」
 身体に攻撃が効かないのなら、攻撃する手段を潰せばいい。
 その言葉がファーにしっかり届いたのか、銃口が狙いを定めている。
 幇禍は少女の気を引くように、鎌を交わしながら、ファーが狙いやすいように動いた。
「……幇禍っ!」
 合図となった名を呼ぶファーの声に合わせ、幇禍が少女の目の前で伏せる。
 刹那。
 銃声が当たりに響きあわたり、銃弾が鎌の刃を捉えた。
『つっ!』
 少女のものではない、何かの声が響き、少女が幇禍からすかさず距離を置く。肩から血が出ているように見えるが、少女の顔色は一切変わらなかった。
「……一度引きます。ヘゲル」
『ああ。わかっとる』
 少女は二人の目の前でふわっと空へ上がり、そして姿を消した。追おうとした幇禍だったが、すぐさま少女が空へ上がり、姿を消してしまったため、それも叶わなかった。

 ◇  ◇  ◇

「ここが私が暮らしている場所です」
「……ここは、病院……?」
 帰っても危険が待っているだけ。
 身を隠すのにいい場所は無いかと聞いたきたファーから、詳しい話を聞き、結局巻き込まれることにした幇禍は、ファーを匿うために自分が暮らしている場所へと案内した。
 そこは精神病院。
「病室が空いているので、そこを使わせてもらえば、身を隠すのにちょうどいいでしょう」
「嫌しかし、迷惑をかけるわけには……」
「今更ですよ。事情を聞いておいて、少女を撃退までしたんですから、わたしも狙われる可能性が高いですし、何より」

 自分と重なる少女の姿。
 人間の害になると少女が言ったこの男の正体が、一体なんなのか。
 
「気になることが、あります」

 少女に聞くべきことは――まだある。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖魏・幇禍‖整理番号:3342 │ 性別:男性 │ 年齢:27歳 │ 職業:家庭教師・殺し屋
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、魏幇禍さん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。

最初は無愛想で、仕方なく巻き込まれるというシチュエーションからはじまると
いうことでしたので、気がつけば戦闘ばかりに……。プレイングでは弓と書いて
いただいたファーの武器ですが、慌てて出てきたということもあり、持っていな
いので銃をお借りしました。

楽しんでいただけたら、大変光栄です。
また、第二話目への参加、心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝