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<東京怪談ノベル(シングル)>


水魚


 の交わり。
 極めて親密な間の例え。

◇◆◇


 自業自得、という言葉が似つかわしいか。あるいは因果応報か――
 ともかく、海原みなもの現行動は、けしてアフターケアでは無いし、保障の類じゃ勿論無い。確かに岩を――あれは夜話、蝉にも似た異人を助ける為、彼を捉える岩を、清流を激流にして砕いた――どうにかしてと解決を頼まれたのは確か。かといって、手段を選ばず最大戦力というのはいかさか若気の至りである。それが芸風とはいえ、出る番組を間違えたタレントだ、おかげで、
 救出を依頼してきた果樹園の友人の果樹園は、百匹の象が通り過ぎたとばかり。
 まさかそんな所業が目の前の女子高生の友達、いえ人魚ですけど、と思ってはいない彼女だからみなもに恨む訳では無いのだが、空気には明らかに愚痴をぶつけている。
「あはははは、ねぇ、みなもちゃん。これ以上の悲劇ってあるかしら? 流した涙を木にやっても、もう私の果樹園は戻らないの」
「あの、演劇部にでも入ったの?」
「演劇調のセリフにもなるわ! ああロミオ、貴方は何故ロミオなの!? それはね、春さくらんぼ、夏に梨、秋には葡萄が実る事がもう無いからだよ。……うわぁぁあん!」
 果樹園の友達、精神崩壊。
「冗談じゃなくて、私学校やめなきゃならないかな。ああでも中学までは義務教育ね……どちらにしても高校に行って、クイズ大会に行くなんて無理、私の時の運は発揮されないわ」
 いくら愚痴の相手がO2とはいえ、こぼれ話で胸がずきずき来るのはみなもな訳で。まさに《気の所為》には出来ぬ訳である。あ、座布団が。
 お姉さまに頼んでなんとかしてもらうか。……そう考えた後、己がまた姉の為だけのファッションショーになりそうなので、堪える。
 となると責任を取る方法は、
「あの、復興手伝おっか」
 その時、友の目が豆電球のように光った。
「――私の王国を?」
「お、王国?」
「そう、そうなのねみなもちゃん! 貴方は私の手足になって、かつての栄華を取り戻してくれるのね! そうと決まれば今度の連休、作戦展開よ!」
「……本当に演劇部に入ってないの?」
 答えを聞かずくるくる踊ってる、さてはバレリーナ部か。


◇◆◇


 そして数日後の連休、
 それに至るまでに、瓦礫等の駆除は終わっていたらしく。だがそれでも破壊の爪痕は深く残っており、みなもの笑顔はまた引きつった。
 そんな心中を察せられる訳が無く、よっと目の前に現れたのは友達。
「みなもちゃん、これに着替えて」
 そう言って渡されたのはかなり厚手の、工員等が身につけそうな大き目の服。「あ、そっか、この服だったら汚れちゃうもんね」
「それにこの麦藁帽子も。あ、あと、首にはタオル巻いてね」
 移動、友達の家、着替え、移動、
「わぁ、みなもちゃん良く似合う」
「……作業服姿で言われても、余り嬉しくないかな」
 苦笑するみなもだが、なかなかどうして。友達の父の物なのか、袖を二三回折らなければならない大き目のその服だが、だぼっとした感じが雪だるまのように愛らしい。おそらく、本人は否定するコスプレの素質があるのが一番の理由だ、多分。
「それで、最初は何をすればいいの?」
「えっとね」


◇◆◇

 一。
「根の部分の土がえぐれてるでしょ? このまま剥き出しになってたら」
「うん、水の無い魚みたいになっちゃうのね、それってつらいよね……」
「……なんでそんなに感情たっぷりなの?」
「え? あ、ううん、なんでもないっ」
 首をぶんぶん振ってそう否定。まさか今の会話で自分の人魚の素性がバレないとは思うが。とりあえず力仕事は人魚の怪力でうんとこしょーどっこいしょーうんと、ザザッ、(ひゃっ!?)
「それにしても深く穴があいてるよねぇ、岩が爆発したってこんな事になるのかな」
 黙々と穴を土で埋めてく友達、「汗が出るぅ」であったが、
「あれ、みなもちゃん?……あ」
「……助けてぇ」
 自分の掘った深い穴で、埋められかけているしくしくみなも嬢。
 まだ実が生らない夏蜜柑の舌。あやうく桜の下に死体が眠るに対しての類語になる所である。


◇◆◇


 二。
「ああ、これは深く傷ついてますね……だがなんとかならなくはないですよ」
 女子中学生二人とは明らかに違う口調、そう、第三者。老年の彼は樹医、人間の病気で無く木の病気を治す人だ。腐った部分を削ったり、枝を剪定するのが技。寒いのに弱い木には、むしろの腹巻を巻いたりする。
 ともかく、その医者の言葉で胸を撫で下ろすのは、木よりなによりみなも自身。加害者だから当然か。
「とりあえず薬を塗りましょうか。ああ、でもあの高い部分ははしごが無いとねぇ」
「あ、だったら私が塗ります」
 率先して働くみなも、木登り、気をつけてよーの声。だけどスカートじゃないのだから気にする理由は一つも無い。この薬を、ハケで、塗る、
 ――一度あった事がもう一度起こる事を、再びという。
「って、きゃ!?」
「ああみなもちゃん!?」
 どすん、と。それこそ地震が置きそうなくらい、
「……薬、塗っとく?」
「わ、私は樹じゃないよ……」
 尻餅をついた海原みなも、そして二度ある事は、


◇◆◇


 三。
 度ある、「きゃああ!?」
 説明しよう! 三つ目の作業は工事屋さんを手伝ってのスプリンクラー設置である! だがしかし飼い犬に手を咬まれるが如く、設置の最中、自分の得手である水にびしょ濡れ地獄に陥ったのだ!
 という訳で、大き目の作業服はずぶ濡れ。上を脱いでTシャツ姿。
「なんか今日のみなもちゃん、とことんついてないね」
「うん。……ごめん、着替えてくるね」
「あ、はい」
 そう言ってとぼとぼと、自分の家の方に去っていくのを見送る友達。
 その時、工事屋さんが話しかけてきた。
「木や設備の方の修理はいいんですけど、肝心の地下水がですねぇ」
「ああやっぱり? そうね、うちの命の源ってそれだったもんね。……いくら地上を治しても、基盤になる地下が無ければどうしようもないのよ! ああ流れ星、貴方に力があるのなら、夜空からここへ舞い降りてきてッ!」
「……演劇部に入ってるんですか?」


◇◆◇


 四。
 それは命令されての作業じゃなく、海原みなもの自発だ。彼女は今、虎の毛皮のように地面に密着している。濡れたTシャツが、土色に少し染まる。
 やにわ立ち上がり、「ここですか」
 そう身体で感じ取った物、つまりは水脈。
 それは本来の果樹園の範囲外、脇道。ようはここの水を、枯れた場所へと繋げれば。パイプを使って通すというのか? 否、それは人の技。
 海原みなもは人魚である。
 人気が無い事を注意深く再確認してから、海原みなも、突然外という壁の無い場所で、汚れた服を空中に巻き上げるように。だが、肌色が表に出たのは、知覚できる間ではない。
 間も無く彼女は、水の鎧を纏った。父より授かった隠し芸の一つ目。美しい銀の戦士、再度。
 そして、隠しの二つ目。
(ライン)
 心で単語を唱えた途端、
 彼女の手に蒼き線が握られた。日光でまだらに輝く、それ、水の証。
 水を通すのでなく、水自体がパイプが如き。
 それからはもう、説明する必要も無く。

 線が、連結する。
 元の水脈へ――


◇◆◇


「みみみみみなもちゃぁん!」
 喜びいっぱいの顔で抱きついてきたのは、友達。「あれ? さっきの服の侭だけど、着替えに戻ったんじゃないの?」「そ、それがちょっと繋げるのに時間かかっちゃって」「繋げる?」「あ、ううんなんでもない」
 人気の居ない場所から、人気のあった場所へ繋ぐののは出来ず、友達が去った瞬間を狙っていた為、着替えの時間が取れなかったという事で。
 それでも随分と遅い帰還だが、それを気にする事は今の果樹園の人には無かった。
「そ、それよりも、願いが通じたの! 流れ星が舞い降りたの!」
「えっと、今は昼よね?」
「こまかい事気にしない! ほら、見て、あそこっ!」
 そう言って指差す先には、
 噴水。
 まるで温泉が沸くように、新たな清水が噴出している。
「きっと神様が居たのね、ありがとう、果樹園の神様ッ!」
「果樹園の神様って」
 おかしそうに笑うが、構わず友達は水に戯れる。煌びやかに舞う水に負けない、果てしない笑顔。
 途中、水の矛先をみなもに変えてきた。「って、もう、何するのっ!」
 口調は怒って、顔は笑顔で、子供達は陸の上での水遊びにはしゃぐ。
 果実の娘――

 彼女とまじわるみなもは。