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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


お母さんを捜して

*オープニング*

 「こんにチは、お久し振りです、三下サん」
 この少年の名は紺。見た目は小学校低学年ぐらいの男の子だが、実はその正体は狐。変化(へんげ)能力を持つ物の怪なのである。紺は、見た目の年齢にそぐわず、丁寧に挨拶をしてぺこりと頭を下げる。これで無碍な対応でもしようものなら、『三下が碇編集長から虐げられている腹いせに小学生の男の子をイヂめていた』とか何とか、あらぬ噂が流れるに違いない。
 ともかく、紺は奇特?にも三下に頼み事があって来たらしい。

 「僕のお母さンが、実は生きていルらしいと言う事が、三下サん達のお陰で分かったけど、でもソの後、どんナに僕が捜しても、お母さんは見つからないの。だから、今回も三下さン達に手伝って貰えレば、見つかるかなぁ…って」
 「うん、分かった。頑張ってみるよ。でも、何の手がかりも無いんじゃ、さすがの僕でも捜しようがないよ」
 「…うん、手がかりって言うカ…まずはお母さンも僕と同じ狐なんダけど、同じように変身すル力も持ってるよ。僕よりも、ズっと上手だと思う。むかし、むかしの記憶ダけどね。で、お母さんと僕は、僕ら二人にしか分かラない、声にならないコトバを持ってるの」
 声にならないコトバとは、どうやら母子の絆だろうか、母と紺の間だけに存在する、精神的感応によるコミュニケーションの事らしい。
 「でもネ、僕ね…、実は暫くキオクがなかっタの。お母さんの事を思い出しタのって、ここ数年なの。ダから、上手くお母さんと声ナシでのオハナシが出来ないのかも…時々、微かにお母さんの声が聞こえル時があるんだけど、すぐ途切れチゃう。僕の力が弱いのか、お母さんの力が弱いのか、或いは、場所が悪いのか、なんかの妨害があルのか、ソれとも……」
 「つ、つまりは、どうして会話できないのかの理由ははっきり分からないんだね?」
 「……そう言うことデス」
 そう言うと紺は、しょぼんと頭を垂れる。今は見えていないが、尻尾があればきっと力なくだらりと下がっているだろう。
 「でもね、きっとお母さんは、そんなに遠くに言ってないと思うの。何で、って言われても困るケど…お母さんもきッと僕を探しててくれると思うから、かな。僕達、むかしむかしは、この近くの山に住んでたシ」
  あからさまにしょぼんと肩を落とす紺の姿に、思わず三下が拳を握り固める。
 「大丈夫!きっとお母さんに会えるよ!僕がなんとかするから!」
 でもきっと、ヒトリでは何とも出来ないだろうなぁ、と心の中で思っていたりもする。


*コエガキコエル*

 「紺さ、お母さの事、覚えてるアルか?」
 瑞芳が、椅子に座った紺の顔を覗き込みながらそう尋ねる。え?と聞き返す紺に、瑞芳はにっこりと笑った。
 「紺さは、お母さを捜してるアルね?わたし、そのお手伝いするアルよ。でも、わたしは紺さのお母さの事、知らないアルね…だから、どんな人かて事を、少しでも聞いておきたいな思たアルよ」
 「ああ、そう言えば僕も知りませんね。紺くんも、失っていた記憶を取り戻しつつある途中だから、あんまり明確ではないかもしれないけど、多少なりとも覚えている事があれば…」
 「そそ、それにもしかしたら、わたし達がどこかでお母さと会てるかもしれないアルよ?」
 三下と瑞芳の二人にそう言われ、紺はうーんと考え込む。ふと視線をあげ、金色の目で瑞芳の緑の瞳を見詰めた。
 「覚えテるって言っても…顔とカをはっきリ覚えてル訳じャないの。どっチかと言うと、お母さんの匂いトか、繋いダ手の暖かさとカ…そんな記憶ばッカなの」
 「あー、なるほど…でもそれは分かるアルよ。案外、コドモの時てお母さの顔とか、はきり(はっきり)とは見てなかたりするアルね。きっと紺さにとって、お母さの匂いとかの方が、印象強かたアル」
 「じゃあ、例えば、顔は分からなくても、お母さんの傍に行けば、その匂いで分かるって事かな?」
 三下がそう言うと、瑞芳はこくこくと何度も頷く。
 「そうだと思うアル。なにせ紺さはもともとは狐。匂いには敏感な筈アルよ。…とは言え、匂いじゃ長時間は残らないし、風に乗る言ても限界あるし。どちにしても、それだけを頼りには捜せないアルね」
 お母さを判別する目安にはなっても、と瑞芳は付け足した。
 「あ〜、そう言えば、紺さは記憶が無かったとか声が届かないとか…紺さ、誰かに恨まれるよな覚え、ないアルか?」
 突然そう尋ねられ、紺は目を白黒させた。
 「え、え?恨まれ…ッテ、そんな覚エありまセんよ〜…だっテ僕、今まで、あのお屋敷からホトンド出た事なイんだもの…」
 「…そか、じゃ違うアルね。あー、もしかして、誰かが意図的に紺さの邪魔してるかも、と思たアルよ。紺さは、イイコぽいケド、この世の中、どんな理由で恨まれるか分かたもんじゃないアル〜」
 「こ、怖い事をさらりと簡単に言うね……」
 紺より先に、三下の方が真顔になって肩を竦める。それを見た瑞芳が、軽く声を立てて笑った。
 「だいじょぶ、ワルイヒトもいればイイヒトも当然いるアルよ!どちに会うかは、その人次第アルね」
 「あ、じゃあ僕は大丈夫かな?日々、健やかに慎ましやかに生活してるからね?」
 「……あ、あ〜…、ぁあ、そうかもしれないアル……」
 瑞芳にしては、歯切れの悪い返事であった。

 と、言う訳で、いつものアトラス編集部の小会議室。闇雲に捜しても労力の無駄、と、とりあえずは対策を練ろうとここに集まったのだ。
 「まずはポイントになるのは、紺くんの記憶とお母さんの声、かしらね。私達じゃ、お母さんの顔も知らないし、捜しようがないもの」
 「の、前にお母さんが狐の姿してたら、みあお達には見分けつかないかも」
 みあおがそう言って笑うと、そうね、と百合枝も笑った。
 「私なら心の中にある肖像を具現化することも出来ますが…何分、紺サンの記憶が曖昧なようで、はっきりとした形には出来ないようですな」
 「紺さの記憶は、まだ最近戻たばかりだと聞いたアル。それに、コドモの頃の記憶は、曖昧な事が多いアルよ」
 だからじゃないかな、と瑞芳が司録に言うと、そうでしょうなぁと司録も小さく頷いた。
 「やっぱここは、紺の記憶を完璧に取り戻すのが、一番の近道じゃない?」
 「取り戻すて言ても…どうやるアルか?何かイイ手が?」
 瑞芳の問いに、みあおがにやりと笑う。どこから取り出したか、その手にはいつの間にか、大振りのハンマーが握られていた。
 「…それは…もしや……」
 百合枝がそう呟いて、ハンマーと紺とを代わる代わる見詰める。訳が分からないらしい様子で、うん?と無邪気に紺が小首を傾げると同時に、こちらはその意味が分かったらしい、瑞芳がぽむっと手を打ち鳴らした。
 「ナルホド、無くした記憶を取り戻す王道アルね?」
 「そうそう、ショック療法。刺激を与えれば、きっと強張った紺の脳味噌も解れて…」
 「ええッ!?やっ、ソれは…い、痛いのイヤー!」
 みあおの持つハンマーと、みあおの顔を見比べ、紺が自分の頭を抱え込んでその場にしゃがみ込む。その様子を見た司録が、口の形だけで嗤った。
 「そのハンマーじゃ、記憶が戻る前に昇天してしまいますよ。紺サンの記憶を頼りにするには、時間が掛かるかもしれませんねぇ…」
 「じゃあ、紺くんが聞こえると言う、お母さんの声を手掛かりにするしかないわね」
 肩を揺らして笑いを堪えつつ百合枝がそう言うと、瑞芳がしゃがみ込んだままの紺の前に、自分も座り込んだ。
 「紺さ、お母さの声が聞こえるの時、何かとくちょ(特徴)とかないアルか?」
 「特徴?」
 紺が尋ね返す。ハンマーをしまったみあおも、紺の前にしゃがみ込んだ。
 「うん、例えば、場所とか時間とか…或いはその時の天気とか風向きとかね」
 「周りにいた人とか状況とかも関係あるかもしれないわね。同じ場所同じ時間でも、匂いや音などで変わってくるかもしれないしね」
 こちらはパイプ椅子に腰掛け、会議用長デスクに肘を突いて足を組んだ百合枝が言葉を継ぐ。それらの言葉に、紺は記憶を手繰るように視線を宙に浮かせ、うーんと微かに唸る。細く息を漏らし、項垂れながら首を左右に振った。
 「思い出セる範囲デ考えてミたけど…共通するナニカって言われテも、何も思い付かナいよ…」
 「そうすると、声が聞こえる聞こえないの違いは、紺サン側の事情ではなさそうですね」
 「ま、紺では気付けない部分で何かあるのかもしれないけど、とりあえずはそっちの方向で考えた方が良さそうだね」
 頷くみあおが、司録に同意をする。百合枝が、座ったままで腕組みをし、軽く唸った。
 「となると、効力に波がある理由は、お母さんの側にあると考えた方がいいわね」
 「お母さ側のじじょ(事情)アルか、それなら今こちらからはどうする事も出来ないアルね…」
 ふぅ、と溜息混じりで瑞芳が呟くと、紺も釣られて溜息を零す。その表情に、瑞芳が力付けるようににこりと笑った。
 「元気だすアルよ、紺さ!何かあるて言ても、お母さの声が聞こえる事には変わらないアルね。お母さ、どこかでちゃんと元気でいる証拠アルよ」
 「そうね、全く声が聞こえなくなったって言うんなら心配だけど、時々でも聞こえるのなら大丈夫よ」
 「そそ、それに、お母さん側になにか事情があるとしても、紺の力を増幅させれば、それだけ効力も強くなるんじゃないかな?」
 「あとは声が届きやすい、声を届けやすい場所の選定ですかね。お母さん側に何かトラブルがあるとは言え、みあおサンの言うように、紺サンの力を強める事で、そのトラブルも多少は軽減できると考えられますからな」
 「びるのおくじょ(屋上)とかどうアルか?遮るものが周りに何もなければ、紺さの声も響きやすくなると思うアルよ」
 「それか、紺くんが言ってた、『以前にお母さんと住んでた山』、かしらね」
 「一緒に住んでいた訳ですから、紺サンの母親にしてもその山を目印にするのが一番分かりやすいでしょうしな」
 「問題は、紺がその山の場所を覚えているかどうかね…」
 みあおの呟きを耳にし、紺がうーんと考える。それを邪魔しないよう、離れて瑞芳達が相談を続けた。
 「何しろ、紺サンは見掛けと違って、かなり長く生きている様子。へたすると、その山が無くなっている可能性がありますね」
 「この辺は、高度成長期に、宅地造成が盛んだったものね。でも、山が無くなってても、山の地場や霊場としての力は、そのまま残っているんじゃないかしら?」
 「紺さはきつねのモノノケ、わたしと似たようなものアルね。百合枝さが言うとおり、モノノケが住んでた場所なら、何かとくべつな場所の可能性アルよ」
 「それなら、紺の記憶がハッキリしなくても、テキトーに範囲を指定してくれれば、みあおが空から探し出せるかもしんないね。霊的な力の波動を追ってけばいいんだもんね」
 「あの……」
 額をつき合わせて相談していた四人の輪の外から、紺が恐る恐る声を掛ける。うん?と四人の目が一斉に紺を見つめると、さすがに慄いて紺が一歩後退りした。
 「何か思い出せましたか、紺サン?」
 「うん、えエとね。場所は大体分かルよ。今でモそこに、そのお山がアるかどうかは分かんないケど…」
 「上等アルよ。とりあえず、そち方面に向けて出発するアルね」
 部屋の中にじっとしているのは、瑞芳の性に合わないらしい。背伸びをしてそう言うと、皆も同意をして出かける準備をした。
 と、その時。
 「あ、ちょっと待ってください。僕、編集長に許可を貰いに行かないと」
 そう言う三下を、瑞芳達は珍しいものでも見るような目で見る。きょとんとした目で、三下が皆を見詰め返しながら言った。
 「僕、何か変な事でも言いました…?」
 「三下さ、いつからそこに居たアルか。気付かなかったアルよ」
 どうやら、三下の存在感は、ファーストフードのアメリカンコーヒーより薄かったらしい…。


*オヤマトソラト*

 皆に存在を忘れ去られ、イジけて落ち込む三下はその場に残し、瑞芳達は白水社ビルを出た。出掛ける直前、アトラス編集部の地図を借りて紺の記憶と照らし合わせてみた。すると、紺が昔家族と住んでいたと言う山は、都市開発の波にも乗り遅れたか、ぽつんと取り残され、今は都会の中の貴重な自然として大切にされているらしい。
 「この山、強い霊気を備えてるみたいアルね」
 「やっぱり、物の怪が住んでたって言うぐらいだから、恐らく、昔は土地の神様みたいに扱われていたんじゃなかしら」
 百合枝がそう言うと、みあおと手を繋いで歩く紺が振り返り、言った。
 「うん、少しダけ覚えテるよ、僕。昔、マだお父さんとお母さんト住んデた時、時々、村の人がゴ馳走とかお供え物を持っテきてくれてタよ」
 「それが、確固たる宗教がまだ定まっていない頃の話なら、その土地それぞれで固有の信仰心を持っていたのでしょう。それが、この辺りでは狐をお祭りしていたんでしょうな」
 古き良き時代だったのでしょうな、と司録が喉を鳴らす。一番先頭を意気揚々と歩く瑞芳が振り返り、後ろ歩きで歩きながら後にいる紺の顔を見た。
 「紺さは、ここに来た事は無かた(無かった)アルか?」
 「スグに思い出シた訳じゃナいから…その、少しズつ聞こえるお母サんの声を、繰り返し聞いてルうちに、少しずツ思い出しテきたって言ウか…さっキも、あとらすにイた時に少しダけ聞こエたの。その時、ぱぁっと目の前が開けタ、って言うか…」
 「あれですかね、紺サンの記憶は、母親と精神的な触れ合いをする事で活性化するのかもしれませんな」
 「それもあるでしょうし、それに…何ていうのかしら。紺くんが心で思っている事がお母さんにも何らかの形で伝わってて、それでお母さんが力を貸してくれた…みたいな感じもするわね」
 「そりゃあ肉親だもの、言葉がなくても伝わる事って、あるよね?」
 みあおがそう言って小首を傾げ、紺の顔を覗き込む。紺も嬉しげに笑い返して頷いた。

 この山はそれほど大きな山ではなく、こじんまりとしたその標高となだらかな上り坂のお陰か、手頃なハイキングコースとして整備され、本格的な装備が無くとも山登りが楽しめるようになっていた。瑞芳達も重装備で来た訳ではなかったが、それ程苦労しないでも無事に頂上へ辿り着く事ができた。山の頂上は開かれ、四方八方の景色が臨める展望台になっていた。
 「ここは気持ちいいアルね!いい風が吹くアルよ。ここなら、紺さの声もきと(きっと)届くアルね」
 「うん、それに、やっぱ小さくとも霊峰なのかな。ここだと、色んな力が増幅されるような感じがする」
 みあおはそう言って深呼吸をする。緑に囲まれている所為もあるだろうが、ここの空気はとても新鮮なような気がした。
 「紺くんはどう?お母さんとお話出来そう?」
 「う、ウーん…ドうだろ……わかんナいけど、……」
 頑張ってみる、と口許を真一文字にして頷く紺の頭を、百合枝は優しく撫でた。
 紺は、展望台の周囲を、あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しなく動き始める。どうやら、この三六〇度パノラマを利用して、母親の声が少しでも良く聞こえる向きを捜し始めたらしい。そんな紺に協力する為、小鳥の姿に変じたみあおと、白龍の姿に変じた瑞芳が大空へと飛び立ち、かたや紺の能力を増幅させ、かたや紺の思念を邪魔するものを排除しようと目を光らせた。紺が一ヶ所を定め、祈るような表情で目を閉じ、空を仰ぎ始めると、百合枝と司録はその傍らで顛末を見守った。
 「………ぁ、」
 紺が、微かな声を漏らして瞳を開ける。その金色の瞳は空を見上げたままだが、空の青を通り越して、何かと見詰め合っているような表情になった。
 「紺くん?」
 心配して声をかける百合枝を振り返って見上げ、紺は泣き笑いのような表情になった。
 「聞こえタよ、お母さンの声……!みンなが僕に協力シてくれたお陰で、お母サんの声も今までで一番はっキりと聞こえルよ!」
 「それで、お母さはドコに居るアルか?」
 白龍から再び人の姿に戻った瑞芳が、紺の傍へと駆け寄り、そう尋ねる。再び紺は視線を宙にひたりと定め、そのまま動かない。どうやらこうしている間に、母親と精神感応で会話をしているらしい。
 「あのネ、この近クの家に住んデるんだって…お母さン、病気だッタんだって。だから、僕に強く話し掛けル事もでキなくて、それで途切れ途切れにしか…」
 「やはり紺サンの母親側の事情でしたか」
 「病気、って…お母さんの具合、いいの?」
 同じく、人型に戻ったみあおが、眉を顰めてそう尋ねる。紺は、穏やかな表情でみあおの顔を見る。
 「今ハ、みあおさんが僕ノ力を強くシてくれたから通ジてるんダけど、でも、オ母さんも一時期に比べレば、良くなッタんだって」
 「そう、それなら一安心ね。良かったわね、紺くん」
 百合枝が笑みと共に、再び紺の頭を手の平でそっと撫でる。その感触に、紺も気持ちよさげな表情で目を細めた。


*オヤシキノナカ*

 「……ここアルね?」
 紺が母親から教えてもらったと言う道を辿り、瑞芳と紺の二人がやって来たのは、郊外の静かな住宅街を抜け、竹薮の傍にある一軒の大きな和風住宅である。後で聞いた話では、そこは、狐や狸の物の怪の集う、通称化けもの屋敷と呼ばれている家だったのだ。
 「そか、よくよく考えなくとも、紺さもお母さも物の怪アル、わたしがこの屋敷の事を知てたら、いちばんにココに聞きに来てたアルよ」
 大きな門の前まで辿り着き、『御池』と書かれた表札を見上げながら瑞芳が言う。隣で少女の顔を見詰める、紺が言った。
 「…でモ、僕、自分以外にもソんなに物の怪が居ルなんて思ってモみなかった…僕が今いる屋敷ニは、ヘンな霊とかはいるケど、物の怪はいナカったもん」
 「…ヘンな霊アルか。紺さ、気をつけるに越した事はないアルよ。今は何もしない霊でも、その内何かのきかけ(きっかけ)でへんぼうする事もあるよ」
 「うん、気をつケる…今まデは、お外の方が怖いと思ってタけど、瑞芳さん達に会ッてからハ、おうちの霊ノ方が怖イかな、って思ウ時もあるよ」
 「どち(どっち)がいいか悪いかは、紺さ次第アルよ。紺さのきもちが通じれば、屋敷の霊さだて良くしてくれると思うアル。今回は、紺さがいしょけんめ(一生懸命)だたから、わたし達も手伝いたいと思たアル」
 そう言ってにっこりと笑う瑞芳に、紺も嬉しげに笑み返した。

 そうするうち、屋敷の門が音も無く開く。その内側には、紺との交信で息子の来訪を待ち侘びていたのだろう、ひとりの線の細い、儚げな雰囲気の美人がひっそりと佇んでいた。
 「…オ母さん……?」
 紺が、恐る恐るそう尋ねると、女性は笑みを浮かべてこくっと一つ頷く。途端、見た目の歳相応に、紺がわーっと泣き出し、女性にしがみ付いた。
 「お母さン!お母さーん!」
 「ごめんなさいね、ずっと捜してあげられなくて……」
 女性はぎゅっと紺を強く抱き締める。その腕は折れそうに細く、そして肌は抜けるように白い。それらが、確かに彼女は病床にあったらしい事を示唆していた。

 「本当にありがとうございました、私の力が及ばず、自力で紺を捜す事が出来ませんでご迷惑を…」
 「礼などいらないアルね。紺さが嬉しそうだから、こち(こっち)までうれしくなるアルよ」
 彼女――流々子(るるこ)と言う名前らしい――に深々と頭を下げられ、瑞芳はどこか照れ臭そうだ。
 「あー、でもお母さ、あんま元気じゃ無さそうアル…だいじょぶ?これからどうするアルか?」
 「はい、その事に付いては、御池様にも打ち明け、既に了解を頂いております。今しばらくはご好意に甘え、ここで一緒に暮らしたいと思います」
 ふわり、と柔らかい笑みを浮かべる流々子、その腰にしっかりとしがみつくようにして、紺は片時も離れたがらないようだった。そんな紺の様子に、瑞芳も釣られたように笑う。
 「紺さ、良かったアルな?ほんとに嬉しそな顔してるアルよ」
 「うん、瑞芳サん、ほんとにありガとう。瑞芳さんが助ケてくレたから、僕…」
 「だから、それはさき(さっき)言たよに、紺さがいしょけんめ(一生懸命)だったからアルよ。紺さは、もっと自分にじしんを持てもいいアルね」
 瑞芳がそう言って片目を瞑る。そうかな?と小首を傾げる紺だったが、その表情は当初に比べ、随分としっかりしているように見えた。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0441 / 無我・司録 / 男性 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 1415 / 海原・みあお / 女性 / 13歳 / 小学生 】
【 1873 / 藤井・百合枝 / 女性 / 25歳 / 派遣社員 】
【 3271 / 彩・瑞芳 / 女性 / 172歳 / 無職 】

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■         ライター通信          ■
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 今度こそはと心に決意を秘め、かなり早い時期からこつこつと書き始めたのに、蓋を開けて見れば……(遠い)
 と言う訳で(?)、この度はご参加、誠にありがとうございます!相変らずのへっぽこライター、碧川桜でございます。
 彩・瑞芳様、こちらでははじめましてですね。ご参加、ありがとうございました!(平伏)
 さて、実質『求めてはならないもの』の続きと相成りました今回の依頼…ふと気が付けば、三下の存在感が全くありませんでした(汗)おかしい…三下書くの好きなのになぁ(笑)
 今更ながら主旨の分かり難い調査依頼だったかなぁと反省していますが、それでもご参加いただけて感謝しております。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 それでは今回はこれにて。またお会いできる事を心からお祈りしています。