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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


火の華が舞い散る夜

ある日の夕暮れの時間帯。
高くそびえ立つとある高層マンション。
周囲の建物よりも1階分ほど高いそのマンションの入り口の前に、1人の男が佇んでいた。
彼の名前は桜塚・金蝉。
金蝉はその端正な顔の口元を軽く持ち上げ、どこか嬉しそうな雰囲気をかもし出していた。
理由は、彼が己の住居でない此処に大きな荷物を持って訪れた事にある。

――それは、つい先日のこと。
金蝉がかなり気に入っている女性である蒼王・翼から、久しぶりに休暇がとれたと連絡があったのだ。
しかも、「泊まりにこないか」と言うお誘いのおまけもついて。
どうやらもうすぐ行われる花火大会での花火は、翼のマンションからとても綺麗に見えるらしい。
折角だから花火見ついでに泊まりに来ないかと、翼から柔らかい声で誘われたのだ。

最近中々会えずにいてイライラしていただけに、その連絡は嬉しかった。
金蝉は勿論2つ返事で答え…そして、今に至る。
こんなことでうきうきする自分に内心苦笑しつつも、金蝉は入り口の自動ドアをくぐった。
マンションの中に入った金蝉は、入り口のインターフォンで翼に連絡して自動ドアを開けて貰い、中に入る。
そのままエレベーターに入り、翼の住まう階のボタンを押す。
動き出したエレベーターの中で、金蝉はぼんやりととりとめのないことを考えていた。
その頭の中を駆け巡るのは、幾つかのキーワード。

若い男女。
一人暮らし。
夜に二人きり。

―これほどの条件が揃っているのにそんな雰囲気に全くなりもしないのは可笑しい!―
そんな意見が幻聴として聞こえてきそうなほどの好条件である。
…しかし金蝉は、そんな考えなどすぐに放り捨てた。
翼は現在16歳。第一、金蝉は彼女に告白すらしていないのだ。
…要するに、そういう雰囲気以前に問題である。
そんな翼をどうこうしようなどとは流石に思うまい。
もし思ったら…それぞ正に鬼畜の鏡。一歩間違えたら警察にお縄頂戴だ。

警察に捕まって連行される自分を想像しかけたところで、エレベーターが階を告げて鈍い音と共に止まった。
ドアが開く音に思考を中断した金蝉は、さっさとエレベーターから降りる。
そして彼はゆっくりと歩き出し―――翼の住む部屋の前で立ち止まった。
知らず知らずのうちに緊張でもしていたのだろうか。
ふぅ、と詰めていた息を溜息と共に吐き出すと…金蝉は、翼の部屋のインターフォンを押す。
リーンゴーン、と言うチャペル風の音が、他に誰も居ないらしいコンクリートの廊下に、少々虚しく響いた。

***

――――数分後。
金蝉はそれはもう不機嫌そうに、ソファーで頬杖をついて寛いでいた。
眉間の皺は深く刻まれ、細められた目は僅かな怒りを映し出す。

そんな金蝉の視線の先には―――翼と、1人の少女。

大体小学校中学年くらいだろうか。
結い上げられバレッタで止められたセミロングの銀髪を触りながら大きく丸い金色の瞳を細め、桜色の生地に蝶があしらわれた可愛らしい浴衣を身に纏って無邪気に笑っている。
―――少女の名前は月偲・立花。
翼に酷く懐いていて、まだ出会ったばかりである金蝉のことを既に少々怖がっている感のある8歳だ。

「ねぇ翼、花火大会まだ?」
藍地の下端に菖蒲が描かれた男物の浴衣を着ている翼の隣に座って待ちきれないとばかりに足をぱたぱたさせる立花に、翼は優しく微笑みかける。
「あと1時間くらいで始まるよ。
 ほら立花、あんまり足をばたばたすると浴衣が乱れちゃうだろう?
 髪もあんまり弄ると折角セットしたのが台無しになってしまう」
くすくすと笑いながら優しく注意する翼に「はーい」と素直に答えた立花は、氷が溶けて汗をかいているオレンジジュースの入ったコップを両手で持ち、こくりと一口飲む。
偉いね、と微笑みながら立花の頭を撫でる翼を眺め―――金蝉は、来た時のことを思い出していた。

**

チャイムの音の直後に、ドアはゆっくりと開かれた。
中から現れたのは―――勿論、翼だ。

「いらっしゃい金蝉。待ってたよ」

そう言いながら微笑んだ翼が男物の浴衣姿で少々残念に思ったが…まぁ、それはそれでいいかとすぐに考え直した。
「あぁ」
そっけなく答えながら招かれるまま中に入る金蝉。
軽く辺りを見回すが、きちんと掃除や整理整頓はされているらしく、ゴミや積み上がった不必要なものは全く見あたらない。
翼らしいな、と思いながら、金蝉はリビングルームへと通された。
―――そして、硬直。
彼の視線の先には…。

「翼、誰か来たのー?」
…オレンジジュースが注がれたコップを抱えて不思議そうにこちらを見る、立花の姿があった。

――――この時ほど、素直に来訪したことを激しく後悔したことは…ない。

**

そこまで思い出してまたムカムカがぶり返してきたのか、立花の相手をしている翼を半眼で見、声をかけた。
「…翼」
「ん?なに?」
不機嫌な金蝉をものともせず、翼はどこか楽しそうに微笑みながら振り返る。
それに益々眉を寄せながら、金蝉は地を這うような声で問いかけた。

「―――テメェ、俺の嫌いなモンのワースト5にガキが入ること、知ってるよな?」

その問いかけに一瞬きょとんとした翼だったが、すぐに女の子が見たら赤面して逃げ出すこと間違いなしな笑みを浮かべて見せる。
声音から溢れ出る怒りに思わずびくっと震えて翼の影に隠れながらその着物の裾を握り締めた立花に優しく微笑みかけてから翼はゆっくりと口を開く。

「――――勿論、知ってるよ。
 だけど、こっちだって『二人っきりだ』、なんて言った覚えないんだけど?」

優雅にお茶の入ったコップを傾けながらの翼の発言に、金蝉はやられたと思うべきなのか怒り狂って帰ってしまうべきなのか一瞬迷ってしまった。
しかしすぐに感情の天秤は勢いよく『怒り』の方に傾き、金蝉はぶすっとその綺麗な顔を歪ませると、頬杖をついてそっぽを向いてしまう。
「……最悪だ」
ぽつりと、小さな声でそう付け足すことも忘れずに。

―――ガキなんざうるせぇしすぐ泣くし生意気なだけじゃねぇか。

金蝉の『子供』に対する認識は、そんなところだった。
どうにも虫が好かないらしく、対応も自然とキツく、意地悪なものへとなるのだ。
気づけば立花と一緒に『せっせっせーのよいよいよい』などと言いながら懐かしの遊びをしている翼を横目で見。
「…ホント、可愛がる翼の気がしれねぇぜ」
金蝉はそう言いながら酒をぐっと煽り、目の前にある翼特製の酒の肴に端を伸ばした。
幸か不幸か翼たちにはその呟きは聞こえていなかったらしく、楽しく遊んでいる。
それを見て、金蝉は益々眉根を寄せてぶすくれた。
今目の前にあるこの中々高い酒と翼が作った肴がなければ、即行家に帰っているところだ。
そう思いながら黙々と酒と箸を進める金蝉は、もう完全に不機嫌以外の何者でもなかった。

***

そして更に数分経った頃。
「そろそろ花火が始まる頃だね」
そう呟きながら、翼がゆっくりと立ち上がる。
「ほんと!?花火もう始まるの!?」
その言葉に立花も嬉しそうに立ち上がり、小走りでベランダへと続く窓に向かう。
それを微笑みながら見送った翼は、ソファーに座ったまま酒を飲む金蝉を見下ろす。
「…金蝉も行かない?」
「ガキと一緒に見ても面白くねぇよ」
翼の問いかけを突っぱねた金蝉は、つまらなさそうに肴をつまむ。
それにくすりと笑った翼は、金蝉の肩にそっと手を置く。
「…折角来たんだから、花火、一緒に見よう?」
ね?と柔らかく微笑みながら言う翼。
それを上目遣いで眺めた金蝉は、しばし間を空けてから…はぁ、と溜息を吐いて腰を上げた。
「…解った。行けばいいんだろ?行けば」
むすっとしつつも仕方なさげに立ち上がる金蝉に、翼は嬉しそうに微笑んだ。
「そういうこと。さぁ、早く行こう?」
金蝉の腕を掴んで引っ張る翼に、金蝉はやっぱり勝てないな…と小さく嘆息するのだった。

***

窓を開けて外に出ると、夏のやや生ぬるく湿った風が頬を撫で、金蝉は不快そうに眉を寄せた。
「翼、金蝉、早く早く!急がないと始まっちゃうよ!!」
一足先にベランダに出ていた立花は、柵をしっかり掴みながら2人を急き立てる。
「大丈夫だよ、立花。そんなに慌てなくてもまだもう少し時間があるから」
花火が始まる前からすっかり興奮している立花を見てくすくすと笑う翼は、立花の頭を撫でながら優しく言う。
金蝉はというと、既に翼に言われるまま外に出たことを後悔し始めていた。
暗いわ蒸し暑いわ五月蝿いわ、金蝉にとって不快の種にしかならない物が満ち満ちた空間である。不快にならないワケがない。
「……戻る」
眉間に思い切り皺を寄せながら回れ右をして部屋に戻ろうとした金蝉の服の端を、誰かががしりと掴んでそれを阻止した。
いっぺん怒鳴りつけてやろうかと思って振り返った金蝉の視線の先には―――笑顔で自分の服の端をしっかりと掴む、翼と立花の姿。
「ベランダまで出てきたんだからきちんと見ていくこと」
「そーだよ、金蝉だけ戻っちゃうなんてダメ!」
「……」
このまま振り払って部屋に戻るのも可能だが、それはなんとなくやってはいけない気がして…金蝉は、仕方なくベランダに戻る。

―――その時。
まるでそれを待っていたかのように、花火が大空へと打ち上げられた。
ドーン!!!
光の帯を描きながら空へ昇っていき、大きな音と共に弾ける花火。
間髪いれずに次々と打ち上げられるそれは、様々な形と色を濃紺色の空へと流していく。

赤、黄、橙、緑、青。
菊の華のように舞い散る花火や、水を流したような軌跡を描く花火。

次から次へと変化していく光の華を、翼と立花はどこかうっとりとした様子で見つめる。
金蝉は見惚れるほどでもなかったものの、少しだけ、心に感動のような物が浮かんだ気がした。
…ただ。
彼にとっては、花火を見つめる翼の方が―――よっぽど、美しく思えた。

***

最後に特大花火が打ち上げられた後、花火大会の終わりを告げるアナウンスの声が僅かに届く中、3人は暫し花火の余韻に浸っていた。
「すっ…すっごく綺麗だったね、翼、金蝉!!」
まだ興奮冷めやらぬと言った感じで、真ん中にいた立花が2人の服の端を引っ張って嬉しそうに声を上げる。
それに眉を顰めた金蝉を見て小さく笑いながら、翼は立花を抱き上げた。
「そうだね。凄く…綺麗だった」
あの時の華やかさをすっかり失った空を眺めながら微笑む翼の顔を横目で見ながら、立花は益々嬉しそうに破顔する。
「…なんか、家族みたいだね!」
「はぁ?」
「家族?」
その唐突な発言に、金蝉は訝しげに眉を寄せ、翼は不思議そうに問い返す。
それに嬉しそうに笑い返すと、立花は両手を広げながら大声を上げる。

「翼がおかーさんで、金蝉がおとーさんなの!!
 で、立花が2人の子供!」
「「がはっ!!」」

立花の言葉に、2人が同時に咽た。
その後、首を傾げて2人が咽た理由を問い詰める立花に、翼と金蝉は誤魔化すために四苦八苦したとかしなかったとか。

***

数時間後。
その後散々騒いだ立花だったが、すっかり遊び疲れてぐっすりと眠っていた。
ソファーで眠る立花に薄手のタオルケットをかけてやった翼は、向かいのソファに据わる金蝉の隣に腰掛ける。
不機嫌そうに酒を煽る金蝉の横顔を見てくすりと笑った翼は、自分もコップに酒を注いで軽く口に含む。
「…金蝉、お疲れ様」
そう言って微笑みかけると、金蝉は疲れたように肩を落とす。
「…ったく…結局あのガキが眠るまでゆっくりできなかったじじゃねぇか…」
「ガキじゃなくて立花。勝手に僕と2人っきりだと勘違いした金蝉が悪いんだろ?」
ぶすくれたようにぼやく金蝉の額を軽く小突くと、金蝉は益々不機嫌そうに眉を寄せた。

―――まったく、どっちが子供なんだか。

そう思って思わず翼が苦笑した―――その時。
急に、目の前が明るくなった。
夏場ゆえに朝は早く、そろそろ朝日が昇る時間帯ではあるが…それにしては、明るくなるのは速すぎる。
一体どうしたのかと翼と金蝉が正面に顔を向け――――止まる。

―――目の前でぐっすりと眠っていた立花が、その光の発生源だったからだ。

まるで光の繭に包まれるように丸く眩い光を発する立花。
最初は立花の身体の周りを楕円形に囲っていた光だったが、それは少しずつ少しずつ、面積を広げていく。
まるで、立花の身体が育っていくかのように。…蝶が、成長していくかのように。
それはいつしか大人ぐらいの大きさまで育っており、まるでそこだけに強いスポットライトが当てられているようだ。
驚いて硬直したままの2人の前で、その光の繭は、更なる動きを見せた。
ピシ、と光の繭にヒビが入ったのである。
例えるならば、『孵化』だろうか。
ゆで卵のカラをはがすように、その繭はぽろぽろと剥がれ落ちていく。
剥がれ落ちた光の欠片は床に落ちると同時に、音も立てず、まるで空気に溶けるように消え去った。

数分ほど時間をかけて、完全にカラが剥がれ落ちる。
そしてそこにいたのは――――1人の、女性。
年齢的には19歳くらいだろうか。
銀色のセミロングの髪に、あちこちにつけられた金属片のアクセサリー。眠るように伏せられた瞳は…恐らく、金色なのだろう。
きていた浴衣は大きくなる時に破れてしまったのだろうか、今彼女の身体を覆うのは、タオルケットのみである。
恐らくこの女性は――――立花。

「…な…!!!」
「……」
目を見開いて思わず声をあげる金蝉と、目をやや見開きながらも口を引き締めて真面目な顔でそれを見る翼。
外見的にはなんら変わりないように見える翼だが、内心はかなり驚いていた。

―――あの女性は立花なのか?
    いや、立花は8歳のはずだ。いきなり大きくなるなんて…。
    しかし、この世界では常識など通用しないワケだし…。

冷静なんだか冷静じゃないんだか。
分析しつつも、かなり思考のドツボにはまってしまっているらしい。
「…あーっと…一体どうなってるんだ…?」
金蝉がぎこちなく呟くと同時に、立花が瞼を震わせた。
「んー…」
薄らと開かれた瞳は―――やはり、黄金。
…やはり、この女性は立花なのだろうか…。

「んぅー…どうしたのぉ…?」

こしこしと手の甲で目を擦りながら起き上がる立花。
――大変だ!今彼女がまとっているのはタオルケットだけ…!!
「!!」
「ストップ!ストップ立花!!」
ずり下がりかけたタオルケットに目を見開いた金蝉を見て大慌てで立花に走り寄る翼。
「ほえ?どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる立花。…外見的には変化したが、中身には変化がないらしい。
「金蝉、いいって言うまでこっち向かないで」
ぴしゃりと一言翼に告げられ、金蝉は反射的に急いで後ろを向く。
その間に、翼は立花に服を着替える為に一緒にくるように告げ、部屋へと戻って行った。

***

…数分後。
「金蝉、もうこっち向いていいよ」
短気な割には意外と律儀な金蝉は、大人しく後ろを向いて待っていたらしく、翼の言葉にようやく疲れたような表情で此方を向く。
そこには、あつらえたようにピッタリなパジャマを着た立花が翼の隣に立っていた。
「……その服は?」
金蝉の疑問はもっともだ。
いくら立花が大きくなったとはいえ、やはり翼よりは背は低い。金蝉よりは当然低い訳だ。
それなのに、サイズがピッタリの…それも女物のピンクのパジャマ。
翼が持っているとは思えないパジャマを見て、不思議にならない方が可笑しい。
その疑問に翼は苦笑して答える。

「…それが、立花の荷物の中に普通に入ってたんだ」
「は?」
翼の言葉に思わず間抜けな声をあげる金蝉だったが、すぐに理解する。

――――コイツ、確信犯だな?

今日大きくなることを知っていたとしか思えないその行動に、金蝉は思わず顔を顰めた。
―――その後、立花が大きくなった理由を聞いて、金蝉は呆れたように肩を落とした。

どうやら立花は特殊な体質らしく、新月の朝日と共に身体が成長して19歳程度に変身するらしい。
無論先ほどの立花の動きを見ればわかると思うが、精神や口調にはあまり変化はないらしいが。
勿論、新月が過ぎれば元の姿に戻るらしい。


――――――そう言う事は最初に言え。


この瞬間だけ、金蝉と翼の心が1つになったとかならなかったとか。


そんなこんなで、金蝉の1日は、まったく…これっぽっちも穏やかじゃなく過ぎてしまったのだった。
それ以来、暫くの間翼に誘われる度に『あのガキはいねぇだろうな?』と問いかけるようになってしまったとか。
更には、そんな金蝉の態度を受けて困ったように笑う翼の姿も、見かけられたとか見かけられなかったとか。

―――勿論、立花は次の日には元に戻って、翼や保護者と一緒に遊んでいる姿が目撃されたそうだ。


おしまい。
●ライターより●
こんにちは。暁久遠で御座います。ご発注いただき、まことに有難う御座いました。
遅くなりまして大変申しわけ御座いませんでした(汗)
金蝉様の視点を中心に書かせていただいたので、翼様や立花様の出番が少なめになってしまったことをお詫び致します(爆)
立花様が大きくなる瞬間など、色々と想像して描かせていただきましたが…いかがでしたか?男前に驚く…上手く描写できず申しわけ御座いません(汗)
文章が無駄に長くて申しわけ御座いません。こんな文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらお会いしてやって下さいませ。