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花婿の青い褌
ソレを聞いた各人の反応は様々だった。
「「「花婿用のサムシングブルー?」」」
編集部と同じフロアにある別室の会議室に集められた面々だったが、大笑い大うけする者、頭を抱え込む者、遠い目をする者などなんとも言えない顔をしている。
「さむしんぐぶるーって何?」
海原みあお(うなばら・みあお)が聞きなれない言葉に首を傾げた。
守崎北斗(もりさき・ほくと)は資料としておいてあった結婚情報誌を読んでいる。
「サムシングブルーとはサムシングフォーのうちのひとつ。“なにか古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの、そして青色のもの”。この4つのアイテムを大切なウエディングの日に身に着けると生涯幸運がつくというイギリスの言い伝えです。 青いものは、純潔や清らかさの象徴。幸せの色である“ブルー”の何かを目立たないところに身につける……」
読み進めるうちに滝のような汗をかきながら、うんざりというかげっそりというか、そんな顔をした。
「……清らかな褌って何だよ!?持ち主捕まえて来て問いただしてぇよ……。そんなもの付けさせられる時点で十分不幸だぜ。な、真名神のだんな?」
そう振られて、真名神慶悟(まながみ・けいご)は、
「俺に振るな俺に……」
と、中央のテーブルに広げられている青いソレに背をむけたまま遠い目をしている。
「サムシングブルーというのは異国の風習だろう……なぜそれにアレなんだ……」
またしてもアレがらみの調査に出くわしてしまった間の悪さにいったい誰を呪えばこの因縁を断ち切ることが出来るのか真剣に考えているようだ。
何しろ、編集部に足を踏み込んだとたんに見つけたのが褌とみあおだったのである。
過去数々のアレとカメラを携帯した子供に痛い目に合わされて来た彼はその時点で回れ右をして編集部を出ようとしたのだが、先客として来ていた北斗と三下に両手をそれぞれ捕獲されそれすらままならずに現在に至っている。
「そりゃあなぁ、褌なら目立ちもしねぇけど……まてよ、ってことはだ花嫁は青いブラかなんかか?」
青少年らしい(?)好奇心に、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)は丸めた雑誌で頭を軽く叩いた。
「女性ならガーターベルトとか、青い石を内側にはめ込んだリングとかね。一般的には」
といい、件の青い褌を見る。
「借りてきたものだからサムシングフォーの“サムシングボロー(何か借りた物)”の方がしっくりこない?人の褌で相撲をとるって言うし」
と丈峯楓香(たけみね・ふうか)がそう言った。ある意味着目点はいいのだが、最終的に微妙にピントがずれてしまうのはいつものことである。
「でも、これって中古……よねぇ。それならサムシングフォーの“サムシングオールド(何か古い物”でもいいんじゃない?」
「あ、そうかも!っていうことは、コレ一つでサムシングフォーのうちの“サムシングブルー”“サムシングボロー”“サムシングオールド”の3つを兼ねている事になるんだ」
すごい新発見!とばかりに楓香は納得するが、根本的にそれは花嫁の物であるということをすっかり忘れていた。
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そんな中、
「それ私、欲しいわ」
と言ったのはウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)だった。
「あぁ、そうね」
それを聞いて、シュラインが頷く。
ウィンがちょうど結婚式を間近に控えているのを、結婚式の招待状を貰っているシュラインは知っていたからだ。
「もうすぐだものね?」
「えぇ、彼に持って行こうかと思って。彼、日本人だし」
そう言ったウィンはとても幸せに満ちた笑顔をしていた。
「そうなんですか? いいなぁ」
それを聞いて丈峯楓香(たけみね・ふうか)は、ウィンを羨望の眼差しで見る。
「えぇ、6月20日に私の実家のドイツで式を挙げるの。ナイスタイミングでしょ?」
「……」
「……」
慶悟と北斗の2人は褌には苦い思い出―――いや、思い出なんて生ぬるいものではなくそれどころかトラウマに近い過去―――がある事もあり、同じ男として見た事もないウィンの婚約者を思い同情を禁じえずに気の毒そうな顔をしている。
「それに、褌って日本人男性の魂みたいなものなんでしょ」
嬉々として語る彼女はそんな2人の表情には全く気付かない。
「それならタイミングも良いし、彼につけて貰って体験記をお願いすれば一石二鳥だし♪」
楓香はそう言った。
そこでひそかに、慶悟と北斗はぐっと見えないようにして拳を握り締め心の中でガッツポーズをする。
編集部に持ち込まれたということは真っ当な物ではないということは当然ここにいる面々は承知していることである。
「真っ当な物じゃないのはいいが……というか、むしろ、褌であること自体が複雑怪奇だな。青い褌というだけで本当に気持ちがブルーになる……」
敢えて物は視界に入れないようにしながら慶悟はそう呟く。
彼としてはとりあえず、どんな曰くがあるのか話しは聞きたい―――いや、本音を言うのなら別に聞きたくも知りたくもないのだがそれをクリアしなければ記事にはならず記事にならなければこの場から去ることも出来ないので仕方なくといったところなのだが。
出来ることなら、霊視して、
「霊的なものだ。以上」
と言って帰りたい。帰りたい帰りたい帰りたい。それが1番の希望であるのだが―――当然そういうわけにも行かないだろうか。
何の因果かタイミング悪く鉢合わせてしまったが、そうなれば少なくとも自分の身の安全は図れるというものだ。
先ほどまで、ウィンの婚約者に対して抱いていた同情はどこへ消えたのか―――心の中で感謝している。
その一方で、
「ねぇねぇ、それって花婿用って言うけど花嫁用のを探してみようよ。そういうのもあるんじゃないかな?」
と、みあおが言うと、
「うーん。でも、褌ってやったり男の人のものだから女物ってないんじゃないのかなぁ?」
と楓香が言う。
「だからやっぱり男の人に締めてもらったほうが良いんじゃないかな?」
「そうねぇ、そうするのが1番言いのかしらやっぱり」
シュラインのその言葉尻に反応する。そして、次の言葉を待った。
「えぇ、でも彼に持っていくのはいいんだけれど、やっぱり蓮の所から来たのだから安全は確認して置きたいのよ」
「まぁ、それは当然よね」
別に特別に害がなければ花嫁が了承しているのであるから、相手の花婿がなんと言うかはこの際置いておくとして、彼女の婚約者に当日に試してもらってレポートを書いてもらうのが1番だろう。
「だから、とりあえずはやってもらおうよ。使い捨てカメラも領収書貰ってどっちゃり買ってきたし!」
そう言って楓香がどん!と鞄の中から袋いっぱいの使い捨てカメラを取り出した。
「そうだよね!記念写真はやっぱり当然だよね!」
と、みあおが常備している自分のカメラを取り出す。
なんだかどんどん風向きが怪しくなってきた。
「とりあえず、着けてもらってみましょうか」
その言葉を聞いた瞬間、慶悟と北斗の2人はまるで示し合わせたかのようにすばやく席を立ち部屋の入り口に向かって走った。
三十六計逃げるに如かずだ。
この際、なりふりをかまっている余裕はない。
それに気付いた、三下が叫ぶ。
「あぁ、2人とも待って下さいぃ!!僕も連れて逃げてくださいよぉぉぉ!」
部分的に聞くと愛の逃避行でもするかのような台詞を三下が叫ぶ。
それはそうだろう、2人に逃げられてしまえば調査にかかわるものの中で男は三下一人だけになるのだ。
そうなれば当然待ち受けていることといえば容易に想像が出来る。
「捕まえて!」
すかさずシュラインが言う。
とっさに入り口付近にいた楓香とみあおが捕まえようとしたが、
「冗談じゃねぇや」
と、北斗は身軽に机を飛び越えて、椅子を盾に捕獲の手を免れる。
慶悟はというと、立ち上がった次の瞬間には陰形法で姿を隠しただけでなく、人身御供として禁呪で三下の動きを縛る。更に、式を打って、
「三下に諦めさせろ」
と命じる。
まるで鬼の所業だ。
そこまで褌が嫌かと聞かれれば、1も2もなく頷く事は間違いない。
そしてほぼ同時に、北斗と慶悟はドアノブに手をかけた。
「!!」
だが、悲しいかなドアノブは廻らなかった。
何度も捻るがガチャガチャという音を立てるだけである。
「ごめんなさいね、念のためと思って」
声に振り向くと、シュラインが目の高さのあたりで親指と人差し指で摘んだ鍵を振っている。
「なんで内側からも鍵が開かなく出来るような会議室があるんだよ!」
北斗はそう叫んだ。
それはそうだろう、用途目的が判らない。
しかし忘れてはいけない、ここはアトラス編集部所有なのだ。ある意味なにがっても不思議ではない……かもしれない。
ぽん……と、軽く肩に手を置かれて北斗は慶悟を見た。
さすが年の功とでも言うべきか、式神をだすほど真剣に逃亡を図った同志の顔には“諦め”という言葉がくっきりはっきりと浮かんでいる。
これも運命。
毒食らわば皿まで―――とまで腹を括れるのかは置いておくとして、とりあえず2人の逃亡計画はあっさりと潰えた。
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「なぁ、真名神のだんな。式神でなんとかここの鍵開けて脱出はできねぇの?」
「それを言うなら、北、お前忍者だろ。こんな部屋くらい軽く脱出できないのか?」
捕虜となった脱走兵2人はお互いに作戦失敗の責任の擦り付け合いをしていた。あくまで小声で。
「三下くんの結婚の予定は……」
ちらりと一同は三下を見る。
見られた三下のほうはというと、目に見えるほどビクッと身を縮こまらせた。
「……ないわよねぇ、当然」
とシュラインが言う。
ちらり、と視線を向けられて、
「あ?俺?俺ぁパス!パスパスパス!!ほら、俺まだ高校生のガキだからやっぱりこういうのは大人の男に譲るべきだって。な、真名神のだんな」
「だから、俺に振るな、北!いや、俺は結婚どころか相手も予定もない身だ。やはりここは、まだ先になるとはいえ相手の居る北にやってもらう方がいい。若いうちは何事も経験だ」
「きったねぇぞ!サムシングブルーなんだから結婚できっかもしんねぇじゃん。だから別に三下のオッサンでも真名神のだんなでも結婚テキレーキとかいうのに入ってる大人の方がいいって!!」
汚いというかもうここまでくるといっそ清清しいくらいの醜い争いである。やはり、人間自分が1番可愛いという事だろう。
「ねぇ、やっぱり蓮さんとこの商品だから一般読者とかじゃなくて能力者とか対応になれた人の方がベストなのよ。式神に代役してもらうって言う手もありね」
対応にというかむしろ褌に慣れたと言う意味で言うなら過去に経験のある三下も北斗も慶悟もばっちりシュラインの言うストライクゾーンに当てはまる。
ぶんぶんと首を横に振るが褌の間の手はすぐそこまで来ている。
「彼、そう遠くない未来にパパになるの。やっぱりこの子達の父親に何かあったら大変だし―――それになにより、素敵なお式にしたいし」
と、笑顔のウィン。
「あ、1つしかないからって譲り合わなくてもだいじょーぶ♪3人で順番に身につければ良いだけだから」
カメラを手にしたみあお。
「もし一人で恥ずかしいって言うなら、私が青ふん仲間をたくさん見せてあげるから平気よ!青ふんした人が周りに百人くらい居たら恥ずかしくないでしょ?」
青褌の野郎百人包囲網などと想像する気もうせるほど恐ろしいことを口にする楓香。
女性陣がじわじわと三下、北斗、慶悟の3人ににじり寄る。
「……」
「ほら」
「……」
「お願いだから」
「……」
「諦めてつけて頂戴―――」
「……」
「ね?」
「嫌だぁぁぁぁぁぁ―――――!!」
絶叫が響いた。
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「よかったわねぇ、大丈夫そうで」
「えぇ、これで安心して彼に持って行けるわ」
「あ、ウィンさん。ドレスってどんなの着るんですか?」
「仮縫いのときの写真があるんだけど見る?」
「見たい見たい!」
「あら、これやっぱりオーダーメイド?」
「えぇ、一生に1度のことだから」
「やぁぁん、いいなぁ。あたしも早くかっこいい彼氏を見つけてこんなドレスを着て」
「………」
「…………」
ウィンの惚気話を嬉々として聞き盛り上がっているのと同じ部屋の隅っこでは、男3人が燃え尽きたように真っ白になって座っていた。
「なぁ、あれってセクハラだよな!?どう考えても逆セクハラだよな!?」
「北―――」
このセクハラを一体どこに訴えれば良いのか。
やり場のない2人の怒りは確実にもう一人の犠牲者、三下に向けられたのは言うまでもないだろう。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【2152 / 丈峯・楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】
【1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女 / 25歳 / 万年大学生】
【1415 / 海原・みあお / 女 / 13歳 / 小学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、遠野藍子です。
この度はご参加ありがとうございました。
えぇと、セクハラの餌食になってしまった約2名様申し訳ありません。
でも、楽しかったです>鬼
まぁ、所詮結婚式の主役は花嫁。花婿はあくまでその添え物。
ハンバーグが花嫁ならその横についているパセリが花婿ということで。えぇ、にんじんのグラッゼ以下ですよ勿論。
今から、次のアレは何色にしようかなぁ……などと考えつつ。
また、お会いできる機会を楽しみにしております。
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